なぜヌーヴェル・バーグ(映画)のテーマは愛の不可能性だったのか?

なぜヌーヴェル・バーグ(映画)のテーマは愛の不可能性だったのか?

 

寺山修司は演劇によって社会科学を揺さぶると言いました。それはいかに芸術を予測不可能性として再構成するかにかかっていたのです。さて政治の経験の入り口付近にたつ二十代の女性たちが愛の当事者性を口にするとき、この言葉で、無視できないなにか決定的に大切なことを物語っているようにおもえて仕方ありません。今日インターネット online dating websides の内部を住処とする<裏切られるのが怖い>の効率的で安全な愛ほど、愛から、偶然性を搾取してしまうものはなかったかもしれません。解決されぬかくもおびただしい無知、かくもおびただしい問いをまえに (Sur tant d'ignorances, sur tant d'interrogations demeurées en suspens)、なにが起きるか分からぬという予測不可能な出来事の真実性を愛すること。フランスの哲学者ALAIN BADDIOUは、愛LOVEのほかに、芸術ART・数学MATHS・政治POLITICSの重要性をあげていますね。なぜ、ヌーヴェル・バーグ(映画)のテーマは愛の不可能性だったのか、わかりませんが、それは、ここでいう愛の不可能性だったのではないでしょうか。おそらく映画は、愛の予測不可能性を無視してはもうやっていけなくなったと感じたのではなかったとおもいます。