MEMO

On the line 

4年越し?で仁斎論語を学んでいたときは、線を描こうとするといつもこういう感じで二つのものが現れた。夜の線と昼の線が交わらないフラットな平面(指たち)と、夜の線と昼の線が交差する襞のある面(掌)

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江戸思想の喚起とともに、朱子的普遍主義に対する仁斎の四端の心、脱構築的「水平的平等」がある。現在は、中断を余儀なくされているが、「垂直的平等」の朱子の思想を見直すことによって、ポストモダン孔子を深めることが課題となっている。戦後は、竹内好を除いて、思想の形成が無かったが、現在こういう形で思想は反復する。つまり差異は反復する。正確にいえば、ここでは江戸思想と呼んでいるものについて語っているのだけれど、過去と同じものの繰り返しが起きることはないのだから、思想の反復については、差異の差異化が生じると言わなければならないとおもう。

(上下の写真で上のは昨年一月の講座での子安先生の板書)

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La valeur a cessé d’être un signe, elle est devenue un produit. ーFoucault “Ricardo”

価値は記号(シーニュ)であることを止め、生産物となる。



マルクス経済学とケインズ経済学が終わり、経済学が美しい数学で書かれるレーガノミクスが始まる後期近代に、「価値は記号であることを止め、生産物となる」といわれる表象と言説の関係を明らかにしているフーコの文をかんがえていた。そのときは、映画は投射であることを止めていて、言い出される言説となっていた。思考の形式として見いだされた映画の始まりを投射するためには闇の中に輝く光があった500年前に遡る必要がでてきた。そうして呟きがはじまる...


五輪は連帯の記号であることを止めて、思考停止の復興ナショナリズムが一人占めする生産物とならなければならない。

ー> 菅首相「コロナで世界の団結必要、象徴として五輪開催」


The universal must remain open, its differences and potentiallies must remain so; other wise we are forever trapped in the present in the future...



武者小路公秀『国際政治を見る眼』を読んだ後にレーガンが出てきた。世界的にコロナ対策で財政支援している去年をもってレーガノミクスが終わったとクルーグマンは言っている


器官なき身体」と書いた詩人はペストとして表象される。殆ど一文無しでシングの手紙だけ持ってアイルランドにやってきたアントナン・アルトーも「幽明始終、初無二理」だとおもう


ジオットとダンテはどちらが偉大か?


ケニス•クラークKenneth Clarkの文明’Civilisation’のなかで、画家ジオットと詩人・哲学者ダンテはどちらが偉大なのかというような話をしている。美術史ではジオットはいきなり現れてきた画家である。ジオットは意味の喪失を映画みたいにナラテイヴに表現できた。絵の端にマルクスエンゲルスとよく似た人物が描かれているのは大変気になる(後でこのことは述べよy。)左側の嘆きの舞台は地上の堅固な世界である。ジオットのイメージは、文明が教会からイタリアの銀行システムが確立する豊かな都市へ移行してくる時代を告げる。右側のダンテは、ジオットのようには地に制約されないような、形而上学的な天の光を書く(『神曲』)。光は言語的存在である人間が存在の意味を問うのである。トマス・アクィナスとゴシック的世界からの影響がダンテに読みとれる。ダンテはジオットより上であるとクラークは結論する。なぜならダンテは哲学と正義を考えたからだ。ここで、ルネッサンスの都市を、グローバル資本主義の分割である帝国中国が現れてきた今日の文脈に置き換えてみたら、どんなことがが言えるだろうか?『資本論』の新しい読みとともに成立する高度の互酬Xの実現として中国をとらえる柄谷行人氏はジオット的だし、これに対してグローバル・デモクラシーから民主を批判的に問う子安宣邦氏はダンテ的であるとおもう


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忘れてはならないのは、〈啓蒙〉の時代に古代ローマの模範が二重の役割を果たしてきた点である。共和制のその相貌のもとでそれは自由の制度そのものであったし、軍事中心のその相貌のもとではそれは規律訓練という理念的図式であった。-フーコ監視と処罰-


生の始めと死の終わりは別々のものか?別々ならば、意味の問いから曖昧な文学を切り離すようなものだと思う。ロゴスが形式論理学の計算する卑小さに還元される近代とは何だった?


近代というのは、過去のあらゆる権威を否定し尽くすエネルギーをもっていますが、「真理は一つである」(あるいは「真理は一つではない」)というような「真理」の絶対的権威に同一化します。そういう近代の根源的誤認に私が同意できない理由とはこういうものです。「真理」の絶対的権威とは、議論を以って覆すことができないようなあり方をいいます。「真理」の絶対的権威を覆すために人間は政治組織を作り上げるでしょう。経験は教えますーそこで人間は「兄弟殺し」で消滅してしまうことを。近代の成立とともに現れた人間をゼロにしてしまうと、何もかも全部がゼロになってしまうというような危険がないのでしょうか。

「暴力ははじまりであった。暴力を犯さないでは、はじまりはありえなかった。どんなに人間が互いに兄弟たりえようとも、それは兄弟殺しから成長してきたものであり、どんな政治組織を人間が作りあげてきたにせよ、それは犯罪に起源をもっているのである。」

ーハンナ•アーレント『革命について』序章 戦争と革命


アイルランド映画アイルランド映画が作られる前から既に存在していた。映画はスペイン市民戦争の継承。抵抗する大衆の自発性は運動がプロ化すると失われてしまう歴史を伝えてきた


おそらく、古代においてまったく神秘的感覚をもたなかった唯一の民族、ローマ。そのふしぎな理由は何だろう。イスラエルのように、亡命者によってつくられた人工の国家だったのだ。

シモーヌ・ヴェイユ


Mais comment un mot , impropre à seulement nommer la cendre à la place du souvenir d’autre chose, pourrait-il, cessant de renvoyer encore, se présenter lui-même, le mot , comme de la cendre, à elle pareil, comparable jusqu’à l‘hallucination? Cendre, le mot , jamais ne se trouve Ich、mais là.  ーJacques Dérrida


A word, unfit even to name the cinder in the place of the memory of something else, and no longer referring back to it, how can a word ever present itself ? The word, like the cinder, similar to her, comparable to the point of hallucination. Cinder, the word, is never found here, but there. 


時間とはなにか?自己にたいして、自己のなかの自己が、遅れるか、あるいは先じているのか?


What is time?

時間とはなにか?自己にたいして、自己のなかの自己が、遅れるか、あるいは先じているのか?自己のなかの自己とはギリギリ要請されるのか

What is being?

存在とは何か?弔うときはあなたたちの存在の記憶に関わる。国家が自身を祀るときははじめから存在するに関わることができない


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過去のものをひっぱりながら形成してゆく制作のプロセス。過去を捨てるがちっとも新しくない。極大化してどんどん希薄となって極小化する。名を与える近代


バイデンの圧倒的勝利を無視したトランプ大統領と彼の支持者達は選挙そのものを占拠する反民主主義の声か?オキュパイ運動とその言説が包摂されてしまったのではあるまいか?



精神の眼、鬼神の眼

デリダエクリチュールと差異』は、この私は読む力がないのですが、何を言いたかったのでしょうか?この本のなかで批判されている、ソシュール『一般言語体系』とレヴィストロース『野生の思考』は、なにか、<生きている言葉>と<死んだ言葉>とのせめぎあいを書いていたのでしょうか?<生きている言葉>は、ものを住処としている<死んだ言葉>を、生きているのか死んでいるのかわからないように語ります。言葉は過去の蘇りの近くで声を聞くように語るのですけれど、だけれどそこで死に切った過去を開く精神の眼、鬼神の眼を哲学的に思考することがなければ、<死んだ言葉> に隠れている<生きている言葉> を考えているだけかもしれません。文明論はそういうものかもしれません。文明論は死に切ったものを実体として指示しますが、死に切ったものとは思考の対象です。実体として考えてしまうと、死に切った過去としての <死んだ言葉>から見つめられる意味を、名はあるが意がわからなくなった他者の言語が存在する意味を、考えることができなくなるのではあるまいかと不安に感じてしまいます



「合理主義」を読み直す


フーコは西欧の問題をいう。わたしなどはこのフーコの一文を読んだときは、「最も価値のない」カントとヘーゲルの哲学しか考えられなかったほどで、まあ西欧中心主義で、西欧のオリエンタリズムでなければ価値すら成り立たない江戸時代の儒者(古学)が漢字仮名文で何とか読み解こうとした朱子の思想のことを考えることがなかった。アジアに位置する近代日本のことを論じる可能性のある問題なのに、いつものように近代ヨーロッパを考えていた。いや待て、近世日本の思想と文化もヒューマニズムがある。ヨーロッパとアジアと共通のものがある。しかしそれはヒューマニズムという言説のなかにそって論じられなければゼロなのだ。たしかに合理主義は東西にある思想だ。その場合は、アジアの普遍主義・啓蒙主義朱子学の合理主義を考える必要がある。それはこの世とあの世に「二つの道理がある」と考えないような合理主義である。詳しく知らないが、ポストモダンドゥルーズを読むと、中世ヨーロッパのドゥンス・スコトゥスもトマスアクナスにたいしておなじように考えたかもしれないが、それはプラトニックな神秘思想におけるものであろう。しかし朱子は合理的に考えたのである(先ず、生を考えなさい。それから死を考えなさい。) 

現在も文明論は、近代は中世のような偉大な哲学がないのはどうしてかという問いにたいして、17世紀は絵画で、18世紀は音楽で、哲学をつくったf:id:owlcato:20210112002640j:plainと説明する答えをきくとき、なるほどそういうものかとわかってしまう。しかしアジアの形而上学も、17世紀と18世紀のアジアの思想も知らないでいいとしていた、いや正直そんなこともまるっきり考えてもいなかった、現在もまったく変わっていない明治の「合理主義」の教育プログラムの生産物でしかないわたしはもうやっていけなくなってきたとおもう


ヘーゲル以後、[…]かつて西欧において最も高度な思考であったものが今や教育の領域で最も価値のないものとみなされている活動に転落してしまったという事実が、恐らく哲学が既にその役割と機能と自律性を失ってしまったことを証明しているといえるでしょう。」

ーフーコ『文学・狂気・社会』



書評を読まさせていただきました。この書評から新しく多くのことを学んでいます。先ず、読み解かれた「方法としての大正」は素晴らしい視点です。

「子安氏の2016年の著作である『「大正」を読み直す』では明治に後続した大正という時代から見た考察、つまりは、「方法としての大正」が用いられていたが、この視点は「方法としての江戸」と同質の分析方法であった点も注記しておこう」

「知識人」という切り口から、民衆の立場から論じられていたのは大切だとおもいました。
「他者性」ではラカンの分析から展開しているのは非常に面白く、今後議論していくべきものと考えました。『漢字論』は先生の代表作ですから、先生は12章「「漢」の排除と一国家主義――津田左右吉『シナ思想と日本』の再読 二」を分析した書評を求めておられていたとおもいます。
子安氏が指摘した漢字の他者性とは、ジャック・ラカンならば「大文字の他者 (grand Autre)」と呼ぶであろうものであると私には思われる。
本当にその通りだとおもいます。この点について付け加えさせていただきますと、間違ったことを言うかもしれませんが、中国は、2009年ぐらいから経済的に日本を追い抜きますが、当惑するアジア諸国にとってどう関係をとっていいのかわからない「大き過ぎる他者」だと考えています。乱暴にわたしの考えを説明させていただきますと、中国は東アジアの中心にいる権利をもっていると考える根拠は、自己が漢字文明の中心にいるからです。しかし現代中国は中国語をどんどん音声化しています。これは音声中心主義の自言語中心主義にほかなりません。自己が漢字文明の中心にいるという根源的誤認があるようにみえます。これが「大き過ぎる他者」の問題を構成するとかんがえています。柄谷行人が『資本論』の新しい読み方とともに帝国中国をアジア知識人たちに向かっていいはじめましたが、柄谷は「大き過ぎる他者」の問題を隠蔽しています。私の理解ですが、子安先生の「漢字」はデリダエクリチュールと呼んだものと一致するとおもいます。「大きすぎる他者」に過ぎない<一国>民主主義はエクリチュールを所有できません。エクリチュールは<他が(論理的に)先行する>あり方だからです。もしアジアがエクリチュールをもつと考えるとしたらどういうことが言えるのかを考えているところです。多分ここで言うアジアは実体化できないでしょう。アジアはこれまで誰も語ることが無かった思考の対象です。これが竹内好の「方法としてのアジア」ではなかったかと理解しております。(説明が不味くてすいません)

天皇制」のなかで論じられていることは、わたしをはじめ、子安氏の問題意識に接近する多くの読者にとって素晴らしい理解の助けとなると思います。

主権者の自由と平等という前提に立った西洋の近代国家理念では、自由や平等という基本原理と対立するものとしての宗教理念は排除され (その最もよい例がフランスの非宗教性 [laïcité] を謳った国家体制である)政教分離が根本原理として唱えられたのである。何故なら、近代国家にとって最重視されるべきものは死後の世界でも、始原的な崇拝の中心でもなく、今、ここで、現実を生きている国民の中で展開する国家システムだからである。この観点から見れば、祭政一致の政治システムはあまりにも旧態整然としたものであるだ。


子安先生の本のなかでは書かれていないのですが、解釈改憲によって、軍国主義は復活し、また事実上国家神道が復活してしまいました。絶望していますが、だからこそというか、国家祭祀の禁止から国家を制作することが要請されているのではないかとこのわたしに語っておられました。近代が終わる時代にもはや国家に戻って考える必要がないので、先生が命名なさった言葉ですが、国家祭祀を禁止したアジアのグローバルデモクラシーの中心という理念ですね。

「近代日本国家システムの問題点」のなかのこの文は本質的なことを言っています。ここに、髭さんの大切なご主張が集中しているとおもいました。

ジャン=リュック・ナンシーは『無為の共同体――哲学を問い直す分有の思考』の中で、「ある意味では、共同体とは抵抗そのものである。つまり内在に対する抵抗だ。それゆえ共同体とは超越性である。だが、「聖なる」意義をもはやもたない「超越性」は、まさしく内在への (全員の合一への、あるいは一人ないし幾人かの排他的情熱への、要するに主体性のあらゆる形態、そのいっさいの暴力への抵抗以外の何ものも意味しない」(西谷修安原伸一朗訳という主張を行っている。ナンシーはここで、単に「共同体」と述べているが、厳密に規定するならば、それは一般化された共同体ではなく、近代以降の西洋型の共同体である。すなわち、彼はジョルジュ・バタイユの至高性という概念を詳細に分析しながら、神聖さの中にある暴力に反抗するものとしての西洋型の近代的共同体の意義について語っているのだ。

 神聖なるものは至高性を有するものである。それはその聖性ゆえに、あらゆる問いかけを拒否することも、理不尽な要求を行うことも、責任を担うことを拒否することもできる存在である。神聖さは神々しさの裏面に暴力を隠し持ったものなのだ。「神聖にして犯すべからず」と定義された天皇の存在も同様に機能するものである。


ナンシーの思想をこうしてアジアに即して考えることができるのは本当に意義深い問題提起です。自分で考えてみようとおもいますが、ここで言われるバタイユ至高者は、ブランショの至高者と無関係ではなさそうですからおそらく一緒に考えたら面白いようにおもいました。


言説「天皇は神聖にしておかすべからず」。「神聖さ」で表象される過剰な政治的統一。考えてみると、明治の元勲たちは天皇を人形だとおもっています。京都から無理矢理連れてきた天皇を「神聖」だというのですね。変ですね。しかしこれについては、明治のエスタブリッシュメント対抗西欧の復古主義は王政復古の仮装で確立していくしかないと考えたが、中江兆民自由民権運動を導く思想に対する彼らの恐怖のことを改めておもいます。近代国家が彼らの捏造した過去ー「神聖」ーに押しつぶされていく最初の悲鳴が、日中戦争ではなかったかとおもいます。

• 言説「天皇は神聖にしておかすべからず」(明治憲法)。「神聖さ」で表象される過剰な政治的統一。伊藤博文は『日本書紀』の言葉をひいて注釈を書いています。リベラルであれ保守主義であれ、明治の元勲たちは皆天皇を人形だとおもっていました。だから京都から無理矢理連れてきた天皇を「神聖」だというのは変ですね。しかしこれについては、明治のエスタブリッシュメントは対抗西欧の復古主義は王政復古の仮装で確立していくしかないと考えたが、中江兆民自由民権運動を導く思想に対する彼らの恐怖のことを改めておもいます。近代国家が彼らの捏造した過去ー「神聖」ーに押しつぶされていく最初の悲鳴が、日中戦争ではなかったかとおもいます。

明治憲法の成立過程を読むと、議会の財政権のコントロールの独立に関して当時のドイツ憲法よりリベラルであったことがわかります。

•宮沢の8月革命説は天皇機関説に繋がっているようです。8月革命説は正しいとおもいます。戦前の国体は後期水戸学に基づく制作だったと考えると、国家祭祀の戦前との連続性を禁止した象徴天皇性も制作でしょう

解釈改憲によって、軍国主義は復活し、また事実上国家神道が復活してしまいました。絶望していますが、だからこそというか、国家祭祀の禁止から国家を制作することが要請されているのではないでしょうか。近代が終わる時代にもはや国家に戻って考える必要がないので、子安先生が命名なさった言葉ですが、アジアの2000万人の命を奪った国家祭祀を禁止したアジアのグローバルデモクラシーの中心という理念ですね。これは、「祀る国家は戦う国家」というような国家の理性をたたえる「神聖」なものではなく、制作的に至高なものだと考えています。

和辻哲郎の言説「祀る神が祀られる神」を解体できずに一年が過ぎてしまった、なんということだろうか。わたしは自身の思考の決定的不足をおもう。言説「祀る神が祀られる神」は、日本リベラルが答えをだすように、デモクラシーと両立しないと言ってしまえばいいのか?正直わたしはわからないでいる。何故なら、言説「祀る神が祀られる神」を消しても、デモクラシーの形態である明治維新の近代が残るからである。わたしがおもうのは、ここで必要なのはおそらく漢字論ではあるまいかと。漢字エクリチュールは他が論理的に先行するあり方として存在している。他者は他者であるのは、そこに他が論理的に先行しているように。音声中心主義の帝国は自らが漢字エクリチュールを所有しているゆえにアジアの中心にあるべきだとおもうのは根源的誤認であるように、自言語中心主義と「一国」民主主義の国家が、声の神話的内部に在る「祀る神が祀られる神」をたたえるゆえにアジアの中心にあるべきだとおもうのは根源的誤認だと言わざるを得ない。言説「祀る神が祀られる神」で表象される「神聖なもの」は、「漢字は不可避の他者である」で表象される「至高なもの」としてのアジアを盗むものである、とわたしはかんがえようとしている。そのアジアとは、「祀る神」「祀られる神」と同様に、やはり実体はなくて思考の対象であるけれども、共同体が「祀る国家は戦う国家である」を止める意味を絶えず問う限りにおいて倫理的なものであり得るのではないか

推敲中
文学史というと、
History of litterature in English ーBritain&Ireland&...
それに現在話題に上るScotlandが加わるのでしょうけれど、1970年代以降はイギリスで一般的にこういう言い方になりました。このように言うと、なにか一つに包摂できないような開かれた知の枠組みを思い浮かべますね。辞書的には、又は、分かっている専門家や研究者の間では簡潔に、English(British)Litteratureで十分に通じるのですが、カフェで会話するときこの言い方はなーんか不安というか、大英帝国的「一」を喚起するなにか古臭い嫌な響きがあります。(パウンドでも勉強してるの?という感じ)。どちらがいいのか何人かにきいたことがあるのですが、尋ねてみたそのひとり、ナイジェリアの英語で書くショインカの仲間で、70年代に留学してきた方にきくと、マルチ・カルチュアリズムのロンドンでは、英文学史はやはり、History of litterature in English ー ...&...&...&...というあり方が要請されるとのことでした。
このことをできるだけ思想的に考えてみますと、アイルランドスコットランド、そしてナイジェリアの外部から、イギリスの近代を捉えてみることにどんな意義があるのだろうかと改めて考えるとき、言語的アプローチに依るのですが、(豪族とかの反乱で古代国家の統一が簡単には行かなかったと伝える「古事記」と比べてみることができるか?)、世界の半分をもつことになるイギリスで象徴される近代化というものが原初的に困難を極めたということ、History of litterature in English ー...&...&...&...というこの指示に反映されていると思います。Englishというものはどこにも属する散種だが、いかなる場所でも発芽して完成することはない、目的をもたない「過程」のイメージが湧きます。
そのEnglishがジョイス文学というスリットからどのように展開してくることになったのか、これが私の関心であります。




どうして国が金を出して医療・福祉施設の検査を徹底しないのかって?金が東京五輪に固定されてしまっていて必要なところにまわらないからでしょう。国家の名誉に押し潰されています

「みんなが間違っていると考える見方に実はみんなが考えていなかった正しい主張がある」という懐疑精神と平等的正義感、新しい経験を重んじて法を発見する信念をもっていない裁判所などに憲法を判断する力はないとおもうようになりました。裁判所が解決してくれないならば、われわれが言うしかないとおもいます。その場合、当事者のために解決するという視点が大切になってくるはずだとおもいます

「写真は示している、物は与えられているのであり、そしてそのために、物は距離を置いたままでいるのだ、ということを。与えられているもの(le donné)のもつ贈与行為は、そこに、その場のなかにとどまっている、ーあるいは、おそらく、むしろ、贈与行為とは場それ自体なのである。与えられているものの背後に贈与があり、そして、贈与が「ある」ということは(l‘ ”il y a”)は、もつことー場(l‘ avoir -lieu)[場をもつこと/起こること]なのである。この、[場をもつこと/起こること]は、隠されたままでいるのではなく、接触との隔たりのなかで不可視の状態で、かつ触知できない仕方で開かれているのである。フィルムも上に、観光性の小さな皮膜の上にやってくる光ーすなわち、情報のもろもろの単位として分析によりピクセル化される光ーこの光は、表明し、とどまらせるのだ、光の贈与を、光の啓治を、光を宣言し光を作動させる「光あれ」を。「光あれ」は、行為における区別=栄誉(distinction)であるがゆえに、神的なもの(崇高なものであると、Longinは述べている)なのである。」

* Cassius Longin、c.213-273 新プラトン派の修司学者、哲学者

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4年前ジジェクは大統領になるのはクリントンよりトランプがいいと言っていた。破壊者トランプに抵抗して資本主義米国の根本問題が解決される運動が出てくる筈だから。そうなったか


菅政権を支持している4割ですけど、だれが一番タフかを競う生き残りゲームをしているつもりで自分が勝ち残るなどとおもっているのでしょうか?


ホホー境界の傍らに与えられる場所で、触角なしで触れる、視覚なしで見る、そうして共に働く感覚がカフカプルーストの文学に書いてあるとはニャ


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フーコー『言葉と物』:第1部で、古典主義時代での一般文法、博物学、富の分析を素描する。第2部で、それらが断絶的に変様し18世紀末以降に系譜学、生物学、経済学として成立し人文諸科学を統べる過程を記す。そのなかで知を司る主体としての人間が近代において生み出されたものであることを示す。」(哲学botより)

構造<視覚ー空間ー触角>は、表象の限界によって、人間を基底とした構造<触角ー時間ー視覚>へと転回した、フーコにとって問題となってくるのは、再び人間の表象を利用していかに人間を解体するかである。境界の傍らに与えられた場所を世界の外部的中心として構成すること、振動を捉える毒虫のナレーションの成立とともに、すべてを表現し尽くす嫉妬のシーニュを解体すること、そのための方法として、<視覚なしで見るーテンソル的時空構造ー触角なしで触れる>ことは果たして可能か(ドゥルーズ)。精神分析構造主義の帝国から逃れいくヨーロッパにおける「近代の超克」の問題?他者の問題を考えるために、宇波彰氏を考えることがはじまるのはいまだとおもう

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『語孟字義』に伊藤仁斎の前に誰も言わなかった思考の斜線が書いてあるー水平的差異化の軸(仁斎)と垂直的差異の軸(朱子)が構成する座標において

ひとは黒地の上に,光り輝くインクで書くのではないのだ.ただひとつ,星々のアルファベットだけが,そうすることによって,粗描されたか〔書くことが〕中断されたかしたような姿を現して来る.――つまり,人間は,白〔紙〕の上であくまでも黒を追い求めているわけだ.ーマラルメ

「水平的平等」は理気論の同一性と差異性の軸、脱構築的「水平的平等」は仁斎の四端の心の軸。後者の多様性に格差が生じぬように、斜線は朱子の同一性を見直す方法のアジア的構成か

Twitterがトランプ氏に対してついに永久停止処分を下した理由を説明して、米議会議事堂への暴力的な侵入を奨励したことを考慮したと言う。そもそもトランプの問題は、責任を追求してくる都合の悪い質問に答えない彼の態度にある。わたしが怖く感じるのは、彼は質問そのものを破壊しようとしているのではないかと疑うときである。彼が奨励した議会議事堂への侵入は侵入以上の意味をもっている。選挙そのものを壊しているとしたら?現代は権力が政府に集中していて、この現代ほど、被支配者は権力を支配者に委ねた時代はあっただろうか。だからこそ、「責任は全部、一切合切の権力が委ねられた政府にある」と批判するためには、質問が不可避なのに、それすら許されないとしたら、どこの国も自民党の国みたいになってきている。近代という時代は、戦争と開発と同化はどんどん進むのに、自由に喋る政治が全然進まないという時代なのだ。菅は「仮の質問に答えられない」と言っているが、事実上質問を禁止しているようなものではないか?100年後の人々は、最後に質問したひとは誰であったかと調べて、後期近代のいまの時代をどのように語ることになるのだろうか。これも、禁じられた仮定の質問となってくるのか..

山崎闇斎をたたえる

こんなわたしのようなものの話を辛抱強く聞いてくれたのは二人。どちらも「聖」という名前をもっていたのは、偶然だろうけどね。其れは其れとして、荻生徂徠の制作論の思想を知らなければ、『江戸思想史講義』(岩波書店)に書かれているこの文の大切さを発見できなかったかも。「『敬』の名辞が存在しなかった遠い過去にあっても、後に『敬』と呼ばれる『心法』(すなわち『無名ノ敬』)は聖人たちの心の内に存在し、それは例えば『乾坤ニ掛』の像の上にも顕されてきたのだと闇斎はいう。」(子安氏)

思想は過去から生まれたものではないし過去の中にあるものでもないのに、過去から生まれたし過去の中にあったと言う。思想を自己のものにしようとした他者の存在を思い出すために?

恵原病院は近所。広尾病院といえば、恵比寿時代の隣人だった韓国人夫婦の出産のお祝いに行ったことを思い出した。あのときの赤ん坊はもう30歳すぎているはずなんだ

推敲中

「どうしてアイルランドにいたのか?」と聞かれたら、「20世紀の主たる作家はこの国から現われたから」と答える。「なぜ?」と問われたら、「ここにあらゆる人間の問題があるから」と言う。八十年代は、七十年代の開かれた批評精神の形骸化ー文献学的プロ意識の復活ーである。ポスト構造主義ジョイスのテクストによって、他者にhelloと言う書記行為、グローバル資本主義の搾取にNoと声をあげことの倫理的意味が読み出される。<私は話す>ということは、アイルランド演劇がこれを初めて行う。アイルランド演劇の前に、<私は話す>は一度も起きなかったのである。


現代アイルランド演劇『faith healer』

ブライアン・フリールは『トランスレーションズ』で土地の名について考えた(プルーストも小説の中で考えた)。アイルランドの表象の成立は英国軍の近代測量とアングロ・サクソン化させられた地名のとともに成り立った。『faith healer』はベケットを超える凄い芝居なのである!治療する力powerを失った信仰治療者フランクの興行をえがいている(写真はフランクの弁護士出身の奥さん)。

      アベラーダ、アベライロン、
       サングラノッグ、サングリッグ
      アベゴーレッヒュ、アベギノルウィン
      サンデファイロック、サンネハメッズ
      アベホーサン、アベポーズ

フランクが信仰治療に利用しているお唱えは全部、現在滅びつつある土地の名である。わたしの理解では、土地の名はBadiouが言う意味で「空集合」である。分析哲学からは数学ではないと非難されるが、Badiouは言っている、自分の文は詩なんだと。彼は空集合とか固有名の意味を問う詩を書いている。差異をさがしに行け、属することばかりを考えるなと。もし土地の名を「空集合」として考えてみたら「存在する」ことについてどういうことが言えるか考えてみよう。名は土地のなかにないし土地からくるものではない。名は他者である。

第一部 フランク (1)

 Brian Friel; Faith Healer
 Part One, Frank (1)

 Frank; (Eyes closed) 
 Aberarder, Aberayron,
 Langranog, Llangurig,
 Abergorlech, Abergynolwyn,
 Llandefeilog, Llanerchymedd,
 Aberhosan, Aberporth...
 All those dying Welsh villages. (Eyes open.) I'd get so tense before a performance, d'you know what I used to do? As we drove along those narrow, winding roads I'd recite the names to myself just for the mesmerism, the sedation, of the incantation -
Kinlochbervie, Inverbervie,
 Inverdruie, Invergordon,
 Badachroo, Kinlochewe
 Ballantrae, Inverkeithing,
 Cawdor, Kirkconnel,
 Plaidy, Kirkinner...
 Welsh-Scottish-over the years they became indistinguishable.The kirks or meeting-houses or schools-all identical, all derelict. maybe in a corner a withered sheaf of wheat from a harvest thanksgiving of years ago or a fragment of a Christmas decoration across a window - relicts of abandoned rituals. Because the people we moved among were beyond that kind of celebration.

フランク(目を閉じて)
       アベラーダ、アベライロン、
       サングラノッグ、サングリッグ
      アベゴーレッヒュ、アベギノルウィン
      サンデファイロック、サンネハメッズ
      アベホーサン、アベポーズ
 ウエールズ地方の滅び行くあの村たち・・・(目を開ける)
 私は出番のまえにはえらく緊張しちゃううんです。どうしたかというと、あの細い曲がりくねった道々に沿って車を飛ばしてこの呪文を催眠剤とか鎮静剤として唱えていたというわけです。
      キンロッホバーヴィ、インヴェバーディ
     インヴァドルイー、インヴァゴードン
     バダクルー、キンロキュ
     バラントレイ、インヴェキーシング、
      コードー、カコネル、
      ブレイディー、カキナー・・・
 ウエールズスコットランド地方の名前なんですが、時が経つにつれお互いに区別がつかなくなりましてね。教会でも、集会所でも、学校でも、みんな廃墟になっちまったところばっかり借りてたもんです。過ぎし日々の祭りの儀式の名残などがあってー部屋の隅には何年も前の感謝祭につかわれた枯れた麦の穂が一本だけあったり、窓にはクリスマスの飾りのの頃が張り付いていたりと。ただ、わたしらが相手にした連中は、そんな祝いなどとは縁のない貧乏な人々ばかりだったんですがね


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来週に親戚の家族葬に行くつもりでいたが、さっき電話で東京から来ることを断られた。年末に東京からの感染が起きているし、地方の病院が大変になっている話も聞いて心配している


大学に勉強しにいく所で、友達と会うのが目的でない。分かっているけれど。惑星『ソラリス』のSFみたいだ。宇宙船の科学者達は互いに孤立して自分の過去の記憶を物質化して生きる


五輪開催が至上命令だ。五輪中止を求める声に耳を塞ぐ権力の中心は、解釈改憲軍国主義国家神道を復活させたが、原発災害以降の分裂に恐怖していて政治的統一の喝采を捏造したい


ジル•ドゥルーズ著『プルーストシーニュ宇波彰

第八章 アンチロゴスまたは文学機械 より


問題は、プルーストによっ、いくつかのレベルで提起されている。ひとつの作品を統一させるものは何か。われわれと作品のあいだに、<コミュニケーションをさせる>ものは誰か。芸術の統一性があるとすれば、それを作るのは誰か。部分をまとめるひとつの統一、断片を全体化するひとつの全体をわれわれは探求することを断念した。なぜならば、有機的全体性としてのロゴスみ、論理的統一としてのロゴスも、いずれも拒否するのが、部分または断片の、特性であり、性質だからである。しかし、それらの断片の全体としての、この多様なものの、この多様性の統一であるところのひとつの統一が、存在するし、また存在しなくてはならない。つまり、原理ではなく、多様なものと、その分裂した部分の<効果>であるようなひとつのもの、ひとつの全体が存在しなくてはならない。このひとつのもの、ひとつの全体は、原理としては作用せず、効果として、機械の効果として機能するだろう。それはひとつのコミュニケーションであって、原理として措定されるものではなく、機械と、その分解された部分品、コミュニケーションもないその部分の運動の効果として生まれてくるものであろう。哲学的には、閉ざされた部分、あるいは、コミュニケーションのないものから結果するコミュニケーションという問題を最初に提起したのは、ライプニッツである。戸口も窓もない<モナド>のコミュニケーションを、どのように構想すべきであろうか。ライプニッツの巧みな答えは、つぎの通りである。つまり、閉ざされたモナドは、その属性の無限のセリーの中で、同一の世界を展開•表現することにより、また、それぞれのモナドが、他のモナドとは異なった、明確な表現の領域を持って満足することにより、したがってすべてのモナドが、神が展開せしめる同じ世界についての異なった視点であることにより、すべての同じ材料を処理する、というのである。このようにして、ライプニッツの答えは、神というかたちのもとにーこの神は、それぞれのモナドの中に、世界または情報についての同じ材料を入れ、(<予定調和>)、また、孤立したモナドのあいだに、自発的な<対応>を基礎づける神であるがーあらかじめ存在する、統一と全体性を回復する、プルーストにとっては、もはやその見方は不可能である。彼にとっては、さまざまな世界が、その世界に対する視点に対応し、また、統一性・全体性・コミュニケーションは、機械の結果としてのみありうるものであって、あらかじめ存在する材料を構成するものではない。


Le problème est posé par Proust à plusieurs niveaux: Qu’est-ce qui fait l’unité d’une œuvre? Qu’est-ce qui nous fait <communiquer> avec une œuvre? Qu’est-ce qui fait l’unité de l’art, s’il y en a une? Nous avons renoncé à chercher une unité qui unifierait les parties, un tout qui totaliserait les fragments. Car c’est le propre et la nature des parties ou fragments d’exclure le Logs aussi bien comme unité logique que comme totalité organique. Mais il y a, il doit y avoir une unité qui est l’unité de ce multiple-là, de cette multiplicité-là, comme un tout de ces fragments-là: un Un et un Tout qui ne seraient pas principe, mais qui seraient au contraire <l’effet > du multiple et de ses parties décousues. Un et un Tout qui fonctionneraient comme effect, effet de machines, au lieu d’agir comme principes. Une communication qui ne serait pas posée en principe, mais qui résulterait de jeu des machines et de leurs pièces détachées, de leur parties non communicantes. Philosophiquement, c’est Leibniz qui posa le premier le problème d’une communication résultant de parties chose ou de ce qui ne communique pas: comment concevoir la communication des <monades> qui sont sans porte ni fenêtre? La réponse truquée de Leibniz est que les monades fermées disposent tout du même stock, enveloppant et exprimant le même monde dans la série infinie de leurs prédicats, chacune se contentant d’avoir une région d’expression claire, distincte de celle des autres, toutes étant donc des points de vue différents sur le même monde que Dieu leur fait envelopper. La réponse de Leibniz restaurer ainsi une unité et une totalité préalables, sous forme d’un Dieu qui glisse dans chaque monade le même stock de monde ou d’information (<harmonie préétablie>), et qui fonde entre leurs solitudes une <correspondance> spontanée. Il ne peut plus en être ainsi selon Proust, pour qui autant de mondes divers répondent aux points de vue sur le monde, et pour qui unité, totalité, communication ne peuvent que résulte des machines, et non pas constituer un stock préétabli. ーDeleuze


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愛国心というのは保守主義とは何の関係もない。それは、変化しながらも不思議なまでにもとのままだと感じられる何物かに身を捧げることである。例えて言えば、もと白軍にいたボルシェビキがロシアに対して抱く感情のようなものだ。[右であれ左であれ、わが祖国] ジョージ•オーウエル


「映画は私たちの眼差しを私たちの欲望にかなう世界に置き換える」(ブレッソン)。『言葉と物』では、近代が終わり人間が消滅した後に再び人間の表象が語られれるのは何故か?「明確なイメージ」(ゴダール)をともなわず、存在の自己否定の曖昧な観念に留まることは倫理的に許されないからではなかったか

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It is always the “dead letter ” in which the “living spirit“ must survive, a deadness from which it can be rescued only when the dead letter comes again into contact with a life willing to resurrect it although this resurrection of the dead shares with all living things that it, too, will, die again.  ー Hannah Arendt


「生きた精神」が生き続けなければならないのは「死んだ文字」の中においてである。そして「生きた精神」を死から救い出すことができるのは、それを進んで蘇らせようとする一つの生命と再び接触するときだけである。ーハンナ•アーレント『人間の条件』23


深く重くそして遠く(に行って調べる)説得力の近代は、だけど先行する表面的に軽く近くにしか見えてこないものを蓋してしまうと、体系的に一生懸命に積みあげた知識がむなしい..


深く重く遠くにある中心から見られているから、自己の傍の言語は表面的で軽く卑近なものとなる。厄介なのは、対抗中心に絡みとられた起源とその深さと重さと遠さを見るときである


小林秀雄が語るように、難しくなるのは遠く難しい理念をあまりに短い時間で考えるからなのか?問題は行いだ。卑近で平易さを理念として言語行為的に行うことも時間に関係なく難しい


われわれは議会や中央銀行の奥に行かない。占拠の抗議は中にいる人を外に出そうとする。何をしているか分からず中にいたと同じだった自分自身への抗議でもある。現場で他者を考える


アタリは伝染病の背景に地球環境の問題があると言う。この解決なくして静かにしていれば元に戻るという考えが人類を滅亡させると。国の責任なのに国民が事実上損害賠償を払っている


憲法制定権力者ー憲法の成立を以って優越的に保障される言論の自由を核とする憲法体系を与えた。




中国で初めて「革命」の思想を明らかにしたのは、戦国時代の諸子百家の一人、孟子だった。戦国の七雄の一つに挙げられていたは、もとの斉王の家臣団の一つであった田氏がその王位を奪ったものでふつう田斉といわれている。国家の主権の基盤に問題を抱えていた斉の宣王が孟子に会ったときに、まっさきに聞いたのが「の湯王は夏王桀を放逐して殷王朝を建て、の武王は殷の紂王を征伐して周王朝を確立した。臣下がその君主に反抗し、君主を殺して、つまり革命を行ったということは歴史上の事実か?」ということだったのは、そのような事情があったからだった。孟子が「古い書物にそう書いてある」と答えると、宣王はさらに「臣下の身分で主君を殺すことが道義的に許されるのか」と反問した。


常にシナリオを二つ用意しておかなければならない


孟子は答えて「仁愛をそこなうものは賊であり、道義をそこなうものが残である。こういう残賊をおかすような悪人は、天子にして天子でなく、一個の人間に過ぎない。だから、殷の湯王や周の武王は、天子にして天子でない残賊、すなわち一個の人間に過ぎない夏王桀や殷の紂王に反抗してそれを殺したのである。殺した相手は一個の人間にすぎなかった」という。
 これが有名な中国における革命論である。すなわち、中国を統治する君主は、人民の人望をえている聖人である人が、天から命じられ、天の代理である天子として人民を治めるのである。だから、暴虐な君主たちは人民の人望を失い、人民に反抗され、そしてけっきょくそのくらいを追われる。ここでいう天は、仮想的・抽象的なものであるが、その天がいままでその王朝に命じて天下を治めさせていたのが、その命令を改めて、人民の人望を失った暴虐な君主を放逐し、その代わりに、新しく人望をえている者に命じて天下を統治させる。人民の世論に応じて天が命を革(あらた)める――この革命論を初めて打ち出したのが孟子である。」(貝塚茂樹・伊藤道治『古代中国』2000(初刊1974) 講談社学術文庫 p.485)


• 常にシナリオを二つ用意しておかなければならない。革命のシナリオAと別のシナリオBである。後期水戸学の特徴としては易姓革命を否定し尊王の立場をとったから、シナリオAは無理だった。そのかわりシナリオBがある。聖人は命名行為によって国家を制作するシナリオである。だから王政復古のクーデターはシナリオBに基づいていたとはいえない。だが、国家の成立とともに、恰も国家は聖人がどこからきたのか語らなければならなくなったかのように、後に明治憲法天皇が不可侵であるとか言いだすことに先行して、国家は聖人を天照大神として再構成していた起源的言説が幕末にあった。この起源的言説は、西欧も支配する、19世紀において顕著な帝国のものである。(民族主義は影響力をもってこの時代に存在したと言えるか?それはその言葉を知る大正時代に起きると思わされる。) 歴史修正主義に囚われている21世紀のわれわれはほんとうにそれほど、明治におけるこの起源的言説から遠くにいるのだろうか?


期待外れをたたえる


ラストエンペラー』のベルトリッチは鏡にうつらぬ心の影にこだわるようなメチャクチャ面白い作品を作る。映画界の本居宣長だとおもう。だけれど暗闇とは何かの裏側でしかない。その表側を示してこそ映画は左翼である。そうしてゴダールは映画において決定的な何かを言う。と、おもっていたら、嗚呼前作とまたおなじことを言っている。映像と言葉は別々ではいけないぐらいのことしか言えない。ゴダールの映画にいつもガッカリさせられる、常に期待外れである。嗚呼ロッセリーニだったら、パゾリーニだったらとおもってしまう。しかしゴダールはこの期待外れが凄いのだ。われわれが住処としておる近代がガッカリしている。そうならば近代をガッカリさせてやろうではないか。多分このとき、形而上学的論理の順番が告げられている。映像と言葉とは、生者と死者を分けへだてはいけないように切り離してはならない。つぎに映像を考えよ、生者を考えよ、言語的存在である人間が存在する意味を考えよだ。しかし近代とは専ら生者を考えるのである。死に場所なんか500年前からなくなっている


“excuse the emotion, but when I die, Delaware will be written on my heart. "


Time is not a thing, thus nothing which is, and yet it remains constant in its passing away without being something temporal like the beings in time.

Martin Heidegger


Maybe the most certain of all philosophical problems is the problem of the present time, and of what we are, in this very moment.

 –Michel Foucault,“The Subject and Power”


アイリッシュ系の新しい大統領バイデンが作家ジェイムス・ジョイスの言葉を引きながら自分の決意を語ったよ!(ジョイスはDublinと言ったところを、バイデンは自分が代表しているDelawareと言っている)。嗚呼果たしてヒューマニズムホワイトハウスにもどってくるのか?

“excuse the emotion, but when I die, Delaware will be written on my heart. "


Das andere >Ende< aber ist der >Anfang<,die >Geburt<.


Im Sein des Daseins liegt schon das > Zwischen< mit Bezug auf Geburt und Tod


Martin Heidegger


Time is not a thing, thus nothing which is, and yet it remains constant in its passing away without being something temporal like the beings in time.

Martin Heidegger


来年はジョイスユリシーズ』出版から100年である。前衛的近代チャンピオンか、それとも、解体近代のポストモダン的チャンピオンなのか、ジョイスをどう観るかをめぐる議論は、シェークスピアとダンテと並んでヒューマニズムの偉大な歴史に刻印されることになるだろう。しかしである、ヒューマニズム帝国主義とが両立する問題を、グローバルデモクラシー無き新植民地主義ネオリベグローバリズムが始まった後期近代のジョイスの読みにおいて問題にしなければいけなかった、ヨーロッパの周辺アイルランドの声なき声はどうなるのか?平等の最高の理想は西欧にある違いない、否、アジア(仏教)にこそあるがアジアはヨーロッパのようにそれを実現する方法をもっていなかったのか、この点について議論がある所だけれど、問題はヨーロッパも、西欧に対抗したアジアも、帝国主義に絡みとられてしまったことである。「自分で決めた亡命」をやったジョイスアイルランドであれ、岡倉天心の「東洋の理想」であれ、ヨーロッパの周辺の思想なり芸術が、対抗西欧の復古主義に陥らずに、精神の隷属を拒んで西欧を包摂するような未来は不可能なのだろうか?


トランプ大統領選出のときは核ボタンを押す危険が心配されたが、彼はビジネスマンタイプだった。だが大量の恩赦を与えて金儲けする最後の最後まで商売にしか関心がなかったとはね


In the US. White people can’t imagine black people who are just like them .


「白人至上主義」または「Brexit 」あるいは「美しい国」。2005年から問題となっていることはこの一言に尽きると思われー“We are on our own”


Wake up はジョイス文学を読み解く鍵です(「歴史は、そこから私が目覚めようと努力している悪夢だ」)。「目覚め」とは何か?<死>だとジジェクが言います。夢を発明し続けなければ目覚めると。トランプはアメリカンドリームしかなかったので目覚めてしまいました。バイデンは新しい夢を発明できるかです


ジョイスユリシーズ』(1922)は、「歴史は、そこから私が目覚めようと努力している悪夢だ」という「目覚め」の歴史についての言説を語る文学です。『ユリシーズ』は昼の本です。ところでアメリカ人ほど夢という言葉を好む人々はいません。『フィネガンズウェイク』(1939)は知識人の本ベスト10のなかにかならずランクインします。さて夢をテーマとする夜の本である『フィネガンズウェイク』からは、「目覚め」とは何でしょうか?<死>です、とジジェクが言います。夢を発明し続けなければ目覚めると。わたしは、このポストモダンアイロニーにすべてのことが語られていると思います。そしてわたしは<死>を、音声中心主義のラディカルモダニズムと考えようとしています。「文革」はそういうものでした。「文革」以降の中国は、天安門前広場事件の民主化の道を弾圧して、儒教的「礼」で表象される帝国的な政治的統一を以って夢を発明しようとしていますが、成功したでしょうか?目覚めて、ロシアと同様の皇帝的コミュニズムの独裁の死のなかにあるようにみえます。目覚めてしまったのは、中国とロシアだけではありません。「白人至上主義」(アメリカ)または「Brexit 」(ヨーロッパ)あるいは「美しい国」(日本)、2005年から問題となっていることはこの一言に尽きると思われますー“We are on our own”。ネオリベグローバリズムに対抗するために、われわれ自身にこだわる、自言語中心主義<一言語>主義と<一国>民主主義は、実は、ネオリベグローバリズムと両立する悪夢なのかもしれません。われわれ自身の起源と彼らの起源という境界線を引く思考の問題、これは一考の価値があります。思考が思考のなかの思考できないものと関わることができなくなるする近代が構成する思想史的問題です。アタリは伝染病の背景に地球環境の問題があると指摘したうえで、この解決なくして静かにしていれば元に戻るという考えが人類を滅亡させると言います。そこで地球環境の問題を取り組むことができるような世界を語る理念的構成のもとに、グローバルデモクラシーの思想空間を制作する夢を発明しなければ、隣国と隣人の他者に依拠できないわれわれは死のなかに目覚めてしまう未来に不安をもち続けていくのではないでしょうか。


思想史空間は可能か?先験的経験的二重体の人間を論じるときに時間の思考に依拠しては起源の思考に絡みとられる。近代建築の靖国神社ですら太古に遡る。だから思想史的空間を考える。ポストモダン建築の位相空間的構造に人間が定位するような建築の前に立つだれもが、200年前にあらわれた人間が太古から規定されているとは考えないだろう。思想史空間と建築とは一体なのである。これから建築物を見ることは、写真を見ることである。触角なく触るような、思考できない断片たちとのコミュニケーションである。


荻生徂徠が言う聖人による礼楽の制作は、解体-普遍主義(朱子額)の身体であり、身体の外部の成立とともにある思想空間のエクリチュール•文でなのかな


ジョイスユリシーズ』(1922)は、「歴史は、そこから私が目覚めようと努力している悪夢だ」という「目覚め」の歴史についての言説を語る文学です。『ユリシーズ』は昼の本です。ところでアメリカ人ほど夢という言葉を好む人々はいません。『フィネガンズウェイク』(1939)は『ユリシーズ』といっしょに知識人の本ベスト10のなかにかならずランクインします。『フィネガンズウェイク』の書き出しは(riverrun)は、「河は流れます」という文です。フランス語訳は「夢をみましょう」と読ませようとします。どちらも正しいと思います。『フィネガンズウェイク』は夜の本だからです。さて『フィネガンズウェイク』にとって、「目覚め」とは何でしょうか?<死>ですとジジェクが言います。夢を発明し続けなければ目覚めてしまうのだと。生と死を夢を発明できるかによって説明しようというのです。ここでわたしは<死>を、音声中心主義のラディカルモダニズムの目覚めだと考えています。

生と死を別々に考えるのではなく、表側と裏側の関係として一緒に考えるとして、思考の論理的順番を<折り返す>ことによって、裏側にあった<死>を表側にして考えはじめたらどういうことが言えるでしょうか。亡霊のような死から見つめられることになります。<折り返す> によって、夢ではなく、制作が問題となってくるのです。そしてそこではじめて<生>が倫理的に問題となってくるようにおもうのです。ここで『朱子語類』の鬼神論の言説についてわたしは考えるのですね(下は子安先生の板書を書きうつしたものです。) この思考の論理的順番 の折り返しによって成り立つのが「精神」です。「精神」は、荻生徂徠が言う聖人による礼楽の制作が解体-普遍主義(朱子)の身体であり、身体の外部の成立とともにある思想空間のエクリチュール•文でしたが、そういう制作的契機をもつ理念が「物」として再構成されたものではないだろうかとわたしはかんがえようとしています。





石田梅岩を讃える  「第四章 形は直ちに心と知るべし  梅岩心学をどう読むべきなのか」

石田梅岩を讃える


「第四章  形は直ちに心と知るべし  梅岩心学をどう読むべきなのか」


 

江戸の武士政権によって、天皇・貴族・寺社が独占してきた学問にアクセスできるようになった農民や町人の中から、心学とその運動を創始した石田梅岩(1685‐1744)のように、形而上学を構築するものが出てきた。こうして、17世紀にアジアの知識革命が起きたといえる。これは特筆すべきことである。しかし、この「学び」の脱階級的な意義を明治国家と和辻哲郎の人倫国家は理解しなかった。その理由は何であろうか。

この問いには、なぜ「明治維新の近代」の考察で石田梅岩を取り上げるのか、という問いが答え得る。近代は、前近代をして自己を実現するぐらいのものとしか考えないが、これは自己正当化の認識のとんでもない傲慢かもしれない。

例えば、薩長の王政復古のクーデターによって天皇にすべての権力を集中させて成り立った明治維新の近代は、江戸時代の理想を実現することに失敗した、と考えてみたらどうだろうか。実際、明治維新は新権門体制を確立して不平等を拡大させたのではなかったか。では、江戸時代の理想とは何か。差別のない世の中という理想である。一方、同時代の西欧のように差別を無くしていく社会的方法を具体的に論じることは、政治権力をもつ武士政権を批判する危険な行いであったから、商人出身の伊藤仁斎はそれを道徳的に議論した。また、形而上学的に平等とその意味を考えたのが、農民・商人出身の石田梅岩であった。江戸という時代は商人と農民が学問をした時代である。特権階級である天皇・貴族・寺社から奪った学問を、武士は商人と農民に与えたのである。

 

農家に生まれて、京都の商家へ奉公に出された後に心学を創始した石田梅岩は、「形は直ちに心と知るべし」と説く。ここでいう「形」とは、「真の<人間的平等>への心学的苦闘」を続けた石田梅岩が、商人の人間的・倫理的価値主体の確立を意図したときに出てきた概念であり、「社会的存在としての人の具体性」をいう。「その存在の具体性において、その存在に求められている行為を端的になすことを『形ヲ践(ふ)』むというのである。」そして、「心ノ工夫」という精神をいうことによって、「現に、<形>としてある自己を、自然必然的な存在と観ずる自己否定の能動性が、その<形>に対応する<則>を没我的に遂行する主体、一個の倫理的主体を成立させるのである」。朱子は「気が直ちに道理だ」と言った。つまり、形とは、具体的な存在のあり方であり、天から与えられた、と子安氏は読む。伊藤仁斎のように、(ただし朱子の思想的枠組みを棄てることなく)石田梅岩朱子の「克己復礼」を彼なりに解釈したらしい。「形は直ちに心と知るべし」は目覚めの契機を指示しているのが、その心学の面白さである。

 

「武士的主従関係における献身的な<臣>のあり方を一般化し、『総ジテ重モ軽モ人ニ事ル者ハ臣ナリ』と商人の実践的な主体のあり方をも<臣>ととらえるのである。そしてかく商人を<臣>ととらえることによって、献身的な臣の能動性と倫理性とを商人的主体に保持せしめようとするのである。」

「私がここに見ようとするのは、この<心学>としてはじめてなしえた商人の人間的価値主義の確立である」。

 

「梅岩が商工業者を『市井ノ臣』ととらえたことはよく知られている」。

「梅岩は士農工商をいずれも<臣>ととらえ、商人が臣として相事するのは<天下>であるという」。

 

ここで、子安氏は葉隠の武士道のパトス(家光の死以降殉死が禁止される)に注意を促す。武士道のパトスの知が商業の取引の場で実現していくのではないかというのである。ここで、パトスが武士から商人へ移動する関係のダイナミズムを観察できるかもしれない。「君ニ事(つかえまつ)ルヲ奉公ト云、奉公ハ我身ヲ君ニ任セテ忘レタルナリ」(『石田先生語録』巻八)という献身の忘我性の強調は、武士と商人の間に共通のパトスがあることを読み取ることができる。

 

「『維新』的近代の幻想」における石田梅岩論は、和辻哲郎は梅岩をどのように読んだのかという問いから始まるといえる。石田梅岩は「商人ニ商人ノ道アルコトヲ教ユルナリ」と言っているが、和辻哲郎によって語られる昭和の時代精神という「日本精神」は超克という視点であるため、石田梅岩に否定的だったという。和辻哲郎にとって、石田梅岩の心学は「町人根性」として表象され、「質の悪い切り捨て的な言葉」で一掃された。人倫的国家日本はこの「町人根性」を超克しなければ真の国家共同体に非らず、と和辻哲郎はみた、と子安氏は説いている。

 

 


 

鈴木雅之を発見することの意義 「第三章  なぜこの農民国学者は遅れて発見されるのか 農民国学者鈴木雅之と『生成の道』」子安宣邦氏著「『維新』的近代の幻想」(作品社)より

鈴木雅之を発見することの意義


「第三章  なぜこの農民国学者は遅れて発見されるのか 農民国学者鈴木雅之と『生成の道』」

 

天保8年(1837年)下総利根川畔の農村に生まれ、明治4年に35歳で逝った鈴木雅之は「遅れて発見される国学者」である。ちなみに、鈴木雅之の名前をネットで検索してもほとんど情報を得ることができないのが現状である。子安氏は「農村の生んだー国学者」である鈴木雅之が著した「撞賢木」の「総説」より次の言葉を引く。

「凡そ世(世界)になりとなる(生々)万物人は更なり、禽獣虫魚にいたるまですべて有生のたぐひ)尽く、皆道によりて生り出づ道のことは下にいへり。道ある故に、世にある万物は生り出たるものなり。」

「人もとより道を行ふによりていけるなり。いける故に道を行ふと思ふは、反(かえ)ざまの惑いなり。(人此の惑ひある故に道と疎くなりて、ややもすればはなればなれになるなり。人と道とは然はなればなれになるものにはあらず。道を全く行ひ得ると行ひ得ずしてかくものとはあれども、いけるかぎりのものは、たれも皆しらず行ひてあるなり。全く道を棄絶ていけるものは、更にあることなし。)」

そして、子安氏は、「生成の道の根元性をいい、地上の生活者をその生活による道の遂行者」であるとする「生活者の思想」に行き着き、「(平田)篤胤ら国学の先達に」回答を与えた、この農村の「異様な向学心をもった少年」、「異常の一少年」に驚き、「同時にこの少年を生み育てた江戸後期下総の一農村に驚くのである」。

江戸時代の「参勤交代が作り出す政治的な全国的ネットワークは、同時に経済的ネットワークをなし、文化的ネットワークをも構成した。さらに幕藩体制社会にとって重要なのは都市と農村とのネットワークである」、「儒学国学蘭学、心学などなどがこのネットワークによって全国的な学派、門流を成していった。ことに一八世紀後期から一九世紀初頭の江戸社会にあって、江戸と地方農村の豪農層を通じてのネットワークの形成とこのネットワークによる著述の販売と教勢の拡大を意欲的にはかったのは平田篤胤とその学派的中心気吹舎(いぶきのや)であった」。鈴木雅之は生成の道の根元性から、ネットワークとしてグローバルに繋がる活動性の意義を考えた。ネットワークを語るのは、文化的ネットワークに依拠して学んだ彼の経験による所が大きいのではないだろうか。

ここには、近世江戸社会に脱階級的な知識・学問が展開と普及をなし、書物の存在が自発的学びを創り出し、多孔性のネットワークとして発展していた状況がみえる。子安氏は、60年代の終わりの時期に、「日本の名著」(中央公論社)の一冊としてとして「平田篤胤」の巻の構成と解説の仕事に取り組み、篤胤の「霊能真柱」を軸に、佐藤信淵の「鎔化育論」と鈴木雅之の「撞賢木」を添えて、「国学コスモロジーとその展開」をテーマとすることを構想する。

<外部性>という思想的テキスト解読のための方法的視点を自ずから私はドイツ滞在によってもったのである。ドイツから読むことによってはじめて私が顕幽二元論的構成をもち、救済論的課題を内包した篤胤コスモロジーの意味を読み出すことができたのである。やがてそれはポスト構造主義的なデイスクール分析の方法として80年代以降の私の思想史を導くことになる」。

「このドイツ滞在は私に篤胤を再発見させただけではない。鈴木雅之という農民思想家を発見させたのである」。

鈴木雅之を発見することの意義は、この章の最後の子安氏の言葉に集約されている。

「国家的神(現人神)の原理によって丸ごと作り上げていった近代日本は、」「生活者の思想をうもれさせることによってその国家的運命を遂げていったのである」。

横井小楠という変革期の「精神の器量」 「第二章  明治は始まりに英知を失った  横井小楠と『天地公共の道理』」子安宣邦氏著「『維新』的近代の幻想」(作品社)より

横井小楠という変革期の「精神の器量」


「第二章  明治は始まりに英知を失った  横井小楠と『天地公共の道理』」


 

明治維新の近代を批判的に語ることができなくなってしまうのは、明治と江戸を分割することによって「言語の拡散」(フーコー)が起きていることによるのではないか。五カ条の御誓文も拡散した言語としてだけ残っていて、もっぱら明治に確立したものの見方からのみ理解するため、意味がわからなくなる。明治維新の近代を批判的に語るためには「言語の集中」(フーコー)が必要となる。変革期におけるものの見方を知るためには、ここでは江戸のものの見方について考えなければならない。明治維新に確立したものの見方のなかに、それとは異なるものの見方として横井小楠の思想が見出せる。

横井小楠は、「長崎に来航したプチャーチンとの交渉に」派遣された「開明的な幕臣」の川路聖謨に書き送ったといわれる「夷虜応接大意」のなかで、公武合体論を唱え、「有道無道を分かたず一切拒絶するは、天地公共の実理に暗くして、遂に信義を万国に失ふに至るもの必然の理也」と説いた。「信義をもって通信通商を要求することは公共の道理であってそれを拒む理由はない。『理非を分かたず一斉に外国を拒絶して必戦せんとする』過激攘夷派の主張は、鎖国の旧習に泥み、公共の道理を知りえぬ必敗の徒の主張である。」つまり、その思想は、鎖国的な一国的割拠見に依存するのではなく「変革期の基準として機能する理念」である、と子安氏は読み解く。「天地公共の道理」の言説は、薩長の各藩が勝手に戦い自分の軍事力を高める一国的割拠を否定するものである。私には、これは伊藤仁斎朱子の克己復礼の教説を脱構築的に注釈したものにみえる。横井小楠は天下的公の儒者であり、その「儒者的英知」によって「グローバルな視圏の拡大」が可能となる「精神の器量」がもたらされた。

彼に、「幕府諸藩の体制維持に収斂する政治的思考と行為とを『私事』『私営』と断ずる」普遍的な公共の視点をもたらしたのは、幕府によって広められ文明論的展開をもたらした書物の「海国図志」であった。ここで、子安氏は、彼の「実学」が道徳的内面性に裏打ちされ、変革期におけるものであることを見逃さない。私には、変革期における道徳的内面性が、自らの中に閉じてしまうことを許さない天地公共の明確なイメージを持つ必要を促した、とみえる。こうして、われわれが横井小楠を考えるとき、早すぎた近代の超克に行きつかざるを得ないのである。


津田左右吉はどのように「明治維新」を語ったか。「第一章  『王政復古』の維新  津田宗吉『明治憲法の成立まで』を読む」 子安宣邦氏著「『維新』的近代の幻想」(作品社)より

津田左右吉はどのように「明治維新」を語ったか


「第一章  『王政復古』の維新  津田左右吉『明治憲法の成立まで』を読む」

子安宣邦氏著「『維新』的近代の幻想」(作品社)より


 

「いわゆる王政復古または維新が、その実少なくとも半ばは、皇室をも国民をも欺瞞する彼等(イワクラ・オオクボら)の辞柄であり、かかる欺瞞の態度を彼等が明治時代までもちつづけてきた証跡が見える。」

 

さて、津田左右吉が「王政復古」と呼ぶものはなんであろうか。子安氏はつぎのように説明する。「『王政復古』とは『明治維新』という近代世界に向けての日本の変革を方向づけ、性格づけていった重要な政変である。」「薩長両藩の討幕派という武力的政治集団による政権奪取の政変であった。それゆえこの政変を歴史家は『王政復古クーデター』ともいうのである。」

政権奪取者は、便利なスローガンともいうべき神話を利用して、その神話としての「明治維新」を自らに都合よく政治的に現実化した。

「『王政復古』が武力討幕派によるクーデターであるならば、『王政復古』とはその政権奪取の政変を正当化し、慶喜ら公議政体派を政治的にも屈服させる政治的理念的な標語だということになる。たしかに神武創業という神話的古代への回帰をいう『王政復古』とは、この政権奪取者たちにとって理念的にも、また現実的にも最も望ましい政治標語であったであろう。なぜなら『王政復古』という神話的理念の政治的現実化は、すべて政権奪取者の恣意に任せられることになるからである。」

政権奪取者が行った神話としての「明治維新」の政治的現実化が、それを「王政復古」として覆い隠し、われわれが近代化の別のあり方を考えることを不可能にしてしまう。はたして、「王政復古」という呼ばれることになった「明治維新」は近代日本の「正しい」始まりなのか、という脱神話的問題提起がここでなされているのである

私は子安氏の講義を聴き、神宮外苑聖徳記念絵画館を見学したが、そこに掲げられた饒舌な説明の言葉に沈黙させられた。「明治維新に始まる近代国家日本の形成過程が明治天皇の聖なる事績として絵画化され、「壁画」群として展示されている」。日本人が希望をもって、これら「壁画」群を観るために集まる未来とはどういう未来だろうか。「壁画」群に、公=国家を超える天というものはみえない。薩長を中心とした「私」としての有力な封建的権力である連合反幕の運動が表象するものは、「明治維新」が「王政復古」であるという言説である。一方、武力的権力奪取(クーデター)に先行するかたちで、横井小楠の「天地公共の道理」において説かれたような、西欧と対等で自立した普遍性に依拠する別の言説が幕末に存在していたことが、次章にて論じられる。

子安氏は、「明治日本の帝国的国家形成を『王政復古』=『天皇親政』という歴史的理念の実現史として描き出す」「壁画」郡を、「『王政復古』と題されたスキャンダラスなクーデター的事件の始まりというべき場面の図」と分析している。

この「事件性を島田墨仙は岩倉具視の野卑な権謀家的風貌の上に表しているように私は思われる。その岩倉に正面して座する山内容堂の端然たる姿に画家はむしろこの歴史的事態における正しさを写し出しているようだ。」そして、「津田の明治維新をめぐる諸論によってはじめて、『王政復古』が武力討幕派の策謀によるクーデターであったことを、そしてこの事件が日本近代国家史の上に重大な刻印を強力に捺していったことを知ったのである。」つまり、津田にこのことを教えられるまで、子安氏は「王政復古」を「明治維新」と等置して疑うことはなかった、というのである。

「『維新』的近代の幻想」では、聖徳記念絵画館に端を発した、いわば、イメージの「王政復古」批判から、国史教科書の「王政復古」批判へと議論は展開され、昭和戦争時の国史教科書「初等科国史 下」(昭和十八年三月発行)の「明治の維新」章の「王政復古」についての記述が取り上げられる。そして、「この『国史』教科書は、聖徳記念絵画館とともに、『王政復古』=『天皇親政』的史観が昭和日本の制作物であることを告げている」ことを説き、「だが明治維新による日本の近代国家形成を『王政復古』=『天皇親政』的理念の実現と見るような史観は、一九四五年の皇国日本の敗北とともにはたして消滅したのだろうか。」という問いをわれわれに突きつけるのである。

戦後の日本人にとって「明治維新」とは何であったのか。子安氏によると、大学紛争は「近代の政治・社会制度的な遺物としてある大学の学問的制度的体系を解体的」に批判した。そして、生じた問題とは、「原理主義的性格を持った闘争」に導かれた学生たちの解体的批判が、内部抗争と暴力と自滅の末受けることとなる制圧ののちに起きた「合理的経営体であることを要求する大学改革」の結果、大学が持つべき抵抗する知という内部の力をも失わせてしまったのではなかったか、ということである。「明治維新150年」を迎えた現在、「明治維新」に始まる「この近代」そのものを問うことがない日本近代史家のような歴史家たちによって、ジャーナリズムとアカデミズムは「明治維新」を「蝶蝶と」語っているだけであるという。ネットに、「明治維新、万歳」の声もないが、「書店を賑わす明治維新関係書」は、この50年で大学の知の発する言説の質が変容したことを物語っていると言わざるを得ない、という。

津田左右吉によると、江戸時代は事実上の象徴天皇制だったという(徳川幕府が政治権力をもち、京都の天皇は文化権力をもっていた)。天皇が政治権力をもつのは王政復古というクーデターの明治維新からである。幕末に至って、「誤った勤王論が一世を風靡し、その結果、いわゆる王政復古が行われて、皇室を政治の世界にひき下ろし、天皇親政というが如き実現不可能な状態を外観上成立させ、したがってそれがために天皇と政府とを混同させ、そうしてかえって皇室と民衆とを隔離させるに至った」。子安氏は、「津田の反討幕派的維新観が党派的な非難をこえた根底的な批判を『王政復古』的明治専制政府と国政に向けてなされていることを知る」という。さらに、「昭和の天皇ファシズムによる軍事的国家の成立を『王政復古』維新と無縁ではないと考える」子安氏は、「津田の維新をめぐる論考を大きな助けとして『明治維新一五〇年』を読み直したいと思っている。」という。つまり、昭和十年代の全体主義に帰結した「明治維新150年」の読み直しは、必然として、津田左右吉の「ラディカルモダニズム」の読み直しを必要とするのである。津田の思想が示唆する「もう一つの近代」に、現在の政治の行き詰まりを打破する論拠が存在するのである。

 

こうして、「『維新』的近代の幻想」は、思想史の自己像を示しているのであるが、フーコーは 「言葉と物」の書き出しにおいて思想史の肖像画について考えている。

「つまり、すでにしばしば彼(注、ベラスケス作の「侍女の間」の画家、つまり、言説を書く主体)の眼がたどってきた、そして疑いもなくただちにふたたびとるであろう方向 、いいかえれば、そのうえに、もはや決して消されないであろうひとつの肖像(注、王と画家自身との関係)がおそらくはずっと以前から、そしてこれからも描かれつづけ、描かれたままであるにちがいない、不動の画布の方向のことだ。」(「言葉と物」)

 

津田左右吉永久革命的 な「ラディカルモダニズム」と和辻哲郎の国体的な「祀られる神は祀る神である」という思想は、思想史的言説を形成する双極をなす。知の考古学からみると、二つは対立する物の見方であるが、音声中心主義の論理平面からみると互いに補完し合い、言説の、言説上に構成される思想史の自己像の差異なのである。つまり、津田の「ラディカルモダニズム」と和辻の「国体論」とは、生と死における関係のように二項対立的に対立している。これらを脱構築するためには、思想史を言語平面に配置しなければならない。そうして、子安氏においては、江戸思想と後期水戸学において展開した制作論の視点から始まり思想史を読み直すことが要請された。そこで、明治維新の近代は、対抗西欧の近代とともに、荻生徂徠命名制作論の祭祀国家の近代として、言説的に再構成される。また、開かれた文化である漢字文化圏の近代としてのアジアが、方法的に読み直されるのである。

書評 子安宣邦 著、 「維新」的近代の幻想、 日本近代150年の歴史を読み直す (作品社)

書評


子安宣邦 著、 「維新」的近代の幻想、 日本近代150年の歴史を読み直す (作品社) 


本多 敬 


「『維新』的近代の幻想」とは何であろうか。日本近代150年の歴史を問い直す子安宣邦氏の著書は、外部の思考を失い閉じた内部的幻想に囚われたわれわれが語ることができなくなっている「維新」的近代を語ることを可能にする。はたして、「明治維新」は近代日本の「正しい」始まりなのか。子安氏は、開かれた外部の思考のあり方を問い続けてきた。


「維新」という日本近代の限界を語ろうとしたその瞬間に、限界は炸裂してしまうので、語ることができることと語ることが不可能なこととの距離である、原初的分割ともいえる場所へ再び連れ戻される。この言語の端とも表現できる分割点にわれわれは運ばれるが、その端自体が拡散し始めて、自身が相対化されると、われわれもだれも存在しないように感じる。どのような国でも資本を蓄積した後にヴァリエーションをもって資本主義が成立するが、正しい始まりが論理的に先行しないかぎり、自由に喋れる市民はいつまでも存在しないのではないか、つまり、アジアは経済がどんどん進むが、どうして言論の自由が進まないのかということを「『維新』的近代の幻想」は問うのである。


子安氏は、前著の「大正を読み直す」において、思想史における津田左右吉和辻哲郎とのあいだの思想的対決を、互いに衝突させる形で展開した。一方、「『維新』的近代の幻想」は、津田左右吉論から始まり、和辻哲郎論と北京大学での講演である「『日本近代化』再考」で終えているのであるが、こうして、思考の迂回的遅れの戦略によって、津田の思想の意味を数百頁後の和辻の思想とその天皇論において考えさせようとしているのではないだろうか。はたして、津田左右吉の「ラディカルモダニズム」とは何か。そして、和辻哲郎は国家と宗教にいかなる関係を打ち立てようと考えたのか。


明治とは何か。そして、この問いに先行しなければならないのは、江戸とは何か、という問いである。子安氏が、日本思想史家としての自己形成はこの問いとともにあったという「日本近代の始まり」という問いである。津田左右吉から和辻哲郎へと繋がる、長くゆっくりした分析の線上に、朱子学の視点、そして、「ポストモダン孔子」の方向で一層の深化が求められる「方法としての江戸」と「方法としてのアジア」、中国語に翻訳された「漢字論」、日本近代文学批判、戦没学生たちの手記についての論考が展開される。津田左右吉和辻哲郎という二つの極の間に以下の思想家たちが取り上げられる。鈴木雅之横井小楠石田梅岩、大熊信行、荻生徂徠と会沢正志、中江兆民徳冨蘆花夏目漱石、尾崎秀実、田辺利宏、そして、竹内好。子安氏は、「歴史修正主義的な長期政権による権力の集中と腐敗とがとめどなく大きくなりつつある」「今の絶望を再認識」しながらも、「『維新』的日本の近代150年の歴史の中にそれとの血脈的繋がりを信じたくなるような『本物』はいる」として、横井小楠中江兆民、尾崎秀実、戦没学生たちに「希望に連なる言葉を見出すことができるかもしれないのだ」、という。


こうして、「『維新』的近代の幻想』」は6つの部と17の章で構成される。これらは、東京と大阪で開かれた市民講座(公民教室)である「明治維新の近代」の論考をまとめたものである。


「『維新』的近代の幻想」は、子安氏がいうところの「解体日本思想史」、つまり、脱構築的方法によって、日本近代150年の歴史を読み直す試みである。歴史を読み直すとは何か。これに関しては、終章の「『日本近代化』」再考」と題した北京大学における講演 (2019.5.25.)の後に行われた、学生との討論会のために用意したメモである「北京大・討議のためのメモ:近代・近代化・近代主義」が参考になる。


「『日本近代』を批判しながら、われわれにおける『現代』を見定め、それに直面するためには『日本近代』がその絶対的な始まりとする『明治維新』を相対化しなければならない。これを絶対的な始まりとする『日本近代』をいかに相対化するかが問われてくる。この世界史的『近代』を相対化するには、それぞれの一国的『近代』を考えることによってである。」


ここでは、世界史的「近代」というグローバルな歴史ともう一つの「近代」である地域的な歴史とを考える必要を語っている。国家(一国的言語主義、一国民主主義)という枠を超えたアジア(漢字文化圏)について、確立したグローバルな見方(大きな歴史)のなかに、それとは別の見方をつくること。言い換えれば、歴史を読み直すために必要となるのは、「明治維新」を絶対的な始まりとする世界史的「近代」の普遍を批判する、外部の思考を要請する他者の視点なのである。フーコーの知の考古学は、現代という時代を構成している論理と解釈について述べているが、「世界史の構造」の柄谷行人氏の論理にとって意味があることが形式化を徹底する他者だとしたら、子安氏の解釈にとって意味があることは方法的思考としての他者である、ということを「『維新』的近代の幻想」から学ぶことができると考える。


「国家を人為の制度的体系とすることは、国家を制作物と見ることである。」(中江兆民 『民約訳解』を読むーその1)


「あとがき」において、「制作の秋(とき)」とは今である、と子安氏は述べている。


「1945年の敗戦とは作り替え可能なものとして国家を見ない民族的、神話的国家観の敗北であったはずです。それは新たな『制作の秋』であったはずです。だが制作の主体となりえなかったわれわれは戦後七十余年のいま歴史修正主義的政権によるもう一度の敗北をさせられようとしています。」「核兵器による最初の犠牲者であり、戦争の敗北者であった日本人を、核兵器禁止条約への署名を拒否する安倍首相はそのことの結果として、人類史における道徳的敗北者にしてしまうのです。われわれはこの屈辱にたえることができません。ほんとうにこれを屈辱だと知れば、「制作の秋」とは今だということを知るはずです」。


「『維新』的近代の幻想」は、21世紀の日本の政治を支配するに至った歴史修正主義ナショナリズムに対抗するための批判的重石をなすものである。こうして、われわれは国家祭祀と天皇制の問題をも考えることになるだろう。天皇とは、歴史が変わってもいつの時代にも現れる構造であり、象徴性を過剰に超える行い(祀るパロール)を許すと、憲法における国民主権の根本を危機に貶める、という現在の問題であり、日本思想史を見渡しながら、精神の従属をもたらす構造を言語化する思想的課題である。


(了)



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津田左右吉はどのように「明治維新」を語ったか。


「第一章  『王政復古』の維新  津田宗吉『明治憲法の成立まで』を読む」

 
「いわゆる王政復古または維新が、その実少なくとも半ばは、皇室をも国民をも欺瞞する彼等(イワクラ・オオクボら)の辞柄であり、かかる欺瞞の態度を彼等が明治時代までもちつづけてきた証跡が見える。」
 
さて、津田左右吉が「王政復古」と呼ぶものはなんであろうか。子安氏はつぎのように説明する。「『王政復古』とは『明治維新』という近代世界に向けての日本の変革を方向づけ、性格づけていった重要な政変である。」「薩長両藩の討幕派という武力的政治集団による政権奪取の政変であった。それゆえこの政変を歴史家は『王政復古クーデター』ともいうのである。」
政権奪取者は、便利なスローガンともいうべき神話を利用して、その神話としての「明治維新」を自らに都合よく政治的に現実化した。
「『王政復古』が武力討幕派によるクーデターであるならば、『王政復古』とはその政権奪取の政変を正当化し、慶喜ら公議政体派を政治的にも屈服させる政治的理念的な標語だということになる。たしかに神武創業という神話的古代への回帰をいう『王政復古』とは、この政権奪取者たちにとって理念的にも、また現実的にも最も望ましい政治標語であったであろう。なぜなら『王政復古』という神話的理念の政治的現実化は、すべて政権奪取者の恣意に任せられることになるからである。」
政権奪取者が行った神話としての「明治維新」の政治的現実化が、それを「王政復古」として覆い隠し、われわれが近代化の別のあり方を考えることを不可能にしてしまう。はたして、「王政復古」という呼ばれることになった明治維新は近代日本の正しい始まりなのか、という脱神話的問題提起がここでなされているのである
私は子安氏の講義を聴き、神宮外苑聖徳記念絵画館を見学したが、そこに掲げられた饒舌な説明の言葉に沈黙させられた。「明治維新に始まる近代国家日本の形成過程が明治天皇の聖なる事績として絵画化され、「壁画」群として展示されている」。日本人が希望をもって、これら「壁画」群を観るために集まる未来とはどういう未来だろうか。「壁画」群に、公国家を超える天というものはみえない。薩長を中心とした「私」としての有力な封建的権力である連合反幕の運動が表象するものは、「明治維新」が「王政復古」であるという言説である。一方、武力的権力奪取クーデターに先行するかたちで、横井小楠の「天地公共の道理」において説かれたような、西欧と対等で自立した普遍性に依拠する別の言説が幕末に存在していたことが、次章にて論じられる。
子安氏は、「明治日本の帝国的国家形成を『王政復古』天皇親政』という歴史的理念の実現史として描き出す」「壁画」郡を、「『王政復古』と題されたスキャンダラスなクーデター的事件の始まりというべき場面の図」と分析している。
この「事件性を島田墨仙は岩倉具視の野卑な権謀家的風貌の上に表しているように私は思われる。その岩倉に正面して座する山内容堂の端然たる姿に画家はむしろこの歴史的事態における正しさを写し出しているようだ。」そして、「津田の明治維新をめぐる諸論によってはじめて、『王政復古』が武力討幕派の策謀によるクーデターであったことを、そしてこの事件が日本近代国家史の上に重大な刻印を強力に捺していったことを知ったのである。」つまり、津田にこのことを教えられるまで、子安氏は「王政復古」を「明治維新」と等置して疑うことはなかった、というのである。
「『維新』的近代の幻想」では、聖徳記念絵画館に端を発した、いわば、イメージの「王政復古」批判から、国史教科書の「王政復古」批判へと議論は展開され、昭和戦争時の国史教科書「初等科国史 下」(昭和十八年三月発行の「明治の維新」章の「王政復古」についての記述が取り上げられる。そして、「この『国史』教科書は、聖徳記念絵画館とともに、『王政復古』天皇親政』的史観が昭和日本の制作物であることを告げている」ことを説き、「だが明治維新による日本の近代国家形成を『王政復古』天皇親政』的理念の実現と見るような史観は、一九四五年の皇国日本の敗北とともにはたして消滅したのだろうか。」という問いをわれわれに突きつけるのである。
戦後の日本人にとって「明治維新」とは何であったのか。子安氏によると、大学紛争は「近代の政治・社会制度的な遺物としてある大学の学問的制度的体系を解体的」に批判した。そして、生じた問題とは、「原理主義的性格を持った闘争」に導かれた学生たちの解体的批判が、内部抗争と暴力と自滅の末受けることとなる制圧ののちに起きた「合理的経営体であることを要求する大学改革」の結果、大学が持つべき抵抗する知という内部の力をも失わせてしまったのではなかったか、ということである。「明治維新150年」を迎えた現在、「明治維新」に始まる「この近代」そのものを問うことがない日本近代史家のような歴史家たちによって、ジャーナリズムとアカデミズムは「明治維新」を「蝶蝶と」語っているだけであるという。ネットに、「明治維新、万歳」の声もないが、「書店を賑わす明治維新関係書」は、この50年で大学の知の発する言説の質が変容したことを物語っていると言わざるを得ない、という。
津田左右吉によると、江戸時代は事実上の象徴天皇制だったという徳川幕府が政治権力をもち、京都の天皇は文化権力をもっていた)天皇が政治権力をもつのは王政復古というクーデターの明治維新からである。幕末に至って、「誤った勤王論が一世を風靡し、その結果、いわゆる王政復古が行われて、皇室を政治の世界にひき下ろし、天皇親政というが如き実現不可能な状態を外観上成立させ、したがってそれがために天皇と政府とを混同させ、そうしてかえって皇室と民衆とを隔離させるに至った」。子安氏は、「津田の反討幕派的維新観が党派的な非難をこえた根底的な批判を『王政復古』的明治専制政府と国政に向けてなされていることを知る」という。さらに、「昭和の天皇ファシズムによる軍事的国家の成立を『王政復古』維新と無縁ではないと考える」子安氏は、「津田の維新をめぐる論考を大きな助けとして『明治維新一五〇年』を読み直したいと思っている。」という。つまり、昭和十年代の全体主義に帰結した「明治維新150年」の読み直しは、必然として、津田左右吉の「ラディカルモダニズム」の読み直しを必要とするのである。津田の思想が示唆するもう一つの近代に、現在の政治の行き詰まりを打破する論拠が存在するのである。
 
こうして、「『維新』的近代の幻想」は、思想史の自己像を示しているのであるが、フーコーは 「言葉と物」の書き出しにおいて思想史の肖像画について考えている。
「つまり、すでにしばしば彼(注、ベラスケス作の「侍女の間」の画家、つまり、言説を書く主体)の眼がたどってきた、そして疑いもなくただちにふたたびとるであろう方向 、いいかえれば、そのうえに、もはや決して消されないであろうひとつの肖像(注、王と画家自身との関係)がおそらくはずっと以前から、そしてこれからも描かれつづけ、描かれたままであるにちがいない、不動の画布の方向のことだ。」(「言葉と物」)
 

津田左右吉永久革命的 な「ラディカルモダニズム」と和辻哲郎の国体的な「祀られる神は祀る神である」という思想は、思想史的言説を形成する双極をなす。知の考古学からみると、二つは対立する物の見方であるが、音声中心主義の論理平面からみると互いに補完し合い、言説の、言説上に構成される思想史の自己像の差異なのである。つまり、津田の「ラディカルモダニズム」と和辻の「国体論」とは、生と死における関係のように二項対立的に対立している。これらを脱構築するためには、思想史を言語平面に配置しなければならない。そうして、子安氏においては、江戸思想と後期水戸学において展開した制作論の視点から始まり思想史を読み直すことが要請された。そこで、明治維新の近代は、対抗西欧の近代とともに、荻生徂徠命名制作論の祭祀国家の近代として、言説的に再構成される。また、開かれた文化である漢字文化圏の近代としてのアジアが、方法的に読み直されるのである。

横井小楠という変革期の「精神の器量」

「第二章  明治は始まりに英知を失った  横井小楠と『天地公共の道理』」子安宣邦氏著「『維新』的近代

明治維新の近代を批判的に語ることができなくなってしまうのは、明治と江戸を分割することによって「言語の拡散」(フーコー)が起きていることによるのではないか。五カ条の御誓文も拡散した言語としてだけ残っていて、もっぱら明治に確立したものの見方からのみ理解するため、意味がわからなくなる。明治維新の近代を批判的に語るためには「言語の集中」(フーコー)が必要となる。変革期におけるものの見方を知るためには、ここでは江戸のものの見方について考えなければならない。明治維新に確立したものの見方のなかに、それとは異なるものの見方として横井小楠の思想が見出せる。
横井小楠は、「長崎に来航したプチャーチンとの交渉に」派遣された「開明的な幕臣」の川路聖謨に書き送ったといわれる「夷虜応接大意」のなかで、公武合体論を唱え、「有道無道を分かたず一切拒絶するは、天地公共の実理に暗くして、遂に信義を万国に失ふに至るもの必然の理也」と説いた。「信義をもって通信通商を要求することは公共の道理であってそれを拒む理由はない。『理非を分かたず一斉に外国を拒絶して必戦せんとする』過激攘夷派の主張は、鎖国の旧習に泥み、公共の道理を知りえぬ必敗の徒の主張での思想である。」つまり、その思想は「鎖国的な一国的割拠見」に依存するのではなく「変革期の基準として機能する理念」であると子安氏は読み解く。「天地公共の道理」の言説は、薩長の各藩が勝手に戦い自分の軍事力を高める一国的割拠を否定するものである。私には、これは伊藤仁斎朱子の克己復礼の教説を脱構築的に注釈したものにみえる。横井小楠は天下的公の儒者であり、その「儒者的英知」によって「グローバルな視圏の拡大」が可能となる「精神の器量」がもたらされた。
彼に、「幕府諸藩の体制維持に収斂する政治的思考と行為とを『私事』『私営』と断ずる」普遍的な公共の視点をもたらしたのは、幕府によって広められ文明論的展開をもたらした書物の「海国図志」であった。ここで、子安氏は、彼の「実学」が道徳的内面性に裏打ちされ、変革期におけるものであることを見逃さない。私には、変革期における道徳的内面性が、自らの中に閉じてしまうことを許さない天地公共の明確なイメージを持つ必要を促した、とみえる。こうして、われわれが横井小楠を考えるとき、早すぎた近代の超克に行きつかざるを得ないのである。


鈴木雅之を発見することの意義

「第三章  なぜこの農民国学者は遅れて発見されるのか 農民国学者鈴木雅之と『生成の道』」
 
天保8年(1837年)下総利根川畔の農村に生まれ、明治4年に35歳で逝った鈴木雅之は「遅れて発見される国学者」である。ちなみに、鈴木雅之の名前をネットで検索してもほとんど情報を得ることができないのが現状である。子安氏は「農村の生んだー国学者」である鈴木雅之が著した「撞賢木」の「総説」より次の言葉を引く。
「凡そ世(世界)になりとなる(生々)万物(人は更なり、禽獣虫魚にいたるまですべて有生のたぐひ)尽く、皆道によりて生り出づ(道のことは下にいへり)。道ある故に、世にある万物は生り出たるものなり。」
「人もとより道を行ふによりていけるなり。いける故に道を行ふと思ふは、反(かえ)ざまの惑いなり。(人此の惑ひある故に道と疎くなりて、ややもすればはなればなれになるなり。人と道とは然はなればなれになるものにはあらず。道を全く行ひ得ると行ひ得ずしてかくものとはあれども、いけるかぎりのものは、たれも皆しらず行ひてあるなり。全く道を棄絶ていけるものは、更にあることなし。)」
そして、子安氏は、「生成の道の根元性をいい、地上の生活者をその生活による道の遂行者」であるとする「生活者の思想」に行き着き、「(平田)篤胤ら国学の先達に」回答を与えた、この農村の「異様な向学心をもった少年」、「異常の一少年」に驚き、「同時にこの少年を生み育てた江戸後期下総の一農村に驚くのである」。
江戸時代の「参勤交代が作り出す政治的な全国的ネットワークは、同時に経済的ネットワークをなし、文化的ネットワークをも構成した。さらに幕藩体制社会にとって重要なのは都市と農村とのネットワークである」、「儒学国学蘭学、心学などなどがこのネットワークによって全国的な学派、門流を成していった。ことに一八世紀後期から一九世紀初頭の江戸社会にあって、江戸と地方農村の豪農層を通じてのネットワークの形成とこのネットワークによる著述の販売と教勢の拡大を意欲的にはかったのは平田篤胤とその学派的中心気吹舎(いぶきのや)であった」。鈴木雅之は生成の道の根元性から、ネットワークとしてグローバルに繋がる活動性の意義を考えた。ネットワークを語るのは、文化的ネットワークに依拠して学んだ彼の経験による所が大きいのではないだろうか。
ここには、近世江戸社会に脱階級的な知識・学問が展開と普及をなし、書物の存在が自発的学びを創り出し、多孔性のネットワークとして発展していた状況がみえる。子安氏は、60年代の終わりの時期に、「日本の名著」(中央公論社)の一冊としてとして「平田篤胤」の巻の構成と解説の仕事に取り組み、篤胤の「霊能真柱」を軸に、佐藤信淵の「鎔化育論」と鈴木雅之の「撞賢木」を添えて、「国学コスモロジーとその展開」をテーマとすることを構想する。
「<外部性>という思想的テキスト解読のための方法的視点を自ずから私はドイツ滞在によってもったのである。ドイツから読むことによってはじめて私が顕幽二元論的構成をもち、救済論的課題を内包した篤胤コスモロジーの意味を読み出すことができたのである。やがてそれはポスト構造主義的なデイスクール分析の方法として80年代以降の私の思想史を導くことになる」。
「このドイツ滞在は私に篤胤を再発見させただけではない。鈴木雅之という農民思想家を発見させたのである」。
鈴木雅之を発見することの意義は、この章の最後の子安氏の言葉に集約されている。
「国家的神(現人神)の原理によって丸ごと作り上げていった近代日本は、」「生活者の思想をうもれさせることによってその国家的運命を遂げていったのである」。

石田梅岩を讃える

「第四章  形は直ちに心と知るべし  梅岩心学をどう読むべきなのか」

 
江戸の武士政権によって、天皇・貴族・寺社が独占してきた学問にアクセスできるようになった農民や町人の中から、心学とその運動を創始した石田梅岩(1685‐1744)のように、形而上学を構築するものが出てきた。こうして、17世紀にアジアの知識革命が起きたといえる。これは特筆すべきことである。しかし、この「学び」の脱階級的な意義を明治国家と和辻哲郎の人倫国家は理解しなかった。その理由は何であろうか。
この問いには、なぜ「明治維新の近代」の考察で石田梅岩を取り上げるのか、という問いが答え得る。近代は、前近代をして自己を実現するぐらいのものとしか考えないが、これは自己正当化の認識のとんでもない傲慢かもしれない。
例えば、薩長の王政復古のクーデターによって天皇にすべての権力を集中させて成り立った明治維新の近代は、江戸時代の理想を実現することに失敗した、と考えてみたらどうだろうか。実際、明治維新は新権門体制を確立して不平等を拡大させたのではなかったか。では、江戸時代の理想とは何か。差別のない世の中という理想である。一方、同時代の西欧のように差別を無くしていく社会的方法を具体的に論じることは、政治権力をもつ武士政権を批判する危険な行いであったから、商人出身の伊藤仁斎はそれを道徳的に議論した。また、形而上学的に平等とその意味を考えたのが、農民・商人出身の石田梅岩であった。江戸という時代は商人と農民が学問をした時代である。特権階級である天皇・貴族・寺社から奪った学問を、武士は商人と農民に与えたのである。
 
農家に生まれて、京都の商家へ奉公に出された後に心学を創始した石田梅岩は、「形は直ちに心と知るべし」と説く。ここでいう「形」とは、「真の<人間的平等>への心学的苦闘」を続けた石田梅岩が、商人の人間的・倫理的価値主体の確立を意図したときに出てきた概念であり、「社会的存在としての人の具体性」をいう。「その存在の具体性において、その存在に求められている行為を端的になすことを『形ヲ践(ふ)』むというのである。」そして、「心ノ工夫」という精神をいうことによって、「現に、<形>としてある自己を、自然必然的な存在と観ずる自己否定の能動性が、その<形>に対応する<則>を没我的に遂行する主体、一個の倫理的主体を成立させるのである」。朱子は「気が直ちに道理だ」と言った。つまり、形とは、具体的な存在のあり方であり、天から与えられた、と子安氏は読む。伊藤仁斎のように、(ただし朱子の思想的枠組みを棄てることなく)石田梅岩朱子の「克己復礼」を彼なりに解釈したらしい。「形は直ちに心と知るべし」は目覚めの契機を指示しているのが、その心学の面白さである。
 
「武士的主従関係における献身的な<臣>のあり方を一般化し、『総ジテ重モ軽モ人ニ事ル者ハ臣ナリ』と商人の実践的な主体のあり方をも<臣>ととらえるのである。そしてかく商人を<臣>ととらえることによって、献身的な臣の能動性と倫理性とを商人的主体に保持せしめようとするのである。」
「私がここに見ようとするのは、この<心学>としてはじめてなしえた商人の人間的価値主義の確立である」。
 
「梅岩が商工業者を『市井ノ臣』ととらえたことはよく知られている」。
「梅岩は士農工商をいずれも<臣>ととらえ、商人が臣として相事するのは<天下>であるという」。
 
ここで、子安氏は葉隠の武士道のパトス(家光の死以降殉死が禁止される)に注意を促す。武士道のパトスの知が商業の取引の場で実現していくのではないかというのである。ここで、パトスが武士から商人へ移動する関係のダイナミズムを観察できるかもしれない。「君ニ事(つかえまつ)ルヲ奉公ト云、奉公ハ我身ヲ君ニ任セテ忘レタルナリ」(『石田先生語録』巻八)という献身の忘我性の強調は、武士と商人の間に共通のパトスがあることを読み取ることができる。

MEMO

「「製作する(produire)」という言葉のなかの「u」という文字は、「製作する」のなかに「語る(dire)」が入り込むのを妨げているだろうか」(ゴダール『映画史』1998)。ここでゴダールが語っているのは、外部性をもった制作のポストモダンである。外部の思考から投射されたグローバルデモクラシーの国家も制作される。これは決してポストモダンモダニズム化などではない、浅田彰が語るようには..


「自然」(朱子学)は思考の対象がある。制作される思考の対象が可能となるのは名(命名)によってである。仁斎論語、『朱子語類』(理気論と鬼神論)、徂徠『弁名』の順番で読むとこういうことがわかったでぃ、「自然」(朱子学)と作為を切り離すことはできない、丸山真男のようには



源氏物語』は「感じる心」の享受者と共に何重のメタレベルがある。ゴダール『軽蔑』のポストモダン的美学みたい。だが近代は作者と作中の源氏、宣長をプレモダン的主体に還元する



魂、それは一つの政治解剖学の効果であると同時に道具である。魂、それは、身体の監獄なのだ。-フーコ『監視と処罰』-


コモンズという原理はイギリスにまったく無いものだからこそコモンウエルズを構成するということか。溝口雄三「中国の衝撃」のなかで言われていたことと類似している見方である。ネグリ&ハートのコモンウエルズは、世界資本主義の分割である帝国(例、拡大EU)とは別のあり方が表象される。新たにコモンウエルズと名づけられるものは制作されるというべきかもしれない。しかし現在のBrexitの英国の方向について言えば、それはEUを脱退するそれはアイルランドの地域紛争の解決を台無しにするような大英帝国の復活ではないか。非常に心配している


久しぶりに歌舞伎に来た。近松作「傾城反魂香」の絵師達。名画から抜け出た虎を消す。描いた絵(自画像)が石から抜ける。これは何だろうかね?身体的自然を以て外から自分のものにする芸のイメージと関係していないか。わからないけど、絵師の舞を見ながら、礼楽は道芸だと言った徂徠の言葉の意味を考えていたな



アイルランドで制作された映画。詩人は夢の中で彫刻家である。野原の石の塊が考える彼に問う。「いつ私を外に出してくれるんだね?」と。復古主義でも擬古主義でもない起源的自己像


Postcard from Tokyo とはなにか?道義的責任なき、何を言っても通じないような乱世だ。ホー、梟猫は国内亡命の場所をさがす、Go to exile ニャリ


「バベルの穴」とカフカが言う文は「バベルの塔」を対象としてもたない。動詞「作る」にかかわる言及である。国家なんてものは人々の要求に応じて何度でも制作されるそれだけの物


「絵を描く」というけれど、行っていることは「描く」とどうかかわるのかであり、「描く」についていかに解釈するかということではないだろうか。「描く」は、芸術の政治から自律してある自らの近代的なあり方を含んでいる。この近代の自明性を批判的に問うにしたがって、「描く」の自律性は透明性を失う。「描く」は「書く」となっていく


クレーによると、「可視的にする」、あるいは宇宙の一端をとらえるためには、事物の観念に純粋で単純な線を結びつけなければならない。線の数を増やし、事物全体をとらえても、混信と雑音以外に何も生まれないというのである。――(中)p388


昨夜の能『綾鼓』の謡曲はスゴイとおもった。ひたぶる心。嗚呼、思いを遂げられぬ精神(=亡霊)を媒介に、見えない-聞こえない世界の上に宙吊りになっているこの世の端に私はいた


「アルシーヴとは、その全体性を記述することの不可能なものであり、その現在性を回避することの不可能なものである」(フーコ)。わたしは、「アルシーヴ」とフーコが呼ぶものを理解しているだろうか。多分十分理解していない。だが鬼神論を考えると、丸山真男が想定していたような儒学国学の間の明確な境界とか、音声中心主義のゼロからの出発として表象される主体でなければ意味をもたぬ弁証法の全体性の記述は不可能だったのではないかとおもう。また「アルシーヴ」の「現在性」との関係においては、何かを言うとすれば、エクリチュールの普遍主義に対する分割できない自立的運動が徳川日本に存在していたのである


d'objets de notre pensée ou de notre intuition 


ON the LINE

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曖昧な観念に明確なイメージを衝突させよ。思想史の観念に思考のイメージを衝突させること。ここで思想史は思考のイメージに先行する。思想史とは差異化の運動。それは音声中心主義のラディカルモダニズムの生とは違う。寧ろその死から、精神は自らが声の永久革命的否定の時間の曖昧さに従属していないかと問い、思考の明確なイメージを要請するものである。時間的順序でなく論理的順序の思考のイメージを。だから江戸思想が先行する。そうでなければ、明治における清沢満之の思想を朱子の『論語』はこうであるかもしれないとして考えることができないのである


歎異抄の近代」講義の板書より


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道義的責任を喋るが罪悪感がない。そもそも歴史修正主義者アベは心の中から神(理念)と罪悪感の全てを追い出した。こんな人間を作った、昭和とは何か、問われるべきはこれである


ヨーロッパの極右翼のことが言われますが、一応戦争責任を裁いた後に、出てくる極右翼です。比べると、日本の極右翼は戦前とまったくおなじ主張を語っているか、あるいはそのままのものを隠しています。戦争責任を裁いたヨーロッパの極右翼と、裁いていない日本の極右翼はおなじではありません。この意味で日本の極右翼は比べることができないほど危険だと思います。GHQの日本占領の期間が、冷戦勃発のために、短いものでした(ドイツの場合と比べると)。結局戦前の極右翼を撲滅できませんでした。その証拠に、戦争犯罪人が政界に復活しましたし、その戦争犯罪人の孫による最長の政権が成り立ってしまったのですね。天皇についてですが、左翼は戦後は天皇をゼロだとおもって問題にすることはありませんでしたが、よくなかったのではないかと思います。兎に角今日国体論的言説に取り囲まれてきた感があります。仰られるとおり、日本人の精神性は何かという問題を戦争責任に即してもっと考える必要があると思います。「日本人」もこの150年前に発明されたということもいっしょに考えてみたらどうかとおもうのです。


国家神道天皇の宗教的に力は日本人の精神性に深く影響を落としている」、そのとおりだとおもいます。この一文に続く文が表示されていない(読み込めない)ので読めませんが、この一文に、全部の問題が集約されているのだろうと思います。たしかに「神道指令」に限界があります。神社本庁について言及なさっておられましたが、国家神道は、彼らの言い分ですが、政教分離の原則をもっているのですね。「キリスト教や仏教は政教分離をまもれ」と言うのです。国家神道はどうなのかといえば、自分たちは宗教ではないという考えです。「神道指令」では宗教だということになっているので、自分たちは宗教ではないという認識を隠していると言わざるを得ません。何かというと、彼らの説明では、国家神道は国家なのです。伊勢神社ー古代天皇から統治権の象徴である三種の神器をあずかっているーは、憲法と権力分立より上に立つというとんでもない教義をもっているのです。したがって憲法からは制約されないとおもっているようなのです。アベは伊勢サミットをやったのですが、キャメロンとオバマの信教の自由をおかしても、どうしてもやらなければいけなかったのです。国家祭祀は、明治憲法に書かれなかった天皇の死者を主宰する権力と結びついています。天皇を通じて、「祀る国家は戦う国家である」という物の見方が成立していました。日本人の精神性について話を戻すと、ここらへんに責任があるのは本居宣長ですね。日本人は宣長が好きで評価も高いのですが、国家神道の言説を準備した宣長の仕事の部分は無視されるのです。しかし宣長をほんとうに評価するならば全体をみる必要があると思います。


この教説から逃れられなくなるとき、精神は古代よりほかのことが不可能だとおもってしまうのではなかったでしょうか。これが天皇ファシズムです。軍国主義と結びついて、アジアで2000万の命を奪いました。しかし最近は、国家神道の問題は明治初期に新政府に神祇官が入ったときだけに起きたとする考え方がアカデミズムで有力になってきて、靖国神社としての日本人のアイデンティティーという起源が言われるようになってきたのは驚きです。ヤバイですね。腹が立ちます。そもそも国家なんてものは古代の起源をもっているわけではありません。国家は人々の要求に応じて新しく制作できるのです。実際に、下級武士たちが推進した明治維新における国家祭祀の近代(明治維新の近代)も制作されたでしかありません。このことを知っていれば、いまの政治に対して批判的に相対化できるのではないかとわたしは思います。アベがやってきた、また首相復活のときやるであろう公式参拝を禁止して、言い換えると、戦前との連続性を回復させるような国家祭祀の復活を禁止して、平和と隣国との関係を大切にする国家が制作されるまでは、わたしは国内亡命の場所を探しています、Go to exile ですかね(笑)

強力な共和主義の理論を考えようとおもって遠くアイルランドに行ったはずでしたが、東京に戻ってからはすっかり怠けていて、あまり進んでいません。しかし国家祭祀を止めること(戦前との連続性の回復を止めること)の認識をもつことが答えだとだんだんわかってきました。知識人がやらなければ、われわれがやるしかないでしょう。将来的には、天皇制を廃止して、そのとき一番いいのは、京都に帰ってもらっていたてですね、天皇博物館の永久館長にでもなっていただくのがよいだろうとおもっています。博物館にどうしょうもない天皇抑止論のコーナーももうけていただいてですね


「弔う」と「祀る」の差異


昨年大学の後輩が過労死しました。会社がやったであろう葬式には行きませんでした。「弔う」ことができないようにおもったのです。「会社のために命を捧げくれた」というような言葉を聞いたら、これは、「弔う」べきところを「祀る」ようなものです。「祀る」場所はどこまでも会社です。「弔う」とは何でしょうか?「祀る」と「弔う」を比べてかんがえてみたいのですが、「祀る」は主語(=主体)が目的語をもっています。国家が主語(=主体)で、国家自身が目的語であることだってできるのです。そうして『万葉集』の古代から、日本知識人は自らを「祀る」天皇に深く同一化してきた歴史をかんがえます。国家祭祀の国家は誰のためにも祀ることはありません。国家は国家自身を祀るだけです。ここから、国家に命を捧げたかどうかによって死者の間にヒエラルキーをつくってしまうのです。さて「弔う」は、なんか中動態の話みたいにするわたしの勝手な解釈ですけど、直接目的語をもたない感じですね。目的語「を」が重要ではないと言いたいのです。「弔う」は、「弔う」という動作に関わる関わり方がいわれるのです。「ーのために」が重要です。「弔う」は、外部である「弔う」場所こそを世界の中心にするような、死者の息の振動のなかで自らのために再構成するあり方をいうのではないでしょうか。


外部である「弔う」場所こそを世界の中心にするような、死者の息の振動のなかで自らのために再構成するあり方ー火ここになき灰に、自らの力が及ぶものに在ることー記憶イメージが必要とされるのは曖昧な観念に留まることができないからー祀ることに、自らの力が及ばない国家祭祀に委ねることはできない


小田実「日独ばかりでなく多くの国々の人たちとともに、新しい未来をつくるための努力をすることによって、過去の死者たちを弔いたいと思います」(87年5月ベルリンのプレッツェンゼー処刑場跡で、ナチスに抵抗し殺害された人々に花輪を捧げたときの談話)『西ベルリンで見たこと日本で考えたこと』1988


書物からAIまで記憶は人の力の及ばないものをすみかとしていくよう。文学は、神ミューズを前に、最後に記憶した人間は誰だったか?と尋ねる日がくる。魂は帰る場所がない


ホー、もしコロナが難しいのは地球環境に関係があるからとしたら?梟猫は予言するー根本的対策もないまま我慢すれば元に戻ると考えるような発想が人類を滅亡させるのではないかニャ


カント以後、有限性の問題が表象の分析(それはもはや有限性との関係において派生したものでしかありえない)より、より基本的なものとなったのと同じように、リカード以後、経済学は、多少とも明瞭なやり方で具体的諸形態を有限性に与えようと試みる、一つの人間学に基礎を置くわけだ。-言葉と物-


〈批評〉というものが,その本来の姿において,存在し,価値を持ち,〈詩(ポエジー)〉にほとんど比肩するのは――〈詩〉に対しては高貴な補完作業をもたらすのだ――,直接的あるいは崇高なる形で,批評もまた森羅万象あるいは宇宙といったものを目指すことによってのみである.マラルメ


戦後からは検察は経済検察になりました。ロッキード事件のことはよく覚えています。が、思想検察を本当にやめたのでしょうか?大杉栄を殺戮した検事の甘粕は昭和の陸軍ファシズムの青写真です。アベは長州の陸軍ファシズムを称えているのですから、検察はこの男をこんな感じで歓迎していたかも。「先生、ご苦労です、先生、これは形だけの取り調べですから。逮捕したいとおもっている、先生の敵である名簿はこちらです」と。われわれが考えているよりも、全く新しい天皇教を構想している日本会議が応援する歴史修正主義者が検察の権力を掌握している可能性がないのでしょうか。陰謀論でしょうか?そうかもしれません、私のおしゃべり、過剰な深読みでしょう。ただ、戦前と全く同じことは起きないでしょうが、総理大臣のときに行ったこれほどの買収を容認してしまうようでは民主主義の要である選挙そのものを無意味化していると言わざるを得ませんね。すると何が起きてくるのでしょうか?われわれはナイーブすぎないでしょうか


多孔性としての襞

Le Pli est poreux

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ヨーロッパは自己を神話とリアリズムによる語りにおいてきた。問題は、神話とリアリズムの公の世界を以って、神話でもリアリズムでもない自立したい私の世界を覆い尽くすような近代の語り。


ヨーロッパは自己を神話とリアリズムによる語りにおいてきた。問題は近代の語りである。神話とリアリズムの公の世界を以って、神話でもリアリズムでもない私の世界を覆い尽くすのか?スティーブンの心の中に公の世界を読むようには、ブルームの心を読めない。私の世界に公はなく公の世界に私がないような『ユリシーズ』(ジョイス)の自立したい私は天を仰ぎ見るだけだ。さて小林秀雄は戦後のマルクス主義が終わった思想史の中で大切な役割をはたすが、本居宣長を読む解く彼の失敗とは多分こういうものだったかもしれない。公の世界に属する『古事記』に私の世界の「古人の声」を聞くことはできなかったし、反対に、私の世界にある本居宣長の心を一生懸命追いかけて公の世界である「日本人の心」なんてものをみつけることはあり得なかったのである。同一性に差異は存在することがないように、差異に同一性が存在することは不可能である。


京都学派の「近代の超克」なんて、ヨーロッパで議論されていたものを再語りした非常に陳腐な対抗西欧の近代の枠を出ないもので、現在未だ日本の教科書にあるように古代史から始まる歴史の見方にとらわれているのは残念でしょうがない。アイルランドも近代の超克があったが、このヨーロッパの周辺に位置する国の近代の超克はヨーロッパの中心のひとつであるイギリスとは違う。ここではステイーブンのグローバルな言語(英語)に苛立っている様子が書かれているが、ジョイスの「魂」はアイルランドにおける対抗イギリスの近代に苛立っている。それは何かを考えることはわたしには過大なテーマで、結局アジアの周辺で近代の超克を考えてみようということになったのである。『朱子語類』の現代中国語訳ー近代の嘗てはオリエンタリズムだったが、ポストモダンの今日では英語のリベラルや革命思想が自明に読んでいるーにイライラするようになった。注釈した江戸思想の言語が消されている問題を少しずつ理解している..

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“I identify myself in language, but only by losing myself in it like an object. What is realised in my history is not the past definite of what was, since it is no more, or even the present perfect of what has been in what I am, but the future anterior of what I shall have been for what I am in the process of becoming.”

― Jacques Lacan, The Seminar of Jacques Lacan: The Four Fundamental Concepts of Psychoanalysis


日本は朱子学や鬼神論の影響下にあるのにどうしてわれわれは人の生死に本質的に関わる宇宙論をもつことはなかったのかと子安氏は問う。明治維新の近代はアジアの形而上学宇宙論を消し去ってしまった。それに代わるものはなにか?それもだれもわからない。多分わからないでいるのは、国家祭祀の近代がそれに代わるものを吸収してしまったからだろうか。近代とは何か?ラディカルモダニズムにとって、音声中心主義的な永久革命が生であり、その終止符が死である。ラディカルモダニズム皇国史観を否定できた。物事は表と裏がある。問題は、その生が知識人否定のファシズムに関係するような危険である。この問題は、人の生死に本質的に関わる宇宙論をもつことがない限り、解決されないのではないか。結局後期近代のわたしは思考の欠点的な不足に直面している。「方法の江戸」と「方法のアジア」の間に、多様性と平等性の間に、近代の死からわれわれの方を見つめてくる精神が語る鬼神論が存在する、と、かんがえてみたら一体どんなことが言えるか?まあ来年の課題である


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自民党のアベ政権のときは宗教の自由を抑圧しました。スガ政権は精神の従属を強いる体制です。彼は内容に関係なく政府の方針ならば何でもしたがえ、私みたいになれと思っているの?


アメリカ民主主義を、報道と言論の自由をトランプは破壊してきた。この問題の解決は再び、言論の自由を破壊してきたトランプに委ねるのか?不可能だ。people が解決すべきだ


フランス革命は、従来人間の政治領域における基本概念であった自由と平等に博愛を付け加えましたが、この博愛は18世紀に不運な人、19世紀に悲惨な人と呼ばれ抑圧、迫害、搾取され、傷付けられた人々の間に自然な形で存在していました。

ハンナ・アーレント『暗い時代の人間性


Think you are escaping and run into yourself. The longest way round is the shortest way home 

Joyce


完全な頓挫。果てしのない苦痛。  

カフカ 日記1915年


形而上学ー目に見えぬものを考えるーも倫理がある。階級意識と民族ナショナリズムから記憶されなくなったような他者ユダヤ人ー火ここにない灰ーの場所を含むものでなければならない


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Jacques Derridaの『火ここにない灰』も、鬼神論だとおもうよ。形而上学もギリギリ倫理性をもっている。それは、そこに(là)目に見えないものを考えるときは、記憶から消されてしまった他者の場所を含むこと。文は他者を直接目的語化しないあり方に間接的に関わるというか、でもただここで中立的に文法の話だけをしているのではない。おなじ所にあって違うものが先行するようなエクリチュールの問題だとおもう


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“La différence et le jeu de la lumière pure, la dissémination panique at pyromane, le brûlé-tout s’offre en holocauste au pour-sou; gibt sich dem Fürsichsein zum Opfer. Il se sacrifie mais c’est pour rester, assurer sa garde, se lier à lui-même, strictement, devenir lui-même, pour-soi, auprès de soi. Pour sacrifier, il se brûle.”

Jacques Derrida


しかり,紙を折ること,およびそのことがそこに作り出す数々の折られた内側,というものがないとすれば,黒い活字となって散らばったその暗闇が,指で〔ページを〕ひろげたとき,その表面に,神秘の破片のように広がることの一つの理由を明らかにすることはないかもしれない.

マラルメ


「もともと、当然のことであるのだが、神々はあらゆることのうちで最も優れた最も大切なこととして、心像の正しい使用だけをわれわれわれの力の及ぶところに置いたが、残りのことはわれわれの力の及ぶところには置かなかった。」


訳註: 心像(パンタシアー)は「表象」とも訳される。...クリュシッポスによれば、心像とは、「魂に生ずるとともに、それを惹起したものをも、自らのうちに指し示す情態」...


ー第1巻第1章 われわれわれの力の及ぶものとわれわれの力の及ばないもの


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哲学で考えるべき事柄を敢えて古典語の文例で分析される「中動態」の文法論で考えるのは、不正確でも概念は成り立つポストモダンのマイナーな戦略なのに、古代スゴイとなるのかしら


ポストモダン時代の寵児、ヌーヴェルバーグは作るオリジナルに絶望し切っている。「感化の大きな運動」とその「思考の形式」の自律は、矛盾したアナーキーな受容的心性の自己主張


For me personally, Wittgenstein was perhaps the philosopher who, besides Russell and Frege, had the greatest influence on my thinking. The most important insight I gained from his work was the conception that the truth of logical statements is based only on their logical structure and on the meaning of the terms. Logical statements are true under all conceivable circumstances; thus their truth is independent of the contingent facts of the world. On the other hand, it follows that these statements do not say anything about the world and thus have no factual content.

- Rudolf Carnap (1963), Intellectual Biography. The Philosophy of Rudolf Carnap,

 ed. by P. A. Schilp, La Salle, Ill., Open Court


荻生徂徠ケインズが金本位体制の国家とは別の国家の制作を考えたように幕藩体制とは別の国体論的天皇制国家の制作を考えた。これを知ればグローバルデモクラシーの国家を作れる


政策と制作は違う。政策は国の政策のこと。制作は国をも制作する。制作は新しくなにを言うかが大切となる。ただし過去に言われていたことを初めて言うことになるのだし、また初めて言うのにずっと言われていたとするのである。学生でわかっているのはおまえだけだと言われた。長谷川如是閑を再発見しようとする大学で英米法を研究しなくていいから彼の制作論を研究しろと教授に勧められた。しかしこれは無理だとおもって断った。独学しかないが、なにを読んでいいのかわからない。68年から近代の意味を問いはじめた本のなかで荻生徂徠について分析した新しい本を読みはじめたことは間違っていなかった。メチャクチャ要領が悪いので結局30年以上要して制作論の入り口に来た..


昨日の講座「徂徠「制作」論の成立とその射程」(子安宣邦氏)は制作論の意義を考えた。現在それについてわたしの理解を書いておこうとおもう。先ず言っておきたい点は、グローバル資本主義が齎す格差拡大と環境破壊は国家によっては解決できない点である。解決の為には一国的知の外部に立つ制作が要請される。先ずそれにグローバルデモクラシーの名を与えよう。

さて制作論とは何か?『弁名』の荻生徂徠は、ケインズが金本位体制の国家とは別の国家の制作を考えたように、幕藩体制とは別の国体論的天皇制国家の制作を考えたのだ。これを知れば、1970年代から行き詰まった国家とは別の国家、現在グローバルデモクラシーの国家を作れる。だが吉本隆明和辻哲郎におけるように天皇の神話ー人間と人間が存在しない時代に遡行した起源とを結びつけるーに絡みとられてしまうと、制作また再制作は非常に難しい。神話にたいする反抗が必要であるとおもう。

丸山真男の思想史が自然(前近代)といおうが対抗的に作為(近代)といおうが、論理平面の同一的差異である。言語の集中が起きる平面で他者を介して非等質なものが近づくのは、後期近代におけるアジアのポストモダン的制作ではないだろうか。


王の肖像画を描く/書くのはヴェラスケスで彼の他に考える必要がなかったが、『弁名』の荻生徂徠は描かずとも、制作される国体論的天皇(国家)を書いていた。丸山真男の誤認だった


フーコが「先験的=経験的二重体」と呼んだものは、近代の人間のあり方を指す。それゆえに人間は誤認の場所にすむのである。この二重体は、グローバル主義と(それとは別のあり方に、思考できぬ自らの経験全体を奪回しようとする)地域主義との二重体として理解できるのではないか。後期近代は国家も根源的誤認の場所にある。色々問題がある


初めに言葉ありき。これは、ロゴスが論理的順番として先行すると言っている。言葉が先験性の光があまりに遠くに行くのをふせぐ暗闇の中に成立するのは、先験的=経験的二重体(人間)が根源的誤認を住処とするからだろか。究極的初めにおいて言語的存在である人間は存在する意味を問うーグローバルの加速化していく構造に絡みとられ無いように


スピノザは普遍主義精神の持ち主だからラテン語が得意だと言われていたが、ポストコロニアリズムの研究では慣れ親しんでいたのはどうも父祖のポルトガル語の方らしい(彼のメモをどう理解するかであるが、『エチカ』をポルトガル語で書けたらなあと書き記していたと解釈されるようになったのである)。単純ではない。聖書のことはよく知らないが、スピノザを読むと、彼が研究していたヘブライ語聖書では時には神が単数形、時には複数形だと指摘している。これは一見して矛盾だが、論理を哲学の問題であるとした。この問題については、スピノザは聖書の解釈を論理から自立している文献解釈学から考えたようだ。本居宣長は神を多元主義的に理解したのは、彼の文献学的解釈(『古事記』)においてであった。それは文献学的解釈であって哲学ではない。宣長を師とした平田篤胤が神学を哲学的に構築したのである。「神はカビ(迦黴)」ということを文献的に言うか、哲学的に言うかに大きな違いがあることは、わたしのようなものでも分かる。


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ギリシャ的真理を震撼させたのは、「私は嘘をつく」という言表だという。ここでフーコが問題にしているのは、言説「私は語る」のラディカルモダニズムの問題、すなわち音声中心主義の近代の問題。根源的誤認が経験的全体を奪回しようとして言説「私は語る」に絡みとられてしまう。ファシズム的表象が成立してしまうことだって。わたしは面白いと思っているのは、子安氏の江戸思想論のなかで宣長の「「神の御国」の人情論」がファシズムと関係のある言説として分析されることが可能となってくるのは、書記言語ー漢字とラテン語ーのもとで、グローバリズム(朱子学と普遍主義)を解体していく、多元主義の方向をもつ運動をみるかぎりにおいてであるということ

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天皇ファシズムの後に生きておらず単に明治維新の近代の後に生きていると考え、また日中戦争の後に生きておらずただ米国との戦争の後に生きていると思っているわれわれの問題。たとえば田辺元「種の論理」は普遍主義を超える本物の類と個が「媒介」によって成り立つというが、アジア二千万人の生命を犠牲にした「媒介」の正体とは何だったのか?


私は嘘を言います。でも安倍が平気で嘘をつくのは本当に不気味です。罪悪感のない怪物を前に検察は怖くなったのでは?「桜」の件とは別ですが、戦後文学は罪悪感を初めて書いたはずでした。が、歴史修正主義のこの男はそこにいません。これも昭和が作った人間です。心の外に罪悪感のすべてを追放したようにみえます


History says, don't hope

On this side of the grave.

But then, once in a lifetime

The longed-for tidal wave

Of justice can rise up,

And hope and history rhyme.

ーSeamus Heaney


幸徳秋水(1871~ 1911)の

老子』現代語訳 第1章(全文)


「人間が名を与えることを越えた無名の状態こそが、万物の始まりとしての真の道であり、同時にまた、やむをえず名を与えた後の有名の状態も、やはり万物を生み出す母としての真の道なのである。〔したがって〕、人間は無欲の態度に徹することによって目に見えぬ道を把え、同時にまた、有欲の態度に徹することによって姿形のある万物を把えるのだ。

この道と万物との両者は、同一の真の根源から出てきたものであって、名前(表現)こそ異なるものの意味(内包)は同じである。そこで、この両者を否定しつつ真の根源に向かって遡及し、その否定をくり返しながらさらに真の根源に向かって遡及していくならば、ついには多数の霊妙な宝物の蔵されている〔門〕にたどりつくであろう。」


老子』現代語訳 第4章(全文)


「〔一体、道という実在は空の器のようなものであるが、その働きはどんなに注いでも〕一杯になる〔ことがない〕。深々として万物を生み出す大本(おおもと)でもあるかのようだ。

この道は、それに向かおうとする人(修道者)が、己の〔鋭い頭脳を〕挫(くじ)いて、乱れた万物それ自体の中に融即(ゆうそく)し、己の〔知恵の光を〕和らげて、〔塵のような渾沌たる世界〕と一つになった、その揚げ句に現われるものである。〔深々と水を湛(たた)えて〕その奥底に存在する〔かのようだ〕。

わたしにはそれが〔誰から生まれた〕子供か分からない。どうやら世界の万物を生み出した天帝よりも、さらに古い先祖であるらしい。」


老荘の思想を面白く読ませてくれる立派な文ですね、感動しました。老荘の関心とは別に、詳しくわからないので間違ったことを言うかもしれませんが、文を読んで、アジア主義のことよりも、アナーキズムのことを考えました。日本ではアナーキズムというと革命のために一人一殺的な行動の人と理解されるようですが、しかしヨーロッパのアナーキズムの大きな特徴は懐疑精神のなかに生きる徹底性に、観念性にあるのですね。秋水はヨーロッパのアナーキズムだとおもいます。彼の先生である中江兆民アナーキズムではなくて未来を国家に託した思想家。フランスから帰ってきた後漢文と儒家的思想の勉強に取り組むのですが(フランス語を学ぶ学生に漢文を勉強させた!)、深読みかもしれないですが、幸徳秋水は兆民に限界をみて老子の現代語訳を通じて思索しているかもしれないと思いました。われわれの考えでは、秋水は、先駆的に、国家と対等な市民の思想を理念的に打ち出した思想家です。「修道者は...どうやら世界の万物を生み出した天帝よりも、さらに古い先祖らしい」で言われる「天帝」は明治国家が全権力を集中させた天皇を指していることは明らかです。民本主義を疑っていたでしょう


幸徳秋水は先駆的に国家と対等な市民の思想を理念的に打ち出した。これは、彼の思想を深く読んで得た見方であるよりも思想史の方法を以って五百年の視野からみえてくる見方である


ドナルド・キーン『能•文楽•歌舞伎』を読んでいたら、これはニューヨークのことしか書いていない本ではないかという疑いがどんどん膨らんできたのであるが、わたしの誤認か..


天皇を称える文化人は対抗西欧の近代をたたえる西欧をたたえる西欧中心主義で、30年前ぐらいにやっと産業革命が起きた世界の多数派を後進国とおもっている。結局物質的なのかしら


ふらふら歩いていたときマラルメの詩がわかった。真理はここにあり?帰って本を探した。無い。あった。押し潰されるように本とノートの一番底にある言葉はたすけをもとめていたんだ


スターリン主義は無誤謬の神話でしかなかったことが経験から明らかになったけれども、だからと言ってマルクス主義をゼロにしてしまっては何もかもゼロになってしまう危険もあるので(これも対抗的な真理の神話)、何を残しておかなければいけないと考えるとき、ほんとうにそれがレーニンであるべきなのかはわからないのですが、彼は社会主義の方向を考えたときフランス革命アナーキズムだったか国家主義だったのかを論じたことはたしかで、この議論に立ちかえるときに何とかみえてくるかもしれない国家から自立した市民的<私>のあり方に、林達夫が根拠地とするアイロニーの批判精神であるのでしょう。ただ林からはラディカルリベラルー大杉栄小田実的再構成ーがみえてくるでしょうか?わかりませんが、たとえ林達夫は忘れられても、彼が主張したアイロニーの批判精神は大切です。共産主義は、皇帝一国社会主義としてプーチンのもとで完成しつつあると考えてみることができるでしょう。アメリカと中国と拡大EUとともに、グローバル資本主義の分割である帝国をなしています。


哲学bot 

プラトン:人は何かを新たに学ぶのではなく、生まれる前からもっている徳(=知)を思い出すという想起説と物質の背後には永遠不滅のイデアがあるとするイデア論を説き、そこから肉体は滅びても魂は不滅であるとする。洞窟の比喩、倫理観、国家観、詩人追放論など後世への影響は絶大。



アイルランドのニューグレンジ。ここからは冬至の朝日が、日の出とともに古墳内に差し込む。どうも文明論のイギリス人が差し込まなければならないように再建した近代建築である


なぜニューグレンジが造られたかの新説。新石器時代後に昼の労働へ移行する。農耕は単調で退屈だ。夜の狩のノスタルジー。夜に生贄の儀式ー楽しかった狩のシュミラークルーが行われた


陰陽五行説は、紀元前3000年頃に成立した古代中国の陰陽思想と、紀元前2000年頃の五行思想が合わさって誕生したという。ニューグレンジも紀元前3000年頃に造られた


「詩に興り、礼に立ち、楽に成る」という。古代は政治と芸術(詩と音楽)はともにあった(「礼」は政治である)。だが詩と音楽を作るものは道を知っていたか?道を知ることはほんとうに難しいのである。近代にはいって芸術は政治から自立していく。政治が収容所を語るようには、芸術は収容所のことを語らない。芸術は政治の言葉では語らない。芸術家は芸術の言語に依って語るから。もう後戻りできない。そうして、収容所のなかの囚人たちの演奏をレンブラントは見ていた、とゴダールは編集している。しかし果たして芸術の編集の力によっても、何が問題となっているのか倫理的に明らかにできているかどうかわからない。やはり難しいが、20世紀の問題は17世紀から考える必要があることを伝えているとおもう。17世紀とは宗教と芸術は外へ出て行く危機の時代、政治的統一に抗して


外部の思考が存在するゆえに言語が存在する。外部の思考のイメージは、ゴダールにおいては、エクリチュールとしての映像である。本の『映画史』は肖像画を書く。本をめくるときに広がる闇は無の署名である


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人間は消滅してしまった。しかし国家と対等な市民の思想を語る言説を考えるとき、幸徳秋水という人間を方法として表象してみる。そして敢えて問う、その人間は存在したか、と。大正に存在しなかった。1970年から存在するかもしれない。存在する。白紙の本を書く徹底的に観念的である秋水として差異化する


推敲中(オペラはルネッサンスではなくバロックの時代に現れたのはなぜか?白豪主義をやめた時代にシドニー・オペラハウスが完成したのはどうしてか?ヴェラスケスは画面の右端にギリギリ見える窓(外部)から差し込む光を以って描いた共通の場所はどこか?光を先験性の領域に行き過ぎないようにしていた闇は一体いつ現れたのか。明白に隠されている画面が目の前にあるのはなぜなのだろうか?)


誰が「日本人」かという問題はあるが、昭和の思想を知るためには、「日本人は中国をどう語ってきたか」を考えなければならない。そして現在、誰が「中国人」かという問題はあるが、溝口雄三柄谷行人が発明した帝国中国の思想を知るためには、「中国人は日本をどう語るのか」を考えることになるだろう


大統領トランプとバイデンの討論に絶望した多くの人たちは、副大統領ペンスとハリスとのコミュニケーションが成り立っていた討論に希望をもったのではないか。言葉が社会を動かした


secular 世俗的 

powerless

common 卑近な

vernacular 


人間の肉体は 鍵のかからない密室です。

寺山修司


人間の肉体は鍵のかからない暗闇の密室。煌めく鏡があるのは窓の光がある?絶えず還ることで遅れてしまう原初的テクストがある。どんな議論も自由だが解決を持ち込むなと書いてある。言語は決して終わらない。


昨夜は久々に能の舞台に行った。90歳の野村萬狂言悪太郎」をみた。「綾鼓」では『ユリシーズ』の亡霊の描写を考えた。異界は沢山の部屋がある廊下で、他者は遠くからくるのではない


能「綾鼓」の舞台はなにか、地謡の「恨む」の語を繰り返して恨む死者を思い出せと聞こえてくるとき、碑文を読んでいるようだ。昔の巡礼地で碑文を声を出してこれを解読するアイリッシュたちを思いだした。周辺の死者と周辺の生者を媒介するのはエクリチュールで、近代が構成する詩人の声ではないと思う


万葉集』を称える近代主義は「からごころ」に表象される政治的統一を軽蔑するが、生活の隅々まで統一があり純一でなければならないという万葉的世界こそ政治的統一なのになあ


「現代において全く批判的、思想的機能も意味を失ったかのような日本のアジア主義、あるいは中国主義というアジア・中国への<肩入れ>とは何だったのか」(子安宣邦氏『日本人は中国をどう語ってきたか』)。

わたしの理解では、明治維新を絶対的始まりとみなす制作主体の失敗、これは社会主義が解決する課題だった。『日本人は中国をどう語ってきたか』で、社会主義を人民に託す左翼の「中国」と、国家に託す右翼の「中国」をわたしは読むことができた。言説上の、言説的に構成される中国像の差異である。ここで見落としてはいけない点は、どちらの見方によるとしても、「日本人は中国をどう語ってきたか」は外部無くして不可能だったことである。今日子安氏がはじめて明らかにした開かれたこの外部は再び、閉じた日本の外部から語られているようなのである。日本人は中国をどう読みたいのかは溝口と柄谷において現在進行中の言説上のたたかいである。


老子』現代語訳 第40章(抜粋)


原文
反者道之動。弱者道之用。天下萬物生於有、有生於無。

書き下し文
反(かえ)る者は道の動なり。弱き者は道の用なり。天下万物は有より生じ、有は無より生ず。

(そもそも世間の反対を向いて行くのが)、道の運動であり、剛強ではなく柔軟な態度を取るのが、道の作用である。



「これ性」(haeccety)とか「共通本性 」( natur a commu­nis)ね、解らんけれど、翻訳されている「これ性」の「性」は朱子学の概念。無責任に適当なことを言うのを許していただきたいが、「性」概念から考えてみようとおもう。理と気の関係について、恰も不純なものが純粋なものにもとづくものとして気が理にもとづくように構成するのではなく、理と気の関係を二元論的に保つように要請されているとわたしは考える。多元主義の「これ」が成り立つのは外部による。たとえば、「性即理」を「心即理」にしてしまうと、結局「性即理」を「心即心」となって、関係に外部性がなくなってしまう。外部性こそが、「これ性」(haeccety)である。


「日本人は中国をどう語ったのか」。明治維新を絶対的始まりとみなす制作主体の失敗、これは社会主義が解決する課題だった、戦前の昭和はこういう風に理解できるかもしれない。社会主義を人民に託すのかあるいは国家に託すのか主張は対立したが、戦前の左と右の思想家たちは制作主体として、帝国日本の内部に向かうのではなくて、中国という現場で考えた。中国という外部から明治維新の近代と帝国日本を批判的に考えた。現在、『日本人は中国をどう語ったのか』(青土社子安宣邦氏)について、われわれは日本に存在しないその書評が中国に存在すると知るとき、彼等は少なくともその外部を考える外部性をもっているのではないかと考えるのである。


ジョイスは何ということを書いたのか、これは考えてみると大変なことなのだけれど、帝国イギリスの貴族の価値観がアイルランド独立運動ナショナリズムを形成していることを書いたかもしれない。人の世の<古>と<今>との間にある大きな差異、消滅の危機にある過去のゲール語の神話的世界に定位している<古>をとりかえせという思い、これは、『ユリシーズ』のテーレマコス挿話に書き記された貴族の見方を為す。そしてここから別のことが言われる。<今>が悪くなったのは外からきた異物のせいだ、それを排除すべしと。これは、『ユリシーズ』においてはナショナリズムをになうワーキングクラスがリアルに主張する。結局、貴族的価値観からも労働者のナショナリズムからも他者「ユダヤ人」が排除される。他方で、ジョイスアイルランド語の消滅は民が生活に役に立たないからすてたと考えていた。また奪われた土地を取り返せというナショナリズムは土地に執着している点で、土地を奪う帝国主義と互いに補い合っているとみなした。『ユリシーズ』を読むと、言語が暗闇の海のなかに置かれた人々のあいだを自由に動くように、だれがなにを喋っているのか解らなくなってくる。労働者が貴族の言葉を語り、貴族が労働者の言葉を語る...これはブルジョアのリアリズム文学では書けないものである。


A colour shines in its surroundings. Just as eyes only smile in a face. 

ーWittgenstein Remarks on colour


Blue is the universal love in which man bathes ーit is the terrestrial paradise.

ーDerek Jarman


The first of all simple colours is white, although some would not admit that black or white are colours, the first being a source or receiver of colours, and the latter totally deprived of them. But we can’t leave them out, since painting is but an effect of light and shade., that is chiaroscuro, so white is the first then yellow, green, blue and red and finally black. White may be said to represent light without which no colour can be seen. 

ーLenonard de Vinci


バイデンを選んだのはトランプでなければよかった。民主党はリベラルを周縁化しているしチョムスキーも彼に期待していない。一体誰が白人至上主義のファッショ化を食い止めるのか!


推敲中

文献学で解剖して現象学的解釈学で読み解いて構成される、和辻哲郎の言葉では原「オデユッセイア」って、なんかなあ、大衆に受け入れられる感じだけれど、プロの仕事よね(『バベルの塔』みたいなところがある。) それにたいしては、自分は、アマチュア精神へ行く、解体<原「オデユッセイア」> へと。だから毎日描いているのは、解体『バベルの塔』。和辻哲郎ホメーロスユリシーズ」を読んで、ギリシャ人がギリシャ人と成る為には何が必要かと問うた。都市国家(Polis)と領土奪還のエートスを指示した。そうか?ジョイスも考えた。アイルランド人がアイルランド人と成る為にはギリシャユダヤ人(ソクラテスの対話的ロゴス)が必要だという


中動受動態


  • 動作の結果が自分の利害に関連する場合

編集

Wiki サンスクリットでは中動態が広く使われる。例えば、能動態の yajati(祭祀する)は、祭官が他人のために祭祀するときに使い、中動態の yajate は祭主が自分のために祭祀するときに使う


Wiki ラテン語の受動態は中動態に由来し、実際に中動態的な意味を残していることがある。たとえば、能動態の verto が何かの向きを変えるという意味であるのに対し、受動態の vertor は自分が向きを変えることを意味する。対応する能動態を持たない動詞(deponentia)は中動態的である。例: sequor(追う)、imitor(まねる)、loquor(話す)


冤罪は国家犯罪である。



冤罪は国家犯罪である
• 免田栄さんが死去 死刑囚として国内初の再審

冤罪は国家犯罪である。その理由は..

免田事件についてだれが一番責任あるのですかと昔倉田弁護士に聞いてみた。再審請求が拒まれた免田氏を支える弁護団に加わったときの話をしてくれた。大学のサークルの大先輩であった倉田弁護士は法律よりもすごい量の文学を読んでいる。この人権弁護士はいつものように検察の厚い調書を4回読んだ。と、矛盾がみえてきた。しかしまだ不安がある。免田氏に会う。直ぐに、この人は人殺しする人でないことを確信した。いつ死刑執行されるかもしれない免田氏を説得してあえて殺人をみとめることにした。そして検察が書いた作文どおりに凶器のナイフで殺したならばそのナイフを民事請求で返還を求めたのである。検察はまったく返還できない。当たり前だ、そんなナイフは存在していないからだ。免田氏の無実が明らかになった。倉田弁護士は学生のわたしに語った。一番責任があったのは裁判官だと。引き継ぐ検察官たちですらこれは冤罪ではないかと疑っているのに、肝心の裁判官がはっきりしない。無罪だと気がついているらしいが、誰かが殺したにちがいない、犯人はあいつに決まってるという世間の声を気にしている。裁判官は経験が足りないから判断ができないのである。だから事実の認定について多様で豊富な経験をもっている市民による陪審が必要だと考えていた。国民は犯罪の立証が非常に難しいことを知らなければいけないし、犯人をさがせない場合は国が被害者家族を補償すべきであると。検察の暴走をチェックしなければならないのは裁判官である。しかし今日の裁判員制度では裁判官の判決を事後的に正当化するだけの役割しかもっていないと指摘される。それは冤罪が起きないようにする陪審ではない。国のために行う参加なのである(国体じゃない?) 結局何の反省もなく、安倍政権のあいだに48人が死刑執行が行われた。冤罪はなかったのか?冤罪は国家犯罪であると全く言われなくなった。



迂回の戦略はヘーゲル鬼神学



「言葉、言葉、言葉! シェイクスピア、言葉の名匠であった彼は、その言葉を軽蔑していましたね。グアヤキルでは、いや、ブエノスアイレスでもプラハでも、言葉はつねに人間ほど重要ではないのです。」(ボルヘス)


グローブ座の立ち見席にきていたワーキングクラスの人々は熱心に観劇していたというが、教育がなくそれほど字を読めたわけではないこの彼らが非常に難解な芝居を理解していた、これは現在謎とされる。しかしこの謎は理解というものについて過剰に物語る。17世紀は政治的統一が要求された時代の物の見方を教える言説ではないか。「言葉、言葉、言葉」。すべての人々ー王と貴族、上流階級と下層階級ーが集まる場所において言語は「透明」でなければならなかったのである。これは政治なのだ


ミクロ政治学の観点からすれば、社会はその逃走線によって規定されるし、逃走線は分子状である。いつも何かが流れている。あるいは逃走している。そしてこの<何か>とは、あらゆる二項的組織を逃れ、共振装置から、超コード化の機械から逃走するもののことである。[(中)p113]


Mais l'immobilité attentive de ses yeux renvoie á une autre direction qu'ils ont suivie souvent déjà, et que bientôt, à n'en pas douter, il s vont reprendre : celle de la toile immobile sur laquelle se trace, est tracé peut-être depuis longtemps et pour toujours, un portrait qui ne s'effacera jamais plus.




「『維新』的近代」は思想史の自己像、思想史の肖像画のモデルを示している。思想史の肖像画とはなにか。フーコは 『言葉と物』の書き出しにおいて思想史の肖像画について考えた。

「つまり、すでにしばしば彼の眼がたどってきた、そして疑いもなくただちにふたたびとるであろう方向 、いいかえれば、そのうえに、もはや決して消されないであろうひとつの肖像がおそらくはずっと以前から、そしてこれからも描かれつづけ、描かれたままであるにちがいない、不動の画布の方向のことだ。」(フーコ 渡辺訳)


王の肖像画を描く/書くのはヴェラスケスで彼の他に考える必要がなかったが、『弁名』の荻生徂徠は描かずとも、制作される国体論的天皇(国家)を書いていた。丸山真男の誤認だった


津田左右吉永久革命的 な<ラディカルモダニズム>と和辻哲郎の国体は変わらず的の<祀られる神は祀る神である>、これは思想史的言説を見渡す二つの見方を為す。言説の、言説上の構成される思想史の自己像の差異である。知の考古学からみると、二つは対立する物の見方であるが、しかし音声中心主義の論理平面からみると互いに補いあっている。つまり津田の<ラディカルモダニズム>と和辻の<国体論>とは、生と死における関係のように二項対立的に対立するだけなのである。脱構築するためには、思想史を言語平面に配置しなければならない。そうして江戸思想と後期水戸学において展開した制作論の視点から出発して思想史を読み直すことが要請された。そこで明治維新の近代は、対抗西欧の近代とともに、荻生徂徠命名制作論の祭祀国家の近代として再構成される。また開かれた漢字文化である漢字文化圏の近代としてアジアを方法的に読み直されるのである。


渡辺一民氏はヨーロッパについていけば日本は間違いがないと言う。そうだが、問題はヨーロッパの知識しかないために、安倍の対抗西欧の虚の保守の感染に抵抗できなくなっていること


冬至は最も昼が短く夜が長い日。陰陽が交代する日なんだって。言葉初めありきは、平坦な百科全書的知識に対する懐疑のあとに広がったこんな暗闇の中からだったのではないか


啓蒙主義の役割を自覚するBBCはパニクったイギリス人がフリーマーケットの野蛮に駆け込むことがないようにこれでもかこれでもかとベートーベンを聴かせている。パニクったアメリカ人には何の音楽がいいのだろうか?彼らがわかる音楽、そうだ、ワーグナーを聴かせてやろう


「人間のなかの起源にあるものは、そもそも最初から、人間を彼自身とはべつの物に連接させる。」音声中心主義のラディカルモダニズムは彼を祖国も日付もないファシズムに結びつける


l’originaire en l’homme, c’est ce qui d’entrée de jeu l’articule sur autre chose que lui-même..

ー Foucault

「人間のなかの起源にあるものは、そもそも最初から、人間を彼自身とはべつの物に連接させる。」フーコ


「映画とは画面に映っているものがすべて」 蓮實重彦


先ず映画について言わなければならないほんとうのこと(真実)は、「映画とは画面に映っているものがすべて」である。しかしすべてではない。わたしは嘘をついている..

国学士院の創立と初期の歴史は示唆に富んでいる(略)政治的宗教的扮装に加わることはしないと約束しなければならなかった。「客観性」という近代の科学的理想がここに生まれたと結論したくなるであろう。これはその起源が政治的であって科学的でないことを示している(『人間の条件』第六章注26)

肖像画とは画面に見えるものがすべてである。ただし画面は三つの役割をもつ数で構成されている。開口である窓の存在を明示せずに、境界線を見えないようにしておかなければならない。その鏡(数)の前で自身を書く私、そこにあって隣人の異なる人々、その鏡の位置に立っている、我々を見ている他者ー私の背後の壁に掛かっている二番目の鏡(数)にその姿を見ることができる。そうして共通の場所が成り立つのだろうが、この論理平面は奥深く閉ざされるまえに、言語平面に置き換えられていく。記憶とはこういうものである。この500年間の記憶についていえば、形而上学的根拠が終わったあとに、他者は人間であり、国家であり、帝国主義社会主義全体主義であった。そして後期近代の現在では方法としての市民である

「すでに「民衆的」意識をいうのに、「伝統的、土着的、底辺的、日常的」というように、「日常的」という語のコノテーションをもって言わざるをえないのであり、そのことは、「民衆」的概念そのものが、研究者の視線が辿り、あるいはそれが向けられた跡であることを明白に語っているからである。すなわち、「伝統的」社会の規制を受けながら、「土着性」を保ち、社会の「底辺」に位置し、「日常的」生活に営む人々に研究者の視線は定位するのだ。そうした視線とともに「民衆」概念は構成される。...そこにすでに対象として設定された「民衆」の、その意識をめぐるストーリーを隠すことなく語ってしまっている。幕末維新の変動期に民衆のうちにひとたび高揚したいと変革的意識」が、やがて近代国家の形成とともに、抑圧する国家権力の「近代化」の政策のもとに、どのようにして再び「日常的世界に鬱屈する」にいたるのか、...ここでは民衆における変革的な意識の形成を語る言葉に、歴史における敗者に代わるような「鬱屈」する心情のことばが重なりあう。」(子安氏)

「自由が丘と鎌田の中間にいる」というとき、「鎌田より」と説明を足すのは、鬱屈した私の中で破綻した「民衆史」。近代の失敗に近代の視線が辿る、ユートピア近代主義が語る心情でしかない

絵画と違ってエクリチュールは、幻影を作ることさえない(…)周知のように、画家は真なる存在者を産出するのではなく、外見を、幻影を、言い換えれば、すでに複製を複写するものを産出する。(…)アルファベットで書く者はもはや模倣することさえない。(『散種』)

「遊牧的思考は、普遍的思考主体を要請する代わりに特異な人種を要請するのであり、また、包括的全体性に根拠を置く代わりに草原、砂漠、海といった平滑空間としての地平なき環境に展開するのである。」D=G 

c’est que la pensée nomade ne se réclame pas d’un sujet  pensant universel, mais au contraire d’une race singulière; et elle ne déploie dans un milieu sans horizon comme espace lisse, steppe, désert ou mer . ーD=G

朱子語類』を読んでもらったあとに、伊藤仁斎『語孟字義』のエクリチュールを考える。アジア形而上学の理もロゴスと訳して、西欧の形而上学の理性をかんがえてみたい。伊藤仁斎を読めば理性の世俗的な表記(漢文エクリチュールで書いたが漢字仮名混淆文で考えている)ことがでてくるのに、丸山真男伊藤仁斎を殆ど論じようとしないのはどうしてだったのか?やはり音声中心主義的論理を展開したが、書かれた言語に鈍感だったということもあったのではないか?ただ丸山真男津田左右吉のようにラディカルモダンではない。丸山は朱子学的思惟の知識人たちを全否定したりはしない。

‪理性がそれ自身をあらわにします。フッサールは、理性は歴史のなかで生まれてくるロゴスだと言っております。ロゴスはそれ自身を目指して、自分に自己を開示することを目指して、すなわちロゴスとして、自らに話し、自らを聞くことを目指して、存在を貫きます。それは、自己愛としての、話しー自ら聞くものとしての言葉です。それは、自己への現前<生きている現在>において、それ自体において、自己を取り戻すために自己から出て行きます。話しー自ら聞くことは、自分自身から出て、書記(エクリチュール)という回り道を通って理性の歴史のなかに自らをつくりあげます。こうして自分自身をもう一度所有するために示唆遅延するのです。『幾何学の起源』には、世俗的な表記によって理性を叙述する必要が書かれています。それは、対象の真実性と観念性を作り上げるのに必要欠くべからざる叙述であり、しかしまた、記号の外部からの意味に対する脅迫でもあります。書記(エクリチュール)の際には、記号(シーニュ)は常に<空に>され、目覚めることから逃れ、<再生されること>から逃れることができます。記号は永久に閉じて沈黙してしまうこともできます。クールノが言うように、書記(エクリチュール)はここで<批判的時期>です。(デリダ『差異とエクリチュール』、<発生と構造>と現象学坂上脩訳)‬

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ギリシャ人は世界における根元性について初めて考えた。インド人は根元が空だと考えた。これは中国人にとって思想革命であった。根元が理であるコスモロジーを考えていく

ケルト人や自分をケルト人であると感じるひとならば、境界線を見えなくするようにして生きていて、国家と主体も、存在の地平もない。岡倉天心を知ってケルト人を理解できた。漢文を読む 

Penrose 

死とは<形象>である。一つの死によって身体は、単に時間だけでなく空間においても完了し、その線が輪郭を形成し、限定するのだ。――(上)p224

エクリチュールは(…)あたかも、みずからの権利を失ったもの、アウトロー、道を踏み外した者、非行少年、ならず者、向こう見ずな冒険者のようなのだ。街路をうろついているうちに自分が誰だかさえわからなくなり、自分の同一性がわからなくなり、名前さえ、父の名さえわからなくなる。(『散種』)

不均衡のままに成立する安定もあれば、見よ!均衡のままに成立している不安定を。映画『カルメンという名の女』は光と闇とが均衡している。映画の中にゴダール監督自身がいる。人々はゴダールと共に明るく照らされる自らの場所を見る。ゴダールは彷徨っていて、視線を画面の端の隠れている闇へと誘う。均衡のままに成立している不安定さ、これがリルケの美とおなじものを形成するとわたしはおもう。

不均衡のままに成立する安定は政治的統一を求める<と>である。しかし外の思考は均衡を保って展開する不安定を捉えるー耐えられない不条理が列挙を支える<と>を不可能にするまで

不条理が、列挙された物の分けられる場所である<なかで>を不可能にすることによって、列挙をささえる<と>を崩壊させてしまう。ーフーコ『言葉と物』序(渡辺一民訳)

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真淵と宣長の江戸時代に美学の成り立ちがあった。アドルノがみたのも、政治的統一を求めるロゴスの言説を拒んだとき、過去から一瞬美が立ち現れたこういう世界だったかもしれない

日本文学論は中村真一郎加藤周一を読めば十分だとする啓蒙主義柄谷行人は啓蒙したつもりだろうが、実はこの啓蒙主義啓蒙主義の野蛮を啓蒙する必要があるのではないか

芸術家は愛されている。ただし死んだ芸術家だけが愛されているのは、現在の自分に何の影響も及ぼさないからか?思想家も芸術家も死者として回想する必要があるのだろうか?

グローバル資本主義が齎す格差拡大と環境破壊は国家によっては解決できない。解決するには一国的知の外部に立つ制作が要請される。先ずそれにグローバルデモクラシーの名を与えよう

日本知識言論界は天皇天皇抑止論的意味づけを行っている。私は反対だ。アジア2000万人を殺した国家祭祀の禁止を言うこと、これによる国家の「制作の秋(とき)」は今だと思う

自然(前近代)といおうが対抗的に作為(近代)といおうが論理平面の同一的差異である。言語の集中が起きる平面で他者を介して非等質なものが近づくのは制作(ポストモダン)である

<Tout est eau.> Ce qui intéresse le philosophe, c’est de comprendre le rapport entre le langage et nos désire, nos projets, nos souvenirs, nos émotions, nos pensées. Plus particulièrement nos pensées. Qu’est-ce qu’une pensée? Quels sont les rapports entre le langage et la pensée? Trouve-t-on des pensées en dehors du langage? 

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言語と思考は如何なる関係をもつのか?思考は言語無くして可能なのか?近代の観念論と経験論の対立とは別の仕方で考える。エクリチュールの制作を考えることは常に外部的である

柄谷はカントを念頭においていたと思いますが、本物の啓蒙主義とは啓蒙主義を啓蒙することだと言っていました。だから知識人が大切だとおもうのですけれど、だけど『トランスクリテイーク』のなかでは正しく自分は「知識人ではない」と自分で転向をみとめているのですね。だれもこの問題を言いません。知識人をやめたこのときから、柄谷は日本近代における前近代の問題を語らなくていいわけですから、ポストモダンの未来だけを語ることができるのです。たしかにデビューのときはポストモダンの批評精神を以って文学に現れた日本近代の問題を考えたのです。それはそれで迫力がありました。中村や加藤の分析では物足りないと感じたわたしはニューヨークで翻訳されている彼の本を見つけて一生懸命読んだものです。だがどうも経済学を語りはじめてくると段々文学から離れてきて、現在はすっかり文学とは関係がないにもかかわらず、圧倒的な影響力をもって文学の特権的高み(そう見える)から喋り続けているのはどういうことでしょうかね。三瓶さんがご指摘なさっている点と関係があると思いますが、柄谷というのはシステムの正しさにこだわるひとですよね。システムの正しさを言うひとは文学的ではありません。抗議について抽象の論理で説明しきってしまうのですが、しかし抗議している人間たちはシステムの正しさを証明しようとはおもっていないわけですよ、そうでしょう?抗議するために自発的に集まってくる肉体で、義憤という草原に放たれた火が広がるように、単純に増えていくの

Le Maître dit:<La Voie ne réussit pas à s’imposer. Je vais m’embarquer sur un radeau de haute mer et prendre le large. ( Confucius Les Entretiens)
Confucius said, “The country is not in order. I’d rather go abroad on a raft

「私には家も祖国もなく、財産も奴隷もない。私は地べたで眠る。私には妻も子も邸宅もない。私にはただ、大地と空と一枚の古いマントがあるのみだ。それで、一体何が私に欠けているだろうか。私には悩みもなく恐れもないではないか。私は自由ではないか。」(『人生談義』より引用)-フーコ、真理の勇気-

オンライン論語寸劇

孔子くん:道行なわれず、桴に乗りて(東)海に浮かばん..
梟猫: 東夷の国は、純粋思考の西と違って、思考が他を必要とするほど野蛮で、言語を住処としています。それでも筏に乗りますか?
孔子くん: 亡命はやめて、起源(中原)に留まることにしよう
梟猫: 話がみえません。この寸劇にはオチがあるんですか?映像も無いですしね..

戦前から来た和辻の言説「祀られる神は祀る神である」は現在思考を揺さぶる事件である。学の議論である言説に即して理性はかくも、起源と非思考の偶像とによって規定されているとは..

街の建物の窓は絵の中に描いた鏡だった。重ね合わせとは平面の自らの折り重なりでその裏側の部分を表の画面に貼り付けている。死が貼り付けられた記憶の街を誰も見ることができない

文化圏の重なり合いとは何か?東雪谷から奥沢に行くとラーメン屋がなくて鎌田文化圏が消滅している。鎌田に行くと喫茶店がなくて自由が丘文化圏が消滅する。喫茶店でカレーを食べる

「西部劇」の巨匠、ジョン・フォード監督はアイリッシュアメリカ人でこの映画を契機に、独立運動の活動家だったらしい彼の先祖の情報を探してもらう為にIRAに大金を払ったといわれる。「静かなる男」はハリウッド映画が作った「アイルランド」の映画である。静かなる男(ジョン・ウエイン)は外からやってくる。この男は最初は村の人々と争う(ちなみに、村では何時何分に誰々がどこでなにをしているかみんな知っている。余所者の男を警戒する。) だがアイルランド起源の人間だと分かるとあっという間に打ち解け合うというステレオタイプ的に構成されている。アイルランド的風景は抗えない嵐=自然、逆らえずに征服されることになる汚れなき女性に表象される。映画はアメリカ人観客のために物語を与えるが、ポストコロニアル的に読むと、第三世界を歩くアメリカ人のテロにたいする恐怖をリアルに表している(3分から)

天から与えられる生まれつきの心の方向性、ささえる性があってロゴスが成り立つ(「性即理」)。「心即理」という心だけにしてしまっては三島の反知性主義に留まるだけではないか


朱子学は原初的テクストを古代とはまったく別の読み方で読んだという意味で、それはいわばアジアに起きたバベルの災厄といえるんだね。そこで荻生徂徠は何をしたかを丸山真男はこう語る。

「名より実へ、主観的道徳より客観的人倫態へ、の徂徠の工作をして、バベルの塔を建築するに終わらせない為に残された方向はただひとつ、道の背後に道を創出した絶対的人格を置き、この人格的実在に道の一切の価値性を依拠せしめるよりほかにない。徂徠学における先王及至聖人はまさにかうした究極的実在として登場するのである。」
In erecting a system that places substance over name and objective human relationships over subjective morality, the only way to avoid erecting a Tower of Babel was to establish an absolute personality standing behind the Way as its creator. All the values of the Way had to be rooted in the personified entity. In Sorai’s system, the Early Kings and the sages emerged as such ultimate entities. 

徂徠の近代的世界がこういうふうに表象される。だまって丸山の語る言説をきくしかない。

「自然の秩序の論理の完全な克服には、自らの背後になんらの規範を前提とせずに逆に規範を作り出しこれにはじめて妥当性を賦与する人格を思惟の出発点に置くよりほかない。徂徠が「夫れ道は、先王の立つる所、天地自然に之有るにあらず」(弁名下)といふ時、先王は実にかうした道の絶対的作為者たる意味をもつものであった。」
 
If the theory of natural order was to be completely overcome, no normative standards of any kind could be present in the background as the premise; instead, the starting point had to be human beings who, for the first time, invented norms and endowed them with their validity. This role of absolute inventors of the Way was precisely the role Sorai assigned to the Early Kings. “The Way”,he said, “was established by the Early Kings. It doesn’t exist naturally in heaven and earth.

だけれどどうしてもわからなくなるのは、「自然」と対抗的に措定される「作為」の問題を指摘しはじめるとき。徂徠はほんとうにそんなふうに分割したのか?「自然」と「作為」というふうに分割しなくても、国家の青写真を作る命名制作の外部的戦略を理論づけることができたのではないか?わたしは、礼楽を道芸として捉えていた徂徠の言説を読み解く子安氏著『江戸思想史講義』を読んでいる。思想史はいかに分割されるのかを考える学問である。

 筆者は以下に於いてその対立を「自然」と「作為」といふ二つの概念を指標として捉へ..

I shall attempt to pinpoint this conflict in terms of two concepts, nature( shizen) and invention (sakui)

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明治維新の近代を批判する主題よりも、その書物に関する書物のほうが忙しくなるのかもしれない。明治維新の近代を批判できる江戸思想のマイナー言語の下に、朱子という原初テクストの至上権が横たわっているが、それを与えてくれた言語支配者が「「維新的近代」の幻想」をポストモダンの未来の言説として読むのだろうか。17世紀から言語はもはやとどまることを知らない。

資本主義論争も、講座派を包摂した丸山も、歴史の敗者を共感的に代弁する民衆史も、日本人の明治維新の再語りはどうでもいい。これについて中国台湾コリアが何を言うのかが私に大切

『日本政治思想史研究』は学生のときに生協の復古本セールで買って読んだ。『日本の思想』(岩波新書)には思想が一行も書いていなかったので、この本のおかげで江戸思想史というものが存在することを知った。対訳のない漢文に圧倒されながら、朱子学のなかでは思考できないものを考える思想闘争があったらしいと何とか理解できた。思想闘争をするためには、1000年前に他者の言語を自分たちのものにするほどの成熟がなければいけないだろう。子安先生の「「事件」としての徂徠学」(岩波書店)を読みはじめたら、テクストを精読する学者の議論である言説を丸山がやったように本のページをめくるように追うのではなく、解体、言説の事件性をとらえることが大切だと理解できた。その子安先生のもとで、この数年間、仁斎論語を読んだ後に『朱子語類』を一緒に読んで貰った。古学の注釈学は常に原テクストに還る。朱子のように思考できないものを解釈し尽くすことはない。古学はいわば解釈の帝国ではない。思考とテクストとが均衡しているが、還ることのうちに、安定が求められている時代にそれとは正反対の方向へいくダイナミズムを孕む。また中国文明からの自立を模索した国学との関係を読まなければならない。国学からは、復古の言説、そして伝統的国学の枠を越えた国家神道を読む文献学的言説が出てくる。国学もテクストを読む「古学」だったのである。国学からは神学も生まれてくる。蘭学は翻訳的蓄積が明治維新への移行をスムーズにした。こうしたすべてが幕末の政治神学的思想に影響を与えていく。明治維新とはなにか?対抗西欧の復古主義的近代はいかに中国の帝国から脱出するかにかかっていたが、失敗した。帝国主義が完成した大正から昭和10年代の全体主義日中戦争をもたらしてしまった。実は現在のポストモダンの中国もこれとおなじ問題に直面している。多元主義を帝国の構造と世界史の構造に還元してはならないと思うのだけれど

問題提起。鎖国を強いられた江戸時代の思想は外へ出る方法を常に考えた。明治維新からは反対。帝国からの脱出を考えない対抗西欧の復古主義は不均衡のまま政治的統一の安定に向かう



16世紀の開かれた西欧文化の経験にマルクスは権利を語った。哲学史の和辻のように文化から権利を切り離してマルクスの書き出しをやめたならば、アリストテレスから語るしかない

昭和天皇の容態と崩御に心を奪われていて、近代が齎した公害企業に座り込んだわれわれの抗議に無関心に通り過ぎ行く日本人を作ったのは、対抗西欧の国家祭祀の近代ではなかったか

欧米と台湾が香港活動家の逮捕に深い憂慮を示している。しかし日本は自民党の底無しの腐敗(安倍)に絡みとられていて、中国に対して一致した声明をだせないでいる

「万葉仮名は、主として上代に日本語を表記するために漢字の音を借用して用いられた文字のことである」とあるが、元々その「日本語」も中国から来た言葉なんじゃないのかとふと思う

何かについてコメントするよりも、コメントにコメントすることで忙しいこの時代に、コメントを控えるひとが国の中心にいる

大飯原発3・4号機。耐震性の判断に誤りがあり、国の審査に欠落があるとして、大阪地裁が設置許可は違法であると認めた

MEMO 

ベンヤミンの意図を超えて私が提出しようとする解釈とは、次のようなものであるからだ。すなわち、法/権利の基礎づけをなすもしくは法/権利の定立をなす暴力(rechtsetzen de Gewalt)それ自体が、法/権利を維持する暴力(rechtserhaltende Gewalt)を包み込まねばならず、またそれとたもとを分かつことができないのだ。ーデリダ『法の力』堅田研一訳

「精神/霊(Geist)はーこれがこの時代のテーゼであるー権力のかたちで自分を顕現させる(wrist sich aus in Macht)。
精神/霊とは、独裁を行使しうる能力である(Geist ist dad Vermögen, Dikatatur auszuüben)。この能力は、内に対して厳しい規律を要求するばかりでなく、外に対しては、はばかることのない行動(skrupelloseste Altion)を求める」ーデリダ『法の力』の引用文より 堅田研一訳

階級意識は一番下の俺よりももっと下の人間がいると表象したら成立しない。ゲームの規則が変わった。白人至上主義は一番上のトランプよりも上の人間を表象したら成立しなくなるかも

推敲中

江戸思想史は、わたしの中では、伊藤仁斎で始まり本居宣長でおわるというものであった。だがそれはいつの間にか勝手に思い描いてしまっていた風景に過ぎなかった。中国語訳の江戸の思想史の空間を参考にしながら、『江戸思想史講義』(1998)は目次をみると、「孝」の中江藤樹と「敬」の山崎闇斎が、「天命」の仁斎に先行している。荻生徂徠は三宅尚斎と「儒者」の中井履軒の中間にある。「物哀」の本居宣長の前に賀茂真淵が置かれている。こうした江戸の思想史の空間は何を意味するか?儒教の内部解体から国学が誕生するというような近代がいかに二項対立の物の見方に依存しているかを示す。しかしそんなに線形的に単純ではない。徂徠と仁斎に向けられた非難が、古い言説と新しい言説との間のズレから起きてくることがわかる。また近代から神話的に物語られる真淵と宣長との出会いがいかに複雑な距離を構成していたかがみえる。‬そしてどこからも仁斎論語というものがみえてくるのだ。子安宣邦氏が描いた江戸の思想史の地図は、近代の物の見方の中でそれとは異なる見方を与えてくれる、多孔性の空間であるとわたしはおもっている。

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左は朱子肖像画。ほんとうにこういう顔をしていたかはわかりません。右は子安氏の『江戸思想史講義』中国語訳の表紙です。右のこのイメージはなにか、左の朱子の顔の輪郭が崩壊していることをわたしに表象させるのですね。顔が風景となっています。ただしこれは脱領土化した統一のない風景。方法としてのアジアを言説化していると書くべきでしょうか。しかしだからといって、江戸思想史の書き手が、日本に朱子学のような宇宙論と思想が現れなかったのかという問いから離すものではないのです。再び朱子の顔を描く\書くような再領土化によって、ポストモダン孔子を深めること。この再領土化は脱コード化で、方法のアジアに向けて開かれている外部であるとおもうのです。



パゾリーニの「ソドムの市」Salò o le 120 giornate di Sodoma (1975年)は、ブルジョワが似非貴族的世界を似非再現する欲望を大衆の尽きない消費として描いてみせている。映画というのも欲望という名の何でもないものかもしれない。映画のなかで、サドの文学の言葉みたいに、心のなかに留めておくことのできないことを物語として終わりなく語りあう場面がある。最後の最後は、映画の観客は透明になった自らの欲望を覗いているように、ファシストたちは双眼鏡でユダヤ人少年少女の拷問の場面を見ている。映画なんかは役にたたない、と、「ソドムの市」はわれわれにそう伝えてくるようである。それだけにパゾリーニのあの映画は美学的方法を貫いていたことに驚きを禁じ得ないのである。

収容所のなかの囚人たちの弦楽四重奏の演奏をレンブラントは見ていたというゴダールの『映画史』における編集をどう解釈するのか。これを他者の問題として深めなければいけない...

映画は役に立たないか?否、アイルランドで学んだ嘘のナレーションがある。例えば最後に「和平によって銃の政治が終わった」と語る映画は公のナレーションが君達を騙すことを教える

映画界のリア王ゴダールは本日で90歳?現在は文学と絵画の城壁の中にいる孤高なイメージ。批評家時代の若いときは映画のあらゆる可能性は尽くされていた。映画は無用だからこそ映画の自律性があるとする似非芸術至上主義のポストモダンであった

この写真は奇妙だ。監督のゴダールはカメラの背後に立っていない。現場にいることはいるが、この位置では撮られている部屋の奥を見ることができない。しかし敢えてゴダールは距離を保って制作を眺めているのかもしれない。常に、「芸術至上主義に陥っているのではないか」という批判を受けることになるゴダール映画だけれど、この距離は、映画の自律を主張する「感化の大きな運動」の自律を成立させている彼の戦略なのだろうか?文学の自律を主張する「感じる心」の自律みたいである

ポストモダン時代の寵児、ヌーヴェルバーグは作るオリジナルに絶望し切っている。「感化の大きな運動」とその「思考の形式」の自律は、矛盾したアナーキーな受容的心性の自己主張

ヌーヴェルバーグの批評家達は「作る」オリジナルに絶望し切っていた享受者だが、映画とは何かについて書くために、外部から制作することになった。「作る」ことを解体したというか

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