ローマをたたえる

ローマをたたえる

カラッバジオの代表作は、ローマ教会の聖壇の一部だから、ロンドンの美術館に展示されることはないのですね。おもいだすと、ヨーロッパに初めて来たとき、ヨーロッパを代表する絵画の全部が、国立美術館のなかにあるわけでないという事実を知ってショックを受けました。カラッバジオの作品も、近代国家以前の歴史の痕跡を為すものといえるかもしれません。反宗教改革の"政教一致"の時代に、作品を依頼されたカラッバジオ。しかしに天使が描かれなかった絵は、今日ならば公に国旗を燃やすような不快な表現だったのではないかと想像しています。バロックの批判精神の根底に、反発されても、表現の自由と等価の、崇敬せず神聖化しないという距離の精神があると考えています。(国旗を崇敬しない者の市民権を剥奪しようとするトランプ、説明するまでもなく安倍首相というような政治家に限って、マイノリティーに対するヘイトスピーチをやってきたのです。それなのに憲法を「完成」させようなどと本気におもっているのです。この時代に、表現の崇敬しない自由の意義を考えることはもちろん、今日に繋がるバロックの精神の意味を考えるのは無意味ではないとおもいますね)