白紙の本 (9)

白紙の本

絵画について書いているときは、美術館にある絵画ではなく、寧ろ映画の絵画を思い浮かべております。それらの絵画は、部屋から部屋へではなく、ショットからショットへという過程のようなものです。個人コレクションは別ですが、世の中にある絵はかならず、どこかの国のどこかの美術館に見つけることができます。しかし映画の絵画というのは、奇妙なもので、どこの美術館にも存在しません。これと比較できるものといったら、ジョイスの本の単語です。どの本のどの単語も必ずどこかの国の言葉に翻訳され得るのですが、ところが (その世界中の言葉でつくられた)「フィネガンズ・ウェイク」のジョイスの造語は、厄介なことに、どこの国の言葉に翻訳できないのです。オリジナルなもの(起源) がない、白紙の本としか言いようがない