本のイメージ

本のイメージを利用した美術が結構あるのは、ビザンチンの影響下にあった時代があったからでしょうか、それはよくわかりませんが、ベジタリアンのお店で面白い広告の写真を見つけました。外から取り入れたものがワイン🍷となって成熟していくように、読んだ本📚がその時は理解されなくとも、言葉は30年、40年かかって自分の身体の一部として獲得されるようになるよ、そう信じなさい、と。ワインを飲まなくとも、こちら「論語」の国でもこれと等価のことを言って励ましてくる人たちが昔、まわりにいました。そのひとの年齢になって、そう告げてきた人たちはそのように自分にも言い聞かせていたのかもしれないと気がつきました。ネットの時代ですから同じようなことをそのまま言えないのですが、外部に出ようとしてそれができない若い人のほうにこそチャンスがあると思うのは、この彼らは絶えずいかに脱出しようかと考え続けていますから、外から言葉を取り入れながら。そのとき、必ずしも読むことができる言葉ばかりではないし、その言葉から世界を便利に見ることができるとは限りません。その世界も言葉を読もうともしないかもしれません。そして本とそれが与えるものよりも長く生きる保証なんてどこにないです。だからこそ初めてここから、人は本そのものに<成る>のではないでしょうか。多分若い人たちが、わたしは3歳ですが、わたしよりも若い人たちでなくとも、成熟していくのは、生成している世界に定位する本に<成る>ことからではないでしょうか

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