報告 ; 子安宣邦氏の講座<明治維新の近代・8>‬

子安宣邦氏の講座<明治維新の近代・8>‬

‪「天命の自由」と「人義の自由」‬

‪ー 中江兆民民約訳解』を読む・2‬

‪(1) ルソーの原文‬

‪Ce passage de l’état de nature à l’état‬

‪civil produit dans l’homme un changement très rémarquable, en substituant dans sa conduite la justice à l’instinct, et donnant à ces action la moralité qui leur manquoit auparavant.‬

‪C’est alors seulement que la voix du devoir succédant à l’impulsion physique et le droit à l’appétit, l’homme, qui jusques là n’avoit regardé que lui-même, se voit forcé d’agir sur d’autres principes, et consulter sa raison avant d’écouter ses ses penchants.‬

‪( Rousseau, De l’état civil, DU CONTRACT SOCIAL )‬

‪(2) 井上幸治訳‬

‪「自然状態 l’état de nature から社会状態 l’état civil へのこの移行は、人間の行為において正義をもって本能に置き換えたり、それまで人間の行動に欠けていた道徳性を与えたりすることによって、人間にきわめて注目すべき変化をもたらすのである。このときはじめて、義務の呼び声は肉体的衝動に、権利は欲望に入れ替わることになり、それまで自分しか考慮しなかった人間は、違った原則に基づいて行動し、自分の好みに従う前に理性に図らなければならない。」‬

‪(3) 中江兆民の漢訳

子安氏によると、漢訳というよりは漢文的言語をもってその主旨を再表現するという。なお兆民はDe l’état civil を「人世」と訳している。‬

‪「民約すでに立ち、人々法制に循いて生を為す、之を天の世を出でて人の世に入ると謂う。夫れ人ひとたび天世を出でて人世に入る、其の身に於いて変更するとこ、極めて大なり。蓋し、曩(さき)には直情径行、絶えて自ずから検飭(けんちょく)すること無く、血気の駆るところ、唯だ嗜慾に是れ狗(したが)う。禽獣と以って別つ無きなり。今や事ごとに之を理に商(はか)り、之を義に揆(はか)る。合すれば則ち君子となし、合せざれば則ち小人となす。而して善悪の名、始めて指す可し。曩には人々ただ己を利せんことを図り、他人あることを知らず。今や利害禍福、必ず衆と偕(とも)にし、自ら異にするを得ること無し。」‬

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‪(4)‬

中江兆民はルソーの漢文的言語をもって彼の思想を再表現している。子安氏によると、制作を言う漢文的言語は荻生徂徠に前例をもっているという(「自然状態から離れて聖人が制作する」。) つまり漢文的言語は記憶を持っているのだ。それによって、「言語的自立性と自立的思考が成り立つ」。今日の講義では、「ある思想をわれわれのものにするために自立的言語が必要」であることをかんがえた。そして現在のわれわれを構成する明治維新の近代が、所謂前近代の漢字書き下し文に根づいていた思考を孤立させているのではないかという問題も考えた。言文一致体、翻訳語の公用の書記言語は、前近代の漢文的言語ほどには言語の像のなかのXを開くことができているのだろうか。上に示した現代語文によるものを「翻訳」とするならば、兆民の仕事は翻訳ではない。最後に子安氏の言葉を引く。「これはルソーの原文を逐語的に漢文脈に置き直して、漢訳テキストを完成させようとしているのではない。兆民が直面しているのは人類史における最大の転換、すなわち自然状態における人間が共同的契約によって社会的存在に転身し、自らを社会的制作主体、権利主体として再構成していくという転換である。こういう人類史的転換を語りうる理論的言語をわれわれはもっているだろうか。」‬

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