近代の問題

近代は自らのために、思考できないものをどうしても必要とするらしいということは、今日だれもが気がついている。思想史は、近代が思考できないものがいかに近代において成り立つのかを言説の分析によって明らかにしようとする。制作学、国学、神学が先行する、未来を思い出す始原の超越性(思考できないもの)に対しては、卑近なものが史上なものだという17世紀の思想が脱構築するのだろう。‪この点を押さえておくことによって、卑近の隣同士の国の関係を大切にしていくポスモダン孔子のアジアの理解がはっきりしてくるとおもう。遅きながら、子安氏のポスト構造主義の視点に立った思想史講座で学んだことはこういう事だったのではないかと気がついてきた‬

近代の時代にあって近代化しようにも、それが近代のために自らを排除に晒すことによって成り立つものならば、近代を無条件に受け入れることが難しいのは、イスラムにとっての問題だけではなく、本当は近代システムにおける一人ひとりの問題だったのである。政教一致を考える近代は、常のこととして、思想性を語るときに実定性を語る。近代は自ら(近代自身)を成り立たせるために、囲い込んだその実定的秩序の観念に依存しなければならない。(そこで依存と言わずに独立という。) 近代というのは本当に取るに足りないものである。宗教ナショナリズムなき政教一致の思考の形式としての(おそらくそこで言語(ランガージュ)の外部的あり方に倫理的に直面せざるを得ない形而上学がある)、21世紀の非-資本主義的な文明の創造に、どう答えていくのだろうか?

「世界が、資本主義に特有のこの西欧的な「権力」形態を越えねばならない。今や、非-資本主義的な文化は、西欧文明の圏外にしか生まれまい。西欧は、西欧文明は、西欧の「知」は、資本主義の鉄の腕によって屈服させられている。我々は、非-資本主義的な文明を創出するには、疲弊し尽くしている。」(フーコ)

1500年代の明と清の交代が起きる時代は、神の視点から人間の視点への移行が導いた、芸術の運動によるものだろうか。水平の方向にはみ出さずにはいられない脱領属化は、アジアだけでなくヨーロッパでも世界同時的に起きてくる欲望の方向をもっていたので、そのことによって、市民が読む17世紀ヨーロッパの芸術批評と18世紀の宣長の文学論が成立することになったと考えてみる