ロシア革命100年の意味

ロシア革命が起きたこと、十代のときの私にこれを知らせてくれたのは、ショスタコーヴィッチの音楽、そして大島渚「日本の夜と霧」だった。100年の意味なんて誰も知らないとおもう。マルクスの理論でしかなかった社会主義は現実化したと思い出して、19世紀のその始まりを再び語ってもね、新しく何かが付加されるのかしら?グローバル資本主義のなんでもかんでもカネがものをいうような時代は、百年前の、20世紀初頭からはじまったのだから、ここから考えることが大切。このとき、理がなければもうやっていけなくなったと考えた社会主義者の間で、フランス革命の意味が問われたのである。自由な議論はあったはずだが、一国社会主義という物の見方が一度確立してしまうと、その中にあってこれとは別の見方をするのが難しくなっていった。そうして無誤謬主義の偶像崇拝へ行く。スターリニズムを生みだした近代の経験から何を学ぶか?17世紀伊藤仁斎の朱子学批判の古学にこのポイントは言われていることで、近代の入り口にいた知の視界からはっきりとみえていたかもしれない。理というのは実のある真(信)と同じであるとは限らないということ。Rationalizations and true reasons are not the same thing. 近代の一番端に位置しているだろうこの時代に、だからかもしれないのであるが、原理主義の近代が席巻している。思考の柔軟性を以って、この問題をよく考えてみる価値があるとわたしはおもう‬

思想の住処

‪『ユダヤ人問題』を考える。否定の果てに行う内部の二重化は、否定する形式に拠って行うから宗教的である。マルクスは、再び内部に絡み取られないように、『ドイツイデオロギー』で交通概念へ行く。これは、オリジナル(起源)批判の70年代に、ボードリヤールにおいてポストモダン的に考えられることになった。私はこうした仕事を読んだのは、差異としての形象が問題となってきた80年代のときだった。何とかこれを外部の問題として考えるようになったが、この思考は、歴史の条件が問われることになった90年代においてであった。‬そのあと言説は、ポストコロニアリズム(70年代に遡る)、マルチチュード論と帝国論へと移っていった。外部の思考はこれらの言説との関係で再構成されていったが、挫折ばかりしている。現在は東アジアの問題に即して考えようとしている。思考は「滑らかな空間」を住処としているが、本当にそれほど"滑らか"なのだろうか?

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フーコの権力論

‪芸術理論の歴史は、盲目の言葉と無言の映像という二つの非対称性の視点を以て読めば、何とか面白く読めるものだ。フーコはこの両者の間を非場所と考えた。(私の場合は盲目の映像と無言の詩かな)。さて、権力を構成する、可視的なもの(内容の形式)と言表可能なもの(表現の形式)は、局所的な拡散を住処としている。これはフーコの有名なテーゼである。問題は、権力を否定し切ってもそれは消滅することはないことに存するーマルクス主義が望むようには。権力をゼロにしようとしても不可能だとしたら、いかに、権力の<働き>から脱出するかが問われる。書くこと、抵抗の点をさがすこと、生成すること。地図を作成すること‬(ドウルーズ)

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マイナー文学の意味

‪かつてオーストリア帝国に属していた、ハプスブルク家別荘があるトリエステに、カフカの城みたいな城跡がある。ジョイスはトリエステにいた。ダブリンから行くときは、ドウルーズのマイナー文学の意味を考えた。動物に成ること、チェコ・ドイツ語+イデッシュ語を以て、ゲーテ普遍主義を解体する、周辺の普遍主義を政治的に書くマイナー文学の意味。脱出ならば、それと同様に、他者('学者さん')に成ること、17世紀の漢文読みを以て、徳川ジャパンの普遍主義を書くという、解体朱子学の古学にもあった、そう考えることができないだろうか。

国連人権理事会定期審査

国連人権理事会定期審査


1、死刑廃止に関する勧告は36にも及び、圧倒的にモラトリアムを求め、死刑制度についての積極的な討論を政府が主導すべきだという勧告がなされた


2、福島原発事故の被害者の人権について勧告したのは、ポルトガルオーストリア。そしてドイツは帰還政策は1ミリシーベルトを基準とすべきであると明快な勧告を行った


3、デビッド・ケイ氏の勧告に基づきメディアの独立性と秘密保護法について、オーストリア、ロシア、アメリカ、ベラルーシが勧告した。放送法に基づく放送局への監督権が総務省にあることがメディアの独立性を害している


4、多くの国が拘禁施設の独立査察システムを求めるOPCATの批准を求めた。代用監獄の廃止・刑事手続の改善が求められ(スイス、フランス)、刑務所における独居拘禁や医療、暖房の欠如など処遇の改善が求められた(パナマスロベニア、西、加、墨、デンマーク

政治的自由と経済的自由

この五百年間の歴史をみると、‪政治的自由と経済的自由、この両者の関係は、ヨーロッパにおいては、相補的である。どちらがどちらに先行したかによって、イギリスとフランスの間の差異が説明される。ドイツは哲学の自由が両者に先行したという。近代化を百年でやるアジアでは、(場合によってはもっと縮約された期間で)、政治的自由か経済かと二者択一的に問われる。そして経済が正解とされる。経済の推進は即ちナショナリズム。日本と韓国と中国、程度の差はあるが、政治的自由を抑圧してきたのはこのナショナリズム‬。現在のナショナリズムは、世界のどこの国においても、独立というポジティブな方向性ももたなくなったもの、ただ、他者を差別するためだけにある有害なもの

絵画の歴史とはなにか

‪絵画の歴史とは何でしょうか。絵画史というのは、いかに失敗の感覚から逃げるかとする試みの歴史ではないでしょうか。世界の意味を読めなくなったところに、意味されるものと意味するものとのギャップをできるだけ小さくしてくれるのが絵画。ベケットがいうようには実のある充実を与えてくれるかはわかりませんが、たしかに、近代の確立した物の見方のなかでそれとは別の見方が絵にあります。絵を描くとは獲得ではありません。寧ろ喪失を重ねることです。例えばなにかの色を失ったとき赤色がとって代わることはありません。それはもう一つの近代がオリジナリティーにとって代わることがないのと同じなのです。‬説明できない系列のなかで、このような現実からの逃避を、見るひとと共有できるかですね、いつもわたしはそうおもうんですけど