フーコは存在しない。語られたフーコだけが存在する

昨日から少しづつフーコ『言葉と物』を読みはじめた。何度も読んできた文を新しく再び読む。どの一文も曖昧だが、本の全体を見つめる視線が信じられないほど綿密に構成されている。見つめてくる本だ

 

私が八年間放浪したアイルランドの哲学者ジョン・スコトウスは真理知として四つのことを考えました。

有から有が生まれる
有から無が生まれる
無から有が生まれる
無から無が生まれる

私が興味があるのは、最後の、「無から無が生まれる」についてです。「動かすもの」でもなければ、「動かされるもの」でもない、<無>があると私は思います。例えば芸術と関わるときは、感化の大きな運動のなかにいますが、しかしそのときも、「動かすもの」でもなければ、「動かされるもの」でもない、分節化できない<無>があるのです。たぶん<無>は宇宙における人間の存在の意味を考えることと深く関わるのではないかと考えたりします。ただしこれは形而上学的知であって、近代の認識論では取り上げらることはないでしょう。
無については、宗教は表象の形式でこれを捉え、芸術は直観の形式で、そして哲学は認識の形式でとらえるのではないかと思います。
いずれにしても、西田は、ジョン・スコトウスの形而上学的思索を紹介して、「無の場所」について語っています。
ヴェラスケスは純粋なイメージのイメージを描いた結果、「無の場所」を表現できたとわたしは思います。
王が立っている場所に人間が立つことになるが、それは絵の中ではない。それは判断の形式が主語にも述語にもないよう「無の場所」のようです。

「不条理が、列挙された物の分けられる場所である <なかで>を不可能にすることによって、列挙を支える<と>を崩壊させてしまう。」(『言葉と物』序より)

ゴダール「映画史』は面白二十世紀博物館である

No.1 ゴダール「映画史』は面白二十世紀博物館である

 

ゴダール、トリフォーム、リベット等のヌーベルバーガーたちはブルジョアのラングロゴワが創ったシネマテックにいたのですが、ここは映画館というか、映画館を利用したいかがわしい博物館ですよね。ゴダールは20世紀のぼくたちみんなは博物館の子供たちなんだと語っています。ゴダールは大学では人類学を勉強したのですよね。中沢新一NHKの講座「レヴィ=ストロース」をやったとき、最初にゴダールについて語ったのは理由のあることです。宇宙人である火星人の巨大な模型とか世界中の珍しいものが整理されずに雑然と展示されていたようです。ラングロワは映画を見せるときは、それと関係のある複数の映画の映像を一緒に見せたといいます。どうしてこの映像とあの映像とが関係あるのだろうかと考えたでしょう。ゴダールの映画史はラングロワの映像博物館のビデオ化ですね。自分は大学に行かず、10年間シネマテックに毎日通ったと言っていたフランス人の友人が昔ダブリンにいました。また恵比寿時代に隣に住んでいたフランス人の映画監督の友人もシネマテックにずっと通っていて、アルメンドロスという世界的なカメラマンと知り合って映画の道に入りました。わたしは彼と一緒に、トリフォー『大人はわかってくれない』の脚本を一年以上読み続けました。
新しく再建された現在のシネマテックは映画館オンリーになっています。昔の映像博物館のあり方とは違います。

『映画史』の冒頭はゴダールのタイプライターで書く姿を示している。まさに書く画家のように、打ちながら20世紀初頭のイメージがよびだされるように次々に現れる。ゴダールがイメージと呼ぶものはモナドライプニッツが呼んだ鏡をおもう。顔とか眼差しとか手とか暗闇の光の境界とかで書かれたものー映画史ーを映し出す鏡。20世紀精神の鏡。ゴダール『映画史』の最初は「世界ー内ー存在」の映像化である。ハイデガー存在論は死を強調しすぎて、それが絶望感と権威主義を引き起こしたと批判したアンナハレントは正しい。「世界ー内ー存在」は「世界ー内ー死」。されどハイデガーである。「死」を観念化した世界思想性がある。ゴダールは「世界ー内ー映画」と構成した。世界は見る欲望に従属している。

わたしはゴダールを考える人たちのなかにあって一人ぽっちだと感じるのは、亡くなった映画が蘇るようにゴダールの精神(鬼神)がかえってくることを願っているからである。
『映画史』のゴダールは、モンタージュの秘術によって歴史を支配するこの偉大な魔術師。暗い洞窟を自分の居場所に選んだ。
この暗い場所では、赤いランプの下で、
亡霊たちの交流が認めるものしか許さない。

わたしはポストモダンですが、ヘーゲルのファンです。わたしはあの亡霊みたいな肖像画が好きです。『小論理学』を読み、『法哲学』とかれの芸術論を読んで、この10年の間に『精神現象学』を読みました。初めて読む人は『歴史哲学』がお勧めです。
わたしは12年間海外に放浪していたのですが、外国で死んでしまうと共同体に祀られることもなく抽象的 に<死体>になってしまうことに恐怖を覚えました。これにたいしてコミュニストは祖国もないしあっても自分が選ぶ国ですし、墓もいらないのです。あっても無名墓地でいいのですね。こういうのは土に対する執着のある日本知識人にはわかりません。平田篤胤パトロンの要求にしたがって、死後の魂が国から遠く離れずに、家族の近くに留まるような思想を作りました。
ヘーゲルは精神としての死を考えました。その精神は、鬼神と同じように、帰還してくるものです。台湾の孔子祭では、官僚たちが傘を以って孔子の魂を受けるのですね。ヘーゲルの「精神Geist」はアジア思想の「鬼神」のことです。精神イコール鬼神という関心から、西欧思想とアジア思想の交差を考えているところです。
鬼神論は朱子が発展させました。鬼神論は古代中国の『易』にもありましたが、朱子が構築した鬼神論は、彼の理気二元論を前提に、魂魄は共に気です。そ気の世界から、理気二元論の世界に投射されるものが亡霊とか鬼神です。わたしは、20世紀の重要な映画の名が殆ど忘却された現在、映画は死んでしまったと同じで、映画も鬼神だと思います。思い返されるならば映画は帰還してきます。スクリーンは最初から死衣裳でした。何の映画が何の映画の後にきたかと思い出すその思い出し方は発明にちかい面があります

 

 

 

 

ヒチコックのクローズアップの映像の後に来る、ゴダールのタイプライターで書く姿の映像の後を見ると、ハーレントについてわたしは考える。ハーレントによると、近代の問題は根なし草の大衆の問題。都市に流れてきた人達をスターリンが世話して労働者階級にした。他はファシズムが世話をした。ヒトラーアメリカとの闘いをハリウッドとの闘いと考えた。だからラジオと共に映画は欠かせないとおもった。だがどうして戦争が起きたのか?ここでも手で考えるゴダールが語るように互酬の話が役に立つ。映画から与えられたものを人々は映画に返さなかった為に復讐を受けたのだ。映画から与えられたものは、他者の手にほかならない。決定的な崩壊は、飢えから来るのではなくて、友情の喪失からくるものなのだ。ソビエトはハリウッド映画に勝る国家のイメージを作らなければ存続の危機を意味した。しかし「夢の工場」に疲弊してしまった、と、『映画史』の中でレーニンの臨終と映像と共に、神話的に語られる言葉。書く画家において、記憶の彼方に読めなくなったものを読むためにパロールとものとが豊かに絡み合う。

 

 

 

No.2ゴダール「映画史』は面白二十世紀博物館である

ゴダール映画史に、20世紀歴史と同じ大きさをもったスクリーンがある。

ゴダールは映画の歴史についてのイメージを作る。思考と共にあるイメージを成立させた。映画万歳に非ず。映画は失敗した。収容所は、収容所を撮らなかった映画史のブラックホールだと。

モンタージュよ、我が精神の編集

『映画史』のゴダールの考えでは、収容所の映像なき映画の歴史は決定的な映像を持っておらず破綻しているが、失われた公理を求めるように、モンタージュによって収容所を再構成できると考えた。映画は過去に介入しなければいけない。そうして水をかける映像こそはユダヤ人を救い出す筈なのだ。収容所の決定的な映像が無いために、「噫、映画は予れを滅ぼせり」と嘆き、「我を知るものは其れ映画か」というゴダールはあきらかにスクリーンを仰ぎ見ていた。ゴダールの『映画史』という映画は、年代順的な言語のなかにある映画を、そこから引き離すことによってである。映画史の見失われた公理を構成するのはモンタージュである。モンタージュよ、我が精神の編集である

若い男
背にやを受けた詩人
性根
英語監督
女優
アニメの映像
アンナカリーナ
照明
ニュートン
比較の中におかれた女優
暗闇の中の女優
ヒトラー

成立病患者とスクリーン
絵画
ユートピア
戦闘機
群衆
絵画と映画もコラージュ
車を運転する男よ亡霊
ヒトラーに扮したチャップリン
死体
歓呼する群衆の顔
ナチス集会場
死体
先生と子供たち
ナチスの旗とkしだえ戦車
怪奇映画
少女
フランケンシュタイン
顔と手たち
女たち
爆撃20世紀FOX
キリスト
銃殺の虐殺(ゴヤの絵)
捨てられた死体
ドイツの将軍
竜退治も騎士(中世の絵)

芸術家も顔
人を喰らう巨人
群衆


顔と手
踊る男女
訪問
ふれ伏した死体
地下に隠れる母親
収容所も弦楽四重奏団
おののくレンブラント
湖畔のボード
マリア像草
飛行機
ピカソの絵

拷問刑
縛られる裸体の女
死者たち
苦悶する男の表情
ドイツ零年の少年
水着の女
旗を持つ少年

男女
おののく女
ドラキュラ
暗闇の亡霊
背後に矢を受けたジーフクリフト
廃墟の中の少年
旗と男の姿

ゴダール「映画史』は映画の起源はヒチコックかマネか、ゲルニカピカソかを考える。最初に言わなくてはいけないことは時間を守ってきたのは映画であるということ。20世紀の精神はそこに宿った。すべての歴史と精神を編集せよと呼びかけている。

 

 

No3.ゴダール「映画史』は面白二十世紀博物館である

 

フーコ『言葉と物』、この一冊のなかには何冊つまっているのか?華厳教じゃないけど、無限だ、少なくとも1000冊以上だ。見つめてくる本の真ん中に鏡があり、本の傍らに無がある。
ゴダール『映画史』の中の映画を数える。フーコ『言葉と物』を構成する本達のように無限だ。
イメージの本はそういうものだ。映画を見つめてくる本にしたのは、他者の顔とその傍らに存在する無を創造したかったから。ロゴスは無を利用して自らを再構成する。映画史は、モンタージュを利用して、映画を思考手段とする思考のイメージ。
無限に豊かになっていくものと無限に貧しくなっていくものとが媒介なく結びついていたジョイスにおける美が、ゴダールにおいては、表象と表象なきものとが無媒介に結びつくあり方をもつ。モンタージュである。

両手を広げる女
横たわる女を散り囲む男女たち
少年
本のページのアイリスアウト
ろうそく
フィルムの影
赤ん坊を抱く死に神
ギャングの撃ち合い
顔なき女
魔女
罪人を乗せた馬の傍らに佇む少年

撃たれた男
コラージュ
風と共に去りぬの女優
大地を走るトラックたち
撃たれて苦しむ女
這いつくばって銃を握る女
男の頭を抱えて接吻する女
王女
チャップリン
女とフィルムの運動
裸体の女と乳首
見上げる金髪の女
アイリスアウトの人々
ヒチコック
若い男を誘惑するカルメン
『軽蔑』の場面(オデッセイ)と重ね合わされる
男の顔
白黒映画の老人
男たちの顔で作ったコラージュ
見上げるゴダールの視線と顔
リュミエール兄弟で作ったコラージュ

 

カルメンという名の女』(1982)は、病院の花壇にいるゴダール自身の姿から始まった。ビゼーのオペラは口笛だけ。寧ろ映画はベートーベンの音楽で成り立っている。銀行襲撃の場面で男女が出逢うが、彼らのこの絡みあいは彫刻を表象させる。そして二つの直進的系列。音楽の系列を為すベートーベン弦楽四重奏曲9番、10番、14番、15番、16番と、自然の系列を為す夜明けの波たち。彫刻的なものを映画と呼んでいるようだ。「カルメンという名の前は何だったの?」愛人は、存在や事物の単純さか、言葉が透明さによるのか、答えられず、失望されてしまう。「やはりあなたとは大したことができないわ」。起源があれば撮影できるし語ることだってできたのに

‪『軽蔑』( Le Mépris 1963)についてまず言わなければならないことは、これはゴダールの映画である、と同時に、ゴダールの映画ではないということ。プロデューサーは彼の映画にブリジット・バルドーの裸体の映像を求めたとき、ゴダールは映画から自分の名前を消すことを条件に了解した。
『軽蔑』はブリジット・バルドーモラヴィアである。映画のラストは、ギリシャ悲劇の何の必然もないような不条理な死がバルドーに起きる。映画は『軽蔑』と名づけられたが、この映画のなかで一体なにが軽蔑されているのかさっぱりわからないプロデューサーと共に、事故死の最後であった。ゴダールは、「恐竜」であるラングが語るヘルダーリンの詩とブレヒトの言葉を「赤ん坊」のゴダール自身のために朗読させていたか?

ブレヒト
マフラーの女
バスターキートン
男女と映写機フィルム
似た者同士
ジオットの天使
修道女
カメラを持つ男
ラングロワ
小舟を漕ぐ男と眠る少年
牢屋
男女とフィルム
オーソンウエルズ
雲の形の光
男と家
リュミエール
物憂げな女

ジオットの天使
アイリスアウトの本のページ
街灯
収容所行き列車の中から外を伺う少女
手と本
列車を見る女
ジャンヌダルク
路に触れる手
ジャコメッテイ彫刻の手
男も手と女
眠る男女
差し出される手と握る手
兄と妹
コクトーのカミソリと眼
天使に促される少女
切り裂かれる眼球
拷問、画家カラバッジオ自身の首
音の横顔

アフリカ旅行のカメラ

葉巻を持ったゴダールの姿

映画人ゴダールは知識人サルトルブレヒトをどう考えるかという『映画史』に到達した彼における位置が、21世紀から変わって、知識人ゴダールは映画をどう考えるかとなっていった。『イメージの本』に明らかにサイードの影響を読みとることができよう。ゴダールの影響は、映画ファンを超えて、現代芸術のアーチストに広がることになった理由ではないか。

No3.ゴダール「映画史』は面白二十世紀博物館である

フーコ『言葉と物』、この一冊のなかには何冊つまっているのか?華厳教じゃないけど、無限だ、少なくとも1000冊以上だ。見つめてくる本の真ん中に鏡があり、本の傍らに無がある。
ゴダール『映画史』の中の映画を数える。フーコ『言葉と物』を構成する本達のように無限だ。
イメージの本はそういうものだ。映画を見つめてくる本にしたのは、他者の顔とその傍らに存在する無を創造したかったから。ロゴスは無を利用して自らを再構成する。映画史は、モンタージュを利用して、映画を思考手段とする思考のイメージ。
無限に豊かになっていくものと無限に貧しくなっていくものとが媒介なく結びついていたジョイスにおける美が、ゴダールにおいては、表象と表象なきものとが無媒介に結びつくあり方をもつ。モンタージュである。

両手を広げる女
横たわる女を散り囲む男女たち
少年
本のページのアイリスアウト
ろうそく
フィルムの影
赤ん坊を抱く死に神
ギャングの撃ち合い
顔なき女
魔女
罪人を乗せた馬の傍らに佇む少年

撃たれた男
コラージュ
風と共に去りぬの女優
大地を走るトラックたち
撃たれて苦しむ女
這いつくばって銃を握る女
男の頭を抱えて接吻する女
王女
チャップリン
女とフィルムの運動
裸体の女と乳首
見上げる金髪の女
アイリスアウトの人々
ヒチコック
若い男を誘惑するカルメン
『軽蔑』の場面(オデッセイ)と重ね合わされる
男の顔
白黒映画の老人
男たちの顔で作ったコラージュ
見上げるゴダールの視線と顔
リュミエール兄弟で作ったコラージュ

カルメンという名の女』(1982)は、病院の花壇にいるゴダール自身の姿から始まった。ビゼーのオペラは口笛だけ。寧ろ映画はベートーベンの音楽で成り立っている。銀行襲撃の場面で男女が出逢うが、彼らのこの絡みあいは彫刻を表象させる。そして二つの直進的系列。音楽の系列を為すベートーベン弦楽四重奏曲9番、10番、14番、15番、16番と、自然の系列を為す夜明けの波たち。彫刻的なものを映画と呼んでいるようだ。「カルメンという名の前は何だったの?」愛人は、存在や事物の単純さか、言葉が透明さによるのか、答えられず、失望されてしまう。「やはりあなたとは大したことができないわ」。起源があれば撮影できるし語ることだってできたのに

‪『軽蔑』( Le Mépris 1963)についてまず言わなければならないことは、これはゴダールの映画である、と同時に、ゴダールの映画ではないということ。プロデューサーは彼の映画にブリジット・バルドーの裸体の映像を求めたとき、ゴダールは映画から自分の名前を消すことを条件に了解した。
『軽蔑』はブリジット・バルドーモラヴィアである。映画のラストは、ギリシャ悲劇の何の必然もないような不条理な死がバルドーに起きる。映画は『軽蔑』と名づけられたが、この映画のなかで一体なにが軽蔑されているのかさっぱりわからないプロデューサーと共に、事故死の最後であった。ゴダールは、「恐竜」であるラングが語るヘルダーリンの詩とブレヒトの言葉を「赤ん坊」のゴダール自身のために朗読させていたか?

ブレヒト
マフラーの女
バスターキートン
男女と映写機フィルム
似た者同士
ジオットの天使
修道女
カメラを持つ男
ラングロワ
小舟を漕ぐ男と眠る少年
牢屋
男女とフィルム
オーソンウエルズ
雲の形の光
男と家
リュミエール
物憂げな女

ジオットの天使
アイリスアウトの本のページ
街灯
収容所行き列車の中から外を伺う少女
手と本
列車を見る女
ジャンヌダルク
路に触れる手
ジャコメッテイ彫刻の手
男も手と女
眠る男女
差し出される手と握る手
兄と妹
コクトーのカミソリと眼
天使に促される少女
切り裂かれる眼球
拷問、画家カラバッジオ自身の首
音の横顔

アフリカ旅行のカメラ

葉巻を持ったゴダールの姿

映画人ゴダールは知識人サルトルブレヒトをどう考えるかという『映画史』に到達した彼における位置が、21世紀から変わって、知識人ゴダールは映画をどう考えるかとなっていった。『イメージの本』に明らかにサイードの影響を読みとることができよう。ゴダールの影響は、映画ファンを超えて、現代芸術のアーチストに広がることになった理由ではないか。

アフリカの子供
カメラと黒人
女性
刺青
映画のカメラマン
海賊
ボバリー夫人
じゅうじkっを見つめた女
似たもの同士
異形の者
映画の発明
映画を見る父親と娘たち
ハリウッド映画のモーゼ
葉巻をくわえたゴダール

 

 

No4.ゴダール「映画史』は面白二十世紀博物館である

映像が立派でもイメージを支配する自分の言葉に気がつかないハリウッド映画は怖い。シナリオのような言葉が先行していてその言葉のために集めてきた映像を晒し首の如く晒している

私はプラトン的に考えますが、肉体も魂もいつかは消滅すると考えたアリストテレスの見方も考える。無限の高さは地上に存在するものだ。あるいは、あの世がこの世を支えてくれる最高なものだとしても、この世から見えるあの世が大切なのだ。ゴダールならば、この世にあの世を映し出すスクリーンが必要だと言うであろう。またあの世を包み返すこの世に、あの世を超えるものがなくてはいけない。何とか努力して、プラトンの洞窟に、光を入れなければい...それは何だろうか?
しかしそれは太陽ではなくてセザンヌの光である。

ゴダールは映画の歴史を生き抜いたミシェル・ピコリMichel Piccoliとともに、フランス映画百年を考える。
二度の世界大戦は、世界の中心としてのヨーロッパの危機意識を深化させた。戦争が起きたのは自国中心主義の結果だとしたら、サイレント映画の、国家の領土と民族に還元されない普遍言語としての意義がフランスにおいて認識された。戦後のフランス映画にとって、サイレント映画は、音声中心主義の近代にたいする批判の拠点として、サイレント映画以上の意味をもつことになった。
時間が映画をまもった。逆である。映画が時間をまもったのである。

貧民街で手を繋ぐ人々
ユダヤ司教を利用したコラージュ
列車のコラージュ
聖人
女性の笑顔
アニメの犬
精神分析の実験
男性たち
街道に倒れた女
少女
驚愕した女
座っている若い女と中年の女
スーラの絵、安らぎの人々
レンブラント肖像画に敬礼するカラビニエ

‪『カラビニエ』(仏語 Les Carabiniers、「カービン銃兵たち」の意 。1963)は、年ロベルト・ロッセリーニの書いたブレヒト劇の戯曲をもとに、ゴダールが映画に翻案したらしい。銃殺される女性がロシア・アバンギャルドの詩を口にすると兵士達が発砲できなくなるシーン(ロッセリーニを喚起する)が印象的であるけれど、この映画にリアルな死体はない。リアルな戦争が見えない。兵隊カラビニエは強奪品として、観光客の絵葉書を掻き集める。芸術家レンブラントに敬礼している兵隊カラビニエの身振りとジェスチャーの意味は一体何だろうか。

ヒトラーと運動しるフィルム
ライオン
裸体の女
女性
男性
照らされたひび割れた両手
女を抱く男
カメラマン

影の中の男にキスする女

チャップリン
バイオリンを弾く男と物憂げな女
少女に接吻する男
古代衣装でダンスする女
男女
女の首にキスする男
両手
聖人
ゴヤの絵

男女と映写機
ヒチコックのサイコ、河に身を投げて溺れる女

フランスのモラリスト(文学的な哲学者の意)の人間探求の特色は、その探求の結果、単に抽象的、概念的に羅列することではなくして、必ずそれを一つの可及的に生きた具体的な像に再構成して見せることであるという。
ゴダールの映画を思考手段とする探究が言語の存在とともにある思考の像を構成している。映画はわれわれを見つめてくる本である。
バザンは普遍言語のプロジェクトをもっていた。世界大戦の原因は民族主義の全体幻想にあった。だから、映画の限りなく純粋な映像で構成される構想は、戦争の全体幻想に陥るどの民族語への依存を拒んだのである。人間は政治的存在であり、同時に、言葉が与えられている。しかしまさにここから排除されてしまうのが、言論で覆せないほどの絶対権威から自立しようとする不明瞭な発声(感覚)の領域である。教説の中からその内部にしたがって語ることを拒否した沈黙 'Verschwiegenheit'(秘密?)。ゴダールはここを可視化しようとした。マイナーな、スイス訛りのフランス語とか創造的どもりとかいわれるが、自分が語らなければならないと気がついてそれを実行するために30年かかったのだとわたしは考える。

 

No.5 ゴダール「映画史』は面白二十世紀博物館である

ゴダールは一生懸命の近代ではない。一生懸命の近代とは何か?一生懸命の近代とは、例えば日本語の起源を探してインドとか遠くに行って調べるのである。ポストモダンは一生懸命やらない。不可避の他者の卑近を考える。日本語の成り立ちは漢字である。さてゴダールは卑近にあるものを利用して映画を作る。そうすると自分をテーマにすることになった。他人の映像を盗む『映画泥棒』だとする蓮實重彦ははっきり指摘するが、ゴダールは研究する権利を主張している。本『映画史』を見ると、暗闇のなかに他人の映像(写真)を絵画的に再構成している。自己の周囲を道具箱にして、映画=死者を精神として帰還できるかを探究している。

ゴダールのテーマに孤独というのがある。映画の死と共に、ゴダールは孤独に直面しました。失業したときのように、自分の力で変える力がないような外部にあるあり方を孤独と呼んでいる。そのゴダールも死んだ。われわれゴダールを語る者はかれの「遺族」のようなものであるが、映画の魂も、ゴダールの魂も、消滅したらどうなってしまうのか。消滅したら、「遺族」は存在する意味がないだろう。こういうのは1000年前に、朱子と弟子たちの間でこの議論をしていたことで、朱子唯物論的なので魂も肉体と同様に消滅すると考えていた。これに弟子たちは危機感を募らせた。魂が消滅したら魂を迎える生者の儀式に意味が亡くなってしまいますと。ゴダールは書く画家でしたから、わたしにとって問題は、書く画家の魂の消滅と言えるだろうか。映画(鬼神)の映画としての帰還は可能かと生者の私は毎日考えている。

ゴダールの顔
葉巻の煙
人影
顔とフィルムのコラージュ
オスカー賞の偶像
遠方を見る男
インラビュー
剣で突き刺す男
互いに円弧を描いて踊る三人
スタジオ
少女
穏健をカーテン越しにみる男
森のジージュクリト
童話も小人の世界
少女を犯すファシスト
男女
穏健の首を絞める男
立ち入り禁止
葉っぱの中の顔
取っ組みあう男
ゴダール
女の首を掴む男
気狂い発明家と金髪の女
ミュージカルの女
男性とその傍らにあるスクリーンー女のうなじ接吻する男
水着の女たちーひとつの新しい涙
虫眼鏡で本を読むーそれはわたし
ドンキホーテに遭遇するレミーコーション
三人の人間ーそれはわたし
ジョイスとお尻
めき万歳ー骸骨と仮面
倒壊した橋の列車
男女
潜水する男
床の少年を照らす老人
眠る二人
乳房
飛行機
レンブラントの絵の女
顔のコラージュ
飛び降りる男
男たちから飛び出す女
スクリーンと人間l映画だけが
驚く女の顔
クローズアップ
噴射するアニメの犬
兵隊たちのコラージュ
タイプライトをうつゴダール自身
人間と映写機

ヨーロッパを燃やした世界大戦のときに映画が存在したのはなぜか?映画は事件だったのか。事件とは言説である。つまり反時代的精神としての精神(鬼神)は燎原の火である映画として蘇ることができた。

 

No.6ゴダール「映画史』は面白二十世紀博物館である

映像が立派でもイメージを支配する自分の言葉に気がつかないハリウッド映画は怖い。シナリオのような言葉が先行していてその言葉のために集めてきた映像を晒し首の如く晒している。

映画はカラーで始まったのではなく、喪の色である白黒ではじまったのはどうしてか。映画は生死を問う倫理的存在だからである。

少女の顔
安らぐ人々の背後
森の中の少年と少女
徴は至る所に

男の子と人形を抱えた女の子
クローズアップの少女の顔で作ったコラージュ
川も小波
男女クリムトの母と子
アイリスアウトの手
仮面
ギャングの男
女性の手

偶像
語る少女
男と映写機ー旅
映画の歴史
女性
クリムトの絵の女
アイリスカットの人の巣が
男性
走る男
女性

牢獄の中
窓の外を見るj少女
男性
死体たち
海辺の崖に座る男
アニメ
黄色と青色と赤色
大鏡の前に立つ女
顔に手を覆う少女
カメラマン
鳩を放つ男
映画監督たちの笑顔
指示を与える監督
アニメ
女のダンスと手
男と子供
男の顔で作ったコラージュ
少年とロバ
赤色と黄色の光の中に佇む女の姿
アニメ
物憂げな女の表情とアニメにコラージュ

人々
漫画の少女
監獄
少女の顔で作ったコラージュ
少年と梯子に捕まる女
小舟を漕ぐ男ー映画
ライフルを持つ女と男
アニメの妖精
血だらけの聖人
シーソーゲームの子供たち
裸体男の首に腕を巻き付ける裸体の女

私はプラトン的に考えるが、肉体も魂もいつかは消滅すると考えたアリストテレスの見方も考えている。無限の高さは地上に存在するものだ。あるいは、あの世がこの世を支えてくれる最高なものだとしても、この世から見えるあの世が大切に違いない。ゴダールならば、この世にあの世を映し出すスクリーンが必要だと言うだろう。またあの世を包み返すこの世に、あの世を超えるものがなくてはいけない。何とか努力して、プラトンの洞窟に、光を入れなければならない。それは何だろうか?
しかしそれは太陽ではなくてセザンヌの光

 

 

No.6 ゴダール「映画史』は面白二十世紀博物館である

哲学とは知識の統一である。哲学は、特殊の学によって以て成り立つ所以の根本原因を探究する。思想史は語られた物の見方が存在した歴史である。また映画史は語られた映画の歴史である。哲学は、言語的存在である人間は存在の意味を考える。歴史は原語のなかでそれに沿って存在する。時間とともに、何が語られた思想だったか、何が語られた映画だったかわからなくなってくる。思想も映画も隠れて来るのである。だからこそ思想史も映画史も、ずっと前に語られてきたのに初めて語るかのごとく、あるいは、初めて語るのにずっと語られたかのように語るかの差異があるが、語りえないものを語って、哲学がこれを読むのである。ゴダール『映画史』のモンタージュー物で書かれたものーもどれもゴダールにとって明らかな意味をもっているが、諸断片が引用されている映画を同時代的に観ていないわれわれのほうは意味を考えることがどんどん難しくなっていくだろう

チャップリン

女の眼差し

小舟に横たわる男

顔で作ったコラージュ

女の上半身

座っている物憂げな女

ゴダールの顔で作ったコラージュ

ゴダールの顔と駆ける少女

ゴダールの顔と街頭で助けを請う女

ゴダールの顔と裸体の女

カーテンの女

ジャンヌダルク

ギャング

女性

女の背中と男の顔

手と男

ゴダールの顔

カメラマンー消すことができるものが

女性ー書くことができる

コメディアン達と少女

マリリンモンロー

裸体のゴダール

 

God-artとはなにか

映画の歴史は死に切った過去である。と、そう考えてみたら映画についてどういうことが言えるかゴダールは考えてきた。『映画史』は映画の終わりを見届けたのであり、その意味で死に切った過去だ。だけれど消滅せずに『映画史』に継承された。
死を考えた『映画史』は死んでいるのか生きているのかわからない病気のような過去に囚われている人間よりも思想的な場所である。
21世紀に入って、前世紀の主要な映画の名は殆ど忘れられた。すると、ゴダールの名は、デカルトが哲学を表すように、映画を表すようになってきた。リア王のように孤独に生き残ったゴダールはGod-artとも呼ばれるようになった。多分、人々はGod-artに宗教を読み解こうとしている。人間は永遠に生きたい意志があって、世界と対立する。死が矛盾である。これを乗り越えるためには、我についての発想の大転換が必要で、世界に我があるとする。その世界とはゴダールにおいて映画が語られる世界である。それは未来を思い出す絶対の廃墟かもしれない。

 

 

No.7ゴダール「映画史』は面白二十世紀博物館である

 

ゴダールの思考の形式である哲学は、映画によって以って成り立つ所以の根本原因を探究する。ゴダールはスクリーンに投射する運動を映画と言うだけではなく、投射の運動を行うものはすべて映画だと名づけているようだ。ハムレットの最期、世界に自らを投げ出すのも映画、射影幾何学も映画である。映画と名づけることによって、思考不可能なものが思考可能になってくるこの問題提起は、ゴダールを死装束をスクリーンとみなしている極限までつれていく。

両手
女の背中にあてる手
両手を見る
カウボーイ
眼差しと胸
映画の歴史
ミッキーマウスー腰の位置の銃
女の胸
男性
女性
鉄兜
王の肖像画
サルトル
アルジェリア
フランス
血まみれの男の顔と手
女性
女も顔とフィルム
ゴダールの顔とフィルム
安らぐ少女
ルノワールの少女
ひたりの人物
クールべの絵
踊る二人の男と女
顔なき女
湖畔のレミーコーションー新ドイツ零年

ゴダールは、『新ドイツ零年』(Allemagne année 90 neuf zéro、1991)によって、「歴史」の領域にはいることになった。『アルファヴィル』(1965)のレミー・コーションを、探偵として、かつて東西を分断した境界を超えていくドン・キホーテの分身として呼び出している。『新ドイツ零年』はニューヨークで見た。衝撃だったのは、戦争という国家悪を外へ追いやるのではなくて、映画と現実とが溶け合う映画の諸々の断片によって形づけられた回想を通して、戦争国家を自己の内部に掘り起こすかのような編集である。国家が個人を超えて実在するのではなくて、逆に個人が国家を超えた実在である、そうでなければ、国家悪を超える思想領域と精神領域へ歩み入ることができないと訴えるかのように。‬

男性
黄色と赤色ーアルパチーヌ
ヒチコック映画の場面ー火災から避難する人々
女の顔で作ったコラージュ
ゴダールと録音マイク
暗闇
床に倒れた女
暗闇
朗読する女

花火と人間
音楽の裸体男と女
映画の撮影カメラを覗く少女
撮影機とスクリーン

詩人とは,書物の偉大な開かれたページを盗み去る人物であり,書物はそののち実体を失って空白となる.」(マラルメ)。その空白はゴダールにおいてスクリーンと呼ばれた

死体と天使

花園

キングコング
夕暮れ
社交ダンスの男女たち
女性
女優
マチスの絵の女
着飾ってた女性たち
自転車泥棒の惨めな父と息子
男性

テニスのジャンプ
女性
横たわる人間
レストランの客

ゴダールは、暗闇のなかの人生と色のなかの人生を媒介なく衝突させる。暗闇は高慢な理性を遠くに行かないようにするためにあり、色は説明の不在な豊穣さが羽撃くようにするためにある

 

No.8ゴダール「映画史』は面白二十世紀博物館である

哲学は意味のある命題自体で語る。哲学の認識とはそうして形成される知識の自己反省である。芸術は直覚である。哲学は芸術がよって以って成り立つ所以のものを考える。映画は投射であるという命題

 

ゴダールピカソの継承であるという評価があるが、ピカソゴダールも「巨匠へのオマージュ」がある。しかし差異があるようにおもいます。ピカソは<失ったものを取り戻せ>というような近代主義的「オマージュ」ではないか。そうして過去に惹かれながら、自己のシステムのなかで「ねじ伏せ」的に巨匠を再構成した。これは、<失ったならうしなうことができる>というようなベケットの方向で、ゴダールの場合は、ベケットの継承だと思う。『映画史』による過去の映画の編集は、過去を称えていながら、<失ったならうしなうことができる>という感じだ。「もっともはかない瞬間こそが、華々しき過去を所持するように」(エミリー・ディキンソン)

 

記憶に誘われて
ゴダール
女性の眼差し
女性
キリストの顔
レンブラントの絵
闇からの応答
男性の顔
男と犬
戦災地の女と助けにきた犬
子供を抱き抱える女
カメラマン
戦災地の人々
男の顔と橋
サングラスに男
女と手のコラージュ
ゴヤの処刑の絵
女性
戦いの女神
ロビンソンクルーソー
仮面
槍の人
オリエンタルの女性たち
死体
女の顔
貴族
破裂した顔
女性
聖人
ゴダール
ユートピアの絵
ラングのマブセ博士
男性
窓際に座る裸体の女
カメラと被写体の女
炎と女
火山
めいてえする老人
地の女性
逃げまとう子供達
女の唇
女性の彫刻

マネの女性
ダビンチの女性とゴダール
フェルメールの真珠の少女
女性
マネの娼婦
マネのバーメイド
ピカソの少年
カメラをまわす男
ナナ

ナチスの波多野の中の男
車内の人物
接吻
酒場の女
スター女優
女を抱える男
スター女優
観客席の二人
女優
ユダヤ人少女
収容所へ行く列車
庭にうる人物
牢の中で鎖に繋がれた若い男
女性の絵
17歳のゴダール

 

 

ゴダールの『JLG/自画像 』(autoportrait decémbre 1995)
ゴダールの78年からの映画復帰はウィットシュタインの哲学界への帰還に喩えられる。この7年後に、ゴダールは思考手段としての映画の意味を語っている。『JLG/自画像 』を読み解くためにはこのゴダールの言葉より最良のものはないだろう。

自画像、「『ゴダールによるゴダール』を撮るよう求められていたが、[JLG/JLG]の方がわたしは気にいっていた。[JLG/JLG]はひとつの自画像であり、自画像は原則として映画では作り得ないものだ。それは、なにか絵画に固有なものである。わたしはわたしにとって自画像を作ることがどういう意味をもつのか理解したいとおもっていた。映画において自分はどこまで行くことができるのか、どこまで映画がわたしを受けいれてくれるのか見たかった。作品のほうが人間よりも重要であると考えることは、かなり古典的な芸術観だ。それは「作家主義」と呼ばれてきたものだが、十分理解されているとはいえなかった。大事なのは主義ということであって、作家自身ではない。ピカソもまた、絵画において自分はどこまで行くことができるのか?とよく自らに問うた。画家が風景を描くことにうんざりしたとき、画家に残されていることはもはや自分自身を描くことでしかないのだ。映画はこれとはいささか異なり、ひとりで作ることはできないので、つねにその孤独な人間の周りにあるものを示すことができるのだ。わたしはずっと映画は思考手段だと考えてきた。(...)わたしは映画を構想しているときも幸せだが、物事が完成したとき以上に、なにか模索しているときの方がもっと幸せだ、(...)わたしは青年時代に読むことができた、ブランショバタイユの本に似た映画を一本撮ろうとしたのだ。たとえば覚えているのは、バタイユの『内的体験』、当時、わたしはアンリ・アジェルの講義に出ていた。彼はブニュエルの『糧なき土地』を見せてくれた。わたしは「これはまさに衝撃的な『歴史』の内的体験です」とかれにいった。要するにこういうことだ。映画は形而上学をするためにまさに存在する。そもそも、それは映画が行なっていることだが、ひとはそれに気がつかない、だからそれを行なっている人々はそれを公言しないだけの話だ。映画はそのメカニックな発明のために、何か極めて物資的なものであるが、それは逃避するために作られるのだ。そして逃避すること、それこそ形而上学にほかならない。‬‪ー ゴダール (渡辺諒訳)‬

 

男性

愛国者

真理であり正しいこと

デユラス

トリフォー

街頭の助けを求める女

拷問をうけた音

親衛隊の女たち

気絶する女

蝋燭を持って振り返る少女

収容所の女隊員

音声を背後から犯す獣

火山に唖然とする女

手に接吻する女

怒る女

アイリスアウトの若者

フェリーニの天使

ロッセリーニの修道士たち

ウィスコンテイのイタリア万歳

デシーカの悲惨な男

ヴィスコンテイの豪華な宮殿

映画監督

ロッセリーニ

パゾリーニ

妖精

ひとつの形式

 

ヴィスコンテイの貴族の館

ロッセリーニ

パゾリーニ

ひとつの形式

 

 

亡霊である精神が、描いたイメージの前で、微かな声で驚くべき重大なことを告げる。私はイメージを語ることは不可能であると。イメージと言語とは互いに独立していると。

映像は文で語られるようには作られていない。

映画批評とは書くこと。問題は、映像は言葉が分析できるようにはつくられていないこと。言葉は言葉が分析できるようにつくられているのとは異なっている(言葉が言葉の対象となるのは近代からであると『言葉と物』はおしえる。) 厄介なのは、書くことは、映像を分析できぬ自らの限界に無自覚に、映像について語ろうとするときだとゴダールは溜息をつく。映像を作るために言葉を必要とするのは映像の言葉への従属と読まれるかもしれないが、従属を非難しているというようなそれほど単純な話ではないようにおもう。たしかに、ゴダールは書くために映像を必要とするのが自分の方向であると言う。だけれどそれも従属であるに違いない。あえて同化にゆだねることを前提に、問われているのは、文字を、文字でないものに同化させてみようとすることの意味である。文字でないものとは、映像または音に限られるか。否、文字を沈黙に置くことが考えられているかもしれない。語る権利、声なき声を求める権利のために。近代の成立が可能にしている表象<映画>を沈黙させる言説を書くこと、これが1970年代後半に「映画史」を構想したゴダールの映画批評。‪はじめて近代批判が行われることになった70年代‬

No.9ゴダール「映画史』は面白二十世紀博物館である

ゴダールの『フランス映画百年』(2x50 ans de cinéma français 1995 )

ゴダールは映画の歴史を生き抜いたミシェル・ピコリMichel Piccoliとともに、フランス映画百年を考える。
二度の世界大戦は、世界の中心としてのヨーロッパの危機意識を深化させた。戦争が起きたのは自国中心主義の結果だとしたら、サイレント映画の、国家の領土と民族に還元されない普遍言語としての意義がフランスにおいて認識された。戦後のフランス映画にとって、サイレント映画は、音声中心主義の近代にたいする批判の拠点として、サイレント映画以上の意味をもつことになった。
時間が映画をまもった。逆である。映画が時間をまもったのである。

バザンは普遍言語のプロジェクトをもっていた。世界大戦の原因は民族主義の全体幻想にあった。だから、映画の限りなく純粋な映像で構成される構想は、戦争の全体幻想に陥るどの民族語への依存を拒んだのである。人間は政治的存在であり、同時に、言葉が与えられている。しかしまさにここから排除されてしまうのが、言論で覆せないほどの絶対権威から自立しようとする不明瞭な発声(感覚)の領域である。教説の中からその内部にしたがって語ることを拒否した沈黙 'Verschwiegenheit'(秘密?)。ゴダールはここを可視化しようとした。マイナーな、スイス訛りのフランス語とか創造的どもりとかいわれるが、自分が語らなければならないと気がついてそれを実行するために30年かかったのだとわたしはおもう。

17世紀は芸術も外に出はじめた。差異が価値を生み出すとマルクスがはじめてこのことを言った。空間の差異が価値を生み出すのである。しかし差異としての空間が世界から消滅したとき、差異としての時間がとってかわった。ゲームの規則が変わった。これからは時間の差異が価値を生産する。ここでマルクスが言っていたように時間と時間との差異が価値(剰余価値)を生み出すのである。しかし1970年における近代の終焉と共に、その時間的差異も消滅してくる。ポストモダンの同時代性の時代を迎える。さて萩原朔太郎が憧れたパリは舟で二か月もかかったが、飛行機で9時間で行けることができてパリは消滅してしまう。20世紀の大衆は失われた差異をリュミール兄弟の映画において読みはじめた。しかしあらゆる映画の表現は50年代までに消滅してしまう。もともと映画には未来がないといわれていた。1950年代後半から人々は過去の映画ー過去の映画を利用して制作された映画ーを発見した。かくもブルジョワが創造した都市は疎外されているおか?ゴダールの1990年代からの再構成ではあるが、アナーキスト系アーチストの「ヌーヴェルバーグ」と名づけられた感化の大きな運動は、ブルジョワが創造した世界の外部であったと言わざるを得ない。それは危機の時代と呼ばれた17世紀が帰結した博物館としての映画の意義であった。「僕たちはみんな、博物館museumのなかに生まれ落ちてきたんだよね」(ゴダール) シネマテックの世界化?

言葉が崩壊するのは、言葉が存在を託した何かとしての他者への贈り物でなくなったときだ。先ず愛である人間性が崩壊する。ゴダール『映画史』より

デユラス
男女
修道女
道化
イングリッド・バーグマン
死神
子供達
冥界

探偵レミーコーション
ダンスする人々
強姦される女
世界において
酒を飲む女
ボーイ
ボクサー
叫ぶ女性
窓と人間
女性
ヒトラー
女性と窓
カメラで覗く男
ギャング
大人は分かってくれないー少年
海辺に着いた少年
トリフォー
ブレッソンの映画
Toi Toi
野生の少年
鳥を放つ漢
マネ
映画監督
顔と暗闇
現実の博物館
天使
天使とラングロワ
ランプの傍にいるゴダールの姿
重なり合う平面像と人間
デユラス
暗闇
西部劇の岩山
ゴダール自身


目隠しの聖人

フィルム
ラングロワ
サンライズ
顔と女の身体
青年時代のゴダール
ジャコメッテイ彫刻の手
アニメの男女
絵画の道化たち
デユラス

ゴダールは、50年代と60年代は何処の国を撮っているかわからないようなフェミニンなバロック、エリートの絵画と大衆の写真を組み合わせたような理性の笑みのような映画を作っていましたが、60年代後半から怒りのロマン主義へとなって、パレスチナ映画と毛沢東主義の70年代があるわけです。80年代に政治から映画に復帰して来て、黄金の80年代と言われる大変充実した作品群を世に送り出しました。ゴダールの言説を語る映画は、ポストモダンの言説を語る思想として、あります。90年代は、自画像と共に成立する、映画の歴史を作ります。21世紀からは、有名な映画の名が忘れられていくなかで、ゴダールは映画を象徴する名となって、世界資本主義に抵抗するグローバルデモクラシーの言葉をかたるゴダールは、映画以外の芸術家に影響を広げて行くことになりました。

ゴダールの決別』(1993)は、ギリシア神話の神ゼウスと人妻とが浮気をするエピソードをもって、神と肉体について説話的に物語った作品であると解説される。夫が一晩家を空けた日、突然帰宅した夫シモン(ドパルデュー)が別人のようであった。シモンは妻ラシェルに「私はおまえの愛人であって、シモンの身体を借りた神である」と言う。最後に「Simon Donnadieu、シモン・ドナデュー」とサインをする。これは、Si m'on donne à Dieu、つまり「もしわが身を神に捧げるなら」を意味するというのである。さてゴダールはなにを問題にしているのか?問題となってくるのは、純粋に外部的な出来事とイメージの領域とのあいだの、いかなる関係または非-関係をうちたてるかを知ることにある。知は、肉体に宿った全知全能の神をもってしても思考なき表象のなかにとらわれていたままでは、関係または非-関係をうちたてることができない。出来事の力は失われていくばかりで意味を革命的に作り出すことも不可能となるだろう。知識をいくら増やしても仕方ない。要請される思考は、方法としての「思考の形式」である。ゴダールは神との目的合理性なき一体化(<GOD>ARD  DEPAR<DIEU>)を倫理的にもつことによって成り立つ「思考の形式」と表象の問題を『映画史』ー近代を問い直す3A “絶対の貨幣”ーにおいて論じていくことになる。

ゴダールの『ワン・プラス・ワン』(One Plus One 1968)から学ぶことは、対立物(魂/身体、善/悪、内/外、パロールエクリチュール、等々)を相互に関係づけ、転倒させあい、移行させあう運動と戯れをなす働きである。
“Sovietcong”,”Freudemocracy”,”Cinémarxism” という映画のなかに示される造語を笑うしかない。ゴダール文化人類学構造主義の原点がある。構造主義は強力な物の見方を構成できるが、構造主義は世界の半分しかみていないから、映画は開かれた全体にすんでいる以上、別の世界の半分を足してやらなければ...。ワン・プラス・ワン のプラス<たす> は、重ね合わされて交錯する多数の中断をもつ系列を為している。

カメラ
プロレス
顔ーヌーヴェルバーグ

ゴダールは『ヌーヴェルバーグ』(1990 Nouvelle Vague)で、俳優アランドロンを登場させた。アランドロンはかつてヌーヴェルバーグの敵だったこともあって、ヌーヴェルバーグの批判家たちに嫌われている。映画のアランドロンはゾンビであると揶揄される。見方によっては、キスというのは死者との接吻。実存論的な問いかえしにほかならない。それ以上である。「前近代」では類似者は常に生まれ変わりとして現れた。死者が生者の近くに存在しなければならない。再び現れたアランドロンは類似されているものとそれほど類似していたか?
映画はエレナの自然ーもの(光と闇)で書かれたもの(光と闇)との同一化ーへの愛を表現した。自然が大切にされたのは書かれている自然が存在するから

布と顔
女と子供
布と女
アイリスアウトの男性
映画監督
男性明け方の海辺を走っている男
女性ー欲望という名の電車

ゴダール映画史に、20世紀の精神と同じ大きさをもったスクリーンがある。ゴダールが究極的に依拠するものをそこに投射しないのは、カントが理の内に信を位置づけないのと同じである。ゴダールは映画についてのイメージを作る。思考と共にあるイメージを成立させた。映画万歳に非ず。映画は失敗した。収容所は、収容所を撮らなかった映画史のブラックホールだと。むしろ映画史は解体映画史でなければいけない。ゴダール「映画史』は映画の起源はヒチコックかマネか、ゲルニカピカソかを考える。最初に言わなくてはいけないことは時間を守ってきたのは映画、20世紀の精神はそこに宿った

 

No.10ゴダール「映画史』は面白二十世紀博物館である

わたしはバロック絵画におけるように、暗闇のなかに煌めくものに惹かれます。そして表があれば裏もあるという言葉が好きですが、絵画もそうです。光の裏側には、暗闇がありますが、その光自身もあります。つまり全てと自身を構成するものは無限です。これがわたしの理解です。ちなみに20世紀にスクリーンみたいに壁に掛かる鏡は映画と呼ばれるようになったのです。光が照らす鏡のなかに、暗闇のなかに煌めくものが見えます。宇宙飛行士か亡霊かもしれません。

 

ウィットゲンシュタイン
語り得ないことは
沈黙すると言ったが
盲人とはベラベラ喋った

手は友情
手に最高のものがある。
世の終わりだというとき、
先に友情の手が崩壊している

あなたには手が二本あるのか、と盲人がたずねる

眼が手を包み返すためには
眼はそれを超えるものをもっていなければならない
夜の静けさを打ち砕く
背後から突き刺す光のごとく
わたしは見る、故にわたしは存在する

精神(鬼神)として帰還する映画よ

 

 

 

 

暗闇



 

 

 

 

 




 

 

 

No.11ゴダール「映画史』は面白二十世紀博物館である

ゴダール『言葉の力』Puissance de la parole 1988  
フーコ『言葉と物』 の一文をおもう。‪「しかしまた、言語(ランガージュ)の存在と人間の存在とを同時に思考する権利は、永遠に排除されているのかもしれない」 ‪「さしあたりまったく確実なこととしてわれわれの知っている唯一の事柄といえば、西欧文化のなかで、人間の存在と言語の存在が、共存して互いに連接しあうことはけっしてできなかったという一事にほかならぬ。二つのもののこの非両立性こそ、われわれの思考の基本的特質のひとつであった。」ーフーコ『言葉と物』‬(渡辺一民訳)‬ But the right to conceive both of the being of language and of the being of man may be forever excluded ... The only thing we know at the moment, in all certainty, is that in Western culture the being of man and the being of language have never, at any time, been able to coexist and to articulate themselves on upon the other. Their in compatibility has been one of the fundamental features of our thought. ーFoucault。

言語的存在である人間は、映画と共に、思考できないことを思考する。

人生を振り返るとき、何処かで必ず映画を見ている自己がいる。それは芸術を欲望するただ中に自分の姿なのだ。思い出は思考の形式である投射と共にある。しかしテレビを見ている自己の姿は滅多にない。

La television fabrique de l'oubli...Pourquoi  veulent-ils oublier (Godard)
テレビは忘却をこしらえる。連中はなぜ忘れたがっているのか。

ハーレントによると、近代の問題は根なし草の大衆の問題。都市に流れてきた人達をスターリンが世話して労働者階級にした。他はファシズムが世話をした。ヒトラーアメリカとの闘いをハリウッドとの闘いと考えた。だからラジオと共に映画は欠かせないとおもった。だがどうして戦争が起きたのか?ここでも手で考えるゴダールが語るように互酬の話が役に立つ。映画から与えられたものを人々は映画に返さなかった為に復讐を受けたのだ。映画から与えられたものは、他者の手にほかならない。決定的な崩壊は、飢えから来るのではなくて、友情の喪失からくるものなのだ

失楽園
十字架
拷問
戦い
蝋燭を持った女
ナチスに手をあげる女と子供
映画監督
眼差し
鳥妖怪
ドラキュラの影
踊る大人
男性
ミュージカル
女性
ドレミのアンナ・カリーナ

気狂いピエロ』(Pierrot le fou 1965)。ゴダールの「東風」においてみられる東へ方向づけられる前に、南へ行く方向をもっていたことが言われるように、『気狂いピエロ』はロマネスク風ミュージカルに誘われる溝口映画を喚起する道行の旅がある。映画はルノワールの生き方を物語る。美学的な問題提起が映画を貫く。黄昏と透明を重ねあわせた、画家ベラスケスの言説が言及される。そして沈黙の交響曲が言説そのものを打ちまかす。映画のおどろくほど単純で純粋な詩は絶対を語る。
気狂いピエロ』のロケーション地はポルクロール島。囲まれない映画の歴史と同じ大きさをもっている。地中海の死と太陽の島が映画のすべての歴史と等価の大きさをもっている。必然として、アルチュール・ランボーの詩「永遠」が朗読される。と、いつの間にかわれわれは『山椒大夫』の島々にいるー


窓を開けてドラキュラを待つ女
外から様子を伺うドラキュラ
男性の影
女性と手
女性
性交
抱きしめる女
男性と女性と鏡

軍人と少女
光と影
若い女
男性
光と影
女性
マリリンモンロー
祈る少女
女性とアニメ
女たち
キートン
男女
女性の顔

ドラキュラ


裸体

黄昏の海
絶対の貨幣
ドラキュラ
山中で呼ぶ女
森の川
拷問される男

男女と映写機
少女

海辺で遊ぶ子供達
光と影
パラジャーノフーー錬金術的映像
二人の人物
暗闇の中の女
裸体
照らされる女
女性
ラファティーのエスキモー
囚人
男の
女の遺体
集まる人々
光と影
光と影と人間
ヒトラー
ヒトラーの顔のコラージュ
本を顔にのせられるイワン雷帝の臨終
赤い光


光と影

子供の顔

エイゼンシュタインー女性の歓喜

踊る男女達
顔と手
レミーコーションとカメラ

‪『フォーエヴァー・モーツアルト』(For Ever Mozart 1996 )は、仏語の「pour rêver Mozart」(「モーツァルトの夢をみるために」の意)。

「過去は死に切ったものであり、それはすでに死であるという意味において、現在に生きているものにとって絶対的なものである。半ば生き半ば死んでいるかのように普通に漠然と表象されている過去は、生きている現在にとって絶対的なものであり得ない。」これは三木清の言葉である。ゴダールにおいても死に切った過去を考えた。ゴダールはあえて映画の歴史は終わったと言ったその理由とは、伝統を固定するためだった。そうして此方に向こうに見える過去の姿を「ヨーロッパ」と名づけることになった。「ヨーロッパ」は依拠できる絶対の過去。モーツアルトの音楽と共に、われわれを見つめてくる本のような投射として構成されてくる。
この映画のなかで、オリヴェイラの言葉がひかれる。「ともかく私は、概して映画のそこが好きだ。説明不在の光に浴す、壮麗な記号たちの飽和」。映画はサラエボボスニアのイメージをもっている。だけれど「カラビニエ」(1963)のように、戦争と死が示されてはいない。大地の言語が湖を覆う。ゴダールの母の名を記した墓。廃墟の <オリジナル>無きイメージが成り立っている。寧ろそこで自己の人生を回想するのだろうか?モーツァルトは音楽によるヨーロッパの和解を体現している


逆光のゴダールの姿
映写機と人間
逃げ走る男
カメラマンと女優
光と影
ライトーヒチコックのサイコ
手をとられた女
女性
収容所列車の少女
太陽
窓から見える空間
光と影
サルトル
オーソンウエルズは歴史を嘲弄している

女優の顔で作ったコラージュ
光と影
アイリスアウトの子供たちの姿

光と影
女性
男女
聖人
手を頭の後ろに組む女性
少女

男性
ユダヤ人女性とゴヤの拷問の絵
ユダヤ人女性と持ちあげられた銃
スクリーンの人々
鳥獣
拷問される人間
光と影
キートン
銃を持ちあげる女
キリスト
光と影と編集台のフィルム
電車する女
F.ベーコンの絵ー男
エイゼンシュタインイスラエル
エイゼンシュタインーイシュマル

ゴダールとアンヌ=マリー・ミエヴィルの‪ 『ヒア & ゼア こことよそ』(Ici et Ailleurs 1974)。「ジガ・ヴェルトフ集団」の一部としてゴダールとジャン=ピエール・ゴランが1970年に作った親パレスティナ映画『勝利まで』のフッテージを使用して制作された。現代の国家はテレビのニュースが行う解釈のなかに存在する。これを解体するために、ビデオが積極的に利用されている。編集概念が政治化されている。理性が自己自身に関わるような、正しい理念、正しい映像が語られているが、他方で映像と音をめぐる言説<映像と音は関係である>で表象されるものを「ここ」と「よそ」と名づけている。ここからギリギリ思考可能なものが成り立つ。「ここ」を内部化してはいけない。思考と「よそ」にある思考できないものとの関係を切り離してはならないと。


アラブ兵
光と影
地と光と闇
女の顔ーモーツアルトは永遠に
本とヴィーナスの胸元

アニメの猫
バザン


カメラマン
暗闇の中の母と子供
スクリーンを背後にしたカメラマン
光と影
女の背中にあてた両手
光と影

闇の中の手
アイリスアウトの手
光と影
手と影の手


超克
父と息子
窓枠
青年時代のゴダール
光と影と女
光と闇
楽器を弾く人間
全ての歴史
赤旗の群衆
軍人と人々
ランボー
男女と鳩
男性

ブランショ
亡霊達
ドラキュラ
ユートピアの男女
スクリーンを背後にした人間
ゴダール
フィルムを切る作業
光と影
白い花
ベーコンが描いたゴッホ
ゴダールの顔
楽園の花

 

 

『映画史』の後

‪『偽造旅券』(Vrai-faux passeport 2006)は、”ユートピアの旅ー失われた公理を求めて”と題されたポンピドゥー・センターでのゴダール展である。それは、アーチストの間で大きな関心を呼び起こす「ゴダール」のシュールレアリストとしての再定義だった。しかし「世界の創造者」というブルジョァ的世界観を内部崩壊させた挑発的な展示は、ゴダールが国家による「失われた公理」の殺戮を拒むような、至る所微分不可能なゴダール像の提示だった。映画館の庭園化。フィルムの植物化。ポンピドゥー・センターは『偽造旅券』の買い取りを拒んだという。‬

‪『偽造旅券』(Vrai-faux passeport 2006)は、”ユートピアの旅ー失われた公理を求めて”と題されたポンピドゥー・センターでのゴダール展である。それは、アーチストの間で大きな関心を呼び起こす「ゴダール」のシュールレアリストとしての再定義だった。しかし「世界の創造者」というブルジョァ的世界観を内部崩壊させた挑発的な展示は、ゴダールが国家による「失われた公理」の殺戮を拒むような、至る所微分不可能なゴダール像の提示だった。映画館の庭園化。フィルムの植物化。ポンピドゥー・センターは『偽造旅券』の買い取りを拒んだという。‬
マルローは人民戦線だったので映画文化をブルジョアのラングロワに委ねることはできなかったかもしれない。ゴダールは復讐として、ポンピドゥセンターを破壊した。映画は国家を住処にできないとばかり..

 

GIG-IN-DADA

戯画は、おかしみのある絵、または戯れに書かれた絵のこと。落書き、風刺画、漫画、カリカチュアなどと重なる面が多い。「ゴダール『映画史』は面白二十世紀博物館である」はポストモダン的にGIG-IN-DADA

 

『映画史』のスケッチ

線によって、無限に豊かになるものと無限に貧しくなっていくものとの共存において、無限に豊かになるものを描く主観は昨日に無限に貧しくなっていくものを描いた主観の間に区別はないだろう。今日の主観が昨日の客観から切り離されているわけではなくて、無限に関わる意識は連続である。わたしは芸術から考えているが、主客の合一は、西田幾多郎の動と静、一と多の区別を解体していった思想と共に、意義深いものがあるとおもう。これは宇宙における人間の存在の意味を問うた宗教から哲学を構成した思想である。整理し分類して排除する男性原理を批判したポストコロニアリズミの時代に見直されてもいいのではないか。

 

ダブリン時代は、北アイルランドで爆破された教会に、ステンドグラスを送りに行った画家が映画友だった。キリスト教と映画は真実に基づかない。語られる光の美は映画それ自身だ

 

映画の歴史とはなにか

スクリーンに投射されるものは光と闇である。光は闇に先行するが、光と闇は互いに切り離せない。声とスクリーンに向かって自らを投げ出す人間は両者とも闇である。思い出す呟き声と共にスクリーンに精神(亡霊)としての人間の影が現れる

What is the history of film?

What is projected onto the screen is light and darkness. Light precedes darkness, but light and darkness are inseparable from each other. The voice and the human being who throws himself at the screen are both darkness. A shadow of a human spirit (Geist , Spirit) appears on the screen along with a reminiscent murmur. 

Behind the darkness, there are people who watch movies.

モンタージュをたたえましょう

モンタージュはフランス語のMontagerからきていて、組合わせて構成する、の意味です。フランス人に聞くと、作文のことを語りはじめますね。何というか、写真アルバムを整理するときは、効果的な写真の並べ方が大事になりますが、写真と写真との関係が文と文との関係のように成り立つのですね。しかし映画の映像は文以上の何かです。例えば、初期のサイレント映画では、線路に縛られた女性が示された映像のあとに、列車の映像を示せば、言葉の説明なく、女性の命が危ないという意味をわれわれはあっという間に考えるわけです。これを文章で書くとなると簡単にはいきません。しかし言葉は「危険な男」と書けば読みては危険な男を考えます。しかし映像だけではどんなことをしても危険な男を指示できません。最初にトランプの顔を示して、次に「❌」を示しても、それは危険な男を指示したことにはなりません。また逃げる男の映像の後に、追っかける人の映像を示しても、それが「危険な男」であるとは分かりません。「危険な男」は言葉が生み出す観念でしかないのです。他人の家に入った男が何か引き出しを開けているという映像を見ると、観客は捕まるなよと思うのです(笑)。「危険な男」とは思いません。ところが「三十年隠れた男」とマスコミが書くと、みんな公安と警察官になってしまうわけです。
映画の大原則ですが、明確な一つの映像というのは役に立たないのです。そこには相互作用も反発も起きませんから。映画cinématographique においては二つ映像が必要不可欠なのです。

 

映画のショットは部分に宿る全体である。世界は「関係」でできている。映画もショットの関係でできている。しかしモンタージュと呼ばれるものが意味をもつ理由はない

言説家のゴダールは、マラルメが白鳥の翅に全ての言説を書いたように、映像を構成する対角線に全ての言説を書いた。ゴダール「映画史』はフーコ『言葉と物』の映像化である。


 

ヌーヴェルバーグは演劇を離れた。舞台のように戯曲のロゴスに従うと、映画はカメラの自由な運動を活かせないからだ。だが思考の映画は形而上学的真理を語るときはロゴスが優先する

 

ヌーヴェルバーグ批評家達は演劇から離れてカメラの生き生きとした運動を見いだしたが、ゴダールは古典的分割を擁護した。つまり理が優先される思考の順番が大事だったのである

 

小説マルクスー未来を思い出す部屋

 

マルクスを書く

ネット小説マルクスはロンドンに4年間滞在した時の問題意識を垣間見ることができる。英国は米国大統領(ブッシュ)を王のように考えていたブレア政権にリベラルのマスコミは反発した。マルクスは1950年代から普遍主義から離れて、普遍主義のイエニーと隙間ができていたであろう。異性愛と同性愛とが混在したマルクス一家はスキャンダルで、労働者階級から孤立していたし、亡命生活の苦労もある。マルクスヴィクトリア朝の作家のように妻に清書させていた。いかにも中流的というか..。マルクスの悪筆を読めるのはイエニーだけだった。エンゲルスは清書されていなければマルクスの原稿を読めなかった。エンゲルスも、民族主義の革命の見方に疑問に思っただろう。

"貨幣は一般的な等価形態だから貨幣とされるのではない。逆である。貨幣は貨幣である、この事の故に、貨幣は等価形態となるのである。王は皆の承認によって王の地位につくのではない。逆である"ちょうどこの文の下に君が残した落書きがある。・・・

..僕はね、ここに"王は王である、それゆえに、王は皆の代表となるのだ"と書いたはずなんだがね。ところが、一体なんのつもりでこんなことを勝手に書き込んだんだい。"I am not afraid of my subjects! TOOFEEF!・・・

...BIZDA, BIZDA, BIZDA"いったいこれはどういう意味なんだい。何が言いたいんだ。誰が君の臣下なんだい。この前頼んだ手紙の清書でも同じような不可解なことが起きていたようじゃないか」。と、マルクスは怒って原稿を机の上に叩きつける。

ジェニーは原稿を取り上げると、続きを読み始める。
マルクスを遮って言った。「ジェニーはジェニーである。つまり自己自身が自己を権威づけるとすれば、臣下であるカールやフレデリックの承認がなくともこの私は皆の王だ」。
 
「やめろ!やめたまえ!!・・

 

No.8ネット小説マルクス

「夢か!真っ暗でどうなるかと思ったよ。ジェニーも一緒だった」、と、額に手をかざしたエンゲルスは興奮気味に喋る。マルクスはひとりごとのように呟き、苦笑する。「ジェニー?僕の夢にもジェニーが出てきたんだ。ねえ、君の夢には僕は現れなかったのかい。なんども"怪物!"って叫んでいたぜ

 

 

 

ネット小説マルクス10

「洞穴の奥に入っていくと前方に光が見え、光の束の中に人のシルエットが浮かび上っていた。その人物の白い手と繊細な指に気持ちを奪われているうちに、いつの間にかジェニーと共に鬱蒼とした林の中にいたんだ」。「僕たちの散歩道のハムステッドの林じゃないのかい?」

No. 25小説マルクス

..ぐちゃぐちゃに溶けだしそうなの。こんなことを口にするなんて、ああ、わたしはとってもいけない女なんだわ、わたしったら。是非、あなたにかなえて頂きたいお願いがあります・・・」。マルクスは低い声で呟く。「その先はもうよく覚えていない」

 

No. 28小説マルクス
・・わたしが本当に怒ったらどんなことするか、覚悟しなさい!」。マルクスは不愉快になった。「やめてくれ。実にくだらない。ダブリンからやって来たソーホーの娼婦ども、小便みたいな化粧をぷーんと臭わせて道を歩いている君の女友達どもと、ジェニーを一緒にするな!」。

 

No. 74小説MARX

マルクスは頭を抱えた。「モーゼだって。君までこの僕を愚弄するつもりか。絶望的だ。とんだ茶番じゃないか。ハムステッドの鳥たちよ、戻ってこい。もう独りぽっちだ。砂漠に置き去りにされたかのような沈黙。真っ暗で息苦しい。誰でもいいから、この僕を外に連れ出しておくれ!」。

No. 85ネット小説マルクス

..裁判所の執行官が玄関に来ていることを告げようと部屋に入ってきたジェニーであったが、マルクスエンゲルスが戯れる姿に一瞬立ちつくす。部屋の中の様子を眺めながら自失茫然と立ち尽くす。

No. 90ネット小説マルクス

..動かないジェニーの姿を認める。実は、仮面の二人は、マルクスエンゲルスである。マルクスがジェニーの顔を覗き込む。
「うっ、ひどい臭いだ。それに裸足じゃないか。(ジェニーの肩を揺さぶりながら)おい、しっかりしろ。どこから来たんだ」。

No. 93ネット小説マルクス

..とくしゃくしゃになった紙切れをみつけ、そこ「BIZD・・・MYMOUSE EATING」という綴りを確認する。それからイチゴと「赤い十月のクッキー」も。「BIZD・・MYMOUSE EATING。毒虫」と、エンゲルスは嘲笑った。「何者?」とマルクスは言った。

 

No. 94小説マルクス

エンゲルスは叫び、追い払うように、ジェニーの顔に向かって思いっきり唾を吐きかける。「この毒虫め!」。と、ベッドルームの中。ジェニーは薄目を開け、マルクスエンゲルスの姿を認める。タバコの灰がフレデリックの赤いガウンと床に散乱していた。・・・

No. 100小説マルクス

マルクスは娘のエレナの口調がだんだん母親のそれに似てきたと思い始めていた。それから、女というのは所詮幻想に過ぎない、という悔悟の言葉が頭のなかを駈けぬけた。不幸と災いを招く幻想と知りながら、男はどうしてこれを欲望してしまうのだろうか。幻想が幻想を身ごもる

No. 163小説マルクス

「あなたが関心を持っている貨幣には、ぎらぎらと輝く濡れた眼差しがあるのかしら」。「眼差しだって。それはどうだろう」と。マルクスは答えた。ジェニーは怪訝そうに返事をするマルクスの手を取ると、ゆっくりと自分の唇に触れさせる。

No. 167ネット小説マルクス

乱暴に書き殴られた文字のなかに、女の身体と言うよりも、道化の顔、それからペニスや睾丸の形をした幽霊や亡霊の顔がいくつも描かれている「ドイツ・イデオロギー」の原稿が浮かび上がる。

マルクスは落ち着きを払って説明した。・・・

No. 176小説マルクス

...これじゃ、世紀の論文も、とんだ贋金造りってもんだよ」。マルクスは顔を背けたジェニーの腕を両手でつかみ、身体を激しく揺さぶった後、荒っぽい手つきで再び原稿を取りあげ、威圧した調子で読み始める。

 

 

No. 186小説マルクス

エンゲルスはジェニーの方へ歩み寄ってなにか一言二言、耳元でささやくと、数枚の紙幣を渡す。ジェニーはエンゲルに言った。「あなたの友情には心から感謝します」。ジェニーはエンゲルスに接吻をした後、ベッドに近づき、横たわっているマルクスの身体の上に紙幣をばら播く。

 

No. 192ネット小説マルクス

「まさか。君の夫が僕の幻想の中で生きているだなんて。むしろ、僕の方がマルクスの幻想の中に生きているんだよ。カール・マルクスという偉大な解放のユートピアの幻想の中でね。勿論幻想などではなく、理想というべきだけど。君は、多分、僕たちの友情を嫉妬しているんだね。・・・

No. 193ネット小説マルクス

僕が君たち夫婦に嫉妬していると同じくらいね。しかし、僕たちはひとつの塊なんだ。仲間なんだ。ブルジョア的な個人主義に囚われて、ばらばらになってはいけないよ」。「いいえ、カールはあなたの幻想の中に生きているんだわ。・・・

No. 194ネット小説マルクス

..私の夫はあなたの眼差しの中でカール・マルクスを演じているのよ。神の視野のごとく民衆を見るカール・マルクスの伝説。でも、本当は、鏡にもたれかかったバーメイドみたいにお客に見られている様な頼りない存在なのよ」

 

No.202小説マルクス

「ジェニー、よくお聞き。ここはイギリスだ。ジャーナリズムの国だ。沈黙してはならない。イギリス人を説得するためには、僕たちは絶えず言論に訴えなければならないんだ。思想と言論のマーケットで、カール・マルクスを流通させなければならない」。

「素晴らしいわ」。

「僕たちの共著「資本論」がベストセラーになる。一ヶ月、いや、三ヶ月、半年と、ロンドン中の本屋の店頭を飾るんだよ」。「本当に素晴らしいことだわ」。「そうだ。ロンドンだけじゃない。パリやベルリン、ニューヨーク、北京、東京と、世界中の都市でベストセラーになる日がやってくる。「資本論」は「聖書」を凌ぐんだ。翻訳の重要な意義が分かってきただろう」。

「ええ、ええ、素晴らしいわ。エンゲルス著の「資本論」がベストセラーになるのだから。ジェニーはあなたのためなら、どんなことでもするわ。あなたのためなら何でも捧げたいと思っているのよ。愛しているわ、フレデリック。あなたがカール・マルクスという本の作者だったことを世界中の人達に告げるべきよ」。

エンゲルスは黙った。それからさとした。 「秘密のラブレターのつもりかい。おふざけはここまでだ。マルクスエンゲルス共著の「資本論」と言いたまえ」。

「いいえ、ジェニーとエンゲルス共著の「資本論」よ」。

「いい加減にしたまえ。僕の言葉はカール・マルクスが語る言葉をありのままに聞いている。ところが、ジェニー、君の言葉は何を聞き取っているんだ。理性の耳を塞いで、唇と歯が好き勝手に暴れているじゃないか」。

「唇と歯ですって、私のいたずら坊や」。

「そうだ。唇と歯だ。時にはカールの言葉を愛撫したり、時には噛み千切っている。勝手な事を原稿の中に書くのはやめたまえ。以前はペルシャ語の様なおもちゃの文字だったからその場で削除してしまうことができた。しかし今は、一見カールの言葉を清書した普通の文字で、君の解釈が尤もらしく書き込まれている。字体からでは、時々カールのものか、君のものか見分けがつかないときがある。恐ろしいことだ。君の言葉と一緒に夢想家の亡霊が、僕とカールの「資本論」のなかを徘徊している。いや、失礼、カールと僕の「資本論」というべきだった。カールと僕は、君たちがでっち上げる解釈に抗議するよ」。ジェニーはくびをふった。。

「そうじゃない。そうじゃない。そうじゃない... ゲルツェンもバクーニンプルードンも一切関係がないの。私が書き綴った文字に、カール・マルクスが自分の解釈を書き込んでいるのよ。私の文字が搾取されているのよ。私を愛しているといつも言っているくせに、どうして、どうして、わかってくださらないのかしら!?」

「結局、君は、ヘレンと全く同じ類の女だ。空想の重力が事実を支配し、そこで真実が曲げられてしまう。奇妙だ。君もヘレンも、女性達は、解釈を創り出す欲望にとりつかれている。ここは狂気の部屋だ。僕には君たちの欲望が全く理解できない」と、エンゲルスは言った。

 

 

No.203 ネット小説マルクス(最終回)

マルクスが部屋に入ってきた。「フレデリック、いつも有難う」。「原稿の前払いと思ってくれるとこちらも気が楽なんだ。ところであの原稿は完成したかい」。

「いや、まだだ」。

「ロンドン本部の事務局が早く演説原稿を送って欲しいと催促を始めたから今日中に書き上げてしまおう。階級闘争における「抑圧する国家」と「抑圧される国家」という、ここのところ僕たちが議論を続けている、例の考えを発表するいい機会じゃないか」。と、ジェニーは窓を開けた。「"抑圧する男たち"と"抑圧される女たち"。"搾取する男たち"と"搾取される女たち」

マルクスはジェニーの言葉を無視した。エンゲルに意向を伝えた。「わかったよ。そうしよう。今日中にアイルランドの呪いに片をつけてしまおう」。

「さあ、ジェニー、本部宛に手紙を書くので、手伝ってくれたまえ」と、エンゲルスは頼んだ。
ジェニーはなにも言わずに机に座り、便せんを引き出しから取り出し、用意してペンを取る。ベッドから提案するマルクスの声に耳を傾ける。マルクスは一語一語言葉を選んでゆっくりと話し始める。しかし。ジェニーはいつものように空想を始めたようである。ドクター・フロイトの無言の指示・・・?

マルクスは皆に告げた。「これが終わったらお茶の時間にするよ、昨日ハムステッドの八百屋で買ったイチゴを食べようじゃないか。好物のクッキーも買っておいた」。

汚れたしわくちゃのシーツの上で神聖な儀式言葉を紡ぐ男の姿が山の頂においてモーゼに告げて語る神の姿を連想させる体毛がところどころ密集する、リズムの単調なマルクスの肌の感触が蘇ってくる。と、再び灰色の不快なまでの単調さがジェニーを襲い始めた。下山するモーゼは彼の留守の間に異教の神を崇拝していた民の姿に激怒し、神聖な言葉を刻んだ石版を叩き割ってしまったという。

ロンドンにおいて影響力を失ってしまったカールやフレデリックの言葉はどうなるのだろうかと想像している。ジェニーはマルクスの咳払いをきく。ペンをしっかりと持ち直し、気持ちを作業に集中させる。ジェニーの頭の中で言葉がぐるぐると巡る。深い溜息をついて、静かにペンを置く。

と、ジェニーは呟き始めた。「確信できない。わたしもカールも、なにも確信していない。ロンドンの暗闇の中に迷い込んだ私たちにはなにもみえてこない。なにひとつ確信できない」。

泣いているのは誰だろう。僕か、フレデリックか。泣いているのはジェニー。ーー故郷ボンから遠く離れて・
ロンドンで生きた 直ぐに慣れた・
人々の身振りと眼差しに暗闇と煙とに・
アルコールの中でゆっくりと刻まれる・
どれもこれも類似した思い出の数々にも・暮らしぶりや、習慣の違いも
不思議に思わなくなった
共通のものを感じた時の喜びが勝った・
パブに隣接した赤い公衆電話ボックスから・
地下深くチューブの中に生き埋めとなった・
労働者たちの・  
棺に向かって・
電話線が敷かれて・
こっそりと・

皆がひそひそ声で話し合っているとしても・お気に入りのアルファベットの図解辞典・
最初の頁にはワニAlligatorが・
二本足で立っている・
子供の時の友達、ベルリンの思い出・
道端のあちらこちらに落書きした・子供なのでまだ映画館に連れて行ってもらず 独りで・

近所の林(ジャングル)の中をうろついた悔しくて置き去りにした友達の家々の壁に・
特大のでっかい奴を描いたりした・ソーホーにあった映画館・
ワニ狩りの記録映画が上映された・
観客の貧しい労働者は・
単調で季節の変化に乏しいこの国にあって・
アフリカの太陽と熱帯の・

スペクタクルの映画を欲した・
スクリーンには泥沼から、板をガブリと噛んでいる・
      
グッタリとした動物の死体が・
引き抜かれるコックみたいに現れただけ・
固定ショットが捉える・
なんとも退屈な作業・
ボートの方に引きつけてロープを巻き上げていく漁師・

横には付き添いの麦藁帽子の女の子の姿がみえるー
Birdsong for one plus twoーI like this title. I read it again!ーBirdsong for two plus one

We are rock of the pastー
Rock-Repression-Regressionー
Let the past pieces where they mayー
And remember the futureー

With the unending birdsong.

と、なにかが落ちた

Good-bye・・・緑の・・・ワニ・・・

雨の恩寵を浴びながら裸足で歩き続けた。雲の隙間から陽光がこぼれ落ちても、その明るさに気づかなかったであろう。地面の若葉が輝いても

男たちと女には
自分達の掌の骨しかみえなかった・・・。
墓標に接吻すると、雨粒のせいで血が少しだけ滲んだ。

不安もないし、怖くもなかった。けれども、救いを告げるあのお節介な鐘の音に
邪魔されるのはとても不愉快であった。

暗闇の中の自身の声、千人の声と声とが重なり合ったざわめきのうちに明確な輪郭を失って流れて行ってしまった声。
耳を塞いでその自身の声を聞け。
耳を塞いで自身の声に触れよ。
耳を塞いでその自身の声を聞け。
耳を塞いで自身の声に触れよ。 

(了)

小説大杉栄

  1. ・1923.9.16の出来事を客観的視点で構成してみた、大杉栄について書いた小説をネットで流したとき、どう読むかは読む側の自由だが、憲兵大尉甘粕正彦を描いた小説と思う人達もいた。驚いたが、この読みは正直なのかもしれない。現在なお、「自由」といわれているものが国家主義甘粕正彦の「自由」でしか存在しないことを考えさせる。
    大杉栄ボルシェビキウクライナアナーキズム抑圧の事実を知って、労働運動の意味を大切にしながら社会主義を批判し始めた。彼の思想は小田実が語る市民の思想の先駆だった

 

1

 

小説大杉栄(第一部)

軍用トラック後部席の背後にある横長の窓は映画のスクリーンのようで、走り去る街の映像を次々に映し出している。国会議事堂の外観の如く長方形を重ね合わせてできたコロニアル様式の建物、似通った住宅の単調な色調、どことなく控えめに並ぶ地味な広告看板、公衆時計、横断歩道を無視し車の隙間をぬって強引に道を横切る人々。憲兵達はこれらのものが一つ一つ、遠ざかり小さくなっていくのを眺めている。1923年、東京市。運転手はカーブの手前だというのにいっこうにスピードを落とそうとしない。ぎしぎしと音を立てて車中が傾く度に、ばたばたと暴れ回る昆虫の背中から振り落とされるような居心地悪さである。と、突然、轟音がとどろく。激しい地震のため、急停車。関東一円を激震が襲い、東京市の至るところから火災が発生したという無線の連絡。
第一震の直後に、電信、電話が破壊され、通信システムも大きな混乱に見舞われ、汽車、電車も不通となった東京市は、荒れ狂う猛火を抱いたまま外部との連絡を断たれて孤立してしまう。再び、軍用トラックが発進する。今度は、車窓から眺める往来には位置や方角を示す標識が殆どない。

たまにみかける矢印は天空のようなあらぬ方向を向いていたりする。壊れたままで時を刻むことを止めてしまった公衆時計。憲兵達の表情は皆暗く、こわばっている。無線機から聞こえてくる様々な声。憲兵達は皆押し黙ったまま、一語一語に注意を払う。

 

朝鮮人討伐をするから協力してくれ。」

「暴動の事実などはない、デマだ。」

戒厳令下だ。斬捨御免、司法当局は手を引け。」

「余りに多数の朝鮮人が集まり、収容する場所も食料も無い」

「周囲住民が激昂しているので、いつ騒動が起きるかもしれない」

朝鮮人が保護を求めてきた」

「暴動の事実などはない、デマだ」

「主義者は?」

「暴動を企てた主義者多数が警察によって殺された」

「まだ残党がいるそうだ。」

「暴動の事実は確認できない」

「きっと暴動を起こす」

「一同を扇動して暴動を起こすかもしれない。ここでやってしまおう」。

「主義者は国家の害毒だ!」

憲兵Aは驚いて言った;おい、外を見てみろよ。往来には位置や方角を示す標識が殆ど無い。公衆時計も壊れたままだ。時を刻むことをやめてしまったみたいだ。

憲兵Bは隊長に言った;目的地に本当に到達できますか。到達できたとしてもですよ、大杉を捕まえられないんじゃないですか

憲兵Cは隊長に向かって言った;街には暴動が起きています。もはや警察だけに任せられません。軍と憲兵が協力して主義者達の陰謀を徹底的に根絶するべきです。隊長、今手をうたないと、手遅れになりますよ。命令を下さい。お願いします、甘粕大尉は現在どこにいらっしゃるのか

「皆、落ち着け。我々は自分達の任務を粛々と遂行するだけだ。いまは他の事を一切考えるな。」、と隊長は皆に言った。
憲兵達は皆、顔を見合わせるが、不安な様子を隠せない。「甘粕大尉とご連絡をお取りになるべきと思いますが。」、と憲兵Bは言った。

「その必要はないだろう。軍の無線機は正常に働かないようだしな。変更が生じれば本部から連絡が来るはずだ。」と隊長は言い聞かせた。

憲兵Cは隊長にきいた;甘粕大尉は一体どんな方ですか。「ふむ、大尉はお偉い方だ。大川中島の戦で活躍した上杉謙信のもとで功を成した武将のご子孫ときいている」。皆関心をもって話を聞く。当時先祖の話が非常に重みを持っていた。隊長は皆の不安を鎮めたいと考え、話を進める。

「大尉は少年時代、軍人になって靖国神社に祀られることだけを願っていた様な、純粋な愛国少年だった。しかし陸軍戸山学校で落馬し、その怪我のせいで歩兵としての前途を諦めてしまったという話だ。」憲兵Cは言った; ああ、それで、 憲兵隊に入ってこられたわけですね。

「そうだ。大尉は温和な方で中々教養も高い。ことに、好きな映画の話になると、止まらなくなってしまわれる。憲兵隊のことしか知らない我々に、外の世界のことに目を向けさせてくれる、という訳だ」憲兵Dはきいた;「赤い帽子の女」の様な風紀を乱す映画の話も話されますか」

「フランス映画は必ず観ていらっしゃる。社会主義の文献をよく読み、フランス語にも堪能らしい。ジャズのレコードを集め、邦楽なら浄瑠璃を好み、社交ダンスの名手。酒ならウイスキー。タバコはエアシップ・・」

と、憲兵Bは隊長の話を遮った;隊長、目的地に到達できるでしょうか。うまく大杉を捕まえられないんじゃないでしょうか。憲兵Dは言った;大杉には家族がいるんですか。「一応、妻と娘がいることになっているが、体裁だけだ。アナーキストを名乗る連中は家族制度を否定している。実際に大杉には何人もの女がいて、その一人から刺されるという事件も起きた」
憲兵Dは言った;なんてやつだ。家族の情が無いから、愛国精神がないんだ!必ずとっつかまえてやるぞ!!

「隊長の得意な話、センチコガネの話をしてくださいませんか。隊長のお話を聞けば、皆の気持ちもすこしでも落ち着くと思うのです。」、と、憲兵Cは隊長に懇願した。
憲兵Aはきく;なんだ、そりゃ、センチコガネというのは?

憲兵Cは言った;話を聞いた事がないのか。ああ、たしかお前は今年この金沢の部隊に入ったばかりだから、知らないのだな。憲兵Bは説明する;センチコガネはふん虫のことだ。地上のふんを片付ける虫で、もし世の中にいなかったら、大変だ、地上はふんの山だらけになってしまう。

くそ虫って呼ばれて嫌がられているけれどもな。憲兵Cは楽しげに言った; ミツバチマーヤの話の中では、ふんの掃除屋はコオロギのイソフィーからもとてもばかにされていた。
憲兵Dは呆れた調子で言う;東京が瓦礫の山になっちまった!?まさに、そのふんの山のようなものだ。今すぐに、くそ虫のような奴が必要だぜ。

憲兵Aは言った;モンゴル人は憎しみを込めて我々の事を「くそ虫」と呼んでいたっけ。

憲兵Bは言った;何を言うか!モンゴルの民衆は自分達の祖国をロシアと中国の支配から解放してくれた大日本帝国に、心から感謝の意を表している!

憲兵Aは納得しない;そうかな?もし本当に感謝されているのだったら、じゃなぜ、我々は「くそ虫」なんだ。おかしいじゃないか。憲兵Bは言葉を返した。;一部の民族主義者達がそう言っているだけだ。馬鹿なことを言うな!!

隊長、何とか言ってください!我々の仕事には大義があったと!!。「しかし、いつまでこのような事を続けるつもりなのですか?」と、憲兵Aが侮蔑した調子で言った

「ああ、そうさ。日本語のおかげで、アジアの民衆は互いに意思を伝え合うことが可能となるのだ。それまでは民衆はバラバラで、結局そのせいで西欧列強による好き勝手な支配を許してしまったんだ。もう勝手なことは許さない。これからはアジアは一つとなるのだ。」。

隊長は皆に呼びかけた。センチコガネの話を聞かせようとした。「もしこの世にふん虫がいなかったら地上は糞の山だらけになってしまいます。神様はセンチコガネに、地上の糞を片付けるようにいいました。それなのに人間たちはくそ虫といって馬鹿にし、汚い虫といって毛嫌いしています。センチコガネは自分達の幸せのために生きています。センチコガネはゆたかな心をもった虫です。夕日が西に沈んで風もなく、黄昏がせまる頃、薄暗くなってから巣穴からさっと飛び出します。ブンブンと音をたてて飛び回るのです。新しくおいしそうなラバのふんの山をみつけると、さあっと、とびおりて夕食にありつきます。そしてこの山の下に巣穴をつくります。工事にとりかかるというわけです。巣穴はいつもふんの下を掘ってつくります。土だけならまっすぐ掘れるのに、とちゅうで石や木の根っこがあると、曲がったりして、だから、きまった形はありません。」。

「面白いな。一体誰がこしらえた話ですか。」と、憲兵Aはきいた。「大杉栄だ。いや、正確には、フランス語で書かれたファーブルの「昆虫記」の話なのだが、大杉がこれを翻訳して出版した。」と,隊長は言った。

憲兵Bは隊長にきいた。「大杉とは、我々が連行しようとしている人物のことですか。」。

「そうだ。」。皆顔を見合わせた。と、憲兵Cは隊長にきいた。
「一体何者なんですか、大杉ってやつは?」。隊長はしばらく黙っていたが、皆に説明し始めた。

「大杉はプロの監獄人だ。三年前に上海へ脱出し国際無政府主義運動の晴れ舞台にデビューした。去年は女装して憲兵隊の監視の目から逃れてパリのメーデー集会で演説し投獄され、結局フランスから追放されて日本に帰国してきた。大杉は「一犯一語」というスローガンを掲げて捕まる度に獄中で新しい外国語を習得する語学の達人で、エスペラント語にも通じている。エスペラント語創始者はどの民族のものでもない、新しい言語を創り出す事によって、民族や国家に属さない一個人になろうとした。この考え方が大杉の様な主義者達の心をとらえるのだろうな」

エスペラント語は「アカ」の言葉でしょう。」と、憲兵Dはきいた。「そうとは限らん。北一輝エスペラント語の擁護者だ。」。
「そうすると、北一輝も主義者ですか?」と、憲兵Dが当惑して言う。
「それは分らんな。」と、隊長は答えた。

 

憲兵Bは隊長に向かって言った。「面倒臭い話です。エスペラント語も結局、世界中の言葉に、ただ新しい言葉を一つ、つけ加えただけじゃないですか。世の中は日本語一つで十分です。どんな国の人間も、皆が日本語を喋りさえすれば、ばらばらな心が一つになり、争い事もなくなる。そして国体を侮辱する主義者も現れないはずです」。

「そうはいかんさ。現実に、現在世界に普及している英語とフランス語の事を考えてみろ。果たして、日本語には、この二つの巨大軍艦に取って代われるだけの十分な能力があるかどうか、大いに疑問だよ。」と、隊長は言った。

隊長は話を続けた。「ふくろうのこころは、鍵がかかって誰も入ってこれない、ひとりだけの映画の部屋。ねこのこころは、鍵がかかって誰も入ってこれない、ひとりだけの映画の部屋。ふくろうのこころとねこの心。それぞれ、鍵がかかって誰も入ってこれない、ひとりだけの映画の部屋ひとりで映画をみても、その夢がかなうことはありません。ふたりでいっしょに映画をみることが大事なのです。そうすれば、きっと夢が実現します。さあ、バベルの塔から、カチカチにかたい宇宙卵から、なんとか脱出しなくっちゃ」。

と、この時、憲兵Aが隊長に言った。「バベルの党は崩壊しちまうんでしょ?」。

「黙って、最後まで話を聞いてろ」と、憲兵BとCは文句を言った。

隊長は続けた。「バベルの塔はもはやありません。そこは、いまや瓦礫の山です。ふくろうねこは、新しい塔をつくろう、と考え始めました。ふくろうねこは、大いなる宇宙の建築家になりたい、と思いました。人間は、整理し、表にし、地図を作る事ばかり考えていましたが、これらがバベルの塔の崩壊の原因となったのです。ふくろうねこは、気ままに歩き回るのが大好き、だから、新しい塔は彷徨う塔でなければなりません。彷徨う塔には、壁も床もいりません。強い柱も必要ありません。正義と美と思いやり、つまり、星と花と風が、建物の柱となるからです」。 

「正義と美と思いやり、星と花と風が、建物の柱となるのか・・・なんて素晴らしい世界なんだ」と、憲兵Dが呟いた。

憲兵Bは隊長にきいた。「世界中に六千の言葉があると聞いたことがあります。いつから、こんなに沢山の言葉が生まれたのでしょうか」と、憲兵Bは隊長にきいた。

すると、憲兵Cが言った。 「お前、バベルの塔の話を知らないのか。耶蘇の神様が奢り高ぶる人間を罰するために、互いの言葉を分からなくしたのさ」。しかし憲兵Dは言い返した。「民族の間で互いに言葉が分からないから、心が通じ合わないという話は尤もな事です。しかし、心が通じ合わないから争いが必ず生じるという訳ではありません。争いは他の理由によって生じるものなのではないでしょうか。隊長はどのように思われますか」。

「皆、ふくろうねこの話を知っているか。聞いてくれ。」と、隊長は言った。「昔々、バベルの塔と呼ばれた高い塔がありました。塔のてっぺんにはふくろうが住んでいました。塔の下にはねこが暮らしていました。ふくろうはねこのことを知りませんし、ねこもふくろうのことを知りません。黄色。ふくろうは座っています。黄昏。ふくろはごはんを食べます。本を読みます。時々ため息をつきます。ふくろうは歩いて、歩いて、そして、また座ります。ふくろうは待っているのです。青色。ねこは座っています。黄昏。ねこはごはんを食べます。本を読みます。時々ため息をつきます。ねこは歩いて、歩いて、そして、また座ります。ねこも待っているのです。ねこが聞きました。不思議だな、ここには、誰もいないのに、どうして、木が、どんどん高くなるんだろう。すると、風の神さまが 言いました。「おやおや、変な事に驚いているんだな。だって、私がずっとここにいるじゃないか。ねこが木が育つのはね、塔のてっぺんにいるふくろうが、君をみているからなんだよ。」。

その時、ホーホー、と誰かが戯れてみせた。

隊長は話を続けた。「さすらいの賢者スピノザが、村人に語って聞かせました。人々は熱心に、ふくろうねこの伝説に耳をかたむけました。スピノザは言いました。ふくろうはな、ねこが悲しむ原因となったのじゃ。それは、ふくろうがねこの憎むものとなんらかの類似点があったからじゃ。例えば、ねこはふくろうが話すふくろう言葉が外国語みたいで理解できなかったから、憎んだのじゃな。又、ねこが愛するものをふくろうがひとりじめしていたから、けんかが起きたのじゃ。ねこは空を飛ぶための羽をとても欲しかったのじゃが、ふくろうがひとりで所有していたのじゃ。村人は聞きました。結局、ふくろうとねこは仲直りできたの。ねえ、どうなっちゃたの。 」と、村人は聞きました。ねえ、反対に、ねこは、ふくろうが悲しむ原因とならなかったの。スピノザは言いました。ふむ、ふくろうは、ねこが話すねこ言葉が外国語みたいで、さっぱり理解できなかったから、やはり憎んだのじゃ。ふくろうが愛するものをねこがひとりで所有していたから、喧嘩が起きたのじゃ... ふくろうはおしゃれな髭を欲しかったが、ねこがひとりで所有していたから、喧嘩がおきてしまったのじゃ。 こうして、ふくろうとねこは、お互いに相手が嫌がる悪いことをするようになったのじゃ。 そして、ふくろうとねこは、わしのところに相談しに来たというわけさ・・・」

と、憲兵達が皆、隊長の話に耳を傾けているうちに、車のエンジン音が止まり、目的地に到着した。「隊長、目的地に到着致しました。」と、憲兵Bは報告した。

それに対して、「隊長の話が終わってからでいいじゃないか」と、憲兵Aは言った。

しかし、隊長は帽子に気がつかなかった。無言のまま、動かなかった ー バベルの塔の、砂漠に永遠にうち捨てられた石の如く

小説大杉栄(第二部)

 

伊藤野枝と新聞記者が向かい合って座っている。新聞記者が伊藤野枝の言葉をタイピングしている。

「野枝さん、よかったら、どうぞお座り下さい。最初から、状況をお話いただけますか。」と、新聞記者は言った。

野枝は動揺している。椅子に座った。 「栄さん達が捕まった。憲兵達が来て、連れて行ってしまった」。

憲兵隊が大地震の混乱に乗じて、大杉さんを逮捕しましたか。おかしいな。新聞社に対して、警察庁からの発表が何もありませんでしたがね。野枝さん、お気持ちを察します。一体いつの事ですか」と、新聞記者はきいた。

「お昼過ぎです。どうしよう。栄さん達が捕まった。」と、野枝は訴えた。

「いま、奥さんの言葉を書きとっていますから。なぜ政府は黙っているんだろうか。大杉さんは、本当に逮捕されたんですか。なにかの間違いじゃありませんか・・・?」

「私は自分の目で見たんですよ。政府と警察よりも、どうか、私の言葉を信じてください」。新聞記者は野枝にきいた。「憲兵隊を何人見ましたか?」。 「大勢でした」。 「正確には何人でしたか。」 「分らないわ。六人、七人、いえ、もっと多かったかもしれない・・・」 「落ち着いて思い出してください。確かに、憲兵隊でしたか。」と、新聞記者は言った。 「だから、栄さん達が捕まった、と、言っているじゃないの!」と、野枝は繰り返した。 「分からない、では困りますね。警察でしたら令状を示すはずですから」

と、新聞記者は苦笑いした。「陸軍の可能性もありますし。確かに、軍ではなかったのですか。内務省警保局の仕業かもしれない。大杉さんに裁判所の令状を示しましたか。どんな制服だったか、はっきりと覚えていませんかね。」

伊藤野枝は「分かりません・・・」と答えた。

「分からない、では困りますね。警察でしたら令状を示すはずです」。

野枝は説明した。「本当に突然の事で、はっきりと覚えていないんです。家の外でトラックのエンジン音が聞こえたと思ったら、大勢の人達がどかどかと侵入して来て、栄さんを取り囲んで連れて行ってしまったんです」 。

新聞記者はきいた。「なんの目的で?」。 野枝は立ち上がった。「そんな事分からない。とにかく、栄さん達が捕まってしまった」。

新聞記者は短い溜息をつき、野枝に説いた。「それじゃ、なにも分からないですよ。野枝さん、あなたの言うことを信じたいのですが、なにせ、政府からの公式の発表がないので。今のところ、警察からの情報もありませんしね。どうか、頭を整理して論理的に喋ってくださいませんか。一体何が起きたのですか」。

 

「栄さん達が捕まった。憲兵達が来て、連れて行ってしまった!」 「逮捕の容疑は?」。 「分りません!」 新聞記者はきいた。「なんて、令状に書いてありましたか。」伊藤野枝は首をふった。 「令状。そういうものがあったか覚えていません。あっという間のことでしたから。どうしよう。栄さん達が捕まってしまった」。

「野枝さん、ここに、なにしにいらっしゃったのですか?」と、新聞記者は問いただした。 「だから、憲兵達が来て、連れて行ってしまったといっているじゃないですか。なぜ、あなたはわたしの話を聞いてくださらないの!」

「ええ、さっきから聞いていますよ。こうして、あなたの話を記事にしようとしています。大杉さんは手錠をかけられたのですか。それともロープなんかで縛られていましたか。捕まった事を、どのように証明なさいますか。」

「証明・・?」

 

新聞記者は溜息をついた。「大杉さんが捕まったという事実の証明ですよ」。

「一部始終目の前で見ていたのよ。わたしの目の前で、栄さん達が捕まったよ。私の目が証明です」。

「しかし、政府と警察は新聞社に一言の説明もないのですよ」。

と、野枝は再び立ち上がり、記者に指差した。「政府と警察が事実を隠しているだけのことでしょう。ジャーナリスト達は、政府と警察から貰った情報がなければ、新聞記事を一つも書けないのかしら。あなた達が自分達の力で取材しているものといったら、スポーツと芸能話だけじゃない。新聞の名に値しないわ。恥を知れ!」。

記者は不快に感じ顔を背けた。「帝国のジャーナリズムを侮辱するつもりですか」。

「侮辱と感じる良心がまだある様だけど、大正デモクラシーといっても、政府と警察の発表を右から左に流しているだけでは、本当の言論の自由とはいえないわ」

「しかし、大杉さんが捕まった、と判断するには、令状とか、手錠とか、ロープといった物を見ているはずではないですか」。

「その時二人の男達に力ずくで押さえつけられていたから、分らないのよ。栄さん達を、憲兵が連れて行ってしまった。どうか私の言葉をその通りに書いて下さい」

「我々の仕事は理性を必要とするのですよ。あなたがいくら叫んだとしても、支離滅裂な話だと読者には意味が伝わりません」。

野枝は動転した。「どうしよう、栄さんが捕まる!」。

新聞記者は冷静に言った。「正確な文法は「捕まった」と言うべきではありませんか?」。

「栄さん達が捕まる、捕まった。同じことだわ」。

「大杉さんの他に、誰が連行されたのですか」。

「自宅には、わたしと栄さんの二人しかいませんでした。」。

「大杉さん一人でしたら、"栄さんが捕まった"と言うべきではないでしょうかね。"栄さん達が捕まった"という日本語は間違っていますよ。説明になっていない。それで、誰が捕まえたのですか?」と、新聞記者は言った。

野枝は声を振り絞って訴えた。「大勢の男達が栄さんを取り囲んだ。憲兵隊どもが!」。

憲兵隊と判断なさった根拠は一体何ですか」。

「軍隊だったかもしれない、そんなこと、はっきりと分からないのよ。とにかく、国家権力の豚どもが栄さん達を捕まえに来たのよ」。

「なぜですか?容疑は?」。

「分からないわ」。

「いや、困りましたね。果たして、文章にできるかどうか。」と、新聞記者は嘲笑った。

「なぜ、あなたはわたしの言葉を聞いてくださらないの!?」。

「いまタイピングさせますから、この文で正しいか、おしゃってください。‘大正十一年九月十六日正午、自宅にて大杉栄、逮捕されると、友人からの通報あり"」。この文でよろしいでしょうか。」と、新聞記者は言った。

「友人って、どういうことですか。なぜ、私の名前を書かないのですか」

「しかし、あなたと大杉さんとの関係がはっきりしないじゃありませんか。」と、新聞記者は言った。

野枝は大声で、新聞記者にむかって告げた。「私は大杉の妻です! 」

 

すると、新聞記者は呆れた。「冗談じゃない。大杉さんには過去に同時に交際していた女が沢山いたんです。真の意味で、妻と呼ぶに値する女は結局存在しなかったのです。そういう、あなただって、二人の子供もいた他の方の妻でした。しかし、そのことによって家族の倫理を犠牲にすることには、私は反対です。すべての女子は彼女が所有する処女を、それを捨てるにもっともな時に達するまで、大切に保たなければなりません。さらに言えば、不適当な時において処女を捨てるのを罪悪であるが如く、適当な時にありながら、なお捨てないのもまた等しく罪悪です。処女を捨てるに値するに最も適当な時はいつかというと、各自の内的生活の経験から見る時は、それは恋愛の経験において、恋人に対する愛情の中から官能的欲求を発し、自己の人格内に両者の一致結合を真に感じたです。こう考えると処女の価値は誠に大きい。日本婦人の中心生命である恋愛を成就させることが、日本婦人の全生活を幸福にする第一条件です」。

野枝は軽蔑の眼差しで反論の言葉を返した。「しかし、私達女は、そんな天使のような処女の捨て方をのみ想像することはできません!」。

新聞記者はしばらく間をおいて促した。「皇室に範を求めるべきではありませんか」。野枝は自分の考えを語った。「処女とか貞操とかいうことのほかに、もっと根本的な思索と行動があるはずです。それは真に人としての自覚です。女性達は、自己と自己との全周囲との関係を自覚しなければならないのです。栄さん達こそ、そのような自己と自己との全周囲との関係なのです。私達が主張しているのは、この関係に他なりません。そして、そして、栄さん達が捕まってしまった!」。

「それじゃ意味不明だ。主語の文法が間違っている。単数形でなければならない。新聞の読者は頭を使わないんですよ。単純明快なものを求めているんです」と、新聞記者はペンを置いた。
「栄さんが捕まった。栄さんが捕まってしまった。栄さん達が・・・」と、野枝は繰り返した。

君が代が朝鮮を侵略したとき、私は黙っていた、なぜって、私は朝鮮人じゃないから / 君が代が中国を侵略したとき、私は黙っていた、なぜって、私は中国人じゃないから / 君が代共産党を弾圧したとき、私は黙っていた、なぜって、私は共産党員じゃないから /君が代が国会を停止したとき、私は黙っていた、なぜって、私は民主主義者じゃないから。/ 君が代労働組合を解散させたとき、私は黙っていた、なぜって、私は組合員じゃないから。/君が代が抗議する先生達を辞めさせたとき、私は黙っていた、なぜって、私は先生じゃないから。/君が代が私のところに来たとき、助けてくれる仲間はひとりもいなくなっていた。

 

 

 

小説大杉栄(第三部)

大杉栄と甘粕大尉がテーブルを挟んで対峙している。他に憲兵Dが大杉栄を見張っている。甘粕大尉による取調べが進む。テーブルの上に、伊藤野枝と神近市子が座っている。テーブルの前に置かれた、真ん中の椅子に、堀保子が座っている。
三人は大杉栄を見ており、時々言葉を交わすが、甘粕大尉と憲兵Dには、それらの姿は見えない。甘粕大尉は大杉に煙草を勧めた。大杉は黙って首をふった。

甘粕大尉は大杉に告げた。「"自由","平等","博愛"などという言葉を、日本から駆逐せねばなりません。主義者達は、わが国に於いて、国家が主であって個人が従、すなわち、個人あっての国家ではない、すなわち、国家あっての個人だということを忘れてしまっています。しかし、日本が西欧列強と肩を並べるにも、科学と技術を軽んじるべきじゃありませんよ。だから「昆虫社会」という本を発禁にしたのは、明らかに行き過ぎです。純粋に自然科学の本なのに、"社会"という言葉が当局にひっかかりました。生憎、大杉さんの昆虫記の方は大丈夫だったようでしたが」。

しかし、大杉は黙っていた。沈黙。

小説大杉栄

「 "自由"、"平等"、"博愛"などという不埒な言葉を、日本から駆逐せねばならぬぞ。主義者達は、国家が主であって個人が従、すなわち、個人あっての国家ではない、すなわち、国家あっての個人だということを忘れておるぞ。」と、心の中の保子は大杉に語りかけた。

「国家なんてものは、なまけものの思想にすぎない。僕のまわりを見渡すと、そうしたなまけものばかりだ。なまけものは、鎖を造る事と、それを自分のからだに巻きつけることだけには、すなわち他人の脳髄によって左右せられることだけには、せっせと働いているが、自分の脳髄によって自分を働かしているものは、ほとんど皆無である。こんな奴等をいくら大勢集めたって。」と、大杉は保子に答えた。

小説大杉栄

「なまけものは大勢で自動車を造ることができますよ」と、心の中の市子は言った。大杉栄は首をふった。「なまけものに飛躍はない。なまけものは歴史を創らない」。
「なまけものは大勢で、戦争に強い国家をこしらえていますよ」と、心の中の野枝は言った。

大杉は苦笑した。「戦争に強い奴は、そういう野蛮人達だよ」。

甘粕大尉は大杉に告げた。「社会主義はその根本は間違っていても、学者の中には真面目に研究する者もあり、傾聴に値するものがあります。しかし無政府主義に至っては、国家の権力に対し、根本からこれに反発し、延いては我が国体を罵倒し、大和民族の帰結を害う危険思想であると言わざるを得ません・・」

保子は大杉にきいた。「あなたは社会主義者。それとも、アナーキスト?」

社会主義も大嫌いだ。無政府主義もどうかすると少々嫌になる。僕の一番好きなのは人間の盲目的行為だ。精神そのものの爆発だ。しかしこの精神すら持たないものがある」。市子は大杉に言った。

「あなたの思想は?」。

「思想に自由あれ。しかしまた行為にも自由あれ。そして更にはまた動機にも自由あれ」と、大杉はきっぱりと答えた。

小説大杉栄

甘粕は言った。説明した。「家族制度と、皇室と、国との関係を考えると、日本国はありがたい国と思います。反抗を恐れない子供達よ。なんと気高い精神なのでしょう。しかし、哀れむべきことには、あなた達、無政府主義者には家族も故郷もない。家に在りては己を空うして家長に仕え、この間に不識の間にも犠牲的精神を養い、君国の事に当たりては、民族の長たり、政治の首長たる皇室、皇室の有たる長たる日本国に、凡てを空うして仕ふのです。族長、統治の長の一致せる国は、我が日本のみです、大杉さん」。

「正に、それが、自己保身と安楽を好むなまけものの思想だ。それと野蛮人の感情だ。国家は野蛮人の勇気によって建設され、またそれによって発達し、そして、ついにそれを失うことによって滅亡に近づく」と、大杉は呟いた。

甘粕は大杉に質問した。「大杉さん、思想の計画について伺います。それは、つまり世界に革命の力を導入する事ですか?」。

「そういう思想の計画は結局、同意の現実とイデオロギーをもたらしただけだ。反抗が生じることがなかったし、美が誕生する事もなかった」と、大杉は言った。

「それでは、あなたの計画は何だったのですか?」。

「自分の計画をつぶさに検討してみると、実現は不可能だ。これが僕の計画ならざる計画なのだ。ははは」。

「女性についてはどうですか?権利と思想の自己主張の挙句、三度夫を変え、二人の子供を捨てた西欧かぶれの女もいます。しかし潔癖たる真の日本婦人ならば、皇室の有たる長たる日本国に、道徳の王国に、凡てを空うして奉仕するべきです。」と、甘粕は言った。

「法律は随分女を侮蔑もしているが、それでも子供扱いだけはしてくれる。道徳は女を奴隷扱いにする。」と、野枝は言った。

小説大杉栄

大杉は呟いた。「法律は父なし児を認める。ところが道徳は父なし児およびその母を排斥し、罵詈し、葬り去る」。

「自由恋愛。フリーラブの実践。第一条、お互いに経済上独立すること。」と、保子は宣言した。

「保子との間の長い愛、捨てがたし。」

「あたしのお金だけだったの。保子さんはともかく、野枝さんは嫌いよ。」と、市子は言った。

「僕はもう、こんな醜い、こんな事は飽き飽きだ。いい加減に打ち切り時だぜ」。

市子は大杉にきいた。「ええ私も。だけど本当にもう、駄目でしょうか」。

「駄目と言ったら、駄目だ!」。

「そう。私いま何を考えているか判る。」と、市子は言った。 

「わからんね」。

「あなたにお金のない時のことと、ある時のことを考えていたの。」

「どういう意味だい?」

「野枝さん、綺麗な着物を着ていたわよね」と、市子は言った。

保子は宣言した。「自由恋愛。フリーラブの実践。第二条、同棲しないで別居生活を送ること」。

大杉は呟いた。「市子の知性と経済力、捨てがたし」。

「自由恋愛。フリーラブの実践。第三条、お互いの自由と性を尊重しあうこと。」と、保子は宣言した。

野枝は保子に言った。「あたしだけの男よ。誰にも渡すものですか!」。

大杉は呟いた。「野枝の性的な力、圧倒的な生命力、捨てがたし」。

 

「たとえ、栄さんに行く幾たりの愛人が同時にあろうとも私は、私だけのものをあなたに与え、欲しいだけのものをあなたから奪って、ずんずん進んでいけば、自分の生活が広がって行きさえすれば満足なのです。」と、野枝は言った。 

 

甘粕は質問を続けた。「大正九年、あなたは上海に着いた時、港からそのまままっすぐ朝鮮人居住区に行っています。警察が押収したあなたの日記には、フランス租界内「何とか路の何とか里」と書いている。大杉さん、正確には場所はどこだったんですか?Lは李東輝、Rは呂運享、Cは陳独秀、Tはチェレンだということはわかっています。その会議には他に誰が出席していたのですか。しかし、鎌倉の自宅で見張っていた大勢のベテラン刑事達を煙に巻いて、まんまと国外へ脱出しました..」

 

「腕利きの刑事達誰一人もあなたの姿を見ていないというから本当に奇跡です。一体どうしてそのようなことが可能だったのでしょうか。あなたは、どうも変装の天才らしい」。

「変装の秘訣を知りたいか。僕が聞きたい事に答えると約束するなら、教えてやってもいい」。

甘粕大尉は頷いた。「いいでしょう。変装の秘訣は?」。

「ひげを剃るだけだ。すると、女性の姿にみえる」。

大杉は甘粕を睨みつけた。「今度は僕からの質問だ。約束だから答えてもらいたい。今度の地震で、憲兵と軍隊はいったい何人の人々を殺害したのかね!?」。

社会主義者朝鮮人のことですか。三百人程度か、ある報告では四百人、七百人という数字もあります。正確な数字はわかりません。民衆の自警団が殺害した人間の数はまだ、把握できていませんし。第一震の直後に、電信、電話が破壊され、通信網も大きな混乱に見舞われ、汽車、電車も不通となった東京市は、荒れ狂う猛火を抱いたまま外部との連絡を断たれて孤立してしまいました。恐怖心から"井戸に毒が入れられた"といったデマが広まってしまったのです」。

大杉は怒った。「軍と警察による扇動と容認があったんだろう。とはいえ、民衆自身が朝鮮人虐殺に手を下した責任はつぐなわなければならない!」。

甘粕は答えなかった。懐中時計を取り出した。「大杉さん、その話はそれくらいにしておきましょう。残された時間があまりないのです。今回はすでに覚悟をお決めになっていることと、お心を推察しています。もう外国語を学ぶこともできないのです。だから、いまどうしても、あなたから聞きたい話があるのです。もはや、会合の場所や会議の主席者の話はすべて、忘れようじゃありませんか」

大杉は野枝に向かって言った。「宗一は無事だろうか。誰があいつの面倒をみてくれているのかい?」。
 
野枝は答えなかった。憲兵Dが甘粕大尉に耳打ちをした。憲兵Dは甘粕に敬礼をして、そのまま部屋を出た。

 甘粕は大杉に最後の言葉を告げた。「彼らが戻ってくる前に、是非とも聞いておきたい話があります。大正十二年二月、あなたはフランスに中国名で到着しました。パリ放浪中の日本人画家と連絡が取れて、モンマルトルに移ります。あなた達二人はバル・タバラン劇場の裏手にある、芸術家や俳優の連れ込み兼用下宿旅館"ヴィクトル・マッセ"に落ち着きました。リヨンの中国人同士と謀って、官憲の裏をかきロシア入りを企てる前の事です。バルタバラン劇場の踊り子ドリイ"赤い帽子の女"と出会っています」

甘粕は婦人用の派手な赤い帽子を取り出した。「勿論覚えているはずです。Faire l’amour, ce n’est pas tout.Tu es trop jolie pour cela. Je t’adore.. 大杉さんは彼女に長い文章を送っています。しかし、残念ながら、フランス日本大使館が入手できたのはこの一文だけでした。文章の全部を入手することはできなかったのです。そこで、是非とも聞きしたい話とは、この空白のテクストなんです」。
と、野枝は、甘粕大尉の手から帽子を取りあげ、大杉栄に向かって投げつけた。

大杉は弁解した。「モンマルトルで創作した話のことだ。バル・タバラン劇場の踊り子にプレゼントしたのさ。ふくろうねこの話の続きをね」。と、大杉は微笑した。それから、野枝に語りきかせたーふくろねこの物語を。

昔々、バベルの塔と呼ばれた高い塔がありました。塔のてっぺんにはふくろうが住んでいました。塔の下にはねこが暮らしていました。ふくろうはねこのことを知りませんし、ねこもふくろうのことを知りません。黄色。ふくろうは座っています。・・・

「黄昏。ふくろはごはんを食べます。本を読みます。時々ため息をつきます。ふくろうは歩いて、歩いて、そして、また座ります。ふくろうは待っているのです。青色。ねこは座っています。黄昏。ねこはごはんを食べます。本を読みます。時々ため息をつきます。猫は歩いて、歩いて、そして、また座ります。猫も待っているのです。もしも、ねこが、もしも、ねこが、夢の中の原っぱを彷徨い、自分がどこにいたかを知るため、花を手にとって、それから、目覚めたときに、その花が もし、手の中にあるとしたら・・ぼくは 
その花を持っているよ」

大杉は話を続けた。「ねこが聞きました。不思議だな、ここには、だれもいないのに、どうして、木が、どんどん高くなるんだろう。すると、風の神さまが言いました。おやおや、変なことに驚いているんだな。だって、私がずっとここにいるじゃないか。木が育つのはね、塔のてっぺんにいるふくろうが、君をみているからなんだ。さすらいの賢者であり、スピノザと呼ばれている犬がいました。この犬は変わり者で、世間から姿を隠して生きていましたが、友達はいました。ふくろうねこです。ある月夜のことです。林のなかを、なにかがさっと、通り過ぎて行きました。友達のふくろうねこが会いに来てくれたのでしょうか。スピノザには、わかりません」

雲が空を覆い 
月が見え隠れする、こんな夜だと 
ふくろうねこの姿はなかなか見えないのです 
慈悲深き白壁の宮殿に 
向かっていくこの降下には苦い欺瞞がともなう 
百万の監視箱にとりかこまれた人々 
雲の軍勢が 
東に指差した超越者の時計台をこえて行進する

と、風である、このわたしに 
激痛がもたらされた 
「愛するひとよ、雨粒に撃たれてはいけない」 
と、降下してきた裸の人が告げる 
ここで祈っても無駄 
もっと下にむかって降りていこう 
無調の氷のエクスタシーに誘われて 
アイロスの避難所のもとに降りていく

自由な思想と自由な行動の避難所のもとに
ひとびとの言葉である貨幣のもとに
貨幣は水のように公共の所有物、正義のために在る
事物の内在的原因のもとに
魔法である詩の息吹となるために 
バベルの塔の天辺と底がひとつになり 
ふくろうねこが生まれた

 

大杉栄は話を続けた。「ふくろうのこころは、鍵がかかって誰も入ってこれない、ひとりだけの映画の部屋。ねこのこころは、鍵がかかって誰も入ってこれない、ひとりだけの映画の部屋。ふくろうのこころとねこのこころ。それぞれが鍵がかかって誰も入ってこれない、ひとりだけの映画の部屋。ひとりで映画をみても、その夢がかなうことはありません。二人で一緒に映画をみる事が大事なのです。そうすれば、きっと夢が実現します。さあ、バベルの塔から、カチカチにかたい宇宙卵から、脱出しなくっちゃ。バベルの塔はもはやありません。そこはいまや瓦礫の山です。ふくろうねこは、新しい塔をつくろう、と考え始めました。ふくろうねこは、大いなる宇宙の建築家になりたい、と思いました。人間たちは、整理し、表にし、地図を作る事ばかり考えていましたが、これらが、バベルの塔の崩壊の原因となったのです。ふくろう猫は、気侭に歩き回るのが大好きでしたから、新しい塔は、彷徨う塔でなければなりません。彷徨う塔には壁も床もいりません。強い柱も必要ありません。正義と美と思いやり、つまり星と花と風が、建物の柱となるからです。さすらいの賢者スピノザが、村人に語って聞かせました。人々は熱心に、ふくろうねこの伝説に耳を傾けました。スピノザは言いました。ふくろうはな、ねこが悲しむ原因となったのじゃ。それは、ふくろうがねこの憎むものとなんらかの類似点があったからじゃ。例えば、猫はふくろうが話すふくろう言葉が外国語みたいで理解できなかったから、憎んだのじゃな。また、猫が愛するものをふくろうがひとりじめしていたから、けんかが起きたのじゃ。猫は空を飛ぶための羽をとても欲しかったのじゃが、ふくろうがひとりで所有していたのじゃ。村人は聞きました。反対に、猫は、ふくろうが悲しむ原因とならなかったの?スピノザは答えました。ふむ、ふくろうは、猫が話すねこ言葉が外国語の様で、さっぱり理解できなかったから、やはり憎んだのじゃ。ふくろうが愛するものを猫が一人で所有していたから、喧嘩が起きたのじゃ。ふくろうはおしゃれなひげを欲しかったが、ねこがひとりで所有していたから、けんかがおきてしまったのじゃ。 こうして、ふくろうとねこは、お互いに相手が嫌がる悪いことをするようになったのじゃ。 そして、ふくろうとねこは、わしのところに相談しに来たというわけさ。村人は聞きました。結局、ふくろうと猫は仲直りできたの。ねえ、どうなっちゃたの?スピノザは答えました。まあ、静かに、わしの話を聞くのじゃ。猫は、自分が愛するものを、つまり羽を、ふくろうが所有していると考えている為に、ふくろうを憎むようになったと、わし話したじゃろ。村人は聞きました。うん、そういった。ねこは、羽を愛していたんだって。それから、ふくろうは、自分が愛するもの、ひげを、ねこが所有していると考えているために、ねこを憎む、とも言ったよ。 スピノザは言いました。そのとおりじゃ。ところで、よく考えて御覧。ふくろうとねこは同じものを愛するから、つまり本性上一致するから、お互いに、相手が嫌がる悪いことをするようになっただけなのじゃ。ここに、仲直りの秘訣があるはずなのじゃ。つまりだな、両者は同じものを愛するかぎり、まさにそのことによって、両者はおのおのの愛を強めることができるし、またまさにそのことによって両者おのおのの喜びを強めることができるのじゃ・・・」。大杉はふくろうねこの話を終えた。

と、今度は、野枝が、自分でこしらえたふく猫の話をしはじめた。「ふくろう猫は、賢者の犬スピノザの話を聞いたあと、仲直りしましょうと話し合いました。それから、木である門のところに、掟の言葉をかかげることになりました。掟は、ふくろう言葉と猫言葉の両方で書かれています。地球は丸くてギュギュウだから、お互いに譲り合って、限られたスペースをいっしょに生きなければならない。外国人だからという理由で、外から来た人たちを憎まないこと、が友好において一番大事な心がけである」。 
大杉は野枝に言った。「それから二百七十二年が過ぎました。不寛容と地球規模の戦争の時代です。さすらいの犬のスピノザも老人になりました。遠く長い旅から帰ってきて、かつてバベルの塔が建っていた場所をたずねて来ました。もう、子供時代のときの村はすっかり変わってしまいました。誰も彼も、知らない人たちばかりでした。でも、門があった所には、まだ花が咲いていました。昔と変わらない、同じ花です。風にゆれる花の香を嗅ぐと、子供のときの思い出がよみがえって来ます。ふくろう猫との幸せな出会いの日々を思い出したスピノザは、村の若い人達のところに行き、いつまでも語り聞かせたといいます」

小説大杉栄 (最終回)

野枝は大杉に告げた。「あなたは木みたいな人だ。ふくろうねこは、あなたから生まれた生命なんだわ」。
「木も、ふろうねこも、私達のことだよ。新しい市民社会の辞書には、単数形の言葉は存在しないからね。「私」という言葉も無いし、「あなた」という言葉も見つからない。僕が心に決めている事は、市民社会の新しい概念をつくることだ。僕はパリで行われた反戦集会に参加した自分の経験を、なんとか表現しなくてはならないと考えている。ふくろうねこの話は、僕の思想を反映したものにほかならない」と、大杉は言った。

「青年マルクス市民社会を論じている」と、野枝は言った。
大杉は最後の言葉を告げた。「市民社会の思想を、マルクスが措定した欲望の交換関係と混同してもらっては困る。僕が考えているのは、相互関係、互酬的な依存のことだ。この依存という概念は、物質的な次元における関わりから、鳥がひなを抱くように、モラルを抱くイメージとして思い描くことができるだけでなく、平等な相互関係のあり方を喚起させるだろう。と同時に、それは、政治的なものだ。僕が目撃したのは、自分達と直接かかわりがない事柄に同情と憤りを感じて、パリ街頭に繰り出した十万の人々である。民族と言葉の違いを乗り越えて、一人一人が抵抗の主体となり、一緒にパリの街頭、いや世界史の街頭を歩いた。権力が自己正当化する麻痺してしまった神話を爆発させるためにね。そうさ、精神そのものの爆発だった。たとえ、戦争を止めさせる事に失敗したとしても、未来に於ける飛躍のために、市民社会の歴史を創る、画期的な第一歩だった。これが、僕が見た十万のふくろうねこだったのだ。将来において必ず、国家の境界を超えて、世界中の都市で、人々が同時に自発的に行動を起こすことになるだろう。精神の行進が目撃されることとなるだろう。思想に自由あれ。しかしまた行為にも自由あれ。そして更にはまた動機にも自由あれ!」。

T,H
2011
ダブリンーロンドンー東京

 

 

ネット小説福沢諭吉

 

1 福沢諭吉の西欧とは何か?

母は髪を整えてやり、諭吉の頭のシラミを取ってあげた。諭吉は母がなぜそんなことをするのかわからなかったから、ある日のこと、なぜチエのシラミを取ってやるのだと諭吉が母にたずねてみた。と、母はこのように言った。「チエはシラミを取ろうと思っても取れない。ならば、できる人がそれをしてあげればいい。それが当たり前のことでしょう?」諭吉はこの言葉でハッと気がついた。
諭吉は神様が怖いだの仏様がありがたいだのということは一切なかった。卜筮呪詛一切不信仰で、狐狸(きつねたぬき)が付くというようなことは信じない。試しに、諭吉は、御神体を他の石に置き換えてみた。ほんとうにばちがあたるのだろうか。と、神社の境内の中で眠り込んでしまった。夢をみた。越境して、白人の国にいた。「ここはどこだ?」。諭吉は、家の中に飾ってあった、中国で描かれたオランダの街のなかにいた。オランダ語を喋っている自分をヨーロッパ人と思った。白人は諭吉を見つけて棒を持って追いかけてきた。「中国人だ!」。自分はヨーロッパ人なのに。朱子学の学問の宗教化に嫌悪したし、冊封体制にこだわって西欧化しない中国のあり方に失望したが、中国を侵略する自分達ヨーロッパ人はなんと罪深い存在かと考えた。平等を訴えるグラッドストーンは中国の植民地化を非難したのに、どうしてこんなことが起きてしまうのか?諭吉は神社の石を置き換えてから、絵のなかのヨーロッパに入ってきて、自由と平等のヨーロッパはおかしくなってきたのだった。日本も聖人の国と称えた中国と朝鮮をとってこいと言っているあり様だ。このままでは西欧と日本の両方が中国を侵略してしまう。西欧はその日本を植民地化するかもしれない。諭吉はどうしたらいいのか。ヨーロッパと江戸との境がなくなった通路を取り戻さなければいけない。否、日本はアジアを脱して、ヨーロッパになればと考えてみたが、しかし中国をゼロにしてしまっては精神的価値のあるものは残るのか。陽明学と共に学んだ徂徠のことを心酔者として見下げていたが、しかし中国への尊敬のことはその通りだと思った。と、肩を掴まれた。巨大なシラミだった。ここで夢が覚めた。夢が覚めた。

2 福沢諭吉とはだれか?

「今の世の中に宗教は不徳を防ぐ為めの犬猫の 如し。一日も人間世界に缺く可らざるものなり」(福沢諭吉)
必要があれば宗教は「犬猫」(あるいはマルクスが言ったアヘン)の同じように役に立つし、なければ役に立たないということか?啓蒙主義者・福沢の無神論はヨーロッパ啓蒙主義者の無神論あるいはヘーゲル左派のフォイエルバッハ無神論にちかいのか?ちなみに、福沢は「徳」よりも「智」(慧)を重んじたのは、まだ靖國神社は無かったが、「徳」の靖國化(民衆の安心)を恐れてのことであったとする説がある。「人学ばざれば智なし、智なき者は愚人なり」(福沢諭吉)。つまり、「智」のほうが、後期水戸学の政治神学の道徳化ー国民道徳論ーとか、戦争神社である靖國神社の「徳」より大切だと彼は考えたであろう。
福沢諭吉について最初に言っておかなければいけないことは、彼の思想形成の最初にきたのは白石昭山である。中津時代の福沢は陽明学と徂徠派の学者から学んだ。儒学が先行したのである。平等を語る思想はどこにあったか。平等を語る思想は華厳教などアジアの思想にあった。しかしヨーロッパのように平等を実現する方法が語られることはなかった。福沢は横浜に来てオランダ語が通じないことを知って英語を学ぶ。植民地の国々の人々が生活のために母国語を捨てるあり方と同じである。
ミルと共に、福沢が尊敬したグラッドストーンは、アイルランド自治と選挙権を訴え、また西欧列強の中国の植民地化に抗議した人物である。
福沢にとってオランダは何であったか。福沢は大阪へ行って適塾蘭学を学ぶ。彼はそれについては書いていないが、福沢の無信仰は、懐徳堂の無鬼神論の言説の影響も考えられることである。福沢はオランダ語の存在で何を表象したか?
今日オランダの運河を見ると、リベラルのエンジニアリングのことを思う。運河にはどんなものが入ってくるかはわからないが、先ずは他者を信頼すること、そうでなければ運河は成り立たないのである。アムステルダムは天理人道の運河化である。福沢はこう言う。「天理人道に従って互いの交わりを結び、理のためにはアフリカの黒奴にも恐入り、道のためにはイギリス、アメリカの軍艦をも恐れ ず」[『学問のすすめ』)

儒教の天・地・人の表象が、ヨーロッパ語の存在と共にある運河の表象に置き換えられて、他者と交通する人間が登場するとき、「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」と語られることになった

 

3 福沢諭吉は何を教えたのか?

 

福沢諭吉は明治初年に三田に塾を移し、その敷地の一角に住まいのための建物を普請したが、その際、床を尋常より高くし、押入の所に揚板を作らせた。刺客に襲われた際に、其の揚板を持ち上げて床下に逃げる算段だったのである。ことほどかように、福沢は暗殺の脅威を日常的に感じていた。

江戸の中津藩の蘭塾とは違って、三田の学校で諭吉は教えるつもりはなかった。しかし塾生の子供達と出資してくれた父兄達に一度何か話てくれと頼まれた。何を話そうか。と、適塾を思い出した。

適塾にいた大村益次郎が死んだという。長州藩内の抗争のあおりを食らって、一部の藩士に襲撃され、それがもとで死んだ。諭吉は適塾時代を思い出した。緒方洪庵の通夜で村田と同席した福沢は、長州藩が外国艦隊に向かって大砲を撃ったという事件に触れて、「何をするのか気違いどもが、あきれ返った話じゃないか・・・この世の中に攘夷なんてまるで気違いの沙汰じゃないか」というと、村田は怒り心頭に達したという顔つきで、福沢を罵り、「防長の士民は悉く死に尽くしても許しはせぬ、どこまでもやるのだ」と応えた。その権幕に接した福沢は、村田は気が狂ったに違いないと決めつけて、以後一切近づかないようにした。

よし決まったと諭吉はつぶやいた。

諭吉は教室に入ると、塾生と父兄達が待つ教室にはいると、哲学の重要な意義について喋りはじめた。皆に問いかけた。哲学はphilosophie の翻訳語だが、自分は哲理が良いと思うと述べた。理、すなわちロゴスが先行するのであるからだと。そこで、諭吉は塾生達に討論してみようとこのことを問うた。「相手から殴られたとき、カーッとなって殴り返して良いのか?」と。

一人が手をあげた。諭吉はその子を指して発言させた。「殴られたら殴り返せと父が言いました」と言った。

別の子供が手をあげた。諭吉は指した。「仕返しされた者は、はじめにぶたれた者とおなじようにかんがて

えて殴り返したら、終わりません」と。

諭吉は頷いて聞いた。日本近代の幕開けの舞台に、まさに、この子供が言うような憎しみの連鎖が存在したのだ。。佐幕派横井小楠武装した攘夷の薩長を私闘と呼んだことを諭吉は思った。長州はイギリス艦隊に砲撃した。そうやって長州がイギリスを攻撃したら、イギリスも長州に攻撃する。これはマイナスのご互酬と呼べる憎しみの連鎖だ。こういう憎しみの連鎖については子供でも考えることができるのに、長州の人間はわからないのか。銃の政治で始まった明治維新は正しい始まりをもたないと、諭吉は前途を思って深い溜息をついた。

「人学ばざれば智なし、智なき者は愚人なり」と諭吉は皆に向かって語った。そして諭吉は塗板に、用意した「天地の文」をはって、塾生達にこれを書きうつさせた。朗読した。

「天地日月。東西南北。きたを背に、南に向かひて右と左を指させば、ひだりは東、みぎはにし。朝は東より、次第にのぼり、暮れはまたにしに没して、夜くらし。一昼一夜変わりなく、界を分けし、午前午後、前後あわせて二十四時、時をあつめて日を計へ、日かずつもりて、三十の数に満つれば、一ヶ月、大と小にかかはらず、あらまし分けし、四週日、一週日の名目は日月火水木金土、一七日に一新し、一年五十二週日、第一月の一日は年立ち回るときなれど、春のはじめはなお遅く、初めて来る第三月、春夏秋冬、三月づつ、合はせて三百六十日、一年一年又一年、百年三万六千日、人生わづか五十年、稚きときに怠たらば、老いて悔ゆるも甲斐なかるべし。

 

 

 

 

 

ゴダール

No.1ゴダール

ゴダールは、暗闇のなかの人生と色のなかの人生を媒介なく衝突させる。暗闇は高慢な理性を遠くに行かないようにするためにあり、色は説明の不在な豊穣さが羽撃くようにするためにある

 

No.2 ゴダール

気狂いピエロ』のロケーション地はポルクロール島。囲まれない映画の歴史と同じ大きさをもっていました

 

No.3ゴダール

『映画史』のゴダールの考えでは、収容所の映像なき映画の歴史は決定的な映像を持っておらず破綻しているが、失われた公理を求めるように、モンタージュによって収容所を再構成できると考えた。映画は過去に介入しなければいけない。水をかける映像こそはユダヤ人を救い出す

 

No.4ゴダール

ヌーベルバーグは、次々と盗んだ自動車で南へ行く若い男女の物語だが、アイルランドのヌーベルバーグはアイルランド一周して出発した所に戻ってくるという復古主義的なものである

 

No.5ゴダール

ゴダールのテーマに孤独というのがあります。映画の死と共に、ゴダールは孤独に直面しましった。失業したときのように、自分の力で変える力がないような外部にあるあり方を孤独と呼んでいます。浅田彰が言うようには、孤独の力はあったでしょうか?ゴダールも死にました。われわれゴダールを語る者はかれの「遺族」のようなものですが、映画の魂も、ゴダールの魂も、消滅したらどうなってしまうのでしょうか。「遺族」は存在する意味がないです。こういうのは1000年前に、朱子と弟子たちの間でこの議論をしていました。朱子唯物論的なので魂も肉体と同様に消滅すると考えていました。弟子たちは危機感を募らせます。魂が消滅したら魂を迎える儀式に意味が亡くなってしまいますと。ゴダールは書く画家でしたから、わたしにとって問題は、書く画家の魂の消滅と言えるでしょうか。映画(鬼神)の映画としての帰還は可能かわたしは毎日考えています。

 

No.6ゴダール

ゴダールは称えられても、彼が主張してきた映画を思考手段と考えるひとはほんとうに少ないのです。ゴダールは映画の「思考の形式」を問いましたが、彼の前にこれを言ったひとはいません。

 

No.7ゴダール

多分ゴダールは自分のライバルはファスビンダータルコフスキーだけだと思っています。彼らの女優達を自分の映画に登用して勝つというわかりやすさ

 

No.8ゴダール

ゴダールは一生懸命の近代ではない。一生懸命の近代とは何か?一生懸命の近代とは、例えば日本語の起源を探してインドとか遠くに行って調べるのである。ポストモダンは一生懸命やらない。不可避の他者の卑近を考える。日本語の成り立ちは漢字である。さてゴダールは卑近にあるものを利用して映画を作る。そうすると自分をテーマにすることになった。他人の映像を盗む『映画泥棒』だとする蓮實重彦ははっきり指摘するが、ゴダールは研究する権利を主張している。本『映画史』を見ると、暗闇のなかに他人の映像(写真)を絵画的に再構成している。映画=死者を精神として帰還できるかを探究している

 

No.9 ゴダール

ゴダールはスクリーンに投射する運動を映画と言うだけではなく、投射の運動を行うものはすべて映画だと名づけているようだ。ハムレットの最期、世界に自らを投げ出すのも映画、射影幾何学も映画である。映画と名づけることによって、思考不可能なものが思考可能になってくるこの問題提起は、ゴダールを死装束をスクリーンとみなしている極限までつれれいく。
礼記』祭義篇で「人が死ねば骨肉は地下に朽ちて、埋もれて土となり、気は上方に発揚し、昭明(あきらな)ものとなり、香気を放って、人の心をおそれおののかせる」という。ゴダールは映画の死の観念と共に、自己における孤独を考えら。映画も亡くなったら鬼神であろうか。
ゴダールにおいて映画は自然化され、その言説は自然哲学化されていく。ゴダール映画を語るポストモダン哲学(『リゾーム』)も自然哲学化される。

 

No.10ゴダール

ゴダールピカソの継承であるという評価があるのですが、ピカソゴダールも「巨匠へのオマージュ」があります。しかし差異があるようにおもいます。ピカソは<失ったものを取り戻せ>というような近代主義的「オマージュ」ではないでしょうか。そうして過去に惹かれながら、自己のシステムのなかで「ねじ伏せ」的に巨匠を再構成しました。これは、<失ったならうしなうことができる>というようなベケットの方向では無いですか。ゴダールの場合は、ベケットの継承だとわたしはおもいます。『映画史』による過去の映画の編集は、過去を称えていながら、<失ったならうしなうことができる>という感じです。「もっともはかない瞬間こそが、華々しき過去を所持するように」(エミリー・ディキンソン)

 

No.11ゴダール

蓮實は「語れたゴダール」を語っている面白さがあるのですね。柄谷も、蓮實が好きなようですが、語れれたものを語り続ける面白さを知っています。語られたものは表層的な感じですが、実は表層にこそ面白い多様性があるのでしょう。比べると、まだわたしは深さとか内部に絡みとられてしまうようで、当たり前ですが、めちゃくちゃ負けています。しかしゴダールを語るときいかにフーコ『言葉と物』を読めるかを語りたいですね。

 

No.12ゴダール

映画人ゴダールは知識人サルトルブレヒトをどう考えるかという『映画史』に到達した彼における位置が、21世紀から変わって、知識人ゴダールは映画をどう考えるかとなっていきました。『イメージの本』に明らかにサイードの影響を読みとることができます。ゴダールの影響は、映画ファンを超えて、現代芸術のアーチストに広がることになった理由ではないでしょうか

 

社会主義を問うゴダールが映画人として知識人をどう考えるかというと、それは『東風』における制作に結晶されるのだろうし、その彼が知識人として映画をどう考えるかは、バディウが出演した『フィルム・ソーシャリズム』を観て考えることになる。

全体主義としての社会主義の間違いは、サルトルの映像を意味ー万年筆によってギロチンにした間違いを語る言葉に示される。社会主義の世界資本主義に対する抵抗の正しさは、デモから感化された映像はプラトンイデアほどは永続しないと語るバディの言葉において示される。

 

『イメージの本』とはなにか?『映画史』のかくも膨大な断片はだけれど一生懸命調べれば典拠がわかる。見ることができるように、歴史が編集されている。しかし『イメージの本』では映像が暗かったり書き込まれたりくしゃくしゃにされたりしていて断片が断片化している。正確に典拠がわからない。見ることができない、思考の彷徨であろうか

 

No.13ゴダール

映像が立派でもイメージを支配する自分の言葉に気がつかないハリウッド映画は怖い。シナリオのような言葉が先行していてその言葉のために集めてきた映像を晒し首の如く晒している

 

No.14ゴダール

 

スピノザは精神と、神の如く唯一の無限大を一緒に考えた。発想の大転換を行って、ライプニッツは精神と共にある多の微小表象を考えた。ゴダールは、精神が依拠する、<一>であるクローズアップと<多>の部屋を考えた。ポンピドウセンターにおける展示は、ユートピアの忘れられた公理をそれほどには探してはおらず、氷壁のような忘却と廃墟と壁をぶち抜いたトンネルの水平的列挙であった。

 

No.15ゴダール

無限に豊かになっていくものと無限に貧しくなっていくものとが媒介なく結びついていたジョイスにおける美が、ゴダールにおいては、抽象的なものと具象的なものとが無媒介に結びつくあり方をもつ。モンタージュである

 

No.16ゴダール

引きこもり超人というのは、無矛盾で完全で決定的という感じですが、ゴダールレマン湖で修行した、矛盾を孕んだレインボーマンみたいでした。色々に変身しました。映画哲学の探究の時代、作家主義のヌーヴェルバーグの時代、パレスチナ映画の時代、芸術至上主義の時代、映画の歴史を探究する時代、ソシアリズムのグローバルデモクラシーを問う時代、文字で描く画家が語るネットの時代

 

No.17ゴダール

ヨーロッパを燃やした世界大戦のときに映画が存在したのはなぜか?映画は事件だったのか。事件とは言説である。つまり反時代的精神としての精神(鬼神)は燎原の火である映画として蘇ることができた。

 

No.18ゴダール

映画カラーで始まったのではなく、白黒ではじまったのはどうしてか。映画は生死を問う倫理的存在だからである。

 

No.19ゴダール

神が歩いた痕跡など目に見えるものを見えなくするのは詩人の想像力によるものです。そうでないと人間は神を殺しに行きますから。だから詩人は追放されるのではないでしょうか。ゴダールが愛したゴッホはそんな感じですね。

 

No.20ゴダール

私はプラトン的に考えますが、肉体も魂もいつかは消滅すると考えたアリストテレスの見方も考えます。無限の高さは地上に存在するものです。あるいは、あの世がこの世を支えてくれる最高なものだとしても、この世から見えるあの世が大切です。ゴダールならば、この世にあの世を映し出すスクリーンが必要だと言うでしょう。またあの世を包み返すこの世に、あの世を超えるものがなくてはいけません。何とか努力して、プラトンの洞窟に、光を入れなければいけません。それは何だろうか?
しかしそれは太陽ではなくてセザンヌの光です

 

No.21ゴダール

『万事順調』は、「安全神話」が「安全」でなかったように、それほど順調ではない。ジェーン・フォンダが友情出演した『万事順調』(1972)は、テレビ局のストライキを舞台にしている。はたして集団の声のテロリズム(フランス共産党労働組合)から、匿名化されている自分の声を取り返すことができるか。そして映画は、偶像ジェーン・フォンダの表象から自己のあり方を解放できるだろうか?計画したものは何もかも機能しない。微調整もうまくいかない。政財官司マが推進した世界の失敗の解決を、再び彼等に委ねることは倫理的に不可能である。壁を剥がして、ワイワイガヤガヤ、ウロウロウヨウヨする<繋ぎ間違い>が解決する。

 

No.22ゴダール

映画において語られる、言説「カインとアベルは映画とビデオである」で表象されるものは、政治組織に不可避的な兄弟殺しの暴力性である。
ゴダールは「勝手に逃げろ」(Sauve qui peut (la vie) 1980)で、人間不信に陥っている男性の顕著なマゾヒズムを表現している。理性的だけれど、野蛮かつ脆弱、また自己中心的かつ他人に攻撃的である。‬この映画にとって、ゴダールの父の名(”ポール・ゴダール”)は何を意味するのか?‪ 暴力の名なのか?
ゴダールは彼が生まれたスイスを撮っているが、何処の国のかわからないような観光地としてではなく、スイスの映画を作ることを課題としていた。スイスをヨーロッパにおけるイスラエルと考えてみたらどういうことが言えるか?ゴダールはスイスはドキュメンタリーかフィクションかと言説的に語る

 

No.23ゴダール

カルメンという名の女』(1982)は、病院の花壇にいるゴダール自身の姿から始まった。ビゼーのオペラは口笛だけ。寧ろ映画はベートーベンの音楽で成り立っている。銀行襲撃の場面で男女が出逢うが、彼らのこの絡みあいは彫刻を表象させる。そして二つの直進的系列。音楽の系列を為すベートーベン弦楽四重奏曲9番、10番、14番、15番、16番と、自然の系列を為す夜明けの波たち。彫刻的なものを映画と呼んでいるようだ。「カルメンという名の前は何だったの?」愛人は、存在や事物の単純さか、言葉が透明さによるのか、答えられず、失望されてしまう。「やはりあなたとは大したことができないわ」。起源があれば撮影できるし語ることだってべきだったのに

 

No.24ゴダール

ゴダール『パッション』(1982)。映画のなかで、『勝手にしやがれ』以来長年ゴダール映画のカメラマンを務めたクタールがレンブラントの絵を分析して、夜警はまるで昼警だと驚いたという。冒頭のメタモルフォーゼーの線。映画の冒頭の空を突き抜ける光の線が、絵画の光の線となる。絵画から人間たちがあらわれる。これらとパラレルな関係を以って、ストライキの場面が現れる。吃る工場労働者と咳する雇い主、映画監督と経営者、事物が舞うバレーの線、プラトー、自動車、経営者、監督、工場、女優、絵画、映画、身体、交錯していく線と線において天から意味を与えられていくような具体性の展開。‬

17世紀は外に出て行く危機の時代。『パッション』は17世紀絵画における光と闇の関係を再構成する映画である。  われら自身の鏡像 を求めて(On nous-mêmes      
L'image symétrique   de nous-mêmes  、Claude Lèvi-Strauss)

「映画『パッション』のシナリオ」(1983)は、ゴダールが自分の映画『パッション』について語る短編映画。ゴダールはスクリーンは語る人の背後にあるべきではないという考えをもって、スクリーンに向き合うー背後から光が突き刺す暗闇のなかにいる人間が振り返るように。暗闇のなかに光が広がる。と、海の広がりのなかにいるゴダールの姿。

 

No.25 ゴダール

‪『ゴダールのマリア』(1984)は、アンヌ=マリー・ミエヴィルの短篇映画『マリアの本』とゴダールの長篇劇映画『こんにちは、マリア』(Je vous salue, Marie)の二部構成で成り立っている。『ゴダールのマリア』は言説を考える映画である。原作は言うまでもなく聖書である。映画の関心は、力ー異なるものどうし(映像と音と言葉)の関係ーの生産にあると考えられる。つまり懐妊を映画作家はどう考えるかある。限りなく貧しい物は、映像と音に伴われて物語によって孕むと、限りなく豊かになるものになる。それが映画である。
この映画『マリア』は極右翼とフェミニズムの両方から非難された。前者はゴダールはアンチ・カトリックだとしてマリアの裸体像を公に晒した映像に反発した。パリの郊外で上映中の小屋が一軒焼き討ちにされたほどである。後者はゴダールカトリック神秘主義に陥っているとして映画の女性の地位を貶める物語に抗議したのである。映画がもたらしたこの波紋からなにを読みとるか?

No.26 ゴダール

ゴダールにとってアルファビル的世界とは構造である。言語的命題論理(=カメラ)からみえる向こう側を、構造主義的数学の形式で示すよりも、言語のなかでわれわれに繰り返される言説的像とともに書く。沢山の部屋に通じる廊下で映画が表象される。

ゴダールの『アルファヴェイユ』(1965)はもはや思考できない映画となっているのはどうしてなのか?探偵レミー・コーションからみると、所有できない華々しい過去が蘇ることがない忘却の墓にのほうに断片化していくアンナ・カリーナの言葉ーOui かNonしか無いーに指示する力も意味する力もなくできなくなってきたからなのか?探偵はエレベーターで上昇していくとき、詩人的観察を以って、天の詩がなければ至上なものに依拠することができないし、外部なき国家悪を超えるものを卑近の地上世界に制作することもできないということを伝えるのである。

No.27ゴダール

キミが悪いことに、右翼ポピュリスムであれ左翼ポピュリスムであれ、彼らが想定している右翼政党とか左翼政党にちっとも似ていない。否、右翼政党も左翼政党も存在しないのかもしれないのだ。誰が誰を代表しているのか、誰が何を隠しているのか監視する探偵が必要だ。
ゴダールは探偵を送りこむときは政治を調べさせる。だが『アルファヴィル』のときとは違って、ゴダールの『探偵』(Détective 1985)は、部屋のなかだけで事件が解決されなければならないような映画である。望遠と広角の中間を為すレンズを使って撮影している。レンズが構成する空間の中からその内部に沿って空間自身を語るような、透明でない停滞。それは、真ん中の位置と機能を炸裂させようとする言説的レンズのようなもののなかに置き去りにされているわれわれの落ち込みと窒息しそうな疲労感である。と、いつものように、映画もそれが想定している探偵映画とすこしも似ていない。ゴダール映画は謎解きはなく、映像と音を愛している映画で、意義深い期待ハズレ

No.28ゴダール

 

視線が先行するか、観念が先行している。ゴダールの『離れ離れに』(Band à part 1964)‬が売り物にしているこの場面は、運動が先行している。パリの華やかと郊外の無味乾燥のコントラストにショック受けた。映画はダブリンで観たが、ベケットの小説の中にいるような番地も土地の名もないダブリン郊外で車で事故を起こして誰とも連絡が取れなかったときのことを思い起こした

 

No29 ゴダール

ゴダールリア王』(King Lear 1987)。ニ十世紀は映画の世紀だった。しかし21世紀にはいってからは、古典的傑作の名は急速な勢いで忘却される。『映画史』で映画の存在をたたえたゴダールの名は、デカルトの名が哲学それ自身を表すように、次第に、映画の存在を表すようになってきた。ある伝記作家が、ゴダールに、荒野を彷徨い続ける道化に、「リア王」の名をあたえた。道化は、魔術師が小さな箱を開けるように、映画論の言説の文を書き綴っていくために白紙の本を開けたら、光が溢れだすだろうか?この本は「スクリーン」と呼ばれる。「何もないことーNo thingと向き合うしかない二十世紀「芸術家」の不幸と孤独

 

No. 30 ゴダール

ゴダールの『さらば、愛の言葉よ』‬ (2014)さらば、人間の愛の言葉よ。こんにちは、万物の愛の言葉よ。‪<ノマド>犬はVaud ーレマン湖沿いにあるゴダールの故郷ーの森を彷徨う。犬は人間よりも人間を愛しているならば犬が一番「人間らしく真のヒューマニズム」と言えるのではないか?否、犬が彷徨うのは「他の岬」においてである。 「自己にあっての差違においてでなければ。おのれを同一化しえず、「わたし」あるいは「われわれ」と言えず、主体の形式をとることができないというのである。この自己にあっての差違がなければ、文化や文化的同一性は存在しない。」(デリダ『他の岬』) Goodbye to Language (Adieu au Langage)映画において、こんにちは、愛の言葉よ」と語られている。

 

No.31 ゴダール

ゴダールはヨーロッパにおける言葉の秩序は政治的に帝国主義の内部にあると考えてきた。その外部を求めて、ゴダールアルジェリアベトナムパレスチナを必要とした。外部とは何か?他者とは何か?母国語で話したり聞いても思考できないのはそこに外部がないからだ。英語と中国語ならば思考できるかといえば外部がなければ思考できない。外部性と他者である。言語的存在である他者である。フーコならば事件性と言われる言説と答えるであろう。人間は占有された不動の思考できない他者との関係において、思考が活性化されるというものである。しかし1970年代から、ゲームの規則が変わった。外部が消滅したのだ。そこでゴダールは、思考の形式としての映画をヨーロッパにおいて機能させることになった。その思考の形式の名はソーシャリズムである。理念的に自由と平等が語られたが、それを投射するスクリーンが民衆に存在しなかった。世界資本主義に抵抗して、またその分割である帝国に従わずに、貨幣が公共的善として、民衆が民衆のためにコントロールすべきとゴダールは主張する。哲学者アラン・バディウが出演しなければならない

No.32ゴダール

No.32ゴダール

気狂いピエロ』(Pierrot le fou 1965)。ゴダールの「東風」においてみられる東へ方向づけられる前に、南へ行く方向をもっていたことが言われるように、『気狂いピエロ』はロマネスク風ミュージカルに誘われる溝口映画を喚起する道行の旅がある。映画はルノワールの生き方を物語る。美学的な問題提起が映画を貫く。黄昏と透明を重ねあわせた、画家ベラスケスの言説が言及される。そして沈黙の交響曲が言説そのものを打ちまかす。映画のおどろくほど単純で純粋な詩は絶対を語る。
気狂いピエロ』のロケーション地はポルクロール島。囲まれない映画の歴史と同じ大きさをもっている。地中海の死と太陽の島が映画のすべての歴史と等価の大きさをもっている。必然として、アルチュール・ランボーの詩「永遠」が朗読される。と、いつの間にかわれわれは『山椒大夫』の島々にいるー

No.33ゴダール

ゴダールの『勝手にしやがれ』(À bout de souffle 1959 )では、手持ちカメラを使った撮影、照明ではなく自然光での屋外でのロケーション撮影などを通じて、またジャンピングカットや180度ラインにしたがわない編集によって、映画の文法のなかでそれとは異なるルールー電撃的な創造的間違い?ーがつくられたと語られる。他方で伝統的な心理主義的分割と呼ぶべきシンメトリーは擁護されている。『勝手にしやがれ』は、わたしの印象では、新しい世界と、数百と言われる思いだされている無数の過去の映画がすむ古い世界が調和できることを示したようにみえる。この調和は、ラディカルモダニズムの映画に対して、反時代的精神を構成していた。調和といっても、それほど調和していくのではない。古い時代は新しい時代を批判的に相対化する役割をもつから、反時代的精神として。古い世界は世界の半分でしかなくなったかもしれないが、新しい世界とて世界の半分なのだ。過去の映画がすむ古い世界は、時代と自立的等価の大きさをもつことが要請されるスクリーンを媒介にして、新しい映画を、新しい世界を支える可能性をもつ。われわれはこの映画論の言説をどう考えるのか

 

No34 ゴダール

‪『東風』( Vent d'est 1969 )では、ハリウッドと修正主義、西欧とブルジョア的表象を非難するのだけれど、そのネガティヴなイメージ(下の写真)を静かに本を読んでいる姿ー内部を形成する近代ーとして呈示している。ゴダールは映像と音への過剰な依存もブルジョアが生み出した所謂芸術至上主義だとして自己批判を迫られることになった。しかし新しく映像のあり方が問われるなかで、イデオロギーの問題を考えることになった。ドウルーズはこういう。「ゴダールはうまいことを言っています。『正しい映像ではなく、ただの映像さ。』哲学者もこんなふうに言いきるべきだし、それだけの覚悟をもってしかるべきでしょう。『正しい理念ではなく、ただの理念さ』とね。」(『記号と事件』より)

‪ No35ゴダール

ゴダールの『ワン・プラス・ワン』(One Plus One 1968)から学ぶことは、対立物(魂/身体、善/悪、内/外、パロールエクリチュール、等々)を相互に関係づけ、転倒させあい、移行させあう運動と戯れをなす働きである。
“Sovietcong”,”Freudemocracy”,”Cinémarxism” という映画のなかに示される造語を笑うしかない。ゴダール文化人類学構造主義の原点がある。構造主義は強力な物の見方を構成できるが、構造主義は世界の半分しかみていないから、映画は開かれた全体にすんでいる以上、別の世界の半分を足してやらなければ...。ワン・プラス・ワン のプラス<たす> は、重ね合わされて交錯する多数の中断をもつ系列を為している。

 

No36ゴダール

ゴダールとアンヌ=マリー・ミエヴィルの‪ 『ヒア & ゼア こことよそ』(Ici et Ailleurs 1974)。「ジガ・ヴェルトフ集団」の一部としてゴダールとジャン=ピエール・ゴランが1970年に作った親パレスティナ映画『勝利まで』のフッテージを使用して制作された。現代の国家はテレビのニュースが行う解釈のなかに存在する。これを解体するために、ビデオが積極的に利用されている。編集概念が政治化されている。理性が自己自身に関わるような、正しい理念、正しい映像が語られているが、他方で映像と音をめぐる言説<映像と音は関係である>で表象されるものを「ここ」と「よそ」と名づけている。ここからギリギリ思考可能なものが成り立つ。「ここ」を内部化してはいけない。思考と「よそ」にある思考できないものとの関係を切り離してはならないと。

No.37
ゴダール「映画史』は映画の起源はヒチコックかマネか、ゲルニカピカソかを考える。最初に言わなくてはいけないことは時間を守ってきたのは映画、20世紀の精神はそこに宿った

No .38 ゴダール

‪『偽造旅券』(Vrai-faux passeport 2006)は、”ユートピアの旅ー失われた公理を求めて”と題されたポンピドゥー・センターでのゴダール展である。それは、アーチストの間で大きな関心を呼び起こす「ゴダール」のシュールレアリストとしての再定義だった。しかし「世界の創造者」というブルジョァ的世界観を内部崩壊させた挑発的な展示は、ゴダールが国家による「失われた公理」の殺戮を拒むような、至る所微分不可能なゴダール像の提示だった。映画館の庭園化。フィルムの植物化。ポンピドゥー・センターは『偽造旅券』の買い取りを拒んだという。‬

No.39ゴダール

アジアは天が精神(鬼神)に影響する(朱子)。西欧は天から精神は自立した。ゴダールは精神に投射されるスクリーンを与えた。「精神(鬼神)としての映画の帰還」を私は描く

No.40 ゴダール

ゴダールは『ヌーヴェルバーグ』(1990 Nouvelle Vague)で、俳優アランドロンを登場させた。アランドロンはかつてヌーヴェルバーグの敵だったこともあって、ヌーヴェルバーグの批判家たちに嫌われている。映画のアランドロンはゾンビであると揶揄される。見方によっては、キスというのは死者との接吻。実存論的な問いかえしにほかならない。それ以上である。「前近代」では類似者は常に生まれ変わりとして現れた。死者が生者の近くに存在しなければならない。再び現れたアランドロンは類似されているものとそれほど類似していたか?
映画はエレナの自然ーもの(光と闇)で書かれたもの(光と闇)との同一化ーへの愛を表現した。自然が大切にされたのは書かれている自然が存在するから

 

No.41 ゴダール

‪『フォーエヴァー・モーツアルト』(For Ever Mozart 1996 )は、仏語の「pour rêver Mozart」(「モーツァルトの夢をみるために」の意)。

「過去は死に切ったものであり、それはすでに死であるという意味において、現在に生きているものにとって絶対的なものである。半ば生き半ば死んでいるかのように普通に漠然と表象されている過去は、生きている現在にとって絶対的なものであり得ない。」これは三木清の言葉である。ゴダールにおいても死に切った過去を考えた。ゴダールはあえて映画の歴史は終わったと言ったその理由とは、伝統を固定するためだった。そうして此方に向こうに見える過去の姿を「ヨーロッパ」と名づけることになった。「ヨーロッパ」は依拠できる絶対の過去。モーツアルトの音楽と共に、われわれを見つめてくる本のような投射として構成されてくる。
この映画のなかで、オリヴェイラの言葉がひかれる。「ともかく私は、概して映画のそこが好きだ。説明不在の光に浴す、壮麗な記号たちの飽和」。映画はサラエボボスニアのイメージをもっている。だけれど「カラビニエ」(1963)のように、戦争と死が示されてはいない。大地の言語が湖を覆う。ゴダールの母の名を記した墓。廃墟の <オリジナル>無きイメージが成り立っている。寧ろそこで自己の人生を回想するのだろうか?モーツァルトは音楽によるヨーロッパの和解を体現している

‪ No.42ゴダール

ゴダールの『彼女について私が知っている二、三の事柄』(Deux ou trois choses que je sais d'elle 1966 )。
この映画は、パリ郊外の新首都圏拡張整備計画に従って建設された公団住宅で起きている主婦売春の話である。地球環境を破壊しながらパリ全体を包摂していく新自由主義グローバル資本主義の問題を構造的に理解することを試みる。何でもかんでもカネがモノを言う社会のイメージを構成している。そしてコーヒーカップの中で生成する、ミルクの渦を眺めながら、ウィットゲンシュタインの言葉を呟くゴダールの独白。イギリスでは高い評価を得ている作品。

No.43ゴダール

ゴダール『水の話』(Une histoire d'eau‬ 1958)から五十年後に、「貨幣は水のような公共的善であるべきだ」と語るのは『ソシアリスム』においてである。「水」のイメージとはなにか?それは包むものである。「水」は包むためには包むものをもっていなければならない。「水」のイメージの傍らに無がある。絶対差異としてある「平等」の理念...

No.44 ゴダール

ゴダール『中国女』(La Chinoise 1967) 
Ces jeunes gens représentent, comme autrefois les personnages des Bas-fonds de Gorki, 5 niveaux particuliers de la société. (JLG, 1967) ‪ ‪ゴダール『中国女』(La Chinoise 1967)。この映画には文化大革命の政治的災害は存在しない。ブルジョワ学生が集まるマオイズムの部屋で起きる偶像崇拝と、映画による偶像破壊ー確立された映画をみる見方のなかでそれとは異なる見方も含むー。68年前夜に現れたこの映画は「明確な映像に曖昧な言葉をぶつけよ」という。単に自己否定を呼びかけただけではなかった。観念的な自己否定の曖昧さを明確にするような、精神の従属させてくる社会に対するネガティヴなイメージをはっきりもつことの重要性を訴えていたことが大切であった。香港の学生が何を訴えているのかそれほど分からないが、彼らはもはや中国共産党のもとではやって行けなくなるとするイメージは明確に伝わってくる。

‪No.45 ゴダール

No.46 ゴダール

超越的なもの、天、音楽 は人間に内面化されない。収容所の弦楽四重奏団の映像とレンブラントの映像の関係を打ち立てるためには、これら二つの映像の関係を媒介する他としての映像(重ね合わせの状態)を必要とする。命題論理的に構成することによって言語の中から映像としての変数Xを作りだしている

No.47ゴダール

左翼と右翼の連立政権にたいして、ゴダールは、左翼政党に野党の立場を貫いて欲しいと考えていたといわれる。『右側に気をつけろ』(Soigne ta droite 1987)の物語のメインストリームは、ゴダール本人が演じる「白痴公爵殿下」。(『子どもたちはロシア風に遊ぶ』(1993年)でも同じ役柄を演じることになる。) 「白痴公爵殿下」はゴダールが手にするドストエフスキー『白痴』の主人公ムイシュキン公爵からきている。無能で売れない落ち目の芸人たちに率いられる国家は、反証の精神が眠りこけている。クルクルまわってめまぐるしく連続衝突しているだけ。

No.48 ゴダール

‪『ふたりの子供、フランス漫遊記』(France tour détour deux enfants、1979)‬
テレビとの関係改善に努力したときの作品。‪「子供というのは政治的囚人である」とゴダールはいう。撮影のときに子供と対等に喋っているとき、周囲からは子供にそんな質問するものじゃないと言われ続けた。ゴダールは大人と子どもの間の区別をみとめない。平等にたいする。そうして映画は、言語が差異を住処としているように、差異のなかに在る。

わたしにはもはや希望がない
盲たちはある出口について語っている
わたしは見る
(「映画史の本文の前に置かれた映像と言葉。ゴダールとマリーミエヴィルのテレビ番組「6x2」(76)のなかより)

No.49ゴダール

ゴダールの『フランス映画百年』(2x50 ans de cinéma français 1995 )

ゴダールは映画の歴史を生き抜いたミシェル・ピコリMichel Piccoliとともに、フランス映画百年を考える。
二度の世界大戦は、世界の中心としてのヨーロッパの危機意識を深化させた。戦争が起きたのは自国中心主義の結果だとしたら、サイレント映画の、国家の領土と民族に還元されない普遍言語としての意義がフランスにおいて認識された。戦後のフランス映画にとって、サイレント映画は、音声中心主義の近代にたいする批判の拠点として、サイレント映画以上の意味をもつことになった。
時間が映画をまもった。逆である。映画が時間をまもったのである。

 

No.50ゴダール

No.50ゴダール

“ 6 x 2 “ Six fois deux (sur et sous la communication) 1976 は、ゴダール自身の精神をつくりはじめるかのようなドキュメンタリー作品である。ゴダールは1972年に、ジガ・ヴェルトフ集団」(1968ー1972)を解散した。アンヌ=マリー・ミエヴィルともに映画製作会社「ソニマージュ」に設立するために、1948年以来25年間を過ごしたパリを離れた。‬スイス山岳の風景、失業者との出会いと会話、アマチュア映画監督、数学者とのトムの定理についての議論、精神病院の患者達‬との労働をめぐる議論。ゴダールによるインタビューの大きな特徴は、対等にだれともすべてのことが語られるところにあるとドウルーズがいう。スイス人が喋る訛りのあるフランス語が、多様な交差的中断をもった思考のリズム et...et...(and...and...)に宿る。

 

ゴダールのビデオドキュメンタリー作品"6x2"

 

No.51 ゴダール

50年代のコスモポリタニズム。
ゴダールは、「『男性・女性』(Masculin Féminin 1966)。この映画は『マルクスとコカコーラの子どもたち』と呼ばれたい」 と語った。これで終わりではない。今日だれが「マリリンモンローと毛沢東との結婚」の映画を作るのか?

 

No .52 ゴダール

ゴダールの「さらばTNSよ」 (奥村昭夫訳)

こんばんわマダム、そしてあなた、ムッシュ
 これはただの心優しい別れの言葉
こに宿無しの亡命者からの
舞台のうえであれば 言葉のなかに
心地よい安らぎの場が見つかると考えた亡命者からの

 おお、あなたがた若き大家たちと女大家たちよ
 だが受け取られんことを 腹立てずに
ある旅人の泣き言を
演劇のなかに 天よなんたる不満
お姫さまを追い求めた旅人の

 このばかじゃ考えた 恐怖にかられて
 われらのよく愛されないヨーロッパに
 まだ自由が残っているとするなら
 それは俳優の肉体からもれる
約束の言葉を介してのこyとだ、と

何通の手紙が、どれほど多くの映像が
 どれも見事に描かれた何冊の本が
嵐にめげず送られてきたことか
 しかしそのご褒美に与えられたのは
 ただ不在、沈黙、無関心のみ

 あなたがたは毎晩枕の下に
 クローデルを、アルトーを、モリエールを、それにまた
 アンティゴーヌとロレンザッチョを見つけ出しているのだが
 ときどきは考えよ もう一人の白痴のことを
三語を並べるのに四苦八苦している白痴のことを

私には分からない 聞き分けのいい同志たちよ
 なぜこれほど頼みこまなければならないのか
 そしてあなたがた 若く美しい女の友たちよ
 なぜしつこくせがまなければならないのか
船をおいてきぼりにしないでおくれ、と

 そもそもここでは可能なのか
 すてきな大隊を編成することが
山々を超え 他者の言葉を
 さがしにいく大隊を
他者に名を名のるよう強いたりせずに

 ロミオが椅子を投げ
 ジュリエットが自慰にふけり
 あわれウイリアムス(シェクスピア)よ、君はうちまかされたのだ
 エイズはいまだに負けを知らない

言葉は口からもれるもの
 でもひとは言葉に接吻できるのか いとしい君よ
君がむか腹をたて
 プライバシーは法的力をもっている、と
鼬の様に朗読しだす

 あなたがた 自分の肉体を見捨て
登場人物の魂を盗む者たち
 いま一度飛び立つのだ
軌道修正を無視し
例外的な並足で歩みながら

無分別もいくらか度が行き過ぎたというもの
 この魔法の場では
 いつか人間の魂の
科学的秘密が解明されるかもしれない なぜなら
 あなたがたと私が手に取っているのだから などと信じたとは

 さらばTNSよ そしてストラスブール
追放された者は それゆえ 足踏みをする
 しかし観客が間違っているのであれば
 カーテンコールでお辞儀するとき こういわないだろうか
 それではごきげんよう 思い知るのはあなたがたの方です

ADIEU AU TNS
 par Godard

 Bonsoir Madame et vous Monsieur 
 La suite n'est qu'un tender adieu
 Du réfugié sans domicile
 Qui sur la scène' pensa trouver
 Dans la parole un doux asile

 O vous jeunese maîtres et maitresses 
 Acceptez donc sans vous facher
 La complaine d'un voyageur
 qui poursuivit une princesse
 Dans un theatre ciel quell malheur

 Le con pensait dans sa frayeur
 Que s'il restait des libertés
 Dans notre Europe mal aimée
 C'était par paroles données
 Qui sortent du corps de l'acteur

 Combien de lettr' combient d'images
 Combien de livr' tous bien écrits
 Furent envoys malgré l'orage
 Mais ne reçur't en recompense
 Qu'absenc' silenc' indifference

 Vous qui chaqu' soir sous l'oreiller
 Claudel Artaud Molière trouvez
 Antigone et Lorenzaccio 
 Des fois pensez à l'autr' idiot
 Ramant pour aligner trois mots

 J'n' sais pouquoi doux camarades
 Faut-il tell' ment que je supplie
 Et vous jeunes et bell's mendie
 Que le navir' rest' pas en rade

 Est-il possibl' ailleurs qu'ici
 Se forme un joli bataillon
 Qui s'en irait de par les monts
 Chercher la parole d'autrui
 Sans l'obliger de dir' son nom

 Roméo qui lançait des chaises
 Et Juliette qui frotte son cul
 Pauvre William tu es battu
 La sida toujours invaincu

 La parole sort de la bouche
 Peut-on l'embrasse ma très chère
 Avant que tu prennes la mouche
 et dèclames comm' le putois
 Qu'la vie privée a forc'de loi

 Vous qui sacrifiez votre corps
 Et volez l'am' du personage
 Envolez un'fois encore
 Sans tenir compte des réglages
 Marchant au pas de l'exception

 Etait-ce peu trop dèraison
 De croir' que dans ce lieu magique
 Se puisse un jour de l'ame humaine
 Percer le secret scientifique
 Parc'que vos mains sont dans la mienne

 Adieu TNS et Strasbourg
 L'exilé marque donc le pas
 Mais si l'public est dans l'erreur
 Quand on salue ne dit-on pas
 A vous trés cher bien le bonjour

 Adieu mes amis.

 

No.53 ゴダール

ゴダールの『JLG/自画像 』(autoportrait decémbre 1995)

ゴダールは長年、自分はどうやって喋っていいのかわからなかったと言っている。「この喋り方ではダメだ!」、「この喋り方ではおまえは存在しない」、「おまえはどこに存在していたんだ?」と自己自身に向かって言い続けてきたのだろう。ゴダールのナレーションは腹話術的といわれる。腹話術は、口を動かさずに唇を少し開けた状態で音声を出し、人形が喋ったり音を出したりしているように見えたり聞こえたりさせる技能。この場合、人形はゴダール自身なのだけれど。これは操り人形のテーマとかかわる。『JLG/自画像 』と題する作品のなかでゴダールは故郷であるスイスとフランスの両国に接するレマン湖畔で、フランスの方を指指している。場所的<と>のビデオ化。フランス人のフェミニズムの女性がこの作品をみてビデオをつかって作品を作ることをはじめたとわたしに話してくれた。プラトンゴダールはアンヌ=マリー・ミエヴィルのおかげで、テニスのラリーのようなリズムのある会話と優雅さを得た。

自画像、「『ゴダールによるゴダール』を撮るよう求められていたが、[JLG/JLG]の方がわたしは気にいっていた。[JLG/JLG]はひとつの自画像であり、自画像は原則として映画では作り得ないものだ。それは、なにか絵画に固有なものである。わたしはわたしにとって自画像を作ることがどういう意味をもつのか理解したいとおもっていた。映画において自分はどこまで行くことができるのか、どこまで映画がわたしを受けいれてくれるのか見たかった。作品のほうが人間よりも重要であると考えることは、かなり古典的な芸術観だ。それは「作家主義」と呼ばれてきたものだが、十分理解されているとはいえなかった。大事なのは主義ということであって、作家自身ではない。ピカソもまた、絵画において自分はどこまで行くことができるのか?とよく自らに問うた。画家が風景を描くことにうんざりしたとき、画家に残されていることはもはや自分自身を描くことでしかないのだ。映画はこれとはいささか異なり、ひとりで作ることはできないので、つねにその孤独な人間の周りにあるものを示すことができるのだ。わたしはずっと映画は思考手段だと考えてきた。(...)わたしは映画を構想しているときも幸せだが、物事が完成したとき以上に、なにか模索しているときの方がもっと幸せだ、(...)わたしは青年時代に読むことができた、ブランショバタイユの本に似た映画を一本撮ろうとしたのだ。たとえば覚えているのは、バタイユの『内的体験』、当時、わたしはアンリ・アジェルの講義に出ていた。彼はブニュエルの『糧なき土地』を見せてくれた。わたしは「これはまさに衝撃的な『歴史』の内的体験です」とかれにいった。要するにこういうことだ。映画は形而上学をするためにまさに存在する。そもそも、それは映画が行なっていることだが、ひとはそれに気がつかない、だからそれを行なっている人々はそれを公言しないだけの話だ。映画はそのメカニックな発明のために、何か極めて物資的なものであるが、それは逃避するために作られるのだ。そして逃避すること、それこそ形而上学にほかならない。‬
‪ー ゴダール (渡辺諒訳)‬

 

No. 54ゴダール

‬フーコ『言葉と物』、この一冊のなかには何冊つまっているのか?華厳教じゃないけど、無限だ、少なくとも1000冊以上だ。見つめてくる本の真ん中に鏡があり、本の傍らに無がある。
ゴダール『映画史』の中の映画を数える。フーコ『言葉と物』を構成する本達のように無限だ。
イメージの本はそういうものだ。映画を見つめてくる本にしたのは、他者の顔とその傍らに存在する無を創造したかったから。ロゴスは無を利用して自らを再構成する。映画『イメージの本』は、映画を思考手段とする思考のイメージ。

 『イメージ・ブック』は、『映画史』の中でポール・ヴァレリーに言葉をひいた言葉を呼び出す。「かすかな声、おだやかな、か細い声で、大それた、重大な、驚くべきことが、深く、そして正しいことが語られる」と。この言葉に新しく加えられることになった映像は、イスラムの女性とおもわれる人間の身振りとジェスチャーである。

 

No. 55ゴダール

ゴダールの『アリア』Armide (episode in Aria 1987 )で呈示される関係の相似をいかに読み解くか?ここで肉体はネガティヴなイメージである。抵抗する者たちの存在に気がつくことなく、大衆の究極のナルシズムの世界に溺れている肉体。世のために正しいことを善意でやっている行動が無意味にされている屈辱感が、殺意のナイフをもって、大衆を覚醒させようとしているのか?だが表現されている関係性はそれほど透明ではないのは、ナイフは編集をほのめかす観念だからである(切断、切り取り)。問われるのは、大衆である、と同時に、大衆がすむ映画である。言語が視線に、見られる物(肉体)が音楽になったかのような映画が織り成す時間の意味をそれほど明晰に解釈できるわけではない。

No. 56ゴダール

理性を構成するものとしてマルクス主義と西欧合理主義は一体とされてきた。それなのに、マルクス主義の失敗が自明視され、西欧合理主義の勝利が言われる。ブルジョア的なものにおしとどめられることに対する怒り。呪縛と憎しみと屈辱から、ロマン主義的な正義が、90年代以降のゴダール映画を覆うのである。『われらの音楽』はいう。戦争に勝った国に詩人はいない。敗れた国から詩人が出てくる。詩人をもたない民は敗北した民である、と。‬

 

No. 57ゴダール

‪『時間の闇の中で』(Dans le noir du temps “ episode in Ten Minutes Older : The Cello 2002)はゴダールによる短篇映画である。 ‪暗闇のなかでスクリーンに投射されたものに名を与えること、映画の世紀であった20世紀はこのことが問題だった。球を隙間なく覆う領域(=岬)が連結しあう同時性に、21世紀を支えてくれるような思考を可能にしてくれる他者の言語が存在していた。ハリウッド映画、ドイツ映画、ロシア映画、イタリア映画、フランス映画、日本映画、アイルランド映画、アフリカ映画、アジア映画などと名づけられた。映画は同時性の名である。非局所的視点において成り立つ世界の同時性は、危機の17世紀と、そしてヤスパースが枢軸時代と呼んだ紀元前500年頃に、起きた。同時に、言語的存在である人間は存在することの意味を外部にむけて問うたのである。

No. 58ゴダール

『愛の世紀』(2001)。ブルターニュを舞台とした、思考と起源とが絡みあう、映画のなかの若い映画監督エドガーは、現代パリの未来を思い出す「若き芸術家の肖像」として描かれているようである。彼は常に後から来るが先に行っている。レジスタンス運動の過去、ハリウッド的なものに占拠されている「われわれ」の現在。映画の語りは、照明がものを照らしだすように、フランスを発明していく。

「愛の世紀」のシナリオ。
かなり若い女。うなだれている。と、質問するテレビ・レポーターのオフの声。その質問を通して、この若い女は殺人未遂のための自分の裁判が始まる前に修道院にはいったが、期待した信仰をみつけることができず、そこを出たばかりであることが分かる。どんな類の愛惜の思いnostalgieが、神への愛をゆだねてくれるのか。若い女の物憂げなしわがれ声。私には心のあり方の問題はひどく無縁なものとなってしまい、だからそのことについては語りづらいのです。私は信仰をなくしたとき、自分がもはや祈ろうとはしないこと、もはや語りかけるだれかがいないことに苦しみました。私にはあれに相当するものとしては、ひとつの愛の終わりの、どうすることもできないまったくの絶望しか思い描くことができません。(奥村昭夫訳)

 

No. 59ゴダール

ゴダールの決別』(1993)は、ギリシア神話の神ゼウスと人妻とが浮気をするエピソードをもって、神と肉体について説話的に物語った作品であると解説される。夫が一晩家を空けた日、突然帰宅した夫シモン(ドパルデュー)が別人のようであった。シモンは妻ラシェルに「私はおまえの愛人であって、シモンの身体を借りた神である」と言う。最後に「Simon Donnadieu、シモン・ドナデュー」とサインをする。これは、Si m'on donne à Dieu、つまり「もしわが身を神に捧げるなら」を意味するというのである。さてゴダールはなにを問題にしているのか?問題となってくるのは、純粋に外部的な出来事とイメージの領域とのあいだの、いかなる関係または非-関係をうちたてるかを知ることにある。知は、肉体に宿った全知全能の神をもってしても思考なき表象のなかにとらわれていたままでは、関係または非-関係をうちたてることができない。出来事の力は失われていくばかりで意味を革命的に作り出すことも不可能となるだろう。知識をいくら増やしても仕方ない。要請される思考は、方法としての「思考の形式」である。ゴダールは神との目的合理性なき一体化(<GOD>ARD  DEPAR<DIEU>)を倫理的にもつことによって成り立つ「思考の形式」と表象の問題を『映画史』ー近代を問い直す3A “絶対の貨幣”ーにおいて論じていくことになる。

 

No.60 ゴダール

「映画『パッション』のシナリオ」(1983)は、ゴダールが自分の映画『パッション』について語る短編映画。スクリーンは語る人の背後にあるべきではないという考えをもって、スクリーンに向き合うゴダール。語り終わったとき、暗闇のなかにいるその彼の背後に向かって、暗闇のなかに広がっていたような光が溢れだすようである。と、海の広がりのなかにいるゴダールの姿が意味するものはなにか?内在性の観念と思考のイメージ

No.61 ゴダール

ゴダールの『女と男のいる舗道 』(Vivre sa vie 1962)は、ジャン・ドゥーシェによれば、溝口健二監督の『赤線地帯』(1955年)の影響なしには存在しなかった。アンナ・カリーナの渾身の演技をみよ。あらためて、ゴダール映画はこの女優がいなければ成り立たなかったことをおもう。ナナが場末の映画館で、カール・テオドール・ドライヤーの『裁かるゝジャンヌ』を観て涙を落とすショット(アルトーが出演している。) シャトレ広場。すでにしばしば彼女の眼がたどってきた、そして疑いもなくただちにふたたびとるであろう方向 、いいかえれば、そのうえに、もはや決して消されないであろうひとつの他者の肖像がおそらくはずっと以前から、そしてこれからも投射されつづけ、投射されたままであるにちがいない、不動のスクリーンの方向のことだ。カフェで見知らぬ男とナナは知識をもたずに哲学する。(place du Châtelet - l'inconnu - Nana fait de la philosophie sans le savoir)

 

No.62ゴダール

Tu me demandes si je suis heureuse depuis mon mariage. Oui, très. Mais là je suis très malheureuse; je viens de tromper mon mari, sans le faire exprès, avec un amant de passage. Voilà exactement ce qui s'est passé...
(Le Signe, Maupassant)

ゴダールモーパッサン、「コケテッシュな女」

ギ・ド・モーパッサン1886年に発表した短篇小説『Le Signe 合図』を原作に、当時24歳の映画青年ハンス・リュカスことゴダールが脚本を書き、撮影・演出した。ロケ地は、1作目の短篇ドキュメンタリー『コンクリート作業』に引き続きスイスのフランス語圏である(ジュネーヴ州ジュネーヴ)。
勝手にしやがれ』で長篇劇映画デビューする前のゴダールの発表した、5つの短篇映画の1本である。

 

  1.  

No.63 ゴダール
ゴダールの大きなテーマは娼婦だった。娼婦の物語を撮るが、ゴダールが愛していたのは映像と音だった。

No.64

‪『カラビニエ』(仏語 Les Carabiniers、「カービン銃兵たち」の意 。1963)は、年ロベルト・ロッセリーニの書いたブレヒト劇の戯曲をもとに、ゴダールが映画に翻案したらしい。銃殺される女性がロシア・アバンギャルドの詩を口にすると兵士達が発砲できなくなるシーン(ロッセリーニを喚起する)が印象的であるけれど、この映画にリアルな死体はない。リアルな戦争が見えない。兵隊カラビニエは強奪品として、観光客の絵葉書を掻き集める。芸術家レンブラントに敬礼している兵隊カラビニエの身振りとジェスチャーの意味は一体何だろうか。

 

No.65ゴダール

ゴダール映画史に、20世紀歴史と同じ大きさをもったスクリーンがある。ゴダールが究極的に依拠するものをそこに投射しないのは、カントが理の内に信を位置づけないのと同じである。
ゴダールは映画についてのイメージを作る。思考と共にあるイメージを成立させた。映画万歳に非ず。映画は失敗した。収容所は、収容所を撮らなかった映画史のブラックホールだと。

ゴダールは映画についてのイメージを作る。思考と共にあるイメージを成立させた。映画万歳に非ず。映画は失敗した。収容所は、収容所を撮らなかった映画史のブラックホールだと。映画史は解体映画史でなければいけない。

ゴダール「映画史』は映画の起源はヒチコックかマネか、ゲルニカピカソかを考える。最初に言わなくてはいけないことは時間を守ってきたのは映画、20世紀の精神はそこに宿った

‪ No.66ゴダール

ゴダールの『映画というささやかな商売の栄華と衰退 』(Grandeur et Decadence d'un Petit Commerce de Cinema 1986)‬
ゴダールは長年にわたってコミュニケーションが依拠できるものを映画において探求してきた。映画の芸術における尊厳をいうことになった。ゴダールによると、フランスの映画のなかには、芸術的になる前に消えてしまった映画が存在しているという。道徳的意識の消失の場合と比べられている。バザンとトリフォーこそは映画にモラルと美学の原理を与えていたのだとゴダールは主張している。

‪ No.67ゴダール

ビデオ『ソフトとハード』‬(Soft and Hard 1985)‬

ゴダールは鏡を見ずに髭を剃るという。「顔を見たくないし、髭の場所も分かっているから」とアンナーマリー・ミィエヴィルにいう。彼女は言う。「コミュニケーションの映画ですって?あなた、自分が嫌いでしょ、そこが根本の問題なのよ!」と。ラカンセミナーに参加したこのパートナーとの間で言葉のラリー(テニス)をしているみたいである。この他者のおかげでゴダールと彼の映画は詩とアイロニーと優雅さを身につけたことはたしかである‬

‪No.68ゴダール

ゴダールの『女は女である』(Une femme est une femme 1961)‬ 理性の笑み?Anna = nAna = Nana
映画はコスモポリタン前衛と大衆との折衷を住処としていた。正義を求める理性の怒りは70年から。

‪ No.69ゴダール

ゴダールの商業コマーシャル (Closed 1988)‬発想の大転換。中国系モデルが脱いで下着姿になる映像を逆回した。女性の” Amour “というナレーションとともに、服を着たのである。MOMAの回顧展でこのゴダールの商業コマーシャルを観た人の話によると、一緒に “Amour “と叫んでいた観客もいたと聞いた

‪ No.70ゴダール

ゴダールのコマーシャル。街頭を歩く女性達の映像とロココ絵画の女性の映像を交互に組み合わせた運動と音と言葉が一緒に増えていく単純さに驚く

‪ No.71ゴダール

ゴダールの『男の子の名前はみんなパトリックっていうの』(Charlotte et Véronique ou Tous les garçons s'appellent Patrick 1957)‬ ‪
ロメールが脚本を書いた、ロメール的‪ゴダール。伝記にしたがって記すと、この時代のゴダールは、政治的コミットメントからの離脱、大義の忘却、社会変革に無関心、美のスタイルだけを追う芸術至上主義。速度を享受し、優雅に、ワインを飲んで、饒舌と美女と車を愛する...

 

 

 

No.72ゴダール

ゴダールメイド・イン・USA』(’ Made in USA’ 1966 )‬ ゴダールが録音機によって喋った最初の映画。ブルジョアが作った都市はなんと疎外されているのだろうか。「世界を創造する」というブルジョアと共有するものがなにもないアナキズムの芸術は、‪まだ夢を発明する可能性が街頭にあった、60年代において、本のスクラム、恋人との匿名の場所、ホテルの部屋、バー、プール、郊外の車庫へ行って撮影した‬。ゴダールが初めて自分の声を映画に利用した

 

‪ No.73ゴダール

『怠惰の罪』La Paresse (episode in Les Sept péchés capitaux) 1962‬ ‪
怠惰な人間こそは、たたえられるべき視覚的人間である(「監督ロッセリーニは動かなくてもいいように望遠レンズを発明した」?)。『怠惰の罪』は自らそういうふうに作られた映画なのである。殆ど準備をしない即興演出、同時録音、自然光を生かすロケーション中心の撮影。人間といえば、倦怠、茫然としていて、現実感も乏しく生気もなく、幻想というほどのものでもないがある感覚にとらわれているような...

No.74ゴダール

ゴダール『シャリオットとジュール』( Charlotte et son Jules 1958)

わたしは映画から、裏道の唄声を聞きとりたいと願っている。
路上に置かれたクルマのなかでシャルロットを待つ彼氏を撮影している。ほかはひとつの部屋のなかで撮られている。

 

No.75ゴダール

ゴダールの『小さな兵隊』(Le Petit soldat )は1960年に制作された。映画は検閲にあったので、1963年に公開された。『小さな兵隊』は、鏡のなかに映る自分の顔が、自分の内面に思い描いている自分の顔と一致しないことに気づく男の物語である。‬
‪«Le Petit Soldat est l'histoire d'un homme qui trouve que son visage dans une glace ne correspond pas à l'idée qu'il s'en fait de l'intérieur.»‬

 

No.76ゴダール

ゴダールの『たたえられよ、サラエヴォ』 ( Je vous salue,Sarajevo 1993 )

写真家ロン・ハヴィヴ(Ron Haviv)とマグナム・フォトに所属する写真家ルック・ドラエ(Luc Delahaye)による一枚の戦争写真をもとに製作した映画で、1992年のボスニア・ヘルツェゴビナ紛争について語る2分少々のビデオエッセイの形式をとっている。のちの『アワーミュージック』(2004年)でも、サラエヴォの問題を扱っている

‪ No.77ゴダール

『モンパルナスとルヴァロア』(Montparnasse et Levallois 1964)‬
ゴダールは、「監督」クレジットを「réalisation」等ではなく、「film organisé」(作品組織化)とクレジットした。ゴダールというと、偶像破壊の革命児のステレオタイプだが、実際にトリフォーほどには、映画制作におけるゲームの規則を破らなかったとみる見方もある。改良すべき規則がどこにも無いと悩み続けたか?

No.78ゴダール

インドネシア、トーマス・ワインガイのために』(Pour Thomas Wainggai, Indonésie )
オムニバスのドキュメンタリーテレビ映画『忘却に抗って』(Contre l'oubli)の一篇として、1990年製作、ゴダール、アンヌ=マリー・ミエヴィルが共同監督したフランスの短篇映画である。 wikiによると、非政府組織 (NGO) アムネスティ・インターナショナルが、良心の囚人の救済、啓発のためのテレビ映画を製作するにあたって、ゴダールとミエヴィルは、トーマス・ワインガイ博士を選んだ。

ワインガイ博士は、1984年、ニューギニア島の西半分のインドネシア領イリアンジャヤに「西メラネシア共和国」を樹立した指導者で、1988年に妻の日本人テルコ・コハラとともにインドネシア政府に逮捕され、懲役8年の刑を受け、投獄された人物である

 

No.79ゴダール

リア王』制作のための対話。1986年製作。ユーモアを必要としたゴダールにとって、ウデイアレンは不可避の他者。インタビューの進行に従い、「NORMAL MAN(ノーマルな男)」、「STRUGGLE(闘争)」、「TITLE(題名)」、「HANNAH KARENINE(ハンナ・カレーニナ)」、FLASH GORDON(フラッシュ・ゴードン)」、「THE ANXIETY OF THE MAN IN THE BOOTH(ブースの中の男の不安)」、「SUMMER IN NEW-YORK(ニューヨークの夏)」、「AUTUM CHILL(秋の凍え)」、「THE BIG LEAP(大いなる跳躍)」、「LUCKY I RAN INTO YOU(あなたにあえてわたしはラッキーだ)」といった文字がインサートされる。

No.79ゴダール

ゴダール『恋人のいる時間』(Une femme mariée 1964)
白いシーツと皮膚、手、愛撫。卑近なものとしてのスクリーン触れる

 

No.80ゴダール

『イタリアにおける闘争』( Lotte in Italia 1969) は、ゴダールとゴランが「ジガ・ヴェルトフ集団」の名で制作した。ブルジョア出身の女子大生の矛盾している抑圧された感情とともにある反復が揺れる、揺さぶられる...

 

No.81ゴダール

Un film comme les autres  1968
ゴダール Godardがジャン=ピエール・ゴランと結成した「ジガ・ヴェルトフ集団」名義の第1回作品とした。出演しているのは、ナンテールの3人の学生闘士と、ルノー・フラン工場の2人の労働者闘士である。

 

No.82ゴダール

ゴダール『言葉の力』Puissance de la parole 1988  
フーコ『言葉と物』 の一文をおもう。‪「しかしまた、言語(ランガージュ)の存在と人間の存在とを同時に思考する権利は、永遠に排除されているのかもしれない」 ‪「さしあたりまったく確実なこととしてわれわれの知っている唯一の事柄といえば、西欧文化のなかで、人間の存在と言語の存在が、共存して互いに連接しあうことはけっしてできなかったという一事にほかならぬ。二つのもののこの非両立性こそ、われわれの思考の基本的特質のひとつであった。」ーフーコ『言葉と物』‬(渡辺一民訳)‬ But the right to conceive both of the being of language and of the being of man may be forever excluded ... The only thing we know at the moment, in all certainty, is that in Western culture the being of man and the being of language have never, at any time, been able to coexist and to articulate themselves on upon the other. Their in compatibility has been one of the fundamental features of our thought. ーFoucault

No.83ゴダール

フランスのモラリスト(文学的な哲学者の意)の人間探求の特色は、その探求の結果、単に抽象的、概念的に羅列することではなくして、必ずそれを一つの可及的に生きた具体的な像に再構成して見せることであるという。
ゴダールの映画を思考手段とする探究が言語の存在とともにある思考の像を構成している。映画はわれわれを見つめてくる本である。

No .84ゴダール

ゴダール『古き場所』
(The Old Place 1999)

ニューヨーク近代美術館MoMA)の要請により、20世紀の終わりにおける諸芸術の役割についての試論としての映画

ソクラテスプラトンの対話の如き、映画の中での対話が途切れる事なく続き、親しいテニス仲間同士のラリーを喚起する。maïeutique(ギリシャ語で、meɪˈjuːtɪks/と発音する)がキーワードで、質疑応答を通して人間の隠された心を明らかにする知的な方法だ

 

No.85ゴダール

バザンは普遍言語のプロジェクトをもっていた。世界大戦の原因は民族主義の全体幻想にあった。だから、映画の限りなく純粋な映像で構成される構想は、戦争の全体幻想に陥るどの民族語への依存を拒んだのである。人間は政治的存在であり、同時に、言葉が与えられている。しかしまさにここから排除されてしまうのが、言論で覆せないほどの絶対権威から自立しようとする不明瞭な発声(感覚)の領域である。教説の中からその内部にしたがって語ることを拒否した沈黙 'Verschwiegenheit'(秘密?)。ゴダールはここを可視化しようとした。マイナーな、スイス訛りのフランス語とか創造的どもりとかいわれるが、自分が語らなければならないと気がついてそれを実行するために30年かかったのだとわたしはおもう。

 

No.86ゴダール 

 

17世紀は芸術も外に出はじめた。差異が価値を生み出すとマルクスがはじめてこのことを言った。空間の差異が価値を生み出すのである。しかし差異としての空間が世界から消滅したとき、差異としての時間がとってかわった。ゲームの規則が変わった。これからは時間の差異が価値を生産する。ここでマルクスが言っていたように時間と時間との差異が価値(剰余価値)を生み出すのである。しかし1970年における近代の終焉と共に、その時間的差異も消滅してくる。ポストモダンの同時代性の時代を迎える。さて萩原朔太郎が憧れたパリは舟で二か月もかかったが、飛行機で9時間で行けることができてパリは消滅してしまう。20世紀の大衆は失われた差異をリュミール兄弟の映画において読みはじめた。しかしあらゆる映画の表現は50年代までに消滅してしまう。もともと映画には未来がないといわれていた。1950年代後半から人々は過去の映画ー過去の映画を利用して制作された映画ーを発見した。かくもブルジョワが創造した都市は疎外されているおか?ゴダールの1990年代からの再構成ではあるが、アナーキスト系アーチストの「ヌーヴェルバーグ」と名づけられた感化の大きな運動は、ブルジョワが創造した世界の外部であったと言わざるを得ない。それは危機の時代と呼ばれた17世紀が帰結した博物館としての映画の意義であった。

「僕たちはみんな、博物館museumのなかに生まれ落ちてきたんだよね」(ゴダール) 

シネマテックの世界化?

 

No.87ゴダール 

‪『軽蔑』( Le Mépris 1963)についてまず言わなければならないことは、これはゴダールの映画である、と同時に、ゴダールの映画ではないということ。プロデューサーは彼の映画にブリジット・バルドーの裸体の映像を求めたとき、ゴダールは映画から自分の名前を消すことを条件に了解した。
『軽蔑』はブリジット・バルドーモラヴィアである。映画のラストは、ギリシャ悲劇の何の必然もないような不条理な死がバルドーに起きる。映画は『軽蔑』と名づけられたが、この映画のなかで一体なにが軽蔑されているのかさっぱりわからないプロデューサーと共に、事故死の最後であった。ゴダールは、「恐竜」であるラングが語るヘルダーリンの詩とブレヒトの言葉を「赤ん坊」のゴダール自身のために朗読させていたか?

No.88ゴダール 

‪『 ブリティッシュ・サウンズ』 (British Sounds 1969)は、ジガ・ヴェルトフ集団(Groupe Dziga Vertov )による最初の作品。「プロレタリアート」という名が与えられる映画?マルクスフロイトが行う注釈。<政治=セックス>論の言説が生産されていく

‪ No.89ゴダール 

ゴダールは、『新ドイツ零年』(Allemagne année 90 neuf zéro、1991)によって、「歴史」の領域にはいることになった。『アルファヴィル』(1965)のレミー・コーションを、探偵として、かつて東西を分断した境界を超えていくドン・キホーテの分身として呼び出している。『新ドイツ零年』はニューヨークで見た。衝撃だったのは、戦争という国家悪を外へ追いやるのではなくて、映画と現実とが溶け合う映画の諸々の断片によって形づけられた回想を通して、戦争国家を自己の内部に掘り起こすかのような編集である。国家が個人を超えて実在するのではなくて、逆に個人が国家を超えた実在である、そうでなければ、国家悪を超える思想領域と精神領域へ歩み入ることができないと訴えるかのように。‬

No.90ゴダール 

ゴダールのスイスで撮ったデビュー作は、『コンクリート作業』(Opération béton 1955)である。
ゴダールにとってどのページも嘘だらけの伝記によると、ゴダールはモノー家追放に帰結した、混乱のパリ時代の後、ダンデイな青年となる。この青年はブルジョア両親の厳格なモラルと、時代の進歩的息吹に背を向けて無為に過ごしたという。このデビュー作から、人間の創造のエネルギーを読みとるのか、あるいはその反対に、永久革命の新しく作り出す近代に絶望しきっている破壊のエネルギーを読みとるのか?

 

No.91ゴダール 

‪『プラウダ』(Pravda 1969)‬。三十年代のスターリンヒトラーの接近は東欧の活動家達の粛清をもたらし、左翼から右翼までの知識人が連帯した人民戦線を崩壊させてしまったが、戦後も、ソビエトは左翼のオブセッションとしてあり続けたので、サルトルですら、五十年代ハンガリー動乱まで批判できなかったほどである。思想的自立性の問題が問われなければならない。言葉遊びの畏怖すべき意味の凝縮をもって、政治学-精神分析-批評を書いた、「ジガ・ヴェルト」集団の「プラウダ」は、言説「チェコとしてのソビエト」をかたる。いかに神話への反抗、<解体> オイデプスが可能であるか。世界資本主義の分割である帝国ロシアはー皇帝的一国社会主義ーはかつて、ソビエトと呼ばれていた。これにたいして、「チェコとしてのソビエト」は映画の名であった。

 

 

No.93 Godard 

Comment ça va ? 1976

書くことは手がおこなう活動

 

ゴダール100本ぐらい作品あって、一応全部観たがあまりわからかった映画が2割ぐらいある。チューリングの表のように空欄としてここに記録しておこう

 

No.94

ゴダール喪中」とは何か?

セデック・バレ』はほんとうに面白く見ました。台湾の電車に乗ると、北京語と台湾語と原住民の言葉を含み4つの言葉でアナウンスされるのですね。興味深く思ったのは、現住民の言葉が日本語のように聞こえる時があったことです。植民地時代に日本語の影響があったのでしょうが、柳田國男の「南島論」が仄めかすように、それ以前の時代に共有されていた言語があったのじゃないかと勝手に推理しています。
荻生徂徠的にいうと、原住民こそが「聖人」ですが、われわれはこれは無理筋とおもっています。
悲情城市」とか「千と千尋の神隠し」のロケーション地に行くと、沢山先祖崇拝の逃げ場のような寺があるのですね。多分過去の中国がこんなかんじだったとおもわれます。近代主義者は朱子学を祖先崇拝がなかったように言われますが、たしかに朱子学は今日の統一協会のような淫祠邪教を禁止した宗教改革でしたが、官僚となった知識人の原始儒教からあった先祖崇拝がなくなったわけではないようです。17世紀の徳川日本でも儒者たちは自分達の祖先と孔子を先祖霊とするようなプライベートな私廟が存在したようです。文化大革命のラディカルな無神論によって、儒教と祖先崇拝の全てを否定し切ったので、どんな異端的隙間を許さないような今日の事態が起きてしまっているのではないでしょうか。わたしは先祖には関心がありませんが、向こうもないでしょうが(笑)、ゴダール喪中Godard Deuilという投稿を毎日やっていて、ゴダールを先祖霊にしようとおもっていなす。ゴダールは映画監督たちを先祖のように祀っていたとおもうのですが、ゴダールを持ち上げるインテリはそういうことを語りませんね。儒教は聖人である祖先と共に本を祀る宗教ですが、ゴダール『映画史』も過去の監督たちと一緒に、本としての映画を祀っているところがありますかね。
掲示板に飛び交う現代中国語を少しでも読めるようにちょっと勉強しようかとおもっています

 

No.95

ゴダールは『映画史』の冒頭でブレッソンの映画論をめぐる方法論を呈示することによって、映画史の語られ方を問題にする。例えば、ハリウッドはクローズアップの映画だったのにたいして、ソビエトモンタージュを発明したという言説を批判して行く。「夢の工場」とは映画の語られ方である。ハリウッドに対抗して映画を作った「レーニンは疲れ果ててしまった」のであった、とゴダールはだれも言わなかったことをはじめて語る..

NE CHANGE RIEN
POUR QUE TOUTE SOIT DIFFÉRENT(Godard/Bresson)

CHANGE NOTHING
SO THAT ALL CAN BE DIFFERENT

Ne va pas montrer tous les cotes des chose. Garde-toi une une marge d'indéfini.
 (Don't go showing all sides of things.Keep a margin of the undefined.)
 (物事のあらゆる側面を見せようとしないこと。未定義の余白を残しておくこと)

 

No.96

...l'image devient pensée, capable de saisir les mécanismes de la pensée, en même temps que la caméra assume diverses fonctions qui valent vraiment pour des fonctions propositionnelles.
ーDeleuze 

(カメラが命題関数と同等の様々な機能を果たすようになれば、それと同時に映像そのものが思考となり、思考のメカニズムをとらえられるようになる...)

ハリウッド映画は映像を実現するためにシナリオが必要なのですが、これとは反対に、ゴダールの場合は、書くために映像が必要です。68年5月革命を予言したと言われた『中国女』では、「明確なイメージと曖昧な言葉を衝突させよ」という命題的に言説が書かれました。これが意味するところは、台湾や香港の学生がたたえた日本の70年代は自己否定がすごいのですけれどね、これは曖昧な言葉によるものだったと思いますが、香港の学生にような政府を否定する明確なイメージがなかったです。存在論的な曖昧な自己否定と比べたら、自民党批判に関心がそれほどあったわけではないことは今日の事態をつくっているのではないでしょうか。互いに自己消滅に導いた結果を考えると、残念ながら、彼らが参考にするものは何もありません。しかし70年代は全然無意味だったわけではなくて、彼らから近代への問いが始まりました。

 

No.97

ゴダールにおける顕幽論とかんがえてはいけないだろうか

No.98

ゴダール『映画史』より

No.99

Godard deuil

言葉が崩壊するのは、言葉が存在を託した何かとしての他者への贈り物でなくなったときだ。先ず愛である人間性が崩壊する
ゴダール『映画史』より

No.100

ゴダール『映画史』のスケッチはプルーストの書き方ー本質は個体的であり個体的になって行くーである。光と闇で包む全体を投射させた細部の増殖が包むものを包み返していく

 

 

ゴダールをたたえる

ゴダールは、50年代と60年代は何処の国を撮っているかわからないようなフェミニンなバロック、エリートの絵画と大衆の写真を組み合わせたような理性の笑みのような映画を作っていましたが、60年代後半から怒りのロマン主義へとなって、パレスチナ映画と毛沢東主義の70年代があるわけです。80年代に政治から映画に復帰して来て、黄金の80年代と言われる大変充実した作品群を世に送り出しました。ゴダールの言説を語る映画は、ポストモダンの言説を語る思想として、あります。90年代は、自画像と共に成立する、映画の歴史を作ります。21世紀からは、有名な映画の名が忘れられていくなかで、ゴダールは映画を象徴する名となって、世界資本主義に抵抗するグローバルデモクラシーの言葉をかたるゴダールは、映画以外の芸術家に影響を広げて行くことになりました。

 

No.101ゴダール
フーコ『監獄の誕生』では互いに独立している映像と言葉が分析されている。デュラスとかゴダールのように映像と音とが独立している映画においては詩的に語られている。散文ではない

102 ゴダール

表象と表象なきものに共通なものは存在しない。ゴダールにおいて両者は無媒介に繋がっている。闇の投射と空のスクリーンとは違うのか?思考不可能な映画の歴史を<外の思考>として、書く画家は空を活性化した。闇が占拠した映像と音の向こう側に見える空ーラングロワと彼の博物館が救ってくれたーは絶対無限である。

 

No.103 ゴダール

ゴダールの言葉で謎とされているのは、映画は作られていたのに、「映画は終わった」というものである。仮に映画は亡くなったとしたらどういうことが言えるか。映画は鬼神であるGod-art

 

No.104ゴダール

海外ではゴダールは難解とされていて彼の作品(『東風』)を観た人が五百人しかいないが、日本人はゴダール好きである。これは発想の大転換であるが、あえて、日本人は映画はゴダールしかわからないのかもしれないと考えてみよう。どうしてか?

No.105ゴダール

『映画史』のゴダールがそうだ

・「一人の人間の夢は、万人の記憶の一部なのだ」ボルヘス

No.106ゴダール

わたしは文系だったので、正確には理解できなかったでしょうが、ペンローズとホーキングの特異点定理に関心がありました。ペンローズ特異点して考えるブラックホールは西欧のコスモロジーの再構成だと思うのですね。何十億年かけて未来からやってくる信号だというようなことを語っています。西欧の思想はコスモロジーと共に発展してきました。朱子学のアジアの思想もコスモロジーと共にありましたが、明治の近代化のもので亡くなってしまいました。わたしはこれから新しい普遍主義を再構成する新しい思想はペンローズ宇宙論と映画論から出てくるような気がしています。映画の本質は投射にあると思うのですが、波動関数の収縮は重力によると考えているようですが、投射されたスクリーンから意識が成り立つのも重量によるものと考えたらどうかとわたしは思っています。詩的インスピレーションでは、スクリーンの映像は全宇宙の影ですね。ゴダールの映画史は実は宇宙史として語られているとわたしは思います。映画史は暗黒物質に覆われているが、プラトンの洞窟の如き映画館のなかにおけるように、至る所に標があります。

 

No.107ゴダール

新しい時代を切り拓くとき、過去を反復しなけれないけないのはどうしてでしょうか。フランス革命のときは暦もコスチュームも古代ローマのものでした。ゴダール映画も過去の映画を呼び出しました

No.108ゴダール

ゴダールの遺品である本としての映画の歴史を祀ることが起きる。テクストと映像に思考できるイメージを与えた映画史が亡くなった。表象は復活しなければ祀る共同体の意味がなくなる

No.109ゴダール

映画史においても、何が先、何が後かを決めくてはいけない

 

No.109ゴダール

ゴダール映画のカメラは命題論理だといわれます(Deleuze)。両者は類似しあっています。ここで、ゴダールのカメラをどう理解するかです。議論のルールはただ一つ、それは議論に解決を与えるなです。映画は、そのことによって、思考の自由の覆い尽くせない広がりをもっていることはたしかです

 

 

No.110ゴダール

映画批評はメタ批評である。そうである限り、映画批評は経験的ではなく理念的である。映画批評とは経験と理念の分裂である。

映画批評とは書くこと。問題は、映像は言葉が分析できるようにはつくられていないこと。言葉は言葉が分析できるようにつくられているのとは異なっている(言葉が言葉の対象となるのは近代からであると『言葉と物』はおしえる。) 厄介なのは、書くことは、映像を分析できぬ自らの限界に無自覚に、映像について語ろうとするときだとゴダールは溜息をつく。映像を作るために言葉を必要とするのは映像の言葉への従属と読まれるかもしれないが、従属を非難しているというようなそれほど単純な話ではないようにおもう。たしかに、ゴダールは書くために映像を必要とするのが自分の方向であると言う。だけれどそれも従属であるに違いない。あえて従属にゆだねることを前提に、問われているのは、文字を、文字でないものに従属させてみようとすることの意味である。文字でないものとは、映像または音に限られるか。否、文字を沈黙に従属させることが考えられているかもしれない。近代の成立が可能にしている表象<映画>を沈黙させる言説を書くこと、これが1970年代後半に「映画史」を構想したゴダールの映画批評。‪はじめて近代批判が行われることになった70年代‬

 

No.102ゴダール

『フィルム・ソシアリスム』(2010)では、何でもかんでもカネが喋れば喋るほど分裂が深まる世を証言する。ヨーロッパのアメリカ化。二人は夢が必要だ。そのときひとりは二人でなければいけない。この映画でゴダールはイタケの代わりにスイスに帰還した。人間のことを人間以上に考える犬が迎えるであろう。

 

No.103ゴダール

言説家としてのゴダールは権利のない社会に反対している。何らかの人間の共同体に属する権利、 一つの塊に還元されない権利、余計者にされない権利、 向かい岸をもつ権利したがって二重国籍である権利、帝国に属さない権利、そしてグローバルデモクラシーが成立するまでそして無国籍や無権利にされない権利

 

No.104 ゴダール

ゴダールは映画におけるピカソジョイスの継承である。セザンヌの美の理念=ヨーロッパを超えるのがゴダールが探究したゴッホ。そして書く/ 描くひとはゴダール前に存在しなかった。現代アートゴダールとの対立とはどういうものか?デュシアンは表象の否定だ。ゴダール偶像崇拝に見えるか、何も表象するものを残さない戦争様態、最悪の映画に抵抗したのだ

 

No.105ゴダール

ゴダールは映画を投射する思考の形式ととらえて、この抽象的構成が高く評価された。ゴダールは表象可能なものと不可能なものを媒介なく結びつける。この表象可能なものと不可能なものとの間の闇が覆い尽くせぬ余白ーリーマン射影空間の特異点におけるものとして表象できるーといったら、無限に広がるスクリーンの広さしかないであろう

No.106 ゴダール

古い映画を観ただけでも、「いまはああいうことが描かれない」と自然に口にするときは、わたしは前の時代に属したままの死者の如く精神の眼で呟く、反時代的精神ではないだろうか?

No.107ゴダール

私はアイルランドにいたのでスコトゥスを尊敬しています。彼が考えたように、茅ヶ崎の海岸を歩く私は眼を閉じたら世界が消滅するし、眼を開けたらその度に宇宙が誕生するとおもいます。宇宙は無限回消滅します。映画館のスクリーンが真っ暗になると闇の無ですが、これは宇宙が映画に類似しているからなんです

 

No.108 ゴダール

映画は何も恐れはしなかった、他のものも自分自身も。映画は時間から守られていたのではなく、時間をまもっていた。レマン湖は、20世紀と同じ大きさをもった映画が横たわる墓地

 

No.109

詩人とは,書物の偉大な開かれたページを盗み去る人物であり,書物はそののち実体を失って空白となる.」(マラルメ)。その空白はゴダールにおいてスクリーンと呼ばれた

No.110ゴダール

ソクラテスの弁明』においてソクラテスは、自分の裁判官達に対しては、まさしく自己への配慮に関する達人として自分を紹介している。彼は神によって委託されたので、人々に、配慮すべきは自分の富でも名誉でもなく、自己自身について、自分の魂についてであることを思い起こさせる。(フーコ『自己への配慮』)『映画史』のゴダールにおいても、配慮すべきは、自己自身について、自分の魂についてであった。

 

No.111ゴダール

ポストコロニリズムの普遍(🟰植民地主義)批判は普遍批判のポストモダンから来た。パレスチナは土地を奪われた赤いインディアンだ。このナショナルアイデンティティは意義深い。ゴダールは、映画はパレスチナをどう考えるかを語った。コミュニケーション問題とは、彼方を語る此方の問題である。『想像の共同体』のベネディクト・アンダーソンによると、現代国家はテレビのニュースがいかに解釈するかという解釈の仕方の中に存在していると言う。しかしフランスのテレビのニュースの中に国家は存在しても、パレスチナの国家は存在しない。それが言及されていても存在していない。それはなぜか?これは頗る言説と思想闘争も問題なのだ

 

No.112ゴダール

l’amour est le comble de l’esprit
et l’amour du prochain est un acte

愛は精神の高さである。愛は高さをもっているからといって、愛は遠くにあるということではない。至上なものは卑近にあるからである。この関係は言語との関係においてこそ問題となる。言語とは共通の記憶を負おうとする。他者を常に自分のまわりに置く行いによってでなければ、どうしてこのトータルに世界とかかわる言語が成り立つというのだろうか?

 

No.113ゴダール

ゴダールほどの芸術家らば、自己過去のイメージ発明してしまうものなのだ。死ぬ前に死装束を着る。死装束を着ても死なない。ゴダールの前に誰もそんなことをした人はいなかった。無のイメージである

j’étais déjà en deuil de moi-même, mon propre et unique compagnon. ーJLG\ JLG

 

No.114ゴダール

ジョイスの世界とは直線と斜線で構成される抽象的な世界で、イメージの思考を名づける原初性が成り立っている。ゴダールは作家になりたかったが、ジョイスがいたので諦めた。しかしゴダールジョイス的造語がある。ゴダールは自らを書く画家としている。ベケットは、そのジョイスの世界の何処にも属するが部分とならない名づけられないものがある。

 

No.115ゴダール Godard 

ゴダールが登場した後は映画はゴダールの前に戻れないのは、ピカソが登場した後は絵画はピカソの前に戻れないのとおなじである。ベートーヴェンが登場した後は音楽も彼の前に戻れなかった

 

No.116ゴダール

ゴダールほどの芸術家らば、自己過去のイメージ発明してしまうものなのだ。死ぬ前に死装束を着る。死装束を着ても死なない。ゴダールの前に誰もそんなことをした人はいなかった。無のイメージである。
j’étais déjà en deuil de moi-même, mon propre et unique compagnon. ーJLG\ JLG

生の世界に理が先行する最高なものがある。生包み返すためには死装束にそれを超えるものがなければいけない。それは、死に耐え死の真っ只中に自らをよく保つ精神の生しかない。問題は、精神(鬼神)を映画として帰還できるかである。物が無限に後退してしまえば、精神は投射できない。

Pourtant, ce n’est pas la vie qui s’épouvante devant la mort et se garde pure de la dévastation, mais celle qui la supporte et se conserve dans elle est la vie de l’esprit.
Nicht das Leben, das sich vor dem Tode scheut und von der Verwuestung rein bewahrt, sondern das ihn ertraegt und in ihm sich erhaelt, ist das Leben des Geistes.
ーHegel

 

No.117ゴダール

収容所のなかの囚人たちの弦楽四重奏の演奏をレンブラントは見ていたというゴダールの『映画史』における編集をどう解釈するのか。これを他者の問題として深めなければいけない...
レンブラントはドキュメント映画を撮るようにはじめてゲットーに入って行った。そこで旧約聖書の世界が投射されていた。ゴダールにとって、レンブラントが描いたユダヤ人たちは死装束を着ている精神の生である。自らを発明しようとして、遡って精神は物に起源を求めるが、物は無限に後退していく。ユダヤ人たちのあいだには、ナチスが公の場で退廃として糾弾した、国籍のない日付しかない。ユダヤの歴史が書かれ始めたのはホロコーストを経験した戦争の後からである。百年も経っていない

 

No.118ゴダール

ゴダールほどの芸術家ならば、自己過去のイメージを発明してしまう。死ぬ前に死装束を着る。死装束を着ても死なない。順序を反対にして死を観念化している。映画は死に切った絶対の過去からくる信号かもしれない

No.119ゴダール

プルーストが見出した芸術のシーニュは本質を呈示する。ポストモダンの本質の語られ方をドウルーズは作る。本質は見方なのだ。本質は固体的であるし固体化していく。本質に包摂された生成する多元的世界。プルーストゴダール『映画史』において語られる。書く作家は並べる。世界とは、吠えているもの、硬張らしたまま弛めるもの、動くもの、顔の輪郭、物で書かれたもの

No.120ゴダール

ゴダールは未来の映画を思い出すときは、同じ衣装と身振りでも、反復が起きない。過去は絶対的死だから。死は観念である。そのときはじめて死は生命をもつ。名はわかっても意味が失われている。衣装と身振りの意味がわからなくなっている

 

No.121ゴダール

ゴダール映画を生きているか死んでいるかとはかんがず、死にきったと考えていた。実際には映画は作られていたが、そう考えたらどんなことが言えるか敢えて考えた。スクリーンの闇からの応答。映画は絶対的死である過去からの信号である

 

No.122ゴダール

書くことは接ぎ木なのだから、映画史の編集は接ぎ木だろう。他者の岬における<存在ー接ぎ木>は、化石にならないように絶えず発明される、オリジナルー映像であるかもしれない。

 

No.123ゴダール

ギリシャ悲劇がヒントになったゴダールの映画『カルメンという名の女』のなかに、「カルメン」という名の前は何なのという台詞がある。同じくらい重要な問題がある。それは「映画」と呼ばれるまえは一体何だったのか

 

No.124ゴダール

小津安二郎は芸術家であることは彼映画お最初に観たときから今日まで疑ったことがなかった。問題は、芸術家であり言説家であるゴダールは思想家なのか。彼の映画史は思想史なのか?

 

No.125ゴダール

18世紀『舞台は夢』は、「秘術によって自然を支配する魔術師」は「言葉で支配する魔術師」と書き改められている。だが20世紀における映画の夢において、言葉こそ錬金術である。世界とは、卑近なもの。隣どうしのもの。招待されないもの。頭を埋める暗闇に浸るもの。沈黙の無限宇宙。言説無き沈黙が沈めるもの

 

No.126ゴダール

イスラエルは最後のヴィクトリア朝の要塞である。ゴダールが真摯に取り組んだパレスチナ問題をラデイカルに根本的に考えることは自分にとって難しいと思って、代わりにアイルランドで考えることができるのではないかと思った。カイバードが語った言葉にハッとした。アイルランドの植民地化はヨーロッパがヨーロッパ自身を植民地化したことを意味した。この植民地主義アイルランド人は疎外されていた。そしてアイルランドの中で「ジョイスのときはユダヤ人がもっとも疎外されていたから彼等を『ユリシーズ』の主人公にした。ジョイスが生きていたらパレスチナの人々を文学の主人公にしたことは間違い無い」と

 

No.127ゴダール

ゴダールはそうして過去の魂と出会ったかもしれない。鬼神となったゴダールの魂との出会いも偶然による。

「私はケルト人の信仰を、きわめて理にかなったものだと思うが、それによれば、死によって奪い去られた者の魂は、なにか人間以下の存在、たとえば動物や、植物や、または無生物のなかにとらえられている。なるほどその魂は、私たちがたまたまその木のそばを通りかかり、これを封じ込めているものを手に入れる日まで、多くの人にとってけっして訪れることのないこの日までは、私たちにとって失われたままだ。しかしその日になると、死者たちの魂は喜びに震えて私たちを呼び求め、こちらがそれを彼らだと認めるやいなや、たちまち呪いは破れる。私たちが解放した魂は死に打ち克って、ふたたび帰ってきて私たちといっしょに生きるのである。私たちの過去についても同様だ。過去を思い出そうとつとめるのは無駄骨であり、知性のいさいの努力は空しい。過去の知性の領域外の、知性の手の届かないところで、たとえば予想もしていなかった品物のなかに(この品物の与える感覚のなかに)潜んでいる。私たちが生きているうちにこの品物に出会うか出会わないかは、それは偶然によるのである。」ープルースト(鈴木道彦訳)

 

No.128ゴダール
ゴダールは人民戦線を考えた世代である。

精神の歴史

‬スペイン市民戦争を考えることは、20世紀において連帯の国際性と普遍性を我がものとして獲得していく、精神の歴史を考えることである。人民戦線のことは、80年代の公害運動の座り込みの現場でそれを語る人から知ることになった。さて人民戦線は、33年にフランスで、36年にスペインで成立した。37年7月にフランコ将軍の反乱、スペイン市民戦争が起きる。8月及び9月にナチスポーランド侵攻チェコ侵攻。ミュンヘン協定の締結。ケン・ローチ『大地と自由』(Land and Freedom、1995)はスペイン内戦を舞台として、ジョージ・オーウェルカタロニア讃歌を思わせる設定となっている。(カタロニア讃歌は、人民戦線側を内紛へと導いたスターリン主義と非人間的な政党政治への強烈な批判が語られている。そんな中でも人間味を失わないスペイン人とカタロニア人に対する、オーウェルの愛情と尊敬も語られている。) ケン・ローチは映画を通して、ファシズムに対する抵抗が組織化されていくなかで自発性というものが抑圧されていく問題を明らかにしたとわたしは考える。そしてこの問題は、『麦の穂をゆらす風』(The Wind That Shakes the Barley、2006)においても貫かれている。『大地と自由』から、『麦の穂をゆらす風』で描かれたアイルランド独立戦争とその後のアイルランド内戦の意味をよく理解できるのだとおもう。(ちなみにアイルランドからスペインに行った人々の半分が人民戦線に、半分がフランコについた。)‬

 

No.129ゴダール

ヨーロッパではファシスト支持者と指さされる危険があるので発言できないことですが、たしかに、ナチスユダヤ人にやった同じことをユダヤ人はアラブ人にやっていると言われてもイスラエルは仕方ないでしょう。

No.130ゴダール

レミー・コーションは17世紀のパスカルの言葉を喋った。ずっと昔に語られたことをはじめて語るように語った。あるいは語られなかったのにずっと前にパスカルが語ったように語った。

No. 131ゴダール

書くことはアルバム写真の整理のように並べること。映画の世界とは、動かないもの、善意で世の為に戦った敗者を嘲笑うもの、闇と光の神話、死者から奪った声なき声を返さない生者への復讐

 

No. 132ゴダール

Trisolanisans (トリソラニザンス)「三つの太陽の島人」。『フィネガンズ・ウエイク』が定位する言語の端は収縮している歪んだ異空間である。そこでは、三つの言葉(トリスタン、イゾルデ、太陽)が一つの語を作る、反コスモスを経た本質なき分節化が起きる。ジョイスを意識したゴダールにおいても縮約が起きる。

 

No.133ゴダール

人生を振り返るとき、何処かで必ず映画を見ている自己がいる。それは芸術を欲望するただ中に自分の姿なのだ。思い出は思考の形式である投射と共にある。しかしテレビを見ている自己の姿は滅多にない。

La television fabrique de l'oubli...Pourquoi  veulent-ils oublier (Godard)
テレビは忘却をこしらえる。連中はなぜ忘れたがっているのか。

 

No.134ゴダール

人間を人間が成立した時代から無限に遠ざける、起源の無限後退を語る言説とはなにか?漢字が伝わってきた以前に、古代人は貝殻と共に喋ったのである。漢字は借り物だった。この言説が政治化するとコワイ。本当は19世紀に作られた近代建築なのに、諸君の立つ大地を掘り起こせば靖國神社と日本人自身が存在するという。しかしそんな筈ないじゃないか。戦前はこれがリアルに存在すると感じられたのは皇国史観が支配していたからだ。現在実在について安直に語る言説がかつての皇国史観にとって変わることが起きないだろうか?
現在から過去に向かって無限に後退していく日付のない起源を考えることも、投射が可能する思考の形式であることには違いない。しかし問題は、人間を人間が成立した時代から無限に遠ざける起源の無限後退を語る言説に、自己自身を投射していないことである。それは、映像を背後にして語るテレビのニュースキャスターのようであある。ゴダールは映画『パッション』においてこの問題を語った。No.60 ゴダール

「映画『パッション』のシナリオ」(1983)は、ゴダールが自分の映画『パッション』について語る短編映画。スクリーンは語る人の背後にあるべきではないという考えをもって、スクリーンに向き合うゴダール。語り終わったとき、暗闇のなかにいるその彼の背後に向かって、暗闇のなかに広がっていたような光が溢れだすようである。と、海の広がりのなかにいるゴダールの姿が意味するものはなにか?内在性の観念と思考のイメージ。
『パッション』は17世紀絵画における光と闇の関係を再構成する映画である。  われら自身の鏡像 を求めて(On nous-mêmes )
L'image symétrique   de nous-mêmes  、Claude Lèvi-Strauss)

 

No.135ゴダール

ヌーヴェルバーグ+思考の形式+Son-Image +絵で書く画家+映画史における自己自身の肖像=ゴダール

 

No.136ゴダール

映画の世界とは、異端なもの、贋物、鋭く職業的に刺したもの、i の空間にアナを開けること、表面上の時間の観念、近づくものとそれを遠ざけるもの、白紙も署名ではないだろうか、無の

 

No.137ゴダール

映画の世界とは、世界から逸れるもの、世界の外にすむもの、世界とわれわれ自身に無関心なもの、有音と無音とのペアを失ったもの、自己の美しか関心がないもの、世界が暗闇包まれたプラトンの洞窟、天岩戸

 

No.138ゴダール

映画世界とは、情報がはいっていないもの、コミュニケーションが成立しないもの。芸術作品は情報もコミュニケーションもない。抵抗は情報のためでもコミュニケーションのためでもない

 

No.139ゴダール

映画世界とは、鍵がかかっていて私のほかにだれもはいってこれない墓跡。いかに脱出するか?人間が佇むのは、「巨石の如き多言語墓跡」の下に広がる海においてである。鯨。天に通じる

 

No.140ゴダール

映画は白紙本である。

 

・空の思想が書く白紙の本

ジョイスにとって署名は大きな意味をもっていた。アイルランドの1日を書いた『ユリシーズ』の最後に、本の署名と言うべきように、トリエステチューリッヒ、パリと本を書いた場所を記してある。アイルランドでは原稿を書かなかったとはいえ、しかしアイルランドのことしか書かれていない本の署名としてダブリンが現れないのは何というか、ジョイスの相当な屈折を感じる。
もし屈折でなければ、あえて言うと、ジョイスはダブリンを思想として考えた。おそらくは空の思想が書いた白紙の本であろう。そうならば署名は要らない。

So why, pray, sign anything as long as every word, letter, penstroke, paperspace is a perfect signature of its own ? ( Joyce , Finnegans Wake)     
こうして一つ一つの単語、文字、筆の動き、紙の余白それ自体の完璧な署名なのだからサインの必要などあろうか。(宮田恭子訳)

No、141ゴダール

世界とは、無矛盾なもの。哲学者は絶えず矛盾を以って世界に問題提起してきた。解決しないことが議論の規則。普遍か普遍でないか?深さに絡みとられず、新しい普遍を制作すること

 

142ゴダール

石が私を外に出してくれと詩人のような彫刻家が叫ぶというインディペントの映画作品があっ、た。これはアイルランドの本質は個体的であり個体化することを表現していたと思う。ハリウッド映画から外に出してくれと主張した映画の本質もおなじではあるまいか

 

143ゴダール

世界とは、砕け散るもの。顔、鏡のなかに映る自分の顔、自分の内面に思い描いている自分の顔と一致しないことに気がつく男は鄙びた裏道の唄声をきく、鏡と窓、鏡の裏側に立つもの

 

No.144ゴダール

「類似者が類似者をつつみこみ、つづいて後者が前者をとりかこみ、その前者はまた無限につづきうる二重化作用によって、おそらく再びつつみかえされるであろう。」ー世界という散文 フー


此方の類似者が此方から見える彼方の類似者を包みこむことが終わるときは、イメージは純粋なものとなる。映画は純粋なイメージである

 

No.145 ゴダール

ゴダール「あなたがたは映画作家であるよりは作家なんだが、それでも、映画作家と対等に映画をつくることに成功した。しかも、映画の世界から締め出されていた。あなたがたはわれわれが映画を信じるのを助けてくれたんだけど」‬

‪デュラス「書くことの原則となっていることのなかには、一方ではあなたの心をひきつけ、もう一方では、あなたをたえがたくさせて逃げ出させるなにかがあるの。あなたは書かれたものを前にして、前にして、もちこたえられなくなるわけよ」‬
‪(1987年のテレビ対談より)

 

No.146ゴダール

Wittgenstein 1936
(ウィットゲンシュタイン「確実性の問題」1936」)

hast du zwei Hände , fragt der Blinde

aber nicht indem ich hinblicke vergewissere ich mich dessen 
ja 
warum soll ich meinem Augen trauen wenn ich ohnehin zweifle 
ja 
warum sind es nicht meinen Augen die ich durch meinen Blick überprüfe wenn ich meine beiden Hände sehe

あなたには手が二本あるのか、盲人がたずねる。
けれども、私はそのことを、目で見て確かめようとはしない。
そうだ。
そこまで疑わねばならないくらいなら、如何して自分の目を信頼できよう?
そうだ。
見えるかどうかと両手に目をやるとき、私が確かめようとしているのがどうして自分の目ではないと言えよう?

Est-ce que tu as deux mains demande l'aveugle
mais ce n'est pas en regardant
que je m'en assure 
oui
pourquoi faire confiance à mes yeux
si j'en suis à douter
oui 
pourquoi n'est-ce pas mes yeux 
que je vais vérifier en regardant 
si je vois mes deux main

ウィットゲンシュタイン
語り得ないことは
沈黙すると言ったが
盲人とはベラベラ喋った

手は友情
手に最高のものがある。
世の終わりだというとき、
先に友情の手が崩壊している

あなたには手が二本あるのか、と盲人がたずねる

眼が手を包み返すためには
眼はそれを超えるものをもっていなければならない
夜の静けさを打ち砕く
背後から突き刺す光もごとく

わたしは見る、故にわたしは存在する

 

No.147

何の後で、何の前か?
ー思想史の語りと映画史の語り

わたしは自分のことを考えると、哲学は、思想史と一緒に勉強することをお勧めします。哲学は思想史と一緒に学ぶとおもしろくなるのですけれどね。哲学は一人の思想を深く掘り下げていくと必ず難しい壁にぶつかりますが、思想史はそれぞれの哲学者を浅く表層的に勉強すればいいので、挫折は起きないのですね。しかし表層だからと言って馬鹿にできません。深層よりも、表層に豊かな知があるのです。思想史の課題は、この思想は、誰の思想の後で、誰の思想の前かを決めることです。流行している思想でも、例えば新実在論ポストモダンを批判していても(?)、18世紀ですね。そもそもポストモダンは17世紀的だったので、これを批判して乗り越えようとする哲学が18世紀的であるというのはわかります。思弁的になって何でもかんでも喋りはじめた柄谷はヘーゲル的で19世紀ですね。こうしてわかるように、思想史のキーワードは反復です。ちなみに、映画史は思想史を参考にしています。あらゆることを試みた映画の可能性は1950年代に尽きました。それ以降は、新しい映画はなくて、反復なのです。そこで映画批評の課題は、映画史の視点を以って、この映画は、どの映画の後で、どの映画の前かを決めるのですが、それほど簡単ではありません。ゴダールというひとは、映画の歴史において、白黒がカラーに先行したのは何故かと問います。技術の進歩によることだと考えるのが普通でしょうが、あえてゴダールは別のことを考えます。戦争の後に、必然として、喪である白黒の映画が来たというのです。こうしてゴダールの映画史では、絵画史にないような語り口で、美の歴史が倫理的に再構成されます

 

No.148

他者の手

ハーレントによると、近代の問題は根なし草の大衆の問題。都市に流れてきた人達をスターリンが世話して労働者階級にした。他はファシズムが世話をした。ヒトラーアメリカとの闘いをハリウッドとの闘いと考えた。だからラジオと共に映画は欠かせないとおもった。だがどうして戦争が起きたのか?ここでも手で考えるゴダールが語るように互酬の話が役に立つ。映画から与えられたものを人々は映画に返さなかった為に復讐を受けたのだ。映画から与えられたものは、他者の手にほかならない。決定的な崩壊は、飢えから来るのではなくて、友情の喪失からくるものなのだ

 

No.149 ゴダール

ゴダールがイメージと呼ぶものはモナドライプニッツが呼んだ鏡である。顔とか眼差しとか暗闇の光の境界とかで書かれたものー映画史ーを映し出す鏡。20世紀精神の鏡。これらが読めなくなったときにはじめて20世紀は終わったのだろう。二十数年前から21世紀なのに、まだ20世紀は終わっていない

 

No.150

『映画史』の冒頭はゴダールのタイプライターで書く姿を示している。まさに書く画家のように、打ちながら20世紀初頭のイメージがよびだされるように次々に現れる。ゴダールがイメージと呼ぶものはモナドライプニッツが呼んだ鏡をおもう。顔とか眼差しとか手とか暗闇の光の境界とかで書かれたものー映画史ーを映し出す鏡。20世紀精神の鏡。ゴダールのタイプライターで書く姿の映像の後を見ると、ハーレントについてわたしは考える。ハーレントによると、近代の問題は根なし草の大衆の問題。都市に流れてきた人達をスターリンが世話して労働者階級にした。他はファシズムが世話をした。ヒトラーアメリカとの闘いをハリウッドとの闘いと考えた。だからラジオと共に映画は欠かせないとおもった。だがどうして戦争が起きたのか?ここでも手で考えるゴダールが語るように互酬の話が役に立つ。映画から与えられたものを人々は映画に返さなかった為に復讐を受けたのだ。映画から与えられたものは、他者の手にほかならない。決定的な崩壊は、飢えから来るのではなくて、友情の喪失からくるものなのだ。ソビエトはハリウッド映画に勝る国家のイメージを作らなければ存続の危機を意味した。しかし「夢の工場」に疲弊してしまった、と、『映画史』の中で神話的に語られる。書く画家において、記憶の彼方に読めなくなったものを読むためにパロールとものとが豊かに絡み合う。

 

No.151

16世紀から物で書かれたものが隠れる。読まなければいけなくなった。映画のゴダールはカメラで現れとしてのものを捉えることが可能だとした。実際のところそういうことはない。だからこれは理念的なことなのだ。カメラはウィットゲンシュタインの命題関数である


 

 

ネット小説『最後の日本語話者』

 

一 天

寅吉の家の庭に松の木がある。寅吉は自分の木のしたに立っているし立たなければいけない。燃え上がる緑の木でなければならないであろう。

 

寅吉は江ノ島に生まれた。海を見ながら ある作家が語った言葉を思い出していた。<何者〉かが、或いは〈何物〉かが、日夜、世界史と呼ばれる無限のたわごとを書き綴っている、と。普遍的河が合流する海は世界史と言われると考えてみたらどんなことが言えるだろうか?海は書かれているから堅固なのだ。われわれ自身を海へ投射させるものよ、何も変えるな、すべてが変わるために!

 

昨夜、寅吉は松の枝を通って下ってきたアマテラスから結婚を申し込まれた夢を見た。どうしようか。
夢の中でアマテラスは寅吉に告げた。
「我が子孫の日本人は消滅するが、言語の存在としての日本語は精神的なものを表現できるならば発展して続きます。」
寅吉はきいた。
「日本人がいなければ日本語は存続できないです」
アマテラスは言い返した。
「日本人が存在するから日本語が存続できないのです。」と。
夢を見続けなければ死である。しかし寅吉の夢は覚めた。

 

寅吉は太陽を回って踊る
夜に、海から現れた
岸辺に寄せる波が
一日の終わりのよう
夜がうねる
海の広がりを足もとにかんじて
故郷をなつかしむ
夜に、海から現れた
この新しい島が最初の朝を迎える時、
霧のかわりに現れたのが太陽
寅吉は強い波のように
この地に立ち上がり
湘南の人々となった

 

 

雨、霧とは別に、熱がもたらされ
夜の終わりが生じる
江ノ島の無垢な子供たちがよろこぶ
富士山の姿がはっきりと見えてきたから

漢字の存在を考えることは、ロゴスにおいて言語的存在である人間が自己の意味を考えることと同様に、最高なものがある不可避な他者を包み返す根拠を考えることである。日本語の文とは何か?日本語の文は漢字で始まる。述語の面から漢字を包む。日本語の文は。漢字に最高なものがあるが、それを包むためには日本語の文はそれを超えるものがなければいけない。漢字とは不可避の他者である。だけれど日本語は江ノ島の太平洋に開いた洞穴の出口の如く、解決がない。

洞穴の出口に解決はない。

誰も死すべき運命にある
この島で土地を耕し闘った
この島で仲間を愛し生涯を終えた
次々に押し寄せる波、波
時の海が江ノ島の岸に押し寄せる

子供の泣き声、嗚呼、世界の震撼 
船を襲う嵐、嗚呼 世界の震撼
床の足音、波の轟き、嗚呼、世界の震撼
恋人の溜息、嗚呼、世界の震撼 
母のすすり泣き、嗚呼、世界の震撼
栓が抜けてしまった、嗚呼、世界の震撼

寅吉はコンビニのアルバイトが終わった後に彼が通っているシン・ジャパニーズ・スクールを思った。生徒たちは平仮名とカタカナのほかに日本語を読めない。これでは考えることができなくなった島の民たちのために、校長先生は日本語を、便利に英語を使って教えている。だが英語そのものの難しさがある。彼は考えてみた。聖書の翻訳を可能した、近代英語の成立は、宗教改革に先行する知識人たちの登場と共にあるから、理念的なものを表現するあり方を持っているのではないか。しかし日本語はどうして難しいのだろうか、これは知識人のことを考えるとわかるような気がした。古代の歴史とか神話を書いたのは、中国知識人と朝鮮知識人と彼らが育てた日本知識人であった。日本語の成立には、ひとつのアイデンティティに踏み潰してくるひとつの起源がないのだ。排除せずに、漢字と共にあること、ここに日本語の本質があるのだ。本質は固体的であるし固体的になっていくから、漢字仮名混淆文が生まれてくる。

 

身体を支える力はなく、私は道に迷った瀕死の馬
かつて寅吉は大地、大地と一緒であった
頭を持ち上げ、堂々と歩み進んだ
しかし現人神の為に自由を失ってしまった
逃げる途中で枝にひっかけられ、傷でからだはぼろぼろ
茨が突き刺さって苦しい
平和な日はない

 

言語は世界は衝突遁走万華鏡Collideorscapeに絡みつく。

 

寅吉は江ノ島にたなびく白雲を眺めて、その裏側に、空と地を往来する江ノ島をおもい浮かべた。無限の青空の平面に投射できる比類なきもの。司馬 江漢は、江戸時代の絵師、蘭学者で、春波楼、桃言、無言道人、西洋道人と号した。江ノ島の油絵で最初に描いた。伊勢参りの人々は旅の途中、鎌倉の七里ヶ浜から、江ノ島と富士山を眺めて、司馬の絵を確認したのである。洞穴の傍らに座って、寅吉の想像の中ではアマテラスが描く自身の姿と海の江ノ島を描いている。地上の寅吉が見ているものと何もかも類似しているものが、天空のアマテラスが見ている雲の裏側にある。「何もかも」と書いたが、一点だけ異なる。類似の見方を徹底すると、寅吉が見ているイメージはそれ自身をもっていると考えられるが、白雲の裏側はそれに似ている筈だけれどそれ自身をもっていない。大きな差である。白雲の裏側は、それ自身をもたないゆえに、寅吉が見ているものに似ている。それに対して、寅吉が見ているものは何者から自由であるためには、自ら類似しているものから自立していなければいけない。類似者を白紙にしなければいけない。そうしてそれ自身をもつものに似ている類似者が裏側にされるだけでなく無にされる。寅吉が見上げた天の江ノ島は無に支えられている、比類なき絶対の美となる

 

ニ 地

 

寅吉は校長先生の家の家畜小屋に戻る。家の暖炉の上には絵が飾ってある。居間には母娘がいて、いつも同じ椅子に座っている。彼女らは寅吉にあまり話しかけない。娘は編み物をしている手を止めて、温めた牛乳を寅吉に給する。
寅吉はお礼を言って、牛乳をもって小屋にはいる。草むらに寝転がり日本語のためのノートを手に取る。雨足が激しくなってくる。起き上がり、机の前に座り、日記を書きながら独白。

五つの頭をもった校長先生が青空学校で寅吉に言った言葉を寅吉はおもい返す。世界は類似のネットワークであると。精神の両端、すなわち、屑litter と文字letterは、互いに似ていないように見えて、物で書かれた物のようにくっつき合う。屑litterは文字letterとなり、文字letterは屑litterとなる。こんなふうに世界は類似し合うのだよと。

寅吉は考えた。我々は道具世界の中を歩いている。岩岩の島の中を歩いていると思っているが、実際はそこは瓦礫の中である。物から微かな媚態を感じ取るその瞬間に、たちまち、そのような人間的な意味が消失した世界の儚さのなかに佇んでしまう。つまり、途絶えることなき幻想の反復。

 

 

天のアマテラスは何を描いたか?書いたのか?
慈悲深き白壁の宮殿に 
向かっていくこの飛翔には
苦い欺瞞がともなう
島にたなびく、言語を失った白雲
雲の軍勢が、東に指差した超越者の時計台を超えて行進する
と、風である、このわたしに、激痛がもたらされた
愛する人よ、雨粒に打たれてはいけない

 

小屋の入り口に人影が見える。大きくなった雨の音が聞こえてくる。レンブラントの「夜警」みたいに、光で輝くように絵の中央に描かれた天使の顔。女神は校長先生の娘である妙音の顔であることが分かる。妙音はちょっと恥ずかしそうに言う。「あまりまじまじと見てはいけませんよ」彼女は父が戻ってきたしミルクパンがあるから家に食べにこないかと言う。寅吉はありがたいと言って、後で伺いますと返事した。

小屋の中。雨の音。

寅吉は日本語ノートを開く。
はじまるのはテーブルから 椅子のときもある
靴だったかもしれない
でも戻って来てしまうのはここ、 なにもうつらない鏡
崩壊の静寂さ 
わたしはこの土地を さまよった どこにもいた
けれども、わたしの土地はみつからなかった。

自分は一日中島のなかで生活しているし、思考の倦怠は特別驚くに値しない。そうだ。驚きの欠落、このことが私の思考経路を塞いでしまっている原因だ。一日中離さず持っているこの日本語ノートに、言葉を書くという欲求。寅吉は、アマテラスから、最後の日本語話者である自分に結婚を申し込んだ夢について考えた。なんて返事したらいいのか。書き綴る。

太陽を描くためには太陽でないものを描かなければならない、とあなたは言った。
だから、私は黒い太陽となった。
裂け目であり、副詞であり、彷徨う金の子羊。激昂で砕け散った十戒の言葉、風なのだ・・
それらは自身を代表することができず、代表されていた。大文字の他者が、声なき声を搾取していた

龍の島に対する攻撃に思考を巡らす。・・私は感じる。彼らが破壊を望んでいる世界に属している自分自身を・・私はその世界に帰属している」。これほどまでに言葉から真実性が剥がされてゆくとは!科学と技術の道具的世界。私はその世界に属しているー思考を巡らすー

 

寅吉は新しい小説の構想について五つの頭をもつ校長先生と喋ったことをおもいだした。この校長は日本語を音声化しなければ、また漢字の依存をできるだけ少なくしなければ、日本人の創造性は期待できないと考えていた。校長は、「最後の日本語話者か?よし、ChatGPに聞いてみよう」。五つの頭の四つは龍の頭だったが、一つはChatGPだった。回答はこうだと校長は語る。

「エノシマにあるちいさなニホンゴがっこうが、ものがたりのブタイです。こうしゃからはアオイうみがノぞめ、そのフウケイはニホンのうつくしいシゼンとブンカをショウチョウしていました。しかし、ジダイはすすみ、ガクセイたちはジョジョにニホンゴにたいするきょうみをうしなっていました。
コウチョウセンセイは、えいごでジュギョウをおこなっていました。これは、コクサイてきなゲンゴとしてのジュヨウがたかまっていたためでした。しかし、コウチョウじしんはニホンゴのカチをしっており、ことばのミリョクをまもりりたいとねがっていました。

せいとたちの中には、かんじをよむことがむつかしく、かなのイミをリカイできないものもおおくいました。ニチジョウテキなコミュニケーションにもえいごをしようし、ニホンゴはただのかもくにすぎませんでした。

しかし、ひとりのせいと、トラキチはちがいました。コンビニでハタラキながら、ニホンゴをまなぶジョウネツをもっていました。トラキチはサイゴのニホンゴわしゃのひとりとされ、ゲンゴのカチをタイセツにしていました。」

ここで校長は焼酎をぐいと口に含んだ。寅吉はいつもに増して校長が一体何を喋っているのかさっぱりわからなかった。しかし校長は回答を続ける。

「あるヨル、トラキチはふしぎなゆめをみました。ゆめのなかで、シンワのメガミであるアマテラスからケッコンをもうしこまれたというのです。ユメからさめて、コンランしたきもちですごしました。シンジャパニーズスクールへゆき、コウチョウにそのゆめをはなしました。

校コウチョウはほほえんで、トラキチにいいました。「ゆめはときイミをもちます。アマテラスがけっこんをもうしこんだというのは、ニホンゴへのアイジョウが示されたのかもしれません。あなたがたいせつにしていることばが、みらいにもつづくようにドリョクすることがジュウヨウです。」

トラキチは、そのことばにココロをうたれました。かれはケツイをあらたにし、ニホンゴのガクシュウをつづけることをきめました。そして、シュウイのせいとたちにも、ことばのミリョクとタイセツサさをツタエルことをはじめました。

ものがたりは、えのシマのちいさなニホンゴがっこうでのできごとをつうじて、ことばのタイセツさとブンカのソンチョウがエガレれます。トラキチとコウチョウせんせいのドリョクによって、サイゴのニホンゴわしゃとされるひとびとのシセイがミライにつながってていくことがしめされるのです。」

 

寅吉は、校長の音声中心主義の言葉は〈漢〉を〈日本〉から異別化し排除したと考えた。そうして純粋なものに依拠しようというわけだ。これは盗みだ。
暗闇の龍は寅吉にきく。「一体何が盗まれると主張しているんだ?」。寅吉は答える。「江ノ島だ。宇宙全体を抱擁する愛の映像。」と。
龍が寅吉の前に進んで向き合う。「お前は本当に日本の神が分かっているのか」という。
寅吉は言う。「天皇家万世一系伝説に有り難味などいっさい感じないですよ。国さえ安定していれば神と皇位との連続性によることができるだなんて思いません。」

アジアは天が精神(鬼神)に影響する(朱子)。西欧は天から精神は自立した。寅吉は精神に投射されるスクリーンを与えた。寅吉の龍とは、生と死の合理から離れたものが、再び精神(鬼神)として身体のスクリーンに現れたのであった。

龍は言う。「わたしと出会った時を覚えているか」
「私ははっきりと覚えています。あの時、あなたは自分のことを、"私を見つめる本だ"、と言いました。そして、"私が言葉である"と言いました。"本の中の言葉だ"と」
龍は寅吉に言う。「言葉だと?お前は、この私から天使を奪ってしまった。私は片割れになってしまった。お前は純粋なイメージの光を盗んだ。私はお前のもとに、復讐を遂げるためにやってきた。言葉なんか糞食らえ」 と、真正面からの照明の強い光。龍の姿が見えなくなるほどの大量の光が放たれた。龍の自爆テロだった。

女神の大地よ
龍の墓である汝よ
マストを立てよ
死と
眠りが
復活するのだ

 

三 路

 

雨の恩寵を浴びながら
とぼとぼと歩いた、裸足で  
気づかなかった
雲の隙間からこぼれた陽光に 
地面の若葉が輝いていても  
寅吉には掌の骨しか見えなかった・・・

小鳥達が舞い降りる動作
アマテラスの螺旋
ゼロの静止。微風の接吻の中で戯れる花々。
それから空への飛翔
どこに誘われるのか、誰も語ることができない..

寅吉は自分の棺を探して一日中野良犬のようにほっつき歩いたりした日のことをぼぼんやりと思い出していた。破れ傘のように寺の空隙がある、霊魂の逃げ場がたくさんある路。登り坂を上がったり下り坂を下がったりして、険しい崖になっている山二つのところで間もなく驟雨になった。洞窟の中にある洞窟のように、松と松の隙間から現れる海に包まれ、海を包む無限。彼は歩き続け、とある学校の校庭に辿り着いた。
柵を乗り越え校庭の端にある小さな花壇に向か向かう寅吉の姿は地元の者に目撃されていた。不審者が侵入したという通報を受けた現地の警官は学校の現場に駆けつけた。校庭の花壇にうづくまって死体の様にぐったりとして動かない男の姿が直直ぐに視界に飛び込んで来た。二人の警官はその顔をのぞき込んだ。
「うっ、くっせーな。裸足じゃないか、こいつ!」

たまらなくなって鼻をつまんだのは年輩の警官の方であった。若い警官が懐中電灯で顔を照らし出すと、痩せこけて陰鬱な表情が浮かび上がり、窪んだ鋭い眼から不吉な鈍い反射が帰って来た。若い警官はしゃがんで寅吉の肩を揺さぶりながら一言一一言を明確に発しながら尋問した。「おい、しっかりしろ・・・具合が悪いのか、どこから来たんだ・・・言っていることが分かるか、名前は?」

 

年輩の警官の方はアルトーのズボンのポケットをがさつな仕種で調べ始めた。警官の一人が大きな溜息をついたのが聞こえた瞬間、寅吉はつぶやいた。
「アメツチハジメアリキ」
呻くように口腔の奥から言葉を発したので、二人にはその不明瞭な音を容易に聞き取ることができなかった。口がたまらなく臭くて、彼らは咄嗟に鼻を摘んで顔を背けた。「ちぇっ、腐ってんじゃないのか。やれやれ、こんこんな奴の世話しなきゃならないなんて、ついてない日だぜ。」

不平をこぼしながら、さらに鞄のなかを探ると、日本語ノートを取り出した。パラパラ捲ると、電灯でその文面を照らすと日本人がよめない漢字が彼方こちらに書いてある。

年輩の警官は呆れたように溜息をついた。舌打ちをして、彼は同僚の顔を見た。しだいに雨の勢いが増してきた。若い警官は寅吉に向かって大きな声で職務質問を続けたが、一向に反応がなかった。「頭がいかれちまってんだ」。軽蔑の眼差しで彼は寅吉を見下ろした。
「毒虫野郎!」

と、追っ払うように年輩の警官は寅吉の顔に思い切り唾を吐きかけた。正気を少し取り戻したようにみえると、若い警官は電灯を近づけて、幾分残忍なやり方で顔を強く照らし出した。言葉を求めた。その瞳が光の炸裂で切り裂かれたかのようにみえた瞬間、寅吉の意識に現れたのは、銀のスクリーンに映し出された女の囚われの姿。髪の毛が殆ど丸刈りに刈り上げられており、その澄んだ大きな瞳からは雨粒程の涙がぽたぽたとこぼれ落ちて止まない。

泣いているのは誰だろう・・・僕か・・・島の女達か
泣いているのはアマテラスであった。

寅吉は身体の表と裏がひっくり返ってしまうような怒りを激しく感じ、声を振り絞って激しく叫んだ。

「言葉なんて糞食らえ!」

警官達はその怒りの籠もった地から轟くような声にすくんでしまい、「そこは立ち入り禁止だ」と慌て警告したが、その時すでに寅吉は凄い勢いで駆け出していた。彼は柵をよじ登り、花壇に植えられた木に向かって飛んだ。必死の思いで木の枝の一つを掴んだ時、寅吉はまるで自分の手を握ったような錯覚にとらわれた。ぐいと頭を挙げ、漢字の音の呪文のように呟いた。捕らえた大木を地中から引き抜こうと、木の枝を掴んだ手に渾身の力を込めた。ついに寅吉は阿呆船のマストを地中から引き引き上げていた。肛門が開き、屁がひねり出た。
希望の息吹きで帆が一杯に膨らむと、大いなる旅立ちを祝祝福する閃光の馬が天道を駆けた。太平洋から渡って来た風が、雲を運び、雨を降らせ、旅立ちの儀式を盛り立てた。刻まれた様に四方に散乱した雲の一つが凄い勢いで海に落ちると、一人の女性の悲鳴が寅吉の身体の芯を激しく貫いたように思えた。嵐だ、嵐が来るぞ。船のマストを今一度堅く握り占めると、至福の絶頂の中で、寅吉は自らの生が輝くのを慄然と確信した。

(了)

 

(完)