国民道徳とは、ふたたびあらわれる教育勅語のこと

国民道徳とは、ふたたびあらわれる教育勅語のこと

「年間20ミリシーベルト以下の被曝は我慢しろ」「賠償打ち切り」は、国のためになぜ死ねないのかをいう国民道徳の形じゃありませんか?また、戦争する国のために喜んで死ねと、愚かにも、もし教室でこのようにふたたびび押しつけられるとしたら、この様な教育勅語に対しては、子供たちは、しかしそんなんで本当に自分は幸せなのか?という問いかけを自分で学ぶしかありません。アーレントがいうみたいに、差異性を奪われ尽くしたら最後の抵抗は、自己の中の差異と対話していくことです。その意味で小学生こそは、自己の命をまもるために、ヨーロッパの学校の子供のように、哲学を勉強することがほんとうに大切になってきたのかもしれません。残念ながら、この国は子供が読める哲学の絵本って、ほんとうに少ないようにおもいます。フランスには哲学の絵本があるのは、やはりエミールのルソーの伝統かな。(子供の自分の思想的自立を励ます絵本をいつかかいてみたいですが)