MEMO

「漢字は借り物である」か?「漢字は借り物である」のナショナルな物の見方は、漢字はいつまでわれわれのものではないという。漢字から侵略されたのであって、それ以前に固有の言語があったという。しかしそうだろうか?漢字の受容から1000年を経て、漢字は漢字仮名混淆文の成立とともにわれわれのものとなった。江戸時代に言説が豊かに存在したのはこのためである。江戸時代の前まで天皇・貴族・寺社が独占していた学問をわれわれは自立的に考えることができるようになったのである。「アジアの知識革命」は“危機”の17世紀に起きる。言説<漢字は借り物である>とは異なる物の見方を考えることが必要だ。言説<漢字は借り物ではない>で表象されるのは不可避の他者である。不可避の他者に漢字という名を付与する。そうして漢字の名において不可避の他者性の存在を名指すのである。「漢字論」は言語支配者の中国からの議論を十分に共有するとき、理念的に、これを21世紀の日本文化と考えていいのではあるまいか。新しく?、対抗西欧の近代に日本文化を発見する反復はいつまで続くのだろうか?歴史が送り返す悪夢から目覚めるために、対抗西欧の仮装をやめることにしよう


古典主義時代における「言説」の基本的任務は、<物に名を付与し、この名において物の存在を名ざす>ことである。ーフーコ『言葉と物』


La tâche fondement du <discours> classique,c’est d’attribuer un nom au chose, et ce nom de nommer leur être. ーFoucault


失ったときは失うことができる。それに代わるものをさがす必要がない。東京五輪の復興幻想を失ったのに、聖火リレーが何かの意味をさがそうとして滑る記号として浮遊しちゃっている


マンボウでも止めれないのか?聖火リレー愛国主義なるものの幻想には果てしがない


今日、戦争の目的は革命であり、戦争を正統化できる唯一の大義名分は自由という革命的主張であるというのは、ほとんど当然のこととなっている。したがって、人類が絶滅しない限りは、予見できる未来に残るのは戦争でなく革命であるというのは確かであろう。ーハンナ•アーレント[革命について』序章戦争と革命


京都に来て1970年代の吉川幸次郎講演集を読む。<外国人は規則に従う(従え)>と<わが民族は自由な思考の主体である>という帝国のオリエンタリズム的視点の分割をおもう。古学が見上げる<偽物>として、中国文学が見下される<本物>として、再構成されているような..。吉川の語りに帝国主義の視線はないが、だけれどオリエンタリズムの構造は保たれている



MEMO

「これは黄泉の国の光景であり、今後の人間の精神に大きな影響を及ぼすだろう」(シネマトグラフについてゴーリキー)。20世紀を支えていた大切な映画たちの名が思い出されなくなった21世紀のどん底に来た私は「映像の世紀」(20世紀)の精神を千年前の朱子鬼神論ー目に見えず耳に聞こえないものについて考えたアジアの形而上学の始まりーを以って読み解くのは必然だとかんがえるようになった

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14世紀中ごろ、ヨーロッパで大流行した疫病は黒死病と言われ、ペストと考えられる。百年戦争の最中であった西ヨーロッパでは人口の3分の1が死んだと言われ、人口減少から封建社会の変質の一つの要因となった。ペストをどう克服するか、近代の成立はこの課題と無関係ではあり得ないだろう。空間をいかに再構成するのか?たとえば監獄の空間。一望監視方式が導入されるまえは監獄はこのようであった。官吏が囚人たちを監視している(整然としても、偶然にカオスになる危険もある)。フーコは秩序を語った本である『言葉と物』のあとに、『監獄の誕生』を書いた。一望監視方式が導入されたあとに何が起きてくるかが分析される。言説<一望監視方式>は功利主義的な原理をもっている。しかしなにが言われようと言説的なものと可視的なものは互いに独立している。問題となってくるのは可視的なものがもつ効果である。一望監視方式では身体が中央塔からいつでも見られている。中央塔の中に、監視する人間がいようがいまいが関係ない。たとえていえば、今迄は神がいるときにわれわれは神に見られていたが、これからは、神がいようがいまいが関係なく、いつでもわれわれは見られているのである。簡単な機械仕掛けのようなこの配置が近代を再構成していく。われわれは情報の客体であって、決してコミュニケーションの主体になれない。国家が必然として起こす戦争のときは生活の隅々まで国家によって監視されていくだろう。それでも戦争が終われば解放された。しかしこれからは、見えない戦争に生きる時代のトータルな監視体制のことを考えなければいけない。僅かな逸脱行為が国家の敵と見做されるようになるのかもしれない。大袈裟か?しかし安倍戦争法をみよ

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帝国主義とは知の組織化である。アイルランドではイギリスの植民地主義を文学で読み解いた。新しい普遍主義を模索する現在のヨーロッパをみる見方に関わってくるから、帝国主義の問題を批判的に考える必要がある。昨日は、中国から出た、子安氏の中国論の書評を読んだ。内藤湖南に言及した文を検討した。京大と台湾大学、東大と京城大学の関係を考えながら日本帝国主義儒学儒教で読み解く視点について考えた。現在のアジアをみる見方に関わってくる


下は大変興味深い清沢満之の「有限無限録」。わたしのレヴィナスの理解などは彼の文の拾い読みの理解だけれど、レヴィナスレヴィナス清沢満之清沢満之だとおもっている。現在のわたしの清沢満之の関心は、清沢満之レヴィナスで深めることにない。

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何故、清沢満之における「儒教的なもの」を考えるのか?外部の思考に立つためにである


国家が大学に介入してくる時代のヨーロッパの支那学とインド学ーオリエンタリズムを物語る帝国主義の知ーを乗り越えたいというか。オリエンタリズムでは、アジア知識人における「ヨーロッパ的なもの」を考えることにしかならない。言い換えれば、ヨーロッパの中心からその周辺を考えたことしかならない。その周辺は所詮、ヨーロッパ自身の内部に位置するものでしかないようなものなのだが。だからこれとは別に、清沢満之における「儒教的なもの」を考えるのは、アジア知識人における「アジア的なもの」を考えるためである。つまりアジアからアジアを考えてみようというのである。これは他者をみようとするヨーロッパとは別の見方を構成する(外部の思考が成り立つ)。清沢満之は考えるのは、古学(江戸儒学伊藤仁斎、右下)が取り組んだ朱子学である。そうして、「向こう側にある『歎異抄』はみえる。朱子の『論語』はこうであるかもしれない」と子安先生は語る。向こう側にある絶対無限は卑近なものとともに初めてみえるとくか..。これは、どちらかが先に来てどちらかが遅れてくるのではなくて、向こう側と卑近は同時に起きるというふうにポストモダン的に理解できるかとわたしはかんがえている。他方で、仁斎の近代(17世紀)というのは、有限的存在(ひと)にとって学を媒介にする無限に出会うのは時間を介してなのである(『童子問』)。有限的存在(人間)は時間の形式のなかに定位するとする言説がかんがえはじめた思考である。



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娘は神の前の平等を言う。父も神の下にある。彼女は漢字を書けない。アメリカの平等を尊重しつつ祖先崇拝の父。両者の間の葛藤を考える脚本を書くならばその芝居の名は「アジア」


鬼神とは先王の作るものなりー>鬼神を祀りなさいー>そうして共同体が形成されるー>国家が国家自身を祀る、そこで現人神の自身を祀る帝国的あり方はアジア共同体を形成しない


娘は神の前の平等を言う。父も神の下にある。彼女は漢字を書けない。アメリカの平等を尊重しつつ祖先崇拝の父。両者の間の葛藤を考える脚本を書くならばその芝居の名は「アジア」


翻訳は原文の代替物とはなりえないことを理解しました。ーボルヘス


昨夜、池上線の車中で座ってる人達を見てパリとかロンドンと違い過ぎるんだよ。ふと気がついたが、世の中に迷惑なひとがいなくなった。Kで加速化しているんじゃないか、大丈夫か?




つまり自民党は投票マシーンしかもっていないということ。またただのマシーンだけが働いているから、自民党は野党として機能する能力がゼロであるということ、自民党的なものは独裁ではないが、それに非常に似ていて、それよりももっと強力である大切だとおもいます。だからだんだんだれもがしゃべれなくなるー支持者ですら彼らが支持しているものについてしゃべれなくなるのです


大島渚の『戦場のメリークルスマス』が公開されたとき、迷惑にも、上映中に「戦争はこういうものじゃない」と喋る年配の観客がいた。映画なんだよ


“向こう側にある『歎異抄』はみえる。朱子の『論語』はこうであるかもしれない"。向こう側にある絶対無限は卑近から初めてみえる。これは、どちらかが先に来てどちらかが遅れてくるのではなくて、向こう側と卑近は同時に起きるというふうにポストモダン的に理解できるだろうか。近代というのは、有限的存在にとって学を媒介にする無限に出会うのは時間を要するのである


官僚合理主義的近代の社会の中心にいるのは、私自身も大した抗議が無かったが、中曽根公式参拝に抗議しなかった異常な世代。腐敗したこの場所にいてはヤバイと感じないといけない


スコットランドは信を重んじる啓蒙主義の伝統をもつ。テイクアウトのカレーに表象されるのは英国から独立したインド。自立的に国を制作した後はもうあのカレーを食べないと思う


後期水戸学は徂徠の制作論を以って国家祭祀を利用した国造りを考えたが150年は続かない。再制作は、権力の分散(今度は国家祭祀の禁止)、言語の集中(母国語中心主義の終わり)


BBCで「性の歴史」の英訳とフーコについての議論をきく。アジアは19世紀的な西欧近代の普遍主義の言説だけでなく、中国の普遍主義の言説がどう批判されたかも考える必要がある


公共の電波の政府からの独立を担保する為に、独立行政法人が電波の許認可を管理する(欧米先進国や韓国)。政府管理は日本のほかに共産圏や独裁国だけとのこと


フーコは権力の存在を考えるよりも、権力関係を考えるほうが大切だと言ったんだね。マルクス主義の権力理論の再考をもとめたこれが画期的だった。ほかに、例えば、西欧近代の帝国主義の権力関係の中で展開した日本における対抗西欧の近代が不安定な理由を考えさせる。国内のことをみても、明治維新とか大正デモクラシーとか、権力関係でないものはなかった。そして、権力関係のなかで、解釈改憲軍国主義国家神道が事実上復活してしまった現在の話、社会契約的な方向が塞がれてしまったから、戦略的に、別のやり方を考えるときがきていて、そのために議論する政治的自由が本当に必要だとおもう


「権力関係は戦略的関係です。つまり、一方が何かするたびに、相手はそれに反対する包囲行動、行為を展開し、それから逃れようと試み、一時的回避をし、攻撃すること自体を支えにします。ですから権力関係の中では、いつ何時であれいかなるものも安定した状態ではないわけです」(フーコ)


「学者さん」という言葉は近世からの伝統。学者は戸籍に登録されない身分なき者となると誰でもなくなってしまうが、昨日の自己の思想から自由であるー市井の学者の特権ではないか


哲学者というのは禁欲を尊重しつつ禁欲をそれとまったく反対のものに役立てようとする。中井履軒は文章•博学を専らとする文芸者としての学者ではなくて、哲学者だったみたいね


東京五輪は典型的な肉体政治。現実を媒介された現実(虚構性)より重んじる日本リアリズムのあり方を丸山真男は正しく批判した。西欧と比べて遅れていると言うのは余計な上から目線


paka..と吃る外国人に、「私の名にshitが含まれているので先ずshit! と言ってからtakashiと言え」と教える。Fbで菅義偉も菅よシットひでと呼ばれている


二ヶ月まえは暗闇の覆われたところではじめに言葉ありきだった。それから、静けさのなかで無限に遠い所に行ってきた。現在もうそこにはいない。感覚がおきてきた..


現在も、『ゆきゆきて、神軍』(1987年)の中で追求されていた人肉食いの上官の態度と同じパターンなのか。とぼけるー>泣いて同情をかうー>逆ギレでひらきなおる


憎しみのあまりか、「なんで分かってくださらないのですか!?」と見つめ合う敵が陥る恋人同士の視線


テクスト、言説、イマージュ、語は、19世紀的な統一に還元できないポストモダン的断片fragmentである。屋根も壁もなく、柱も床もないような家の部屋のようなものである


テクスト、言説、イマージュ、語は、19世紀的な統一に還元できないポストモダン的断片fragmentである。屋根も壁もなく、柱も床もないような家の部屋のようなものであるとわたしはかんがようとしている。

さて柄谷行人氏と子安宣邦氏はポストモダンの時代の知識人•思想家である。子安宣邦とのインタビューで、柄谷氏の物言いと子安氏の物言いが違うことをはっきり指摘した杉田俊介氏(『対抗言論』ー複合差別を解きほごす。江戸思想史とアジアの近代ー日本人と差別の歴史)は本質を見ぬいている。

東日本大震災原発の危機のときを思い出す。脱原発デモの現場に、柄谷氏はマスコミが待ち受けているところに姿を現した。子安氏の姿はいつも市民の中に見つけることができた。柄谷氏は言説を打ち出すことができる。彼が突き崩す均衡を政治的統一に向かって安定させる。彼の思想闘争は自己がいる場所を他者から奪わなくてはならない。他方、子安氏は政治的統一によってはもうやっていけなくなったような均衡を不安定にさせるのである。子安氏の思想闘争においては、市民が由ることができる開かれた場所を考えることと、居場所を奪われた他者とともに成立する現場に在る行いとが一体である。ここが大切である。

下の左は子安氏の全著作である。杉田氏がこれらを読んでインタビューを行った。これはほんとうにすごい!右は最近の中国と韓国の翻訳である。子安氏の重要な本は台湾からも出版されている。中国語もハングル語、台湾語を読めないが、わたしはこれらと一緒でなければ子安氏の仕事の全体を考えることができない。われわれは杉田氏の子安氏に行ったインタビューから何を考えることができるか。負の互酬のような無制限なヘイトスピーチに絡み取られてしまった情報の客体ではなく、他者とともにコミュニケーションの主体となるような言論を開こうとするわれわれがなにを考え何を行うどんな知識人の発言を真とし彼に信をおくかである


•左の絵はゴダールの映画(右)とよく似ている。ゴダールは映画において人間の顔をいつもこんなふうに言説の風景として示したのだ。

•テクスト、言説、イマージュ、語は、19世紀的な統一に還元できないポストモダン的断片fragmentである。屋根も壁もなく、柱も床もないような家の部屋のようなものである。

•この部屋は鍵がかけられている。わたしのほかに誰も入ることが禁じられている。しかし部屋は可能か?

•普遍主義(グローバルの歴史)とのギャップを「スクリーンがない」と語るゴダールの言説がある。スクリーンで表象されるのは、法と一人ひとりの間の媒介

朱子学の普遍主義から映し出されていた。だが媒介してくれるスクリーンではなかった。このことを考えるためには漢字が不可避の他者である

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フクロウネコかく、語りき


哲学者は禁欲的であるのは禁欲をそれと正反対の目的のために利用するのです。そうして欲望にまかせておけば、孤立して躰が痛くなるので、欲望は自己の原則にしたがってここから脱出します。自己の思考を、欲望のなかにある知の秩序の場の外に、定位させるのです


ロゴスの成立とともに、主体は存在しないことを考える思惟は自らが思弁になりすぎないように、祭祀に即して考えたが、もっと日常卑近に考えることはアンチロゴス的に脱構築的となる


‘ Shem was a sham ’ー(物書き)シェムはシャム(いかさま)ーで表象されるのは、言語的存在である人間は存在することの意味を考えるロゴスではないか


視線、顔、そしてついに表象が表象されているような表象の成立と一緒に、人間はイカサマであることを‘ Shem was a sham ’で語られる。主体は存在しないのだ


Foucault


‪おそらくこのベラスケスの絵のなかには、古典主義時代における表象関係の表象のようなもの、そしてそうした表象のひらく空間の定義があると見えるだろう。じじつその表象は、そのあらゆる要素において、すなわち、そのイメージ、それが身をさらしている視線、それが目に見えるものとしている顔、それを生み出している動作とともに、自己をこの絵のなかで表象しようと企てているのだ。だがそこでは、表象がその全体を結集するとともに展覧する。こうした分散状態のなかで、いたるところから厳然としてひとつの本質的な空白が指し示される。その空白こそ、表象を基礎づけるものの消失ー表象がそれに類似する者と、その眼には表象物にすぎぬところの者との、必然的な消滅にほかならない。この主体そのものーそれはおなじひとつのものーが省かれているのだ。そして自分を鎖で繋いでいあの空間からついに自由となって、表象は純粋な表象関係として示されることができるわけである。(渡辺一民訳)‬


均衡を求めるのはいけない。想像でそうしているにすぎないのだから。復讐はそうだ。たとえ、実際に自分の敵を殺したり、苦しめたりしていても、ある意味では、想像でそうしているにすぎないのだ。

シモーヌ・ヴェイユ


《中心とは喪だ》(『エクリチュールと差異』)


Et Yukel dit; 

Le centre est l’échec...

<Où est le centre?

ーSous la cendre.>


Reb Selab

............

<Le centre est le deuil.>


 《中心とは敷居のことだ。

レブ・ナマンは言っていた。「神が中心だ。自由思想家が神は存在しないと宣言するのはこの理由によるのだ。何故ならば、もしリンゴや星の中心が、天体や果実の芯ならば、果樹園や夜の中心とは何だろう」

.............

そしてユーケルは語る。

中心とは失敗だ。.....

《中心はどこだー灰の下だ》


レブ・セラー

.............


《中心とは喪だ》


Artaud a voulu interdire que sa parole loin de son corps lui fût soufflée 

Jacques Derrida L’écriture et la différence 

  

アルトーはみずからの言葉(パロール)が身体から離れたところで息を吹き入れられるのを禁じようとした


弔う<詩ー演劇>の自らの言葉は、身体から離れずに息を吹き入れられるー過去から来る注釈的もう一つの声にともなわれて。身体から離れた、戦う国家が自らを祀る一点の息とは異なる


不真面目だといつも思われてしまうのよ。ハワイ音楽でリラックスさせる歯科の歯磨きの練習でも、「ブラシは音楽に合わせてでなく一定の速度で動かして下さい!」と幾度も叱られる



時々、野党に政権を担当する能力があるのかと心配しているに出会いますけれど、「自民党ですらできるのだから大丈夫。むしろ問題なのは、自民党が責任ある野党としての能力がないことです」と言ってやるんですけどね。イスラム国の国際デビューのチャンスを奪い取ってしまったような東京開催に決まった日に読んだ「ファイナンシャルタイムズ」の記事を覚えています。東京開催でいいんだと、これから四年間、外国メディアの記者たちが、政府が公表しない放射能の状況をしっかり監視できるからと書いてありました。世界にとっては、東京五輪は、安倍政権と日本政府の出鱈目を監視するための手段だったというわけです。伝染病のことでこういうことがわからなくなってきたかもしれませんが。「歴史に残る大会に」と語る現在の安倍の発言に違和感しか感じません。時々、野党に政権を担当する能力があるのかと心配しているに出会いますけれど、「自民党ですらできるのだから大丈夫。むしろ問題なのは、自民党が責任ある野党としての能力がないことです」と言ってやるんですけどね。イスラム国の国際デビューのチャンスを奪い取ってしまったような東京開催に決まった日に読んだ「ファイナンシャルタイムズ」の記事を覚えています。東京開催でいいんだと、これから四年間、外国メディアの記者たちが、政府が公表しない放射能の状況をしっかり監視できるからと書いてありました。世界にとっては、東京五輪は、安倍政権と日本政府の出鱈目を監視するための手段だったというわけです。伝染病のことでこういうことがわからなくなってきたかもしれませんが。「歴史に残る大会に」と語る現在の安倍の発言に違和感しか感じません。「歴史を忘れる大会に」が本音ではないでしょうか?


ホホー、ペンローズの本にあるイラストはこれを眺めているだけで結構おもしろいニャリ。暫し瞑想。朱子学の思弁のことを想像して、この解釈体系は中心にあるとかんがえてみる。メタレベル的に逐次的に解釈体系を解釈していくと(この語はそれほど重要ではないというぐらいの解釈でよろしい)、その解釈体系が定位するのは解釈体系の「外」になっていく。元々中心にある解釈体系は外部があるわけではなかった。そうして朱子の思弁からズレた、オリジナルとは別の、<わたしの思弁>が構成される。と、何だか、これは中井履軒の脱構築みたい。仁斎のように白紙の本のページにしたり、徂徠のように本(パッチワーク)にしたりと脱構築も色々あるのだが、脱構築多元主義とは普遍主義を外部に基づけようとする戦略である。外部である限りにおいて入り口が沢山ある

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小田実は1995年の阪神・淡路大震災からラディカルになった。「明治維新」の近代を批判して、国家像をめぐる「ひとつの原理では解けない」言説上の差異の空間を考える思想史から、後期近代の多元主義的な制作論がはじまるー後期近代の国家論は「ひとつの原理」にもとづく 19世紀的国家中心主義の国家哲学に戻る必要がなくなった


カソリックでも、仏教でも、マルクス主義でも、ひとつの原理では解けない。これまでの文明の堆積の上に形成されているのが「市民変革の思想」なんです」

ー『小田実の世直し大学』2001


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本居宣長の「遺言書」は二つ墓を設けることを指示した。小林秀雄宣長の二つの墓のことを大変面白く追っているが、最後までその理由が分からなかったようだ。樹敬寺の墓は、表象全体を支えている画布の裏側みたいだ。表に描かれているものを見ようと、二つめの山奥にある墓の前に立つと、なんだか、それも画布の裏側みたいであることに気がついた。どうも、宣長の二つの墓を指示する「遺言書」も、言説上の差異の空間を構成していたのではないかとかんがえてみたらどういうことがいえるか?二つの墓は、近代がいうところの二重化ではあるまい。普遍主義を朱子学的「理」の言説と同一化した上で、<普遍主義に対する>というほどではないが、<普遍主義から自立する>という宣長の自らの姿を書いた見方なのだとわたしはおもう


名はそれが指示した物が分からなくなる。『失われた時を求めて』の”土地の名”を読んだアイルランド知識人がプルーストが読んだケルト神話を話す。永遠に失われる危険もあるがあえて忘却に委ねよう。思い出される偶然は、眠りの中で思い出すひとを待っていた植物が死から蘇えるみたいだ


アジア解放の希望だったコミンテルンの尾崎秀実は中国の日本軍行動の予測をもっていただろう。スパイではない。思想家として発言する漫画家は彼を非国民と呼ぶが、そうなのかね?


プルーストベケットの小説、フリールの芝居に出てくるBaile Baegは何処にもある小さな村を表す名。思考できる為に与えられた土地の名は見えない「鬼神」と同じ


プルーストベケットの小説、そしてこのブライアン•フリールの芝居translationsに出てくるBaile Baegは、何処にもあるような小さな村を表す名。だが地図にない。目に見えない。この土地の名は思考できる為に与えられた。見えない「鬼神」と同じ。この150年間、思想は、言語的存在である人間は存在することの意味を問うことをやめてしまった。しかし思想がやらなければアイルランドの文学が問う



漢字借り物論の近代からみると、漢文の語彙と文法にエネルギーを使い果たした「前近代的」知識人は創造に関心がない。共同体と精神の曖昧な概念に明確なイメージを与えるのが漢字


新聞をめくっていると、マスクをした人間の写真が、パンツをはいた猿がパンツを脱げないような感じで、あらわれてくるな..仕方あるまい


推敲中

昔の西欧哲学史を読むと、大陸の災厄から避難してきた古書が集まってきたにもかかわらず、思想史の発展にアイルランドは付け加えるものがなにもなかったと書かれています。ただ文字装飾のアートしか出てこなかったと。古代アイルランド語は読めないので殊更装飾だけが見えていたのかもしれません。少し説明しますと、アイルランド語は19世紀にほぼ消滅します。況やおいて古代ケルト語などは読めないテクストです。ジョイスは唯一、読めないテクストを書くことによって読むことが不可能なテクストとコミュニケーションをとった作家です。彼はケルトの文字装飾からインスピレーションをえました。『フィネガンズウエイク』を読むとき彼が書いたこの本が読めないことを知っておかなければなりません。さてフーコの本が出るまで、文字の装飾が原初における言語の存在を称えていた象徴だということがわからなかったのですね。フーコから、たんに文字を飾る装飾と思われていたものの意味が一気にみえてきました。そして大切なことは、フーコが言語の存在の象徴から反権力的に考えたことです。われわれは死に切った過去の問題をアジアでどう考えるかですね。たとえば中国では12世紀の朱子が読めないテクストになっていると考えてみたらどういうことが言えるでしょうか?明治維新からのラディカルモダニズムが過去の書かれた姿を消し去るように、文化大革命が過去の言語で書かれた姿を破壊し尽くしました。荻生徂徠の読みが現代のオリエント学の読みよりも信頼できるのは、非常に単純なことですが、20世紀よりも彼の生きていた17世紀のほうが12世紀に近いからです。わたしは荻生徂徠の専門家ではありませんが、もしかしたら徂徠の眼からは、朱子のテクストが四書の言語の存在ー死に切った過去ーを飾っていたとみえていたかもしれません。彼は聖人による命名制作を言ったことが画期的でしたが、そうして原初における分節化と絶えざる意味の変容とが展開していく歴史が明らかになります。徂徠の文からは、国家祭祀を禁じる今日のわれわれの制度を考えるための出発を読みとることができます。現在の中国が、伊藤仁斎におけるポストモダン孔子の意味を理解しはじめたのは、アメリカとイギリスの海外に行って英語でフーコを学んでいるからです。アングロサクソンにおけるポスト構造主義の受容によってこのことが可能となりました。東アジア漢字文化圏を表象するためには、現代中国語から思い浮かべることができるでしょうか?書き下し文の漢字エクリチュールに依拠することなく、過去の言語が書かれているすがたを思い浮かべることはできないのではないかと考えたりします。東アジアの憲法を書くときは、最初に、天皇ファシズムを為した国家祭祀の禁止ー祀る神は祀られる神という現人神の禁止ーを規定することになるとおもいます。


「漢字借り物論」の近代からみると、漢文の語彙と文法にエネルギーを使い果たした「前近代的」知識人は創造に関心がない。しかし共同体と精神の曖昧な概念に明確なイメージを与えるのが、ほかならない、漢字。若い人ならば、わたしがそうだったように、もう読めなくなった漢文はただ文字を飾る装飾のような断片としか見えないかもしれない。500年前の昔の人(江戸時代の儒者)は彼らがたたえていた1000年前の昔の人(朱子)が書いた文を読めなくなっていたのだし、その1000年前の人も彼がたたえた1500年前のひと(孔子)が語った記録を読めなくなっていたのである。歴史の反復せざる反復とはこのことではないだろうか。本についてまず言っておかなければならないことは、読めないことである。だけれど、読めなくなくったとしても、言語の存在をたたえる言語の中の過去のわれわれの姿(イメージ)を考えることは意味がないわけではない。われわれは原初テクストにおいて現在の声とは別のもう一つの声に定位していたわれわれの存在を考える。ロゴスとは、言語的存在である人間が存在することの意味を考えることである。



「聖人の未だ興起せざるに方りてや、其の民散じて統なく、母あることを知りて、父有ることを知らず。子孫の四方に適きて問わず。其の上に居り、其の物を享けて、その基(はぐ)むる所を識る莫し。死して葬ること無く、亡じて祭ること無し。鳥獣にひらがりして以って殂落し、草木と倶に以って消歇す。民是れを以て福無し。蓋し人極の凝らざるなり。故に聖人の鬼を制して以てその民を統一し、宗廟を建てて以て之を居く。丞嘗を作りて以て之を享ける...礼楽刑政是れ由りして出づ。聖人の教えの極みなり。」‬(子安氏配布資料より)

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•女性議員たちはあんなに自民党に過剰に同化してしまうのはどうしてなんだろうか?だがわたしは.. 結局自民党女性議員と程度の差ではないか


•オーストラリアから戻ってきた数年間は「同化」という言葉を口にする大人を心の底から憎んでいた。「適応」という中立的な言葉を使うんだね、今は


自民党の成立とともにある、そこそこの「自由」が与えられらてしまったから、わたしはすっかり諦めてしまった同化ではあるまいか。過剰同化ではないとしても


•この列島はこんなに日本人になりたくない人が生活しているのだから、同化うぃ強いるよりも、一度、拒まれている国家を解体すべき道があるとおもう。共同体を作る意思をもつマイノリティと共存できる国家を作る責任があるこういう見方がもっとあるべきはずなんだ


•江戸時代は同化主義だった。武家政権のもとでは政治的自由についての議論は大変危険だった。だから批判するときは道徳についての議論を通じて世の中を批判したのかもしれない。国学本居宣長なんかは最初から諦めていたが、幕府に全部委ねている以上、何もかも責任は幕府にあると言う


•戦争は生活の隅々まで監視して同化を強いる体制





•戦争はアメリカと戦争した4年間だけだと誤解しているが、しかし実際は、日本の戦争は日中戦争を含めて8年間、満州事変から数えると14年間である。竹内好はわれわれがほんとうに反省しなければいけないのは、アメリカとの戦争ではなくて中国との戦争-侵略戦争-であると言った


•戦争を理念化すること(理想化ではないよ!)は、死を理念化するのと等しく、人類が取り組むべき世界思想であるとおもう。戦争を理念化していないから、日中戦争が無くなってしまうということが起きるのではないだろうか。歴史修正主義者に都合よく、記憶がプロックされているような..


自然権を言ったホッブスは彼の前に誰も言わなかったこと言った。ホッブスから統治の正統性だけを取り出した明治の啓蒙主義は、彼がはじめて言った自然権についてあまり語らない。これは近代の卑小なリアリズムの間違いである。社会契約説の問題もある。自然状態における万人に対する万人の闘争を防ぐ国家が必然として必要とされるのだと説明する。しかし反対ではないか。外部を破壊するものは国家である。20世紀の全体主義、これほどの同化主義は、国家の無かった時代にはなかったのである。

自然は、公の向こう側にみえてくる天である。自然は、過剰なほどの権力の集中のもとで他者殺戮に陥いる国家(例.国家祭祀)に対する抵抗。自然権天皇を、死者を主宰する権力の外部におく権利をもつと考えてみることはできないだろうか?

国家が祭祀権を自然(アジア共同体)に譲渡する。外部がそうして保証されてこそ、人間ははじめて思考ができるようになる、と、ポストモダン的にわたしはこのように考えてみる。作為と自然、この両者は互いに切り離すことは倫理的に不可能であるー丸山真男がきっぱり言うようにはね


ω(オー) εις(エイス) ει(エイ)

   ομεν(オメン) ετε(エテ) ουσι(ν)(ウーシ(ン))


嘗て中国文明の漢字は未知の他者が読むために文を書いた。仏教を伝えた。国家中国は現在、話す言葉の音声化された母国語を押しつける自らを文明であると錯認する根源的誤謬にある


「暗い時代」はブレヒトの「あとから生まれるひとびとに」から借用したのだが、そこには混乱と飢餓、虐殺と虐殺者、不正に対する暴動と「悪のみあって暴動の存在しないこと」への絶望、人を醜悪にしても正統なる憎悪、声を騒音にしても根拠ある憤激などが描かれている

ハンナ・アーレント『暗い時代の人々』はじめに


ポスト中江兆民幸徳秋水大杉栄の懐疑精神はヨーロッパの場合とおなじで国家から自立したあり方を考えた。だが幸徳と大杉について左翼ー特に文学者ーの理解は検察の作文によっている。国家に逆らうと怖い目にあうぞとする後の陸軍ファシズムのモデルとなる当時の検察権力と左翼が共に作ったイメージに、市民はいない。逆に言うと、日本ファシズムが一番畏れていたものがわかる。それは、ほかならない、幸徳と大杉のように国家に隷属しないあり方を考える市民の存在である。ボルシェヴィキフランス革命の見方とは別の見方を考えて、白紙の本に一文一文を綴った。神話から自立しようとしたギリシャの哲学の萌芽のことをおもう


言説の空間に書く。その文は、何が<先>で何が<後>かという思考のあり方を示しておきたい。しかし論理的な先行関係を書けないのは、書く私自身が内部に絡み取られているからだ


白黒映画が先で、カラー映画は後だ。これは時間の順番ではなくて論理的な順番である。白黒の倫理を以って、映画のスクリーンは、国家祭祀に殺される人々を弔う装束だった



<未来を思い出す> 国家とは、復古主義の政治である。社会契約的な市民革命の実現が難しい国が模索する復古主義の政治は、良いとか悪いとかではなくて、現実の条件においてその方法しかなかった。復古主義の言説的な戦略のことをしっかり認識していれば、それが作った現在を批判的に相対化できるし、もはややっていくことが無意味になってしまった制度をやめることができる。しかしこのことも<起源>に絡み取られると難しくなってしまうとおもわれる。たとえば、国家祭祀の建築物は死者の間にヒエラルキーをつくってしまうからもうそれをやめなければならない。19世紀に作られた近代建築でしかないのに、何か太古遡る文化遺産みたいに感じられると、そこに<起源>があり、取りのぞくことが不可能なってしまう。


「初めにロゴスありき」という言語的存在である人間は存在の意味を考える。だから思考できないものを思考する「鬼神論」の言説を考えるのは必然である。しかし偶像的建築物に吸収される危険がある。国家祭祀としての日本人のアイデンティティといったようなくだらないことが声高に言われる。議論の自由がなくなる。


社会契約的な市民革命があった国でも、戦争のときは、偽の<起源>に絡み取られることが起きる。ここで、偽の<起源>と書いたが、<起源>というのは人間の思考を人間が思考できなかった時代に遡らせる点において例外なく偽である(というか虚である)。文学や芸術においては意味があるが、問題は政治が<起源>を利用する場合である。ポストモダンの時代に読むプルースト文学。抵抗は、わたしの<未来を思い出す>別の近代にあったのではないかとおもう。わたしはいかなる意味においてわたしか?自己の力がおよぶ限りにおいて思考できないものを思考する。そのとき<わたし>は一個の他者である。自らを全否定しなければならないようなラディカルモダンを全面的に受けいれることはできない理由は、全否定は<わたし>の力が及ばないからである。プルーストにとって、「見出された時」は、<未来>の向こう側に見えてくるかもしれない別の近代。プルーストと同時代だったジョイスエピクテトスを語った清沢満之を考えつつ、ジョイス的に書くことだけれど、<わたし>は、ブルジョアの卑小なリアリズムー加速化する開発と戦争と同化主義ーの運命に委ねることはできない。また、<思い出す>ことは、自己の力がおよぶ限りにおいて人間を人間たらしめる人間的なものである。だが神々が大地を闊歩する大いなる神話を排他的なナショナリズムの語りのうちに<思い出す>ことはない。神々に、自己の力がおよぶことが不可能だからである


法が無い!法はどこにある?パゾリーニ『ソドムの市』に似た人がいたが、ガースが鞭で腐敗官僚を三回打て!ガースも悪い。「親爺、何か言えよ!」と息子がガースを鞭で百回打て


‘Do you want me to endure... exile?’ Wherever I go, I will be fine, because I was already fine here—not on account of the place but as a result of my principles, and I am going to take them with me. No one can take them away from me; they are my only possessions, irremovable ones that are enough for me wherever I am and whatever I do.

ーEpictetus


No matter what happens, it is within my power to turn it to my advantage.

ー Epictetus



反復しないもの(差異)が反復する


「統体一性」への還復をいい、知覚の現象が消滅しても知覚の原の死後の残存をいう朱子の弟子たちの解釈的言説を読むと、わたしは哲学の門外漢だが、わたしにも理解できたジョイスが再構成したアイルランドスコトゥスやバークリーの見方のことを考えた。さて大変興味深い『江戸思想史講義』の子安氏の分析を読む。朱子の弟子たちは、「我の精神は即ち祖考の精神」の言説を脱構築した朱子に一見脱構築の身振りを以て執拗に質問して、祭祀来格を根拠づけた。三宅尚斎がやったことは、「理に根ざして日々に生ずるもの」、この朱子が語った言葉を朱子が考えたようには考えずこれを積極的に言って、朱子の普遍主義を脱構築してしまった。反復しないもの(差異)が反復する。「理に根ざして日々に生ずるもの」は、江戸思想史の前にだれも語らなかった言説だったが、中国哲学においてずっと言われてきた言説として言われるのである。反復しないもの(差異)が反復する知に生きるわれわれは、絶えざる根源的誤謬のなかに投げ込まれている。デカルトは正しく言った。われ考える、ゆえに、われ存在する、と。ただし、”絶えず間違っていると考える限りにおいて”、と言うのを忘れた。少なくとも近代という時代は、われわれにこの人間の存在するあり方を教えてくれた(近代の産物である自己自身を、神ではない有限な人間が読むから、絶えず誤読するというわけ)


真ん中になにがある?『言葉と物』(ミッシェル•フーコ)の半分、第二部が始まるところに「鏡」がある。『江戸思想史講義』(子安宣邦氏)の半分の所に「鬼神」がある。「質問者たちが「性」に固定しようとする精神とか魂魄、あるいは知覚を有するものとは「気」なのだと朱子は明言する。そして「鬼神」もまた気である、それを性とすることはできない。」


古代儒教は差別どころかそもそも女性が存在しない。全く擁護できない。「七年男女、不レ同レ席」の『礼記』はいつの時代のものかわかっていない。分離的差別主義は国家近代のもの


「礼」をヘーゲルの客観精神として解釈的再構成しているような帝国のイデオローグが世界史の構造を語っている。この場合、国家だけが普遍主義から自立する多元主義である...


平等とは何か?性は天から平等に与えられる。性は心の方向性。「性即理」だ。性は死後に天に帰す。朱子は子孫の祖先祭祀は死者を不死とみなすのと等しく、性の私有視だと非難した


ダブリンの生活がはじまったときのこと、労働ビザの発給前にお小遣い稼ぎに簡単な日本語を教えるアルバイトしたことがあったが本当に少額だったので問題がないと勝手に思って、乗り継ぎしなければならないロンドンの空港の入国審査官に喋ってしまった。「入国を許可できない」と言う。大変なことになった。困ったわたしは下手な英語で弁解した。と、黒人の入国審査官が涙を流しているではないか、どうしたんだろう?「しかしおまえが喋る英語はダブリンで育ったおばあちゃんの英語の訛りと全く同じなんだ。ほんとうに懐かしい...何かひとつアイルランドの話をしてくれ。絶対にここを通してやるからな」。書類を作って色々電話している。20分後に通してくれた。


19世紀はイギリスとフランスが地球を所有した。帝国主義の知の組織化は、現在はネオリベの何でもかんでもカネがものを言う知だが、すべてにおよぶ。ジョイスの課題は、すべてから自立したすべてを書くことにあった。これは、オスカー・ワイルドアナーキズムを体現している、と、ポストコロニアリズムの言説から言われるようになった。だけれど絶えずだれも語らなかったすべてを書くことは、やはり知のヒエラルキーではないかと指摘した女性アーチストの発言を覚えている。ところで20世紀精神史の講座のときだったが、池袋の喫茶店渡辺一民氏はプルーストの本にすべてが書いてあると言っていた、この場合の「すべて」はどういうことなんだろうか?ポストモダン多元主義の時代に見出された、「わたし」の成立とともにある、精神史が定位するようなコンパクトで周密な表現の問題をかんがえる。「長いこと私は、早くから床についた。時には、ろうそくが消えるとすぐ目が閉じてしまって、ほら眠るぞ、と思うひまもないほどだった。そして、半時間もすると目が覚めるのだった。」。これはベケットみたいに知のヒエラルキーを突き崩すような書き出しだとおもう..



「十年前」と言えば何かを語ったことに?嗚呼私は全く思考できていないよ。「十年間」という分節化は、自己の力が及ばぬ所に思考を遠ざけてしまう言語の拡散を感じる


•「十年前だった」と言えば何かを語ったことになるのかしら?開発と戦争と同化がどんどん進むが、人間にとっての豊かさとは何かを根本から問う言葉が十分に始まらないのはどうしてか?これについて考える十年間だった。否、全く思考できていない十年間だった。「十年間」という分節化は、自己の力が及ばないところに思考を遠ざけるような言語の拡散である。


• 1970年に遡って考えてみると、近代における自己のあり方をラディカルに否定したが、自民党に対する明確なイメージをもっていない。比べると、香港の若者たちはどんな考えがあるのかよくわからないところがあるが、トータルな従属を強いてくる政府に対する明確なイメージをもっているのがわかる。自民党の何でもかんでもカネがモノをいう体制を受けいれることは遂に自己の存立を排除しなければならぬところまで突き進んでいくことになるだろうが、それでも「生かしてくれる」存在として表象するの?「生かしてくれる」は超越的すぎる見方だ。別のあり方を考えるためにはもっと思考の柔軟性がわたしに必要だ。


•可視的なものは言説的なものから独立していることを指摘した後期フーコのポイントは何だったのだろうか?実践的なものは原理原則とは違う。


•戦争中のように生活の隅々まで監視してくる監獄の成立とともにあるのは、言説「生かしてくれる」である(そういうふうに表象するように設計されている)。しかし問題となっていることを解決するためには、言説の中に絡み取られながら内部に沿って考えるよりも、方法論的に、言説闘争とイメージ闘争の両方が働く外部がなければならず、だけれどそれは一体どこなんだろうかと悪い頭で一生懸命考えるー世の中に増殖してきたトランプ的嘲笑いに全否定されてしまいそうな恐怖のなかで...


芸術は役に立たないか?役に立たない。芸術を弄ぶか?弄んではいけない。芸術が定位する私の領域を覆い尽くすか?否。私を一切消し去って公を読み出す全体主義的文化論に反対する


「性即理」は他者の二元論的思考である。「心即理」では「心」が「理」を支えるのが難しいとおもう。「私と天」も関係を保つ多元主義論の言説。伊藤仁斎において「天」は理念である。要請されるそこで、天下的「公」も成り立つかもしれない(ただし最後は仁斎は天との内在的関係から離れてしまう。『論語』テクストにはじめて人間孔子が見出される。) 第三項なき「私と公」のような二元論的思考だと、この「私」の存立が危ういに違いない。分割されているものがかくもわたしの思考をとらえるのは、別のあり方と第三項をそこに考えることができるからなのだとおもう


戦後は思想が貧しい。「江戸思想史」(子安氏)のようには言説空間の場が機能しないのは、戦前からの「祀る神が祀られる神である」(和辻)という死に与えられているままだからだ。精神が死を見るときは、死を禁止しなければならない。禁止とはなにか?フロイトとレヴィストロースにとって禁止は大切な役割をもつ。しかし構造主義の近代のように禁止を自然か文化かとどちらかに指示しなくてよい。禁止は自然と文化だからである。そして禁止は鬼神と無の傍らにある制作である。つまり禁止によって絶えず脱構造化する言説空間の場が働く。つまり柄谷の好む言い方をすれば思考は可能である


嗚呼、なんか取調べを受けているような、サルトルから来る言葉は何だろうか?分割についていかに分割されるのか考えるのではなくて、不要なものとして分割そのものを非難する。しかしそれも分割を構成している解である。わたしに読み解く力は無いが、サルトルの話をそのまま聞いていると、「外部」は超越的なもののバリエーションで、無意味とされる。サルトルバタイユのこき下ろしをフーコは許さない。フーコはサルトルを超えるためには強力なバタイユ論をもたなければとおもったに違いない。バタイユを語った本の名は『外部の思考』であるーほかにアルトーブランショクロソフスキーを語っている


‪une suspension de l'être qui innommée, qui ne serait pas conscience de suspendre l'être, viendrait du dehors de la conscience et aurait pour effet de la couper en deux, en réintroduisant l'opacité au sein de cette lucidité absolue. ‬

‪ー Sartre、l'être et le néant 1943‬


•報道自由度が低いことの問題は何だろうか?わたしは明確に答えることができないが、海外で生活した経験がこれを考えさせる。外国の報道が進んでいるというような単純なことではないとおもう。日本の新聞も事実がある。新聞は原発事故が起きたとき、われわれの危険な原発体制に対する抗議(200人から2000人になっていた)を3か月間、一面に報じなかったが、しかしその事実を隅っこの所に取り上げてはいた。現場から報じられることは報じられる、だがぴったりと事実を語る言葉が足りないと感じてしまう。事実を言葉は複数の見方から成っている。だから捏造される合意で曇らされてしまってはいけない。チョムスキーが言うManufacturing Consent(マニュファクチャリング・コンセント)は捏造される合意というような意味だと思うが、捏造される合意は人間の言語だけが持つ高度な特質と両立しない。これが問題だ。

•ここからはわたしの言語にたいする関心に引き寄せて書くことだけれど、人間の言語は差異を産み出す虚構性をもつ。そして言語が定位するのは、理念的に構成された共同体である。だからジョイスの文学は自らをこう表現した。‘ Shem was a sham ’ー(物書き)シェムはシャム(いかさま)ーである。この虚構性で表象されるのは、人間の無根拠性であり、と同時に、言語的存在である人間は存在することの意味を考えるロゴスであった。だけれど虚構なものは、grammatical but not acceptable(文法的•理念的だが受け入れられない)として常に拒まれる。「(物書き)シェムはシャム(いかさま)である」。

•近代は話し言葉の創造性がたたえられる。異議はない。問題は、それを言うことによって文化をナショナリズム的にとらえる教説(イデオロギー)である。話し言葉の肉体共同体が呪縛されている肉体言語とは、近代が再発見してそれが都合よく再構成した古代人の心が指示される神話の世界だろう。神話世界の肉体共同体が喋る肉体言語のなかで、統合に還元されない差異が消去されていくが、しかしほんとうだろうか?神話のテクストは近代が解釈するように卑小な言語自己同一性の純粋に絡み取られているのだろうか?これは神話を説明する構造主義の問題である。古事記』は支配者にとって都合良く書かれていると理解されるが、そうだとしたら、なぜあのように統合の難しさを痕跡として残すのかという疑問が残る。神話としてわれわれが読んでいる透明なものは、近代が差異を解釈し尽くす自らを描いた自己肖像画的言説ではないのか


世界は有限であると判断する者たちは、遠く離れた場所では、回廊や、階段や、六角形などが思いがけず消えている――これは不条理なことだ――と仮定する。ボルヘス


『てぶくろ』はウクライナの民話だったのか。手袋の裏側に、階段(梯子)があるのがおもしろい。外部をみるためには裏側からでなければいけない。触角なく触れること


昔は言葉は声を住処にしていたのに。「会食」すると、盗聴された録音を聞かなければ自分が誰と何を喋ったか思い出せなくなる。否聞いても、確かに私の声だが私の言葉ではないという


ブレヒトの芝居ではガリレオにデーターを提供する協力者達が教会の中にいたが、彼の望遠鏡で天体を見ることを拒んだ。21世紀の裁判官は事故の現場検証して法を発見してほしい


神聖な天皇国家という理念性の成立とともにある、国家そのものがもつ宗教性、祭祀性のヴァリエーションは、フランス革命後の、国家とヒーロー(死者)が単一の意思の形成を以って<寺院>にすむような建築空間において見ることができる。水平方向に、革命の記憶が永続化されなければならない。社会契約的国家論のあらゆる言説が自らに折り重なる。国家のために死ぬことができる国民の像を表現する。国家は垂直方向に自らを祀る。その国家の対外戦争に表象されるのは政治的統一である。祭祀性は、議会を統一体として構成し直す水平方向と垂直方向を通じて、声が主宰する劇場性を帯びる。


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荻生徂徠といえば、命名制作論。聖人は鬼神をつくったという。これは、聖人は鬼神という名を与えてくれたのでわれわれは共同体の祭祀を考えることができるようになったという意味である。性を私物化するが如く鬼神を理とするような祭祀論では、死んでいるのか生きているのかわからないようなものをかんがえているようである。三木清によると、伝統は死に切ったという意味での死せるものの生命の論理に基礎づけられる。芸術の絶望は死に切ったという意味での滅びつつあるものを永遠の生にする創造にある。芸術は創造に絶望するーわれわれは「作る近代」に絶望しているように。芸術は不可能であるからこそ理念的である。どんなにやさしい作品に見えても、理念的であるかぎり難しくなってしまうのだ..


日本はパニクると国家祭祀へ行く。英国はパニクると市場へ駆け込む。多分両国の成り立ちの違いに関わる。だが祭祀的なものに契約的なものはないか、契約的なものに祭祀的なものがないのか


Give me the liberty to know, to utter, and to argue freely according to conscience, above all liberties.

ーJohn Milton 

いかなる自由にもまして、良心の命じるままに知り、語り、論ずることのできる自由をわれに与えたまえ。ージョン・ミルトン


梟猫共同体は自然哲学と倫理学がある。<一>と<多>は共通なものがない。要請される平行関係は、<一>に成らずに<多>を保つ契約性、そして<多>に成らずに<一>を保つ祭祀性


表現は言説が自らに折り重なる所に可能となる。例えば、伊藤仁斎は「路」で表象される往来の運動を「道」と名づけた。ゴダールは思考の形式で表象される投射を「映画」と名づけた


儒教儒学は日本では死に切った伝統なので三木清が言う絶対的なものであり得る。過去の映画の名は思い出されないが死んでいるのか生きているのかわからず絶対的なものだとはいえない


なぜ悪徳は栄えるのか?それまでは表象の秩序ある空間が表象を名づけたが、1800年前後を境に、人間が欲望を名づける。欲望は海の如く深く限界もないのでサドは書き尽くせない


中江兆民はルソーの自然と作為に表象したものを「天命の自由」「人義の自由」と名づけたのではなかったか。対抗西欧の近代とは別の近代のあり方ー国家祭祀の近代ーに嘗て賭けた、漢文を読む、自由民権運動の活動家的知識人達のためにである。自由民権運動は敗北し、中江兆民の名が思い出されるのは1970年代までである。今日まだ中江兆民に可能性があるとしたら、言説空間の歴史からとらえることが大切である。兆民の『民約論』はルソーの社会契約論を単に解釈的翻訳ではなくて、ルソーを脱構築した制作論である、と、『「維新的」近代の幻想』(作品社)を読んだわたしは考えようとしている。だれが国家祭祀の近代を解体してここからアジアとの関係の構築を制作するのか?



ジョイスの「自分で決めた亡命」だったのに「父息子」になったとガッカリするな。「ヨーロッパでレンズ豆のポタージュ」の無分節化を経て、本質なき分節「父息子」に成ったのだから。


「自分で決めた亡命」は「女」と逃げる。「女」はアイルランドすなわち妻ノラのことだと言われる。ノラはアイルランド西部出身である。国家を女性として表象するのは帝国主義の常套。ジョイスはそれを逆手にとる。とすれば、亡命はジョイスの国家からの亡命だけでなく、ノラ=国家も亡命することを意味する。これはなにを意味するのか?つまり亡命とは、強気の言葉と裏腹に勝算は全くなかったのであるが、ジョイスにとって外へ行くやまざる運動をいうのかもしれない。「フィネガンズ・ウェイク」のどこから来たわけでもないただ運動だけであるというこの表象をジョイスは「亡命」と名づけた。これが自分たちが国家から生かされていると思い込んできた日本読者に衝撃を与えるのかもしれない。『フィネガンズ・ウェイク 』は、1939年出版から翻訳しはじめて、現在迄に物凄い種類の翻訳がある事実にヨーロッパの研究者は皆驚く。だがジョイスの「自分で決めた亡命」について注意したいのは、亡命する前衛作家の伝説とは違うことである。それは、たしかに権威に対する反抗であったが、政治は独立したが経済は従属したままの国内に仕事口がなくて国学に出るような普通の人々の移動も意味していた


第4波だって?好きな国に行って好きな本を読むことは強制終了という感じか。「好きな国で好きな本を読む」は理念かもしれない。時間は感染されないだろう。書物は時間のなかを旅する


オデュッセイア』はキルケの館で豚にされた人間達を物語る。ジョイスユリシーズ』の挿話キルケは植民都市ダブリンにあった当時ヨーロッパ最大の赤線地帯を舞台にしている


オデュッセイア』第十歌は魔法使いキルケの館で豚にされた人間達を物語る。オデュッセイアだけはヘルメスから貰った薬草のおかげで魔法が効かない。ジョイスユリシーズ』の第十五挿話キルケは、大英帝国の植民都市ダブリンにあった当時ヨーロッパ最大の赤線地帯を舞台にしている。ブルームは、キリスト教ユダヤ教イスラム教という、あらゆる宗教が対等に扱われる「New Bloomusalem」の建立を宣言する。だがだれがなにを喋っているのかわからなくなるような言語の暗闇のなかで彼はナポレオン三世みたいな皇帝になってしまう


https://www.instagram.com/p/BywBNF6npCV/?igshid=k3hx31nliyjm


現代建築は脱構築という思想の(非)中心に建築をもつことになった。ザハ・ハディドから建築を奪った東京五輪。女性建築家が思想をもつあり方を考えることができなくなったよな


「近代日本はアジアに在ってアジアではない」の文は、述語面を考えると、意味が否定と否定の否定とのあいだに揺れ動いて仕方ない。この一文は、意味をゼロにするところまで突き進んでいって、ついに自らだけを前提としてだけ考えていくような、そんな絶えずゼロから出発しなければならないラディカルさをもっているのかもしれない。しかし意味をゼロにしては何もかもゼロになってしまってしまうのではだろうか。「近代日本はアジアに在ってアジアではない」については、意味の成立が要請されることを考えつつ、何とかこの文を思考できるのは、文における主語が漢字であることによるのかもしれない。この場合、「主語が漢字である」ことが発見である。漢字の主語は存在でありそして理念的である。漢字は蘇ることがない死にきった伝統を住処にしている。それは他者のために書く言語が存在したことの痕跡であって、共同体にとって絶対であるような不可避の外部を構成していたのである


『「アジア」はどう語られてきたかー近代日本のオリエンタリズム」(子安宣邦著 2003)は、『江戸思想史講義』(1998)と『「近代の超克」とは何か』(2008)の中間に位置する。中間とはその両端に対して最も活発に運動する場所である。

第五章『東洋的社会の認識』はオリエンタリズムは他者が二つあることの意味を考える。<西欧>と<西欧から見たアジア>である。これらは、わたしの理解の仕方では、<見上げる他者>と<見下げる他者>を意味してくる。<見上げる他者>をホンモノとみる見方は、「近代日本」はニセモノであるとする見方をともなう。見下げる他者の位置に置かれる自己をニセモノとみる自己理解的言説が働く。そして<西欧> <見上げる他者>の近代主義に対抗して、ホンモノのアジア人になろうとするアジア主義という自己理解的言説が生まれてくるのだ。(ヨーロッパの周辺の近代化は自己を否定し尽くす近代を全面的には受け入れない。近代に抵抗する伝統を残すのである。だが下級武士たちが推進した明治日本の近代化は伝統をゼロにしていくような近代化となっていった。)

見上げたり見下げたりしるシーソーゲームのように働く二項対立に絡みとられない外の思想として、岡倉天心が語る「東洋」がある。東洋美術史は、それまで<西欧から見たアジア>を体現した中国美術史ではなくて、「日本」から見る物の見方に意味を見いだす構成的な見方である。岡倉天心の言説「アジアは一つ」で表象されるコンパクトな多元主義、それは「日本」によって実現する。「日本」は東からきた多種多様な文明と思想の集積点であると言う岡倉天心は、「日本」の博物館としての理念的意義を積極的に打ち出したのである。津田左右吉皇国史観を批判できた思想家であるが、「東洋」を否定する。単に否定するのでがなくて、彼のラディカルモダニズムは「反」アジア主義近代主義を超えるものである。また福沢諭吉は人民(people)の自立的思想を考えることができたが、彼の近代主義は常に中国に対するネガティブな見方をともなって「脱亜論」を語らなければならなかった。明治維新以降、アジアことに中国の見方は福沢諭吉に責任があるとおもわれる。

グローバルな物の見方のなかでそれとは別の見方をつくる思想史的線は岡倉天心から竹内好にむかって引くことができる。(「方法としてのアジア」という竹内好の見方は、「世界史」イデオロギーとポストコロニアリズムと帝国論の言説的配置において、「方法としての中国」に置き換えられていく問題は別の機会に論じたい。)

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EUが駄目になって東アジア共同体構想が挫折した現在、別の仕方で、アジアに成立する共同体を思い浮かべることが必要となってきた。そこで、問うーなぜ中国は廟と墓があるのかと。天に昇った気を祀るために廟があり、他方で地下に降りていった気を祀るために墓がある。祖先祭祀を宇宙論のなかで理論づけていった魂と身体を語る朱子学鬼神論をめぐる言説をアジアは共有していた。魂の行方を問題とする共同体の理論化は日本固有のものではない


ロンドン在住のイスラエル人の友人は骨董品にかこまれて、イディッシュ的カバラ世界を生きる人物だった。移民労働者の彼は、英国の教育に「同化」した息子がベケット役者になりたがっていると嘆き、また娘が彼女にとって全くの外国であるイスラエルの言葉を勉強しはじめたことも非常に心配している。友人は、彼の両親の墓があるドイツのユダヤ人墓地と比べて英国の墓地に不満をもっていた。迫害はあったが、ドイツのユダヤ人のほうが遥かに裕福に暮らすことができたという。父はベルリン大学法学部を出てボルシェヴィキに行ったが失望して、初期のキブツ運動に加わったという。街中のチェーン店のカフェで、ゲマインシャフトゲゼルシャフトについて盛り上がったときに、ドイツ時代の祖先の活躍を語るこの彼に、ユダヤの死後の世界はどうなってるんだとちょっと好奇心で聞いてみた。と、いつも饒舌な彼はこの時は青ざめて震えているではないか。ゾンビみたいに復活するのだと怖がっていてぜんぜん説明できないのだ。今からおもうと、これは、祖先崇拝が宇宙論に理論づけられている東アジアの共同体とは随分ちがう感じ。アジアの知識人はコスモロジー(人はどこからきてどこへいくのかを説明する知)を構築したとき古代儒教の祖先崇拝を保ちつづけたのが特徴なんだね


講義の後、京城大学の宇野哲人『中庸』を買って読んでみた。『中庸』と『大学』、この両者は宇野において互いに切り離せないかのように前提される。そうして経書は政治と倫理は一体だと教えると説明してみせるオリエンタリズムの知が成り立つ。オリエンタリズムは自らの見方を、古代的世界に投射して現代をみる。現代世界と古代的世界の調和を称える。宇野の『中庸』は声を出して読み上げるために書かれたのかもしれない。彼の文体は、高さと広さ、比類なき単純さにおかれたリズムをもっている。だがその代償はなにか?帝国主義者の透明な言語が従属における問題を隠蔽している。経験から言って、近代国家が推進した問題(例.不平等)の解決を再び国家に委ねるのは倫理的に不可能なのだ。『中庸』を読み解く帝国日本のオリエンタリズムは、「(古学の)伊藤仁斎は誤解している」とあちこちできめつける。逆に、17世紀の伊藤仁斎における思想の大切さを、易しくはないけれど、あらためて考えてみようという気持ちになった。


古代的世界は近代の後に来る世界を

支えることが可能か

どこへ帰るのか、どこへ行くのか?

「どこ」が問題ではない。

「どこ」は確率的でしかないから。

古代ギリシャ哲学とブルームとエレミヤの

のぼっていく天であれ、

棺桶グラムフォンと繋がった岩々の

釈迦の降りていく地であれ、

17世紀の仁斎は往来の運動を道と名づけたとき

紀元前5世紀の孔子が天を見上げたのをみた


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近代とともに、だんだん人間の死に場所がなくなってきた、と同時に、本来的なものを指示する権力によって位置をつきとめられたりアイデンティティーを特定されるようになってきたのである。何でもかんでも解釈し尽くすネオリベの言説的配置とのたたかいはこの両者の関係を認識する所から‬


‪「残念ながら、私は絶対自由主義者たちと同じではありません。それというのも、人間の根源的欲求に信を置く、ある絶対自由主義的な(リベルタリアン)哲学が存在するせいです。私は権力によって位置をつきとめられたいと思いませんし、とりわけアイデンティティーを特定されるなんて真っ平御免です。」(フーコ)‬


パウンド(Erza Pound)のこの詩はゴダール映画史のなかのナレーションを通じて知った。ウォーレ・ショインカ(Wọlé Sóyinká)の時代である。パウンドはオリエンタリズムというふうに言っていたアフリカの詩人言葉を思いだす。彼がパウンドに距離を置こうとしたのは、ヨーロッパ帝国主義の人類知に反発していたからかもしれない。しかし近代の成立とともに、どんどん死に場所がなくなってくるこのことはかれはナイジェリアからロンドンに来て考えていたに違いない。西欧では死んだら死者にバイバイでそれっきりであるけれど、アジアは、おそらくアフリカも、バイバイということにはならない。これは一考の価値がある。開発と戦争と同化のグローバリズムに反する法はあることはあるのだけれど、人々に媒介するスクリーンが無いのだ。そうして映画が物を言った時代の思い出の中にあるスクリーンがゴダールのような反時代的精神にとって死に装束に見えてくるということが起きるわけで.. 。死に装束としてのスクリーンは白紙の本に似ているのは偶然ではない。わたしは思考するために祀るのであって、公害企業に抗議したあのときがそうであったが、これは多分逆ではない


‪だが最初に現れたのはエルペーノール‬

‪葬られもせず、広大な大地に打ち捨てらた、

われわれの友エルペーノール‬

‪キルケーの館に、われわれが残してきた遺骸‬

‪憐れみ深い霊魂を、他の仕事が追いたてたために‬

‪嘆くことも、墓に納めもせずに」

‪(エズラ・パウンド)‬


‪but first Elpenor came ‬

‪our friend Elpenor ‬

‪unburied, cast on the wide earth‬

‪limbs that we left in the house of Circe ‬

‪unwept, unwrapped in sepulchre‬

‪since toils urged other pitiful spirit‬

‪(Erza Pound)‬


「古代的世界は近代の後に来る世界を支えることが可能か」という言説についてだけれど、そもそも「古代的世界」が住処としているのは漢字漢文テクストである。ところがこれがわかっていないー自戒をこめて。漢字漢文テクストの漢字について「漢字は借り物である」と考えてしまうことの問題がある。日本語の固有性というような自言語意識の奥にむかって絡みとられる。『古事記』に「古代日本人の心」を実体として深読みしていくようなことが起きる。この錯認は、漢字を侵入者とみなすような民族主義のナイーブさからくるのだろう。また話し言葉を過剰に評価する音声中心主義のラディカルモダンの言説の普遍主義と無関係ではない。

また「借りた物は返さなければいけない」というような漢字中心主義に絡むとられてもならないことが大事。漢字受容から1000年要したが、漢字は漢字仮名混交文によって、言語支配者(中華帝国)の周辺にあるわれわれの思考となった。漢字における他者性は、翻訳にあるということでは説明できない。漢字は思考不可能なものを思考できるかを絶えず問うような存在としてあるのだ。漢字そのものが思考不可能である。思考不可能なものを思考しようとする、子安宣邦氏の全著作において一貫しているのは、漢字、他者の言語の存在についての探求にほかならず、トータルに問われるのは、大いなる他者との関係であり、共同体理論としての鬼神論を書いた漢字漢文の存在である。

(「近代の後に来る世界」を分析する理論はrepresntation という語が大切な役割をもつが、「表象」と翻訳されている語はあくまで翻訳語であるという了解がある。曖昧な共通性に心地よく依存して、恰も語源を探すように、中国語のオリジナルを参照することはできない。まったく新しく、フーコが言う前に誰もいわなかった表象についての言説を考える必要がある。だから未だに「表象」が十分に理解されているかという問題が『言葉と物』を読むときにある。)

(下は、子安宣邦著『漢字論ー不可避の他者』(岩波書店 2003)からの引用)

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古代世界は現代世界を支えることができるか?現代世界はもはややっていけなくなった近代のことならば、不可能である。とりあえず、近代から古代世界を逃してやらなければいけないー大いなる他者とエクリチュールのもとに


独裁者は選挙によって選ばれることはローマからはじまることです。全体主義の選挙を停止した経験をもった戦後は、選挙を通じて、複数政党制の議会の成立とともにある言論の自由多元主義を現実化していくことになりました。トランプのような人気のある大統領に議会が危機感を感じているのは、彼が大統領を尊重しても議会を尊重しないからです。大統領と議会の対立のことは、フランス革命に遡ることだろうとおもっています。大統領ではないですが、変な話、アメリカ大統領と親しくして人気をもつような小泉と安倍は、恥もなく大統領を演じることによって、国会を軽視しているのをみると本当に腹が立ちます。世界ことにアジアに増殖しているのは、こういう議会軽視の自民党政治だとおもうのです


理念性を問題にしているところに、肉体派は「リアリティが無い」と言えば何か批判できたつもりになっている「日本リアリズム」が問題だ。「虚構性がない」というべきである


「世界でもっとも多い統治形態は民主主義の理念を掲げる独裁国家である」と言われはじめました。この言説への自分の違和感は何だろうかと考えてみました。簡単に<独裁国家>と言い始めると、ホントウの独裁を見逃してしまうのではないかと心配します。このことを前提にしたうえで考えますと、「世界でもっとも多い統治形態は民主主義の理念を掲げる独裁国家である」が真ならば、「独裁国家」同士、隣国同士で、「あなたたちの国は多様性がありません。わたしたちの国の多様性がまだまだです。わたしたちは努力しなければなりません。一緒に努力しましょう」という考え方が要請されてくるのではないでしょうか。具体的には、もっと野党が政府の外交のあり方を問いただしたらいいとおもってはいるのですけれど。


That every individual life between birth and death can eventually be told as a story with beginning and  end is the prepolitical and prehistorical condition of history, the great story without beginning and end. ーHannah Arendt


語る事ができるということは、始まりも終わりもない大きな物語である歴史の条件である。

ーハンナ•アーレント人間の条件』25


パッチワーク(patchwork 布切れ・つぎはぎ)


フィルムの編集とペンローズ図、そして朱子『中庸章句』の注釈


ヨーロッパの周辺とアジアの周辺で考えてきた復古主義は、政治=歴史に先行して、始めと終わりを語ること無しには自由な物語が成り立たない。しかし人間の条件はそこにあるのか?


饒舌なこの論客たちは未知の事態に敏感である小林が、未知の事態を対応できたとしたいようですが、それではサクセスストーリーの凡庸な伝記になってしまいませんか。思考不足で、まだ答えがありませんが、小林秀雄のような文学者が大事だとわたしがおもうのはどうしてかと考えています。小林は日中戦争のときにこれは大変な事態だとはっきり言っています。未知の事態だと見抜いたのは彼だけだと言われますが、しかし、別に、未知の事態にどのように対応すればいいのかを考えていたわけではないでしょう。運命にしたがえ、ぐらいのことしか言えません。そうして小林は自分が戦犯かどうかよくわからなかったようです。そのまま、50年代にマルクス主義批評が終わってしまったときに、小林は宣長を読まなければいけないと言うことができました。近代日本の成立は宣長の古学のほかにありません。丸山真男の近代日本を語りながら、(彼に都合よく)徂徠を論じても、宣長の古学を無視してしまうやり方の問題がみえてきました。しかし小林は最後まで宣長をうまく読めなかったようにおもいます。


聖火リレーは1936年のヒトラーの政治だ。嘘のナレーションは古代ギリシャの起源を物語る。「走れメロス」の民衆像と共にある、上からの近代化の失敗(東京五輪)を克服するユートピア


中心と周辺


世界資本主義を分割する帝国の時代です。拡大EUの現在は中心はベルギーですが、brexit によって、ヨーロッパの中心に再びウィーンがくる可能性もあります。ウィーンは文化をもっています。東欧諸国からの観光客で賑やかですね。政治における新しい普遍主義の模索が極右翼によってうまくいかないことも現実。今日中心を考えるためにウィーンを考えることは意味があるようにおもいます。ヨーロッパの中心の一つだったイギリスはヨーロッパの周辺になるのでしょうし、気がついたらアジアの中心だった日本も十年前ぐらいから経済力で中国の周辺になっていました


神(他者)は同一か、差異か


『エチカ』のスピノザによれば、その本質に存在が属する実体は、ただ神のみである。これが分からないが、マイモニデスからの影響を考慮してイスラム哲学入門やユダヤ哲学入門で調べると、存在は本質に貼り付けるラベルのようなものとイメージ的に説明している。では、神において、本質なきものに存在が属することがないのか、本質なきものに存在を貼り付けることができないのかとかんがえはじめたら、まったくわからない。しかし神は本質でなければいけないということを言おうとしていることはわかる。これが優先的に大事なんだと。とすると、テキトーなことを言うが、そもそも、本質なき(再)分節化は神が行うことが不可能なのではないか。これをアリストテレス的に文の構造に即して考えよう。文において、主語である神は、述語にならない主語として、多数化してはいけない。主語面からみると、否定的に、一は一である。このようにかんがえられる神とは天における同一性だろう。しかし話はここで終わらない。スピノザは言説的解釈を展開した。実体像をめぐるスピノザの言説「神=自然」で表象されるのは神の多数化•差異化である。主語面からみると否定的に、一は一である、と同時に、述語面からみると、一は多である。この地上で卑近なものと言ったら神ぐらいしかいない。神は近傍である。神は差異として存在する。そして隣同士の関係というものは常に多様なものである。関係は同じままではありえないという意味で、神との関係も差異である。差異は時間の中にはない。差異は論理的に先行する思考の順番である。と、こんなことをベラベラ喋り続けると、「被造物」であるおまえの話は危険な「偶像崇拝」だ、ポストモダンの「無神論」だと言われるだろうか..

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みんな一人ひとりがマイノリティに成る、N個の性に成る。権力の祀る=祀られる<一>の包摂から逃げる、線を描く、文を書く。すべてを変えるためになにも変えてはならない


ポストモダン的制作は全部を変えるために何も変えてはならない。国家を作るためには国家祭祀を変えてはならなかった。現在は国家を解体するために国家祭祀の禁止を変えてはいけない


今朝の朝日新聞によると、「経済安全保障」をめぐる米中対立で日本が米中との結びつき失う恐れがある。日本は自らをもっと民主化した上で中国に民主化を求めなければ米中を失うだろう


This inherent worldliness of the artist is of course not changed if a “non-objective art” replaces the representing of things; to mistake this “non-objective art” for subjectivity, where the artist feels called upon to “express himself,” his subjective feelings, is the mark of charlatans, not of artists. The artist, whether painter or sculptor or poet or musician, produces worldly objects, and his réification has nothing in common with the highly questionable and, at any rate, wholly unartistic practice of expression. Expressionist art , but not abstract art, is a contradiction in terms. 

ーHanna Arendt


「物がない芸術が物の表出に取って代わっても芸術家の世界性は変わらない。この物のない芸術を芸術家が自分自身を表現するのに訴えたと考えている芸術家の主観と取り違えるのは、知ったかぶりの人であって、芸術家ではない。」ーハンナ・アーレント(人間の条件』第6章注87


「物がない芸術が物の表出に取って代わっても芸術家の世界性は変わらない」(ハンナ・アーレント)。ここで「物がない芸術」とは表象性のない芸術。「世界性」(worldliness)とは...これが問題だ。「世界性」と「世界」は違う。ここで、「性」はその質・傾向を持つことを表す接尾辞だが、これは実は大問題なのかもしれない。


Edward W. Saidはthe worldliness of world literatureについて語っている。テキストを読む我々には世界性(worldliness)があり、またその世界の中で生きている存在(世界内存在)でもあるという。わたしの世界性は?ヨーロッパの周辺とアジアの周辺で考えてきた復古主義は、政治=歴史に先行して、始めと終わりを語ること無しには自由な物語が成り立たない。しかし人間の条件はそこにあるのかと問う

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バイデン大統領はウイグルの弾圧を問題にして中国を批判しているようだ。「民主主義と専制主義の対立」を言う。今朝新聞を読むと、「経済安全保障」をめぐる米中の対立のことが分析されている。日本は何もしなければ米中との結びつきを失う危険がでてきたというのである。日本は何があってもアメリカにくっついていけば大丈夫なんだというゲームの規則が変わったのだ。兎に角、米中の対立を緩和するためには、日本は国内のマイノリティとの関係をよくすることを中国にもとめるときがきたのではないか。精神の従属を起こさせる同化はやめなさい、と。日本は中国にそれを言う以上、自らも、精神の従属を起こす国家祭祀的あり方をやめなければいけないだろう。靖国神社公式参拝を止めること、明治維新の帰結であった日中戦争を反省して、 国家神道のもとでアジア2000万人の命を奪った A級戦犯の合祀をやめるべきだとおもう。安倍がいたためにそれができなかったが、いまそれができる。発想を大転換しなければいけない。これからはアジアをみる立場


見よ、売名「火」リレーの死神大行進


先祖が自分を「見ている」と思うと語ってくるひとがいるとするよね。それにたいして「見ていなければいけない」とわれわれは言うんだ。何故か?世界思想としての宇宙論死生観を考えようとおもっているからなんだ。しかし死を内部に向かってすなわち民族とか国家において民族とか国家においてとらえるひとは、この「見ていなければいけない」というわれわれの言葉を不愉快に感じて反発してくるだろうね。この彼がかんがえているように、民族と国家しかないならば、魂は民族と国家から「見ている」だけだろうな。言説「魂はそこにある」で表象されるのは魂の民族•国家-内-存在である。しかし「お天道様はみている」というのは、天に上った魂は民族と国家を超えた天から私を「見ていなければいけない」のだ。近代以前は日本だけではない。これは世界的に見いだされるギリギリ倫理的な要請だったんだな。問題となっているのは、コスモロジー形而上学を失った近代のわれわれは帰ってくる魂を迎え入れる準備をしていないのだ。だからかもしれないが大正からの日本ロマン主義は道徳的内面性の掘り下げが決定的に足りない。世界性が無い


フィネガンズ・ウェイク』は読めないが、言語を与えてくれた大きな他者がみえる。問題は天における大きすぎる父とのギャップと恐怖。絶対者のもとに行かない天地間の円環を書く


推敲中

柳瀬尚紀さんのお仕事は、FWの冒頭文、riverrunnsを、「川走」と訳して​、せんそう(戦争)と読ませているんですが、これは、100冊以上読んだといわれるご本人の研究と、多分デリダジョイスのテクスト読解に負っています。たしかに、アイルランドの独立のときに起きた内戦のトラウマを語らずにはアイルランドを表象することができないのですね。ジョイスアイルランドのすべてをこの本に書いたと言っています。十分にイギリス人と戦わず、アイルランド人同士で殺しあってしまったのです。平和になっても、銃による政治が決して終りません。しかしアイルランド時代に大変お世話になった宮田恭子さんは、柳瀬さんとは別の考えを持っておられて、民族間の戦争を強調しない訳をつくりました(中井久夫に励まされたようです)。riverrunnsは、川は流れる、ですね。ジョイスはフランス語の発音を利用して、夢が走る(レヴェロン)というかんじで読ませたかったようですが。『フィネガンズウエイク』は、何語で書いてあるのかわからない、(分かっているだけで50カ国語を使っているが、かろうじて英語か?)、何を書いてあるのかわからないのですが、この本は、世界中の翻訳者の解釈によってそれぞれの国の言葉で翻訳されてだんだん正体がわかってくるというような本です。翻訳が先行する、ほんとうに不思議な本です。


枢軸時代のヤスパースのように紀元前の孔子とエレミアを考えるためには思考の媒介が私に必要だ。仁斎の孔子の17世紀を考え、レンブラントが描くエレミアの17世紀を考えてみる

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家父長制は女性の知性を破壊してしまうとトッドが講演で言っていたがその通りだ。男尊女卑も、正確にいうと、おじさん尊女卑。私もおじさんだが、おじさんは諸悪の根源だと思う


海外からメッセージ有りの友達申請に、チューリングテスト(?)をしながら、私が機械と喋っていないようにと願うが、かえって間違いが多い日本語を書いてきたら一応人間と判定する


枢軸時代のヤスパースのように紀元前の孔子とエレミアを考えるためには思考の媒介が私に必要だ。仁斎の孔子の17世紀を考え、レンブラントが描くエレミアの17世紀を考えてみる。この場合、スクリーンとして17世紀とかんがえてみる。スクリーンのなかのどこかに起源前の痕跡がある。Zである一点から投射されている思想史空間からは、重なり合う諸々の断片のあいだにある微小な流れたちが見えないが、像を見ることができる。


カズオ・イシグロ日の名残り』。アイルランド人がこれは英国における全階級の王室への精神的従属を物語るという。英国は階級という視点、アイルランドは共和主義の視点がある


『日本人は中国をどう語ってきたか』(2012青土社)。日本における学者的議論の言説に関心をもつ「中国人が日本人は中国をどう語ってきたかをどう語るのか」が問題となってきた


言説「漢字は借り物ではない」で表象されるのは思考を可能とする不可避の他者である。不可避の他者を漢字と名づける。江戸古学と共に大いなる他者中国を考える。明治が造った語「言説」「表象」無くしてこの文を読めない。だがヨーロッパ語翻訳に支えられた漢字中心主義はアジアに対しては文化帝国主義


近代日本知識人の宿命だが、ヨーロッパの本を読むときヨーロッパ人がどう読むのかを考えるとともに日本人としてどう読むのかも問題となってくる。わたしは日本人はだれかがわからないので、アジアの周辺にいる人々と言おうとおもう。そうして冒頭の文をもう一度言い直すと、そのアジアの周辺にいるわれわれは、ヨーロッパ人がどう考えるのかを考えるだけでは足りないのであって、アジアの周辺にいる人々としてどう考えるのかを考えることが大切なのであると。こういうふうに書くと、言語支配者であるアジアの中心にいる人々のことも考えなければいけないことが自ずとわかってくる。『漢字論』の‘あとがきにかえて’を読むと、子安先生が文化帝国主義エドワード・サイードが呼んだものついて考えた書いた面白い文がある。わたしの理解であるけれど、間違いを恐れずに説明してみると、アジアに言説「漢字は借り物ではない」で表象されるのは思考を可能とする不可避の他者である。不可避の他者を漢字と名づけるのである。そうしてみるとどんなことが言えるのかである。明治が造った語「言説」「表象」無くしてこの文は成立しない。だがヨーロッパ語翻訳に支えられた漢字中心主義はアジアに対しては、文化帝国主義ー自分たちの物の見方は他においても自明だとする物の見方ーの様相を呈すのである。『漢字論』は中国語に翻訳されている。言語支配者である中国はどう『漢字論』を読むのだろうか。「漢字は借り物である」というナショナルな物の見方はだめだし、また、一見文化帝国主義的に見える漢字中心主義の見方でもいけないと主張する言語マイノリティの知識人の考えかたを中国はどう読むのだろうか。の江戸古学と共に大いなる他者・中国を考える視点は言説支配者が知らないものだろう。『漢字論」が『江戸思想史講義』とともに、アジアに共有される未来をおもう。



近代日本知識人の宿命だが、ヨーロッパの本を読むときヨーロッパ人がどう読むのかを考えるとともに日本人としてどう読むのかも問題となってくる。わたしは日本人はだれかがわからないので、アジアの周辺にいる人々と言おうとおもう。そうして冒頭の文をもう一度言い直すと、そのアジアの周辺にいるわれわれは、ヨーロッパ人がどう考えるのかを考えるだけでは足りないのであって、アジアの周辺にいる人々としてどう考えるのかを考えることが大切なのであると。こういうふうに書くと、言語支配者であるアジアの中心にいる人々のことも考えなければいけないことが自ずとわかってくる。『漢字論』の‘あとがきにかえて’を読むと、子安先生が文化帝国主義エドワード・サイードが呼んだものついて考えた書いた面白い文がある。わたしの理解であるけれど、間違いを恐れずに説明してみると、アジアに言説「漢字は借り物ではない」で表象されるのは思考を可能とする不可避の他者である。不可避の他者を漢字と名づけるのである。そうしてみるとどんなことが言えるのかである。明治が造った語「言説」「表象」無くしてこの文は成立しない。だがヨーロッパ語翻訳に支えられた漢字中心主義はアジアに対しては、文化帝国主義ー自分たちの物の見方は他においても自明だとする物の見方、ここでは明治のヨーロッパ語からの翻訳語「表象」が台湾で通じるという錯認ーの様相を呈すのである。『漢字論』は中国語に翻訳されている。言語支配者である中国はどう『漢字論』を読むのだろうか。江戸古学と共に大いなる他者・中国を考える視点はアジアに生活するわれわれのものであるという日がきっと来るとおもうのである。


男女格差はG7で一番下というが、何言ってるの?そもそもこの国の女性の地位は、日本のワクチン接種率がグラフに現れてこないみたいに存在しないのかもしれないというのに(汗)



伊勢物語 かへる波
 昔、男ありけり。京にありわびて東に行きけるに、伊勢、尾張のあはひの海づらを行くに、波のいと白く立つを見て、
  いとどしく過ぎゆく方の恋しきにうらやましくもかへる浪かな  
となむよめりける。


どうしてわたしは東京五輪に反対するかその理由をかんがるのです。東京五輪は権利のない社会だからです


潮騒』の三島は古典的世界は現代を支えることが可能だとしたらそれは何か探求するよりも、西欧の枠づけの内部の中で征服されない対抗西欧の近代のグロテスクに絡みとられる


確かに本多さんが指摘したように、今や近代日本の知識人による中国をめぐる語り(子安『近代日本的中国観』原題『日本人は中国をどう語ってきたか』)を現代中国の知識人がどう読んだかが求められ、日中知識人の相互認識をめぐる議論がなされることが可能な段階になってきた。私の『近代日本的中国観』(三聯書店)についての李公明氏の書評が上海の書評紙に昨年11月に掲載され、その内容を陳璐さんの翻訳によって3月の講座で紹介した。そのことをネット上で報じると、それに答えるように厦門の郭穎氏から氏もまた「解放日報」紙に『近代日本的中国観』の書評を書いていることをそのコピーとともに伝えられた。さらに省略されている紙上の書評の原文をも送って下さった。われわれはいま近代日本知識人の中国観を現代中国の知識人がどう読んだかを知るための貴重な材料を手にしたことになる。郭穎氏の書評の翻訳をも陳璐さんにお願いしている。この翻訳ができ次第、あらためて講座で話し合いたい。その前に原文でお読みになりたい方のために郭穎氏から送られてきたコピーを添付します。

https://www.jfdaily.com/journal/2020-10-31/getArticle.htm?id=302709

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放眼“江湖”,而非置于“鱼缸” 10-读书周刊/书评-解放日报

jfdaily.com



MEMO

On the line 

4年越し?で仁斎論語を学んでいたときは、線を描こうとするといつもこういう感じで二つのものが現れた。夜の線と昼の線が交わらないフラットな平面(指たち)と、夜の線と昼の線が交差する襞のある面(掌)

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江戸思想の喚起とともに、朱子的普遍主義に対する仁斎の四端の心、脱構築的「水平的平等」がある。現在は、中断を余儀なくされているが、「垂直的平等」の朱子の思想を見直すことによって、ポストモダン孔子を深めることが課題となっている。戦後は、竹内好を除いて、思想の形成が無かったが、現在こういう形で思想は反復する。つまり差異は反復する。正確にいえば、ここでは江戸思想と呼んでいるものについて語っているのだけれど、過去と同じものの繰り返しが起きることはないのだから、思想の反復については、差異の差異化が生じると言わなければならないとおもう。

(上下の写真で上のは昨年一月の講座での子安先生の板書)

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La valeur a cessé d’être un signe, elle est devenue un produit. ーFoucault “Ricardo”

価値は記号(シーニュ)であることを止め、生産物となる。



マルクス経済学とケインズ経済学が終わり、経済学が美しい数学で書かれるレーガノミクスが始まる後期近代に、「価値は記号であることを止め、生産物となる」といわれる表象と言説の関係を明らかにしているフーコの文をかんがえていた。そのときは、映画は投射であることを止めていて、言い出される言説となっていた。思考の形式として見いだされた映画の始まりを投射するためには闇の中に輝く光があった500年前に遡る必要がでてきた。そうして呟きがはじまる...


五輪は連帯の記号であることを止めて、思考停止の復興ナショナリズムが一人占めする生産物とならなければならない。

ー> 菅首相「コロナで世界の団結必要、象徴として五輪開催」


The universal must remain open, its differences and potentiallies must remain so; other wise we are forever trapped in the present in the future...



武者小路公秀『国際政治を見る眼』を読んだ後にレーガンが出てきた。世界的にコロナ対策で財政支援している去年をもってレーガノミクスが終わったとクルーグマンは言っている


器官なき身体」と書いた詩人はペストとして表象される。殆ど一文無しでシングの手紙だけ持ってアイルランドにやってきたアントナン・アルトーも「幽明始終、初無二理」だとおもう


ジオットとダンテはどちらが偉大か?


ケニス•クラークKenneth Clarkの文明’Civilisation’のなかで、画家ジオットと詩人・哲学者ダンテはどちらが偉大なのかというような話をしている。美術史ではジオットはいきなり現れてきた画家である。ジオットは意味の喪失を映画みたいにナラテイヴに表現できた。絵の端にマルクスエンゲルスとよく似た人物が描かれているのは大変気になる(後でこのことは述べよy。)左側の嘆きの舞台は地上の堅固な世界である。ジオットのイメージは、文明が教会からイタリアの銀行システムが確立する豊かな都市へ移行してくる時代を告げる。右側のダンテは、ジオットのようには地に制約されないような、形而上学的な天の光を書く(『神曲』)。光は言語的存在である人間が存在の意味を問うのである。トマス・アクィナスとゴシック的世界からの影響がダンテに読みとれる。ダンテはジオットより上であるとクラークは結論する。なぜならダンテは哲学と正義を考えたからだ。ここで、ルネッサンスの都市を、グローバル資本主義の分割である帝国中国が現れてきた今日の文脈に置き換えてみたら、どんなことがが言えるだろうか?『資本論』の新しい読みとともに成立する高度の互酬Xの実現として中国をとらえる柄谷行人氏はジオット的だし、これに対してグローバル・デモクラシーから民主を批判的に問う子安宣邦氏はダンテ的であるとおもう


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忘れてはならないのは、〈啓蒙〉の時代に古代ローマの模範が二重の役割を果たしてきた点である。共和制のその相貌のもとでそれは自由の制度そのものであったし、軍事中心のその相貌のもとではそれは規律訓練という理念的図式であった。-フーコ監視と処罰-


生の始めと死の終わりは別々のものか?別々ならば、意味の問いから曖昧な文学を切り離すようなものだと思う。ロゴスが形式論理学の計算する卑小さに還元される近代とは何だった?


近代というのは、過去のあらゆる権威を否定し尽くすエネルギーをもっていますが、「真理は一つである」(あるいは「真理は一つではない」)というような「真理」の絶対的権威に同一化します。そういう近代の根源的誤認に私が同意できない理由とはこういうものです。「真理」の絶対的権威とは、議論を以って覆すことができないようなあり方をいいます。「真理」の絶対的権威を覆すために人間は政治組織を作り上げるでしょう。経験は教えますーそこで人間は「兄弟殺し」で消滅してしまうことを。近代の成立とともに現れた人間をゼロにしてしまうと、何もかも全部がゼロになってしまうというような危険がないのでしょうか。

「暴力ははじまりであった。暴力を犯さないでは、はじまりはありえなかった。どんなに人間が互いに兄弟たりえようとも、それは兄弟殺しから成長してきたものであり、どんな政治組織を人間が作りあげてきたにせよ、それは犯罪に起源をもっているのである。」

ーハンナ•アーレント『革命について』序章 戦争と革命


アイルランド映画アイルランド映画が作られる前から既に存在していた。映画はスペイン市民戦争の継承。抵抗する大衆の自発性は運動がプロ化すると失われてしまう歴史を伝えてきた


おそらく、古代においてまったく神秘的感覚をもたなかった唯一の民族、ローマ。そのふしぎな理由は何だろう。イスラエルのように、亡命者によってつくられた人工の国家だったのだ。

シモーヌ・ヴェイユ


Mais comment un mot , impropre à seulement nommer la cendre à la place du souvenir d’autre chose, pourrait-il, cessant de renvoyer encore, se présenter lui-même, le mot , comme de la cendre, à elle pareil, comparable jusqu’à l‘hallucination? Cendre, le mot , jamais ne se trouve Ich、mais là.  ーJacques Dérrida


A word, unfit even to name the cinder in the place of the memory of something else, and no longer referring back to it, how can a word ever present itself ? The word, like the cinder, similar to her, comparable to the point of hallucination. Cinder, the word, is never found here, but there. 


時間とはなにか?自己にたいして、自己のなかの自己が、遅れるか、あるいは先じているのか?


What is time?

時間とはなにか?自己にたいして、自己のなかの自己が、遅れるか、あるいは先じているのか?自己のなかの自己とはギリギリ要請されるのか

What is being?

存在とは何か?弔うときはあなたたちの存在の記憶に関わる。国家が自身を祀るときははじめから存在するに関わることができない


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過去のものをひっぱりながら形成してゆく制作のプロセス。過去を捨てるがちっとも新しくない。極大化してどんどん希薄となって極小化する。名を与える近代


バイデンの圧倒的勝利を無視したトランプ大統領と彼の支持者達は選挙そのものを占拠する反民主主義の声か?オキュパイ運動とその言説が包摂されてしまったのではあるまいか?



精神の眼、鬼神の眼

デリダエクリチュールと差異』は、この私は読む力がないのですが、何を言いたかったのでしょうか?この本のなかで批判されている、ソシュール『一般言語体系』とレヴィストロース『野生の思考』は、なにか、<生きている言葉>と<死んだ言葉>とのせめぎあいを書いていたのでしょうか?<生きている言葉>は、ものを住処としている<死んだ言葉>を、生きているのか死んでいるのかわからないように語ります。言葉は過去の蘇りの近くで声を聞くように語るのですけれど、だけれどそこで死に切った過去を開く精神の眼、鬼神の眼を哲学的に思考することがなければ、<死んだ言葉> に隠れている<生きている言葉> を考えているだけかもしれません。文明論はそういうものかもしれません。文明論は死に切ったものを実体として指示しますが、死に切ったものとは思考の対象です。実体として考えてしまうと、死に切った過去としての <死んだ言葉>から見つめられる意味を、名はあるが意がわからなくなった他者の言語が存在する意味を、考えることができなくなるのではあるまいかと不安に感じてしまいます



「合理主義」を読み直す


フーコは西欧の問題をいう。わたしなどはこのフーコの一文を読んだときは、「最も価値のない」カントとヘーゲルの哲学しか考えられなかったほどで、まあ西欧中心主義で、西欧のオリエンタリズムでなければ価値すら成り立たない江戸時代の儒者(古学)が漢字仮名文で何とか読み解こうとした朱子の思想のことを考えることがなかった。アジアに位置する近代日本のことを論じる可能性のある問題なのに、いつものように近代ヨーロッパを考えていた。いや待て、近世日本の思想と文化もヒューマニズムがある。ヨーロッパとアジアと共通のものがある。しかしそれはヒューマニズムという言説のなかにそって論じられなければゼロなのだ。たしかに合理主義は東西にある思想だ。その場合は、アジアの普遍主義・啓蒙主義朱子学の合理主義を考える必要がある。それはこの世とあの世に「二つの道理がある」と考えないような合理主義である。詳しく知らないが、ポストモダンドゥルーズを読むと、中世ヨーロッパのドゥンス・スコトゥスもトマスアクナスにたいしておなじように考えたかもしれないが、それはプラトニックな神秘思想におけるものであろう。しかし朱子は合理的に考えたのである(先ず、生を考えなさい。それから死を考えなさい。) 

現在も文明論は、近代は中世のような偉大な哲学がないのはどうしてかという問いにたいして、17世紀は絵画で、18世紀は音楽で、哲学をつくったf:id:owlcato:20210112002640j:plainと説明する答えをきくとき、なるほどそういうものかとわかってしまう。しかしアジアの形而上学も、17世紀と18世紀のアジアの思想も知らないでいいとしていた、いや正直そんなこともまるっきり考えてもいなかった、現在もまったく変わっていない明治の「合理主義」の教育プログラムの生産物でしかないわたしはもうやっていけなくなってきたとおもう


ヘーゲル以後、[…]かつて西欧において最も高度な思考であったものが今や教育の領域で最も価値のないものとみなされている活動に転落してしまったという事実が、恐らく哲学が既にその役割と機能と自律性を失ってしまったことを証明しているといえるでしょう。」

ーフーコ『文学・狂気・社会』



書評を読まさせていただきました。この書評から新しく多くのことを学んでいます。先ず、読み解かれた「方法としての大正」は素晴らしい視点です。

「子安氏の2016年の著作である『「大正」を読み直す』では明治に後続した大正という時代から見た考察、つまりは、「方法としての大正」が用いられていたが、この視点は「方法としての江戸」と同質の分析方法であった点も注記しておこう」

「知識人」という切り口から、民衆の立場から論じられていたのは大切だとおもいました。
「他者性」ではラカンの分析から展開しているのは非常に面白く、今後議論していくべきものと考えました。『漢字論』は先生の代表作ですから、先生は12章「「漢」の排除と一国家主義――津田左右吉『シナ思想と日本』の再読 二」を分析した書評を求めておられていたとおもいます。
子安氏が指摘した漢字の他者性とは、ジャック・ラカンならば「大文字の他者 (grand Autre)」と呼ぶであろうものであると私には思われる。
本当にその通りだとおもいます。この点について付け加えさせていただきますと、間違ったことを言うかもしれませんが、中国は、2009年ぐらいから経済的に日本を追い抜きますが、当惑するアジア諸国にとってどう関係をとっていいのかわからない「大き過ぎる他者」だと考えています。乱暴にわたしの考えを説明させていただきますと、中国は東アジアの中心にいる権利をもっていると考える根拠は、自己が漢字文明の中心にいるからです。しかし現代中国は中国語をどんどん音声化しています。これは音声中心主義の自言語中心主義にほかなりません。自己が漢字文明の中心にいるという根源的誤認があるようにみえます。これが「大き過ぎる他者」の問題を構成するとかんがえています。柄谷行人が『資本論』の新しい読み方とともに帝国中国をアジア知識人たちに向かっていいはじめましたが、柄谷は「大き過ぎる他者」の問題を隠蔽しています。私の理解ですが、子安先生の「漢字」はデリダエクリチュールと呼んだものと一致するとおもいます。「大きすぎる他者」に過ぎない<一国>民主主義はエクリチュールを所有できません。エクリチュールは<他が(論理的に)先行する>あり方だからです。もしアジアがエクリチュールをもつと考えるとしたらどういうことが言えるのかを考えているところです。多分ここで言うアジアは実体化できないでしょう。アジアはこれまで誰も語ることが無かった思考の対象です。これが竹内好の「方法としてのアジア」ではなかったかと理解しております。(説明が不味くてすいません)

天皇制」のなかで論じられていることは、わたしをはじめ、子安氏の問題意識に接近する多くの読者にとって素晴らしい理解の助けとなると思います。

主権者の自由と平等という前提に立った西洋の近代国家理念では、自由や平等という基本原理と対立するものとしての宗教理念は排除され (その最もよい例がフランスの非宗教性 [laïcité] を謳った国家体制である)政教分離が根本原理として唱えられたのである。何故なら、近代国家にとって最重視されるべきものは死後の世界でも、始原的な崇拝の中心でもなく、今、ここで、現実を生きている国民の中で展開する国家システムだからである。この観点から見れば、祭政一致の政治システムはあまりにも旧態整然としたものであるだ。


子安先生の本のなかでは書かれていないのですが、解釈改憲によって、軍国主義は復活し、また事実上国家神道が復活してしまいました。絶望していますが、だからこそというか、国家祭祀の禁止から国家を制作することが要請されているのではないかとこのわたしに語っておられました。近代が終わる時代にもはや国家に戻って考える必要がないので、先生が命名なさった言葉ですが、国家祭祀を禁止したアジアのグローバルデモクラシーの中心という理念ですね。

「近代日本国家システムの問題点」のなかのこの文は本質的なことを言っています。ここに、髭さんの大切なご主張が集中しているとおもいました。

ジャン=リュック・ナンシーは『無為の共同体――哲学を問い直す分有の思考』の中で、「ある意味では、共同体とは抵抗そのものである。つまり内在に対する抵抗だ。それゆえ共同体とは超越性である。だが、「聖なる」意義をもはやもたない「超越性」は、まさしく内在への (全員の合一への、あるいは一人ないし幾人かの排他的情熱への、要するに主体性のあらゆる形態、そのいっさいの暴力への抵抗以外の何ものも意味しない」(西谷修安原伸一朗訳という主張を行っている。ナンシーはここで、単に「共同体」と述べているが、厳密に規定するならば、それは一般化された共同体ではなく、近代以降の西洋型の共同体である。すなわち、彼はジョルジュ・バタイユの至高性という概念を詳細に分析しながら、神聖さの中にある暴力に反抗するものとしての西洋型の近代的共同体の意義について語っているのだ。

 神聖なるものは至高性を有するものである。それはその聖性ゆえに、あらゆる問いかけを拒否することも、理不尽な要求を行うことも、責任を担うことを拒否することもできる存在である。神聖さは神々しさの裏面に暴力を隠し持ったものなのだ。「神聖にして犯すべからず」と定義された天皇の存在も同様に機能するものである。


ナンシーの思想をこうしてアジアに即して考えることができるのは本当に意義深い問題提起です。自分で考えてみようとおもいますが、ここで言われるバタイユ至高者は、ブランショの至高者と無関係ではなさそうですからおそらく一緒に考えたら面白いようにおもいました。


言説「天皇は神聖にしておかすべからず」。「神聖さ」で表象される過剰な政治的統一。考えてみると、明治の元勲たちは天皇を人形だとおもっています。京都から無理矢理連れてきた天皇を「神聖」だというのですね。変ですね。しかしこれについては、明治のエスタブリッシュメント対抗西欧の復古主義は王政復古の仮装で確立していくしかないと考えたが、中江兆民自由民権運動を導く思想に対する彼らの恐怖のことを改めておもいます。近代国家が彼らの捏造した過去ー「神聖」ーに押しつぶされていく最初の悲鳴が、日中戦争ではなかったかとおもいます。

• 言説「天皇は神聖にしておかすべからず」(明治憲法)。「神聖さ」で表象される過剰な政治的統一。伊藤博文は『日本書紀』の言葉をひいて注釈を書いています。リベラルであれ保守主義であれ、明治の元勲たちは皆天皇を人形だとおもっていました。だから京都から無理矢理連れてきた天皇を「神聖」だというのは変ですね。しかしこれについては、明治のエスタブリッシュメントは対抗西欧の復古主義は王政復古の仮装で確立していくしかないと考えたが、中江兆民自由民権運動を導く思想に対する彼らの恐怖のことを改めておもいます。近代国家が彼らの捏造した過去ー「神聖」ーに押しつぶされていく最初の悲鳴が、日中戦争ではなかったかとおもいます。

明治憲法の成立過程を読むと、議会の財政権のコントロールの独立に関して当時のドイツ憲法よりリベラルであったことがわかります。

•宮沢の8月革命説は天皇機関説に繋がっているようです。8月革命説は正しいとおもいます。戦前の国体は後期水戸学に基づく制作だったと考えると、国家祭祀の戦前との連続性を禁止した象徴天皇性も制作でしょう

解釈改憲によって、軍国主義は復活し、また事実上国家神道が復活してしまいました。絶望していますが、だからこそというか、国家祭祀の禁止から国家を制作することが要請されているのではないでしょうか。近代が終わる時代にもはや国家に戻って考える必要がないので、子安先生が命名なさった言葉ですが、アジアの2000万人の命を奪った国家祭祀を禁止したアジアのグローバルデモクラシーの中心という理念ですね。これは、「祀る国家は戦う国家」というような国家の理性をたたえる「神聖」なものではなく、制作的に至高なものだと考えています。

和辻哲郎の言説「祀る神が祀られる神」を解体できずに一年が過ぎてしまった、なんということだろうか。わたしは自身の思考の決定的不足をおもう。言説「祀る神が祀られる神」は、日本リベラルが答えをだすように、デモクラシーと両立しないと言ってしまえばいいのか?正直わたしはわからないでいる。何故なら、言説「祀る神が祀られる神」を消しても、デモクラシーの形態である明治維新の近代が残るからである。わたしがおもうのは、ここで必要なのはおそらく漢字論ではあるまいかと。漢字エクリチュールは他が論理的に先行するあり方として存在している。他者は他者であるのは、そこに他が論理的に先行しているように。音声中心主義の帝国は自らが漢字エクリチュールを所有しているゆえにアジアの中心にあるべきだとおもうのは根源的誤認であるように、自言語中心主義と「一国」民主主義の国家が、声の神話的内部に在る「祀る神が祀られる神」をたたえるゆえにアジアの中心にあるべきだとおもうのは根源的誤認だと言わざるを得ない。言説「祀る神が祀られる神」で表象される「神聖なもの」は、「漢字は不可避の他者である」で表象される「至高なもの」としてのアジアを盗むものである、とわたしはかんがえようとしている。そのアジアとは、「祀る神」「祀られる神」と同様に、やはり実体はなくて思考の対象であるけれども、共同体が「祀る国家は戦う国家である」を止める意味を絶えず問う限りにおいて倫理的なものであり得るのではないか

推敲中
文学史というと、
History of litterature in English ーBritain&Ireland&...
それに現在話題に上るScotlandが加わるのでしょうけれど、1970年代以降はイギリスで一般的にこういう言い方になりました。このように言うと、なにか一つに包摂できないような開かれた知の枠組みを思い浮かべますね。辞書的には、又は、分かっている専門家や研究者の間では簡潔に、English(British)Litteratureで十分に通じるのですが、カフェで会話するときこの言い方はなーんか不安というか、大英帝国的「一」を喚起するなにか古臭い嫌な響きがあります。(パウンドでも勉強してるの?という感じ)。どちらがいいのか何人かにきいたことがあるのですが、尋ねてみたそのひとり、ナイジェリアの英語で書くショインカの仲間で、70年代に留学してきた方にきくと、マルチ・カルチュアリズムのロンドンでは、英文学史はやはり、History of litterature in English ー ...&...&...&...というあり方が要請されるとのことでした。
このことをできるだけ思想的に考えてみますと、アイルランドスコットランド、そしてナイジェリアの外部から、イギリスの近代を捉えてみることにどんな意義があるのだろうかと改めて考えるとき、言語的アプローチに依るのですが、(豪族とかの反乱で古代国家の統一が簡単には行かなかったと伝える「古事記」と比べてみることができるか?)、世界の半分をもつことになるイギリスで象徴される近代化というものが原初的に困難を極めたということ、History of litterature in English ー...&...&...&...というこの指示に反映されていると思います。Englishというものはどこにも属する散種だが、いかなる場所でも発芽して完成することはない、目的をもたない「過程」のイメージが湧きます。
そのEnglishがジョイス文学というスリットからどのように展開してくることになったのか、これが私の関心であります。




どうして国が金を出して医療・福祉施設の検査を徹底しないのかって?金が東京五輪に固定されてしまっていて必要なところにまわらないからでしょう。国家の名誉に押し潰されています

「みんなが間違っていると考える見方に実はみんなが考えていなかった正しい主張がある」という懐疑精神と平等的正義感、新しい経験を重んじて法を発見する信念をもっていない裁判所などに憲法を判断する力はないとおもうようになりました。裁判所が解決してくれないならば、われわれが言うしかないとおもいます。その場合、当事者のために解決するという視点が大切になってくるはずだとおもいます

「写真は示している、物は与えられているのであり、そしてそのために、物は距離を置いたままでいるのだ、ということを。与えられているもの(le donné)のもつ贈与行為は、そこに、その場のなかにとどまっている、ーあるいは、おそらく、むしろ、贈与行為とは場それ自体なのである。与えられているものの背後に贈与があり、そして、贈与が「ある」ということは(l‘ ”il y a”)は、もつことー場(l‘ avoir -lieu)[場をもつこと/起こること]なのである。この、[場をもつこと/起こること]は、隠されたままでいるのではなく、接触との隔たりのなかで不可視の状態で、かつ触知できない仕方で開かれているのである。フィルムも上に、観光性の小さな皮膜の上にやってくる光ーすなわち、情報のもろもろの単位として分析によりピクセル化される光ーこの光は、表明し、とどまらせるのだ、光の贈与を、光の啓治を、光を宣言し光を作動させる「光あれ」を。「光あれ」は、行為における区別=栄誉(distinction)であるがゆえに、神的なもの(崇高なものであると、Longinは述べている)なのである。」

* Cassius Longin、c.213-273 新プラトン派の修司学者、哲学者

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4年前ジジェクは大統領になるのはクリントンよりトランプがいいと言っていた。破壊者トランプに抵抗して資本主義米国の根本問題が解決される運動が出てくる筈だから。そうなったか


菅政権を支持している4割ですけど、だれが一番タフかを競う生き残りゲームをしているつもりで自分が勝ち残るなどとおもっているのでしょうか?


ホホー境界の傍らに与えられる場所で、触角なしで触れる、視覚なしで見る、そうして共に働く感覚がカフカプルーストの文学に書いてあるとはニャ


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フーコー『言葉と物』:第1部で、古典主義時代での一般文法、博物学、富の分析を素描する。第2部で、それらが断絶的に変様し18世紀末以降に系譜学、生物学、経済学として成立し人文諸科学を統べる過程を記す。そのなかで知を司る主体としての人間が近代において生み出されたものであることを示す。」(哲学botより)

構造<視覚ー空間ー触角>は、表象の限界によって、人間を基底とした構造<触角ー時間ー視覚>へと転回した、フーコにとって問題となってくるのは、再び人間の表象を利用していかに人間を解体するかである。境界の傍らに与えられた場所を世界の外部的中心として構成すること、振動を捉える毒虫のナレーションの成立とともに、すべてを表現し尽くす嫉妬のシーニュを解体すること、そのための方法として、<視覚なしで見るーテンソル的時空構造ー触角なしで触れる>ことは果たして可能か(ドゥルーズ)。精神分析構造主義の帝国から逃れいくヨーロッパにおける「近代の超克」の問題?他者の問題を考えるために、宇波彰氏を考えることがはじまるのはいまだとおもう

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『語孟字義』に伊藤仁斎の前に誰も言わなかった思考の斜線が書いてあるー水平的差異化の軸(仁斎)と垂直的差異の軸(朱子)が構成する座標において

ひとは黒地の上に,光り輝くインクで書くのではないのだ.ただひとつ,星々のアルファベットだけが,そうすることによって,粗描されたか〔書くことが〕中断されたかしたような姿を現して来る.――つまり,人間は,白〔紙〕の上であくまでも黒を追い求めているわけだ.ーマラルメ

「水平的平等」は理気論の同一性と差異性の軸、脱構築的「水平的平等」は仁斎の四端の心の軸。後者の多様性に格差が生じぬように、斜線は朱子の同一性を見直す方法のアジア的構成か

Twitterがトランプ氏に対してついに永久停止処分を下した理由を説明して、米議会議事堂への暴力的な侵入を奨励したことを考慮したと言う。そもそもトランプの問題は、責任を追求してくる都合の悪い質問に答えない彼の態度にある。わたしが怖く感じるのは、彼は質問そのものを破壊しようとしているのではないかと疑うときである。彼が奨励した議会議事堂への侵入は侵入以上の意味をもっている。選挙そのものを壊しているとしたら?現代は権力が政府に集中していて、この現代ほど、被支配者は権力を支配者に委ねた時代はあっただろうか。だからこそ、「責任は全部、一切合切の権力が委ねられた政府にある」と批判するためには、質問が不可避なのに、それすら許されないとしたら、どこの国も自民党の国みたいになってきている。近代という時代は、戦争と開発と同化はどんどん進むのに、自由に喋る政治が全然進まないという時代なのだ。菅は「仮の質問に答えられない」と言っているが、事実上質問を禁止しているようなものではないか?100年後の人々は、最後に質問したひとは誰であったかと調べて、後期近代のいまの時代をどのように語ることになるのだろうか。これも、禁じられた仮定の質問となってくるのか..

山崎闇斎をたたえる

こんなわたしのようなものの話を辛抱強く聞いてくれたのは二人。どちらも「聖」という名前をもっていたのは、偶然だろうけどね。其れは其れとして、荻生徂徠の制作論の思想を知らなければ、『江戸思想史講義』(岩波書店)に書かれているこの文の大切さを発見できなかったかも。「『敬』の名辞が存在しなかった遠い過去にあっても、後に『敬』と呼ばれる『心法』(すなわち『無名ノ敬』)は聖人たちの心の内に存在し、それは例えば『乾坤ニ掛』の像の上にも顕されてきたのだと闇斎はいう。」(子安氏)

思想は過去から生まれたものではないし過去の中にあるものでもないのに、過去から生まれたし過去の中にあったと言う。思想を自己のものにしようとした他者の存在を思い出すために?

恵原病院は近所。広尾病院といえば、恵比寿時代の隣人だった韓国人夫婦の出産のお祝いに行ったことを思い出した。あのときの赤ん坊はもう30歳すぎているはずなんだ

推敲中

「どうしてアイルランドにいたのか?」と聞かれたら、「20世紀の主たる作家はこの国から現われたから」と答える。「なぜ?」と問われたら、「ここにあらゆる人間の問題があるから」と言う。八十年代は、七十年代の開かれた批評精神の形骸化ー文献学的プロ意識の復活ーである。ポスト構造主義ジョイスのテクストによって、他者にhelloと言う書記行為、グローバル資本主義の搾取にNoと声をあげことの倫理的意味が読み出される。<私は話す>ということは、アイルランド演劇がこれを初めて行う。アイルランド演劇の前に、<私は話す>は一度も起きなかったのである。


現代アイルランド演劇『faith healer』

ブライアン・フリールは『トランスレーションズ』で土地の名について考えた(プルーストも小説の中で考えた)。アイルランドの表象の成立は英国軍の近代測量とアングロ・サクソン化させられた地名のとともに成り立った。『faith healer』はベケットを超える凄い芝居なのである!治療する力powerを失った信仰治療者フランクの興行をえがいている(写真はフランクの弁護士出身の奥さん)。

      アベラーダ、アベライロン、
       サングラノッグ、サングリッグ
      アベゴーレッヒュ、アベギノルウィン
      サンデファイロック、サンネハメッズ
      アベホーサン、アベポーズ

フランクが信仰治療に利用しているお唱えは全部、現在滅びつつある土地の名である。わたしの理解では、土地の名はBadiouが言う意味で「空集合」である。分析哲学からは数学ではないと非難されるが、Badiouは言っている、自分の文は詩なんだと。彼は空集合とか固有名の意味を問う詩を書いている。差異をさがしに行け、属することばかりを考えるなと。もし土地の名を「空集合」として考えてみたら「存在する」ことについてどういうことが言えるか考えてみよう。名は土地のなかにないし土地からくるものではない。名は他者である。

第一部 フランク (1)

 Brian Friel; Faith Healer
 Part One, Frank (1)

 Frank; (Eyes closed) 
 Aberarder, Aberayron,
 Langranog, Llangurig,
 Abergorlech, Abergynolwyn,
 Llandefeilog, Llanerchymedd,
 Aberhosan, Aberporth...
 All those dying Welsh villages. (Eyes open.) I'd get so tense before a performance, d'you know what I used to do? As we drove along those narrow, winding roads I'd recite the names to myself just for the mesmerism, the sedation, of the incantation -
Kinlochbervie, Inverbervie,
 Inverdruie, Invergordon,
 Badachroo, Kinlochewe
 Ballantrae, Inverkeithing,
 Cawdor, Kirkconnel,
 Plaidy, Kirkinner...
 Welsh-Scottish-over the years they became indistinguishable.The kirks or meeting-houses or schools-all identical, all derelict. maybe in a corner a withered sheaf of wheat from a harvest thanksgiving of years ago or a fragment of a Christmas decoration across a window - relicts of abandoned rituals. Because the people we moved among were beyond that kind of celebration.

フランク(目を閉じて)
       アベラーダ、アベライロン、
       サングラノッグ、サングリッグ
      アベゴーレッヒュ、アベギノルウィン
      サンデファイロック、サンネハメッズ
      アベホーサン、アベポーズ
 ウエールズ地方の滅び行くあの村たち・・・(目を開ける)
 私は出番のまえにはえらく緊張しちゃううんです。どうしたかというと、あの細い曲がりくねった道々に沿って車を飛ばしてこの呪文を催眠剤とか鎮静剤として唱えていたというわけです。
      キンロッホバーヴィ、インヴェバーディ
     インヴァドルイー、インヴァゴードン
     バダクルー、キンロキュ
     バラントレイ、インヴェキーシング、
      コードー、カコネル、
      ブレイディー、カキナー・・・
 ウエールズスコットランド地方の名前なんですが、時が経つにつれお互いに区別がつかなくなりましてね。教会でも、集会所でも、学校でも、みんな廃墟になっちまったところばっかり借りてたもんです。過ぎし日々の祭りの儀式の名残などがあってー部屋の隅には何年も前の感謝祭につかわれた枯れた麦の穂が一本だけあったり、窓にはクリスマスの飾りのの頃が張り付いていたりと。ただ、わたしらが相手にした連中は、そんな祝いなどとは縁のない貧乏な人々ばかりだったんですがね


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来週に親戚の家族葬に行くつもりでいたが、さっき電話で東京から来ることを断られた。年末に東京からの感染が起きているし、地方の病院が大変になっている話も聞いて心配している


大学に勉強しにいく所で、友達と会うのが目的でない。分かっているけれど。惑星『ソラリス』のSFみたいだ。宇宙船の科学者達は互いに孤立して自分の過去の記憶を物質化して生きる


五輪開催が至上命令だ。五輪中止を求める声に耳を塞ぐ権力の中心は、解釈改憲軍国主義国家神道を復活させたが、原発災害以降の分裂に恐怖していて政治的統一の喝采を捏造したい


ジル•ドゥルーズ著『プルーストシーニュ宇波彰

第八章 アンチロゴスまたは文学機械 より


問題は、プルーストによっ、いくつかのレベルで提起されている。ひとつの作品を統一させるものは何か。われわれと作品のあいだに、<コミュニケーションをさせる>ものは誰か。芸術の統一性があるとすれば、それを作るのは誰か。部分をまとめるひとつの統一、断片を全体化するひとつの全体をわれわれは探求することを断念した。なぜならば、有機的全体性としてのロゴスみ、論理的統一としてのロゴスも、いずれも拒否するのが、部分または断片の、特性であり、性質だからである。しかし、それらの断片の全体としての、この多様なものの、この多様性の統一であるところのひとつの統一が、存在するし、また存在しなくてはならない。つまり、原理ではなく、多様なものと、その分裂した部分の<効果>であるようなひとつのもの、ひとつの全体が存在しなくてはならない。このひとつのもの、ひとつの全体は、原理としては作用せず、効果として、機械の効果として機能するだろう。それはひとつのコミュニケーションであって、原理として措定されるものではなく、機械と、その分解された部分品、コミュニケーションもないその部分の運動の効果として生まれてくるものであろう。哲学的には、閉ざされた部分、あるいは、コミュニケーションのないものから結果するコミュニケーションという問題を最初に提起したのは、ライプニッツである。戸口も窓もない<モナド>のコミュニケーションを、どのように構想すべきであろうか。ライプニッツの巧みな答えは、つぎの通りである。つまり、閉ざされたモナドは、その属性の無限のセリーの中で、同一の世界を展開•表現することにより、また、それぞれのモナドが、他のモナドとは異なった、明確な表現の領域を持って満足することにより、したがってすべてのモナドが、神が展開せしめる同じ世界についての異なった視点であることにより、すべての同じ材料を処理する、というのである。このようにして、ライプニッツの答えは、神というかたちのもとにーこの神は、それぞれのモナドの中に、世界または情報についての同じ材料を入れ、(<予定調和>)、また、孤立したモナドのあいだに、自発的な<対応>を基礎づける神であるがーあらかじめ存在する、統一と全体性を回復する、プルーストにとっては、もはやその見方は不可能である。彼にとっては、さまざまな世界が、その世界に対する視点に対応し、また、統一性・全体性・コミュニケーションは、機械の結果としてのみありうるものであって、あらかじめ存在する材料を構成するものではない。


Le problème est posé par Proust à plusieurs niveaux: Qu’est-ce qui fait l’unité d’une œuvre? Qu’est-ce qui nous fait <communiquer> avec une œuvre? Qu’est-ce qui fait l’unité de l’art, s’il y en a une? Nous avons renoncé à chercher une unité qui unifierait les parties, un tout qui totaliserait les fragments. Car c’est le propre et la nature des parties ou fragments d’exclure le Logs aussi bien comme unité logique que comme totalité organique. Mais il y a, il doit y avoir une unité qui est l’unité de ce multiple-là, de cette multiplicité-là, comme un tout de ces fragments-là: un Un et un Tout qui ne seraient pas principe, mais qui seraient au contraire <l’effet > du multiple et de ses parties décousues. Un et un Tout qui fonctionneraient comme effect, effet de machines, au lieu d’agir comme principes. Une communication qui ne serait pas posée en principe, mais qui résulterait de jeu des machines et de leurs pièces détachées, de leur parties non communicantes. Philosophiquement, c’est Leibniz qui posa le premier le problème d’une communication résultant de parties chose ou de ce qui ne communique pas: comment concevoir la communication des <monades> qui sont sans porte ni fenêtre? La réponse truquée de Leibniz est que les monades fermées disposent tout du même stock, enveloppant et exprimant le même monde dans la série infinie de leurs prédicats, chacune se contentant d’avoir une région d’expression claire, distincte de celle des autres, toutes étant donc des points de vue différents sur le même monde que Dieu leur fait envelopper. La réponse de Leibniz restaurer ainsi une unité et une totalité préalables, sous forme d’un Dieu qui glisse dans chaque monade le même stock de monde ou d’information (<harmonie préétablie>), et qui fonde entre leurs solitudes une <correspondance> spontanée. Il ne peut plus en être ainsi selon Proust, pour qui autant de mondes divers répondent aux points de vue sur le monde, et pour qui unité, totalité, communication ne peuvent que résulte des machines, et non pas constituer un stock préétabli. ーDeleuze


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愛国心というのは保守主義とは何の関係もない。それは、変化しながらも不思議なまでにもとのままだと感じられる何物かに身を捧げることである。例えて言えば、もと白軍にいたボルシェビキがロシアに対して抱く感情のようなものだ。[右であれ左であれ、わが祖国] ジョージ•オーウエル


「映画は私たちの眼差しを私たちの欲望にかなう世界に置き換える」(ブレッソン)。『言葉と物』では、近代が終わり人間が消滅した後に再び人間の表象が語られれるのは何故か?「明確なイメージ」(ゴダール)をともなわず、存在の自己否定の曖昧な観念に留まることは倫理的に許されないからではなかったか

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It is always the “dead letter ” in which the “living spirit“ must survive, a deadness from which it can be rescued only when the dead letter comes again into contact with a life willing to resurrect it although this resurrection of the dead shares with all living things that it, too, will, die again.  ー Hannah Arendt


「生きた精神」が生き続けなければならないのは「死んだ文字」の中においてである。そして「生きた精神」を死から救い出すことができるのは、それを進んで蘇らせようとする一つの生命と再び接触するときだけである。ーハンナ•アーレント『人間の条件』23


深く重くそして遠く(に行って調べる)説得力の近代は、だけど先行する表面的に軽く近くにしか見えてこないものを蓋してしまうと、体系的に一生懸命に積みあげた知識がむなしい..


深く重く遠くにある中心から見られているから、自己の傍の言語は表面的で軽く卑近なものとなる。厄介なのは、対抗中心に絡みとられた起源とその深さと重さと遠さを見るときである


小林秀雄が語るように、難しくなるのは遠く難しい理念をあまりに短い時間で考えるからなのか?問題は行いだ。卑近で平易さを理念として言語行為的に行うことも時間に関係なく難しい


われわれは議会や中央銀行の奥に行かない。占拠の抗議は中にいる人を外に出そうとする。何をしているか分からず中にいたと同じだった自分自身への抗議でもある。現場で他者を考える


アタリは伝染病の背景に地球環境の問題があると言う。この解決なくして静かにしていれば元に戻るという考えが人類を滅亡させると。国の責任なのに国民が事実上損害賠償を払っている


憲法制定権力者ー憲法の成立を以って優越的に保障される言論の自由を核とする憲法体系を与えた。




中国で初めて「革命」の思想を明らかにしたのは、戦国時代の諸子百家の一人、孟子だった。戦国の七雄の一つに挙げられていたは、もとの斉王の家臣団の一つであった田氏がその王位を奪ったものでふつう田斉といわれている。国家の主権の基盤に問題を抱えていた斉の宣王が孟子に会ったときに、まっさきに聞いたのが「の湯王は夏王桀を放逐して殷王朝を建て、の武王は殷の紂王を征伐して周王朝を確立した。臣下がその君主に反抗し、君主を殺して、つまり革命を行ったということは歴史上の事実か?」ということだったのは、そのような事情があったからだった。孟子が「古い書物にそう書いてある」と答えると、宣王はさらに「臣下の身分で主君を殺すことが道義的に許されるのか」と反問した。


常にシナリオを二つ用意しておかなければならない


孟子は答えて「仁愛をそこなうものは賊であり、道義をそこなうものが残である。こういう残賊をおかすような悪人は、天子にして天子でなく、一個の人間に過ぎない。だから、殷の湯王や周の武王は、天子にして天子でない残賊、すなわち一個の人間に過ぎない夏王桀や殷の紂王に反抗してそれを殺したのである。殺した相手は一個の人間にすぎなかった」という。
 これが有名な中国における革命論である。すなわち、中国を統治する君主は、人民の人望をえている聖人である人が、天から命じられ、天の代理である天子として人民を治めるのである。だから、暴虐な君主たちは人民の人望を失い、人民に反抗され、そしてけっきょくそのくらいを追われる。ここでいう天は、仮想的・抽象的なものであるが、その天がいままでその王朝に命じて天下を治めさせていたのが、その命令を改めて、人民の人望を失った暴虐な君主を放逐し、その代わりに、新しく人望をえている者に命じて天下を統治させる。人民の世論に応じて天が命を革(あらた)める――この革命論を初めて打ち出したのが孟子である。」(貝塚茂樹・伊藤道治『古代中国』2000(初刊1974) 講談社学術文庫 p.485)


• 常にシナリオを二つ用意しておかなければならない。革命のシナリオAと別のシナリオBである。後期水戸学の特徴としては易姓革命を否定し尊王の立場をとったから、シナリオAは無理だった。そのかわりシナリオBがある。聖人は命名行為によって国家を制作するシナリオである。だから王政復古のクーデターはシナリオBに基づいていたとはいえない。だが、国家の成立とともに、恰も国家は聖人がどこからきたのか語らなければならなくなったかのように、後に明治憲法天皇が不可侵であるとか言いだすことに先行して、国家は聖人を天照大神として再構成していた起源的言説が幕末にあった。この起源的言説は、西欧も支配する、19世紀において顕著な帝国のものである。(民族主義は影響力をもってこの時代に存在したと言えるか?それはその言葉を知る大正時代に起きると思わされる。) 歴史修正主義に囚われている21世紀のわれわれはほんとうにそれほど、明治におけるこの起源的言説から遠くにいるのだろうか?


期待外れをたたえる


ラストエンペラー』のベルトリッチは鏡にうつらぬ心の影にこだわるようなメチャクチャ面白い作品を作る。映画界の本居宣長だとおもう。だけれど暗闇とは何かの裏側でしかない。その表側を示してこそ映画は左翼である。そうしてゴダールは映画において決定的な何かを言う。と、おもっていたら、嗚呼前作とまたおなじことを言っている。映像と言葉は別々ではいけないぐらいのことしか言えない。ゴダールの映画にいつもガッカリさせられる、常に期待外れである。嗚呼ロッセリーニだったら、パゾリーニだったらとおもってしまう。しかしゴダールはこの期待外れが凄いのだ。われわれが住処としておる近代がガッカリしている。そうならば近代をガッカリさせてやろうではないか。多分このとき、形而上学的論理の順番が告げられている。映像と言葉とは、生者と死者を分けへだてはいけないように切り離してはならない。つぎに映像を考えよ、生者を考えよ、言語的存在である人間が存在する意味を考えよだ。しかし近代とは専ら生者を考えるのである。死に場所なんか500年前からなくなっている


“excuse the emotion, but when I die, Delaware will be written on my heart. "


Time is not a thing, thus nothing which is, and yet it remains constant in its passing away without being something temporal like the beings in time.

Martin Heidegger


Maybe the most certain of all philosophical problems is the problem of the present time, and of what we are, in this very moment.

 –Michel Foucault,“The Subject and Power”


アイリッシュ系の新しい大統領バイデンが作家ジェイムス・ジョイスの言葉を引きながら自分の決意を語ったよ!(ジョイスはDublinと言ったところを、バイデンは自分が代表しているDelawareと言っている)。嗚呼果たしてヒューマニズムホワイトハウスにもどってくるのか?

“excuse the emotion, but when I die, Delaware will be written on my heart. "


Das andere >Ende< aber ist der >Anfang<,die >Geburt<.


Im Sein des Daseins liegt schon das > Zwischen< mit Bezug auf Geburt und Tod


Martin Heidegger


Time is not a thing, thus nothing which is, and yet it remains constant in its passing away without being something temporal like the beings in time.

Martin Heidegger


来年はジョイスユリシーズ』出版から100年である。前衛的近代チャンピオンか、それとも、解体近代のポストモダン的チャンピオンなのか、ジョイスをどう観るかをめぐる議論は、シェークスピアとダンテと並んでヒューマニズムの偉大な歴史に刻印されることになるだろう。しかしである、ヒューマニズム帝国主義とが両立する問題を、グローバルデモクラシー無き新植民地主義ネオリベグローバリズムが始まった後期近代のジョイスの読みにおいて問題にしなければいけなかった、ヨーロッパの周辺アイルランドの声なき声はどうなるのか?平等の最高の理想は西欧にある違いない、否、アジア(仏教)にこそあるがアジアはヨーロッパのようにそれを実現する方法をもっていなかったのか、この点について議論がある所だけれど、問題はヨーロッパも、西欧に対抗したアジアも、帝国主義に絡みとられてしまったことである。「自分で決めた亡命」をやったジョイスアイルランドであれ、岡倉天心の「東洋の理想」であれ、ヨーロッパの周辺の思想なり芸術が、対抗西欧の復古主義に陥らずに、精神の隷属を拒んで西欧を包摂するような未来は不可能なのだろうか?


トランプ大統領選出のときは核ボタンを押す危険が心配されたが、彼はビジネスマンタイプだった。だが大量の恩赦を与えて金儲けする最後の最後まで商売にしか関心がなかったとはね


In the US. White people can’t imagine black people who are just like them .


「白人至上主義」または「Brexit 」あるいは「美しい国」。2005年から問題となっていることはこの一言に尽きるのではないでしょうかー“We are on our own” 

時計仕掛けの機械の進行のような容赦ないグローバルな普遍主義に抵抗しなければもうやっていけなくなるときに、対抗的に、反-<グローバル普遍主義>を対象項にしていくことで何か過剰なものを溢れ出させる危険があるとおもいます。難しい問題ですが、デカルトは上手いことを言っています。「われ疑う、ゆえにわれ存在する」と。もちろん、「疑う」だけでは何の解決にならないといわれるでしょうが、だけれど、失われた経験全体の意味を奪回するためには「疑う」ことからだと思います


‪「人間はまた、経験的=先験的二重体であるから、誤認の場所でもあるー誤認といったが、それこそ、つねに人間の思考から人間固有の存在(エートル)を溢れ出させる危険にさらし、同時に、人間にたいして、人間を逃れるものから出発してみずからを想起することを可能にするものなのだ。」(フーコ 'コギトと思考されぬもの' 渡辺一民訳)‬

Parce qu'il est doublet empiricism-transcendantal, l'homme est aussi le lieu de la méconnaissance, ー de cette méconnaissance qui expose toujours sa pensée à être débordée par son être propre, et qui lui permet en même temps de se rappeler á partir de ce qui  lui échappe. (Foucault)‬


Wake up はジョイス文学を読み解く鍵です(「歴史は、そこから私が目覚めようと努力している悪夢だ」)。「目覚め」とは何か?<死>だとジジェクが言います。夢を発明し続けなければ目覚めると。トランプはアメリカンドリームしかなかったので目覚めてしまいました。バイデンは新しい夢を発明できるかです


ジョイスユリシーズ』(1922)は、「歴史は、そこから私が目覚めようと努力している悪夢だ」という「目覚め」の歴史についての言説を語る文学です。『ユリシーズ』は昼の本です。ところでアメリカ人ほど夢という言葉を好む人々はいません。『フィネガンズウェイク』(1939)は知識人の本ベスト10のなかにかならずランクインします。さて夢をテーマとする夜の本である『フィネガンズウェイク』からは、「目覚め」とは何でしょうか?<死>です、とジジェクが言います。夢を発明し続けなければ目覚めると。わたしは、このポストモダンアイロニーにすべてのことが語られていると思います。そしてわたしは<死>を、音声中心主義のラディカルモダニズムと考えようとしています。「文革」はそういうものでした。「文革」以降の中国は、天安門前広場事件の民主化の道を弾圧して、儒教的「礼」で表象される帝国的な政治的統一を以って夢を発明しようとしていますが、成功したでしょうか?目覚めて、ロシアと同様の皇帝的コミュニズムの独裁の死のなかにあるようにみえます。目覚めてしまったのは、中国とロシアだけではありません。「白人至上主義」(アメリカ)または「Brexit 」(ヨーロッパ)あるいは「美しい国」(日本)、2005年から問題となっていることはこの一言に尽きると思われますー“We are on our own”。ネオリベグローバリズムに対抗するために、われわれ自身にこだわる、自言語中心主義<一言語>主義と<一国>民主主義は、実は、ネオリベグローバリズムと両立する悪夢なのかもしれません。われわれ自身の起源と彼らの起源という境界線を引く思考の問題、これは一考の価値があります。思考が思考のなかの思考できないものと関わることができなくなるする近代が構成する思想史的問題です。アタリは伝染病の背景に地球環境の問題があると指摘したうえで、この解決なくして静かにしていれば元に戻るという考えが人類を滅亡させると言います。そこで地球環境の問題を取り組むことができるような世界を語る理念的構成のもとに、グローバルデモクラシーの思想空間を制作する夢を発明しなければ、隣国と隣人の他者に依拠できないわれわれは死のなかに目覚めてしまう未来に不安をもち続けていくのではないでしょうか。


思想史空間は可能か?先験的経験的二重体の人間を論じるときに時間の思考に依拠しては起源の思考に絡みとられる。近代建築の靖国神社ですら太古に遡る。だから思想史的空間を考える。ポストモダン建築の位相空間的構造に人間が定位するような建築の前に立つだれもが、200年前にあらわれた人間が太古から規定されているとは考えないだろう。思想史空間と建築とは一体なのである。これから建築物を見ることは、写真を見ることである。触角なく触るような、思考できない断片たちとのコミュニケーションである。


荻生徂徠が言う聖人による礼楽の制作は、解体-普遍主義(朱子額)の身体であり、身体の外部の成立とともにある思想空間のエクリチュール•文でなのかな


ジョイスユリシーズ』(1922)は、「歴史は、そこから私が目覚めようと努力している悪夢だ」という「目覚め」の歴史についての言説を語る文学です。『ユリシーズ』は昼の本です。ところでアメリカ人ほど夢という言葉を好む人々はいません。『フィネガンズウェイク』(1939)は『ユリシーズ』といっしょに知識人の本ベスト10のなかにかならずランクインします。『フィネガンズウェイク』の書き出しは(riverrun)は、「河は流れます」という文です。フランス語訳は「夢をみましょう」と読ませようとします。どちらも正しいと思います。『フィネガンズウェイク』は夜の本だからです。さて『フィネガンズウェイク』にとって、「目覚め」とは何でしょうか?<死>ですとジジェクが言います。夢を発明し続けなければ目覚めてしまうのだと。生と死を夢を発明できるかによって説明しようというのです。ここでわたしは<死>を、音声中心主義のラディカルモダニズムの目覚めだと考えています。

生と死を別々に考えるのではなく、表側と裏側の関係として一緒に考えるとして、思考の論理的順番を<折り返す>ことによって、裏側にあった<死>を表側にして考えはじめたらどういうことが言えるでしょうか。亡霊のような死から見つめられることになります。<折り返す> によって、夢ではなく、制作が問題となってくるのです。そしてそこではじめて<生>が倫理的に問題となってくるようにおもうのです。ここで『朱子語類』の鬼神論の言説についてわたしは考えるのですね(下は子安先生の板書を書きうつしたものです。) この思考の論理的順番 の折り返しによって成り立つのが「精神」です。「精神」は、荻生徂徠が言う聖人による礼楽の制作が解体-普遍主義(朱子)の身体であり、身体の外部の成立とともにある思想空間のエクリチュール•文でしたが、そういう制作的契機をもつ理念が「物」として再構成されたものではないだろうかとわたしはかんがえようとしています。


国際社会にデビューするアジアのイスラム国を歓迎するはずだったのに、その機会を奪ってしまった五輪の東京開催決定は国際協調主義の憲法に反したと思うのはこのわたしだけなの?


福沢諭吉はsociety を人間交際と訳した。誰彼構わず話したソクラテスを危険人物とした「社」会は囲むが、人間交際は多孔性である。人間交際の思想はpeopleにある


だれも賢人ではありえないというソクラテスの偉大な洞察から知にたいする愛、哲学が生まれたのであった。この点を考えると、イエスの全生涯の物語は、善に対する愛が、だれも善ではありえないという洞察から生まれたことを証明しているように思われる。

ーハンナ•アーレント『人間の条件』


We are reminded to Socrate’s great insight that no man can be wise, out of which love for wisdom, or philo-sophy, was born; the whole life story of Jesus seems to testify how love for goodness arises out of the insight that no man can be good. 

ー Hannah Arendt


「沖縄は日本にとって自己を変革させる道徳的警鐘者である。だから「沖縄の日本」とは、大江健三郎が沖縄という鏡の中に見た、そして見たいと望んだ過去、現在、未来の日本人像ー言い換えれば、祭司・大江健三郎が繰り返し祝詞を上げて呼び出そうとする、日本人の手中の鏡に映った多重的な自己である。」

ー呉叡人『台湾、あるいは孤立無援の島の思想』



ロンドン時代、テートモダンの詩のワークショップで一緒だったイタリア人は日本人の私の風貌がカルロ・ポンティに似ていると面白がっていたが、テムズ川に沿って歩きながら、散文的な英国人の悪口をいいながら、と、イラク戦争の話になった。米国の戦争も狂気、戦争を支持した英国人も狂気だ。と、彼女が私に言った。イタリア人は狂っていると言われるけど、英国人は狂気を隠すのが非常に上手いのだと。彼女は英国人と結婚しているから知っていると強調した。まあそれはユーモアだったか、軍国主義的に形式的で冷たいイギリス人に似ていると思われている日本人とファシズムに絡みとられた狂気の歴史にたいする批判だったか。イギリスに関していうと、私は、英国人達はアイルランドに来てアイルランドから自己を確立しようとしていたのに、エデンとイヴの園に来たと感じることになる彼らの狂気を見たような気がした。何かそれはアイルランドを対照項にして、アイルランドが無くなってしまうような祀るロマン主義(対抗日本ロマン主義)ではなかったかといまおもう。イエーツから感化をうけた大江の小説「燃え上がる緑の木」は、祀られているアイルランドを読むことができるが、リアルなアイルランドが無くなってしまっているのではないだろうか。わたしもその中にいた、イラク戦争は自分たちと無関係なのに隣人のこととして感じて思わずダブリンの街頭にでて抗議した十万人が制作ようとした公共空間(エスタブリッシュメントとは別のあり方)と、祀られているアイルランドとのあいだ共通のものがない。思考不足で深められないが、呟きでもやっぱりちょっと書いておこうかな


ハイデガーは、私にとって常に本質的な哲学者でした。私はヘーゲルを、ついでマルクスを読むことからはじめ、そして1951年か1952年にハイデガーを読みだしました。更に1953年か1952年、いつであったのかよくは覚えていませんがニーチェを読みました。-フーコ『道徳への回帰』-


夜は寒いからかなり早起きしている。「どうして」と聞いてくるから諺を口にした。驚愕された。「あなたの口から損得の言葉を聞くなんて信じられない!!」そ、そこがポイントか!?


向日葵運動の学生達に会えた喜び。帝国か?民主か?子安先生の柄谷行人『世界史の構造』を批判した講義。そこで呉先生が台湾からあなたのビデオを何回も見ていると仰った。7年後の現在、呉先生の「孤立無援の島の思想」を、子安先生の国内亡命の場所から明治維新の近代を問題とする反抗の精神が語る。台湾という外部から、東アジアの開かれたあり方を考えるために、呉先生が書いた大江健三郎批判を考えたい


文学とは何か?言説的でない言説であるとフーコは言う。文学が言説であることを考えさせる作家が大江だ。彼の祀ることを表象させる言説で何が失われたのか?


大江と吉本は「祀る島は祀られる島」の言説ではないか?天皇ファシズムに対抗して<祀るー祀られる>を取り込み、日本ロマン主義の何処にもない島に対抗して>囲まれた島>を書く


名が言語(ランガージュ)の成就であると同時に生の素材でもあった唯一の瞬間ーそれは許しがたい瞬間であり長いこと秘密もうちに葬られてきたーは、サドとともに、言語(ランガージュ)が欲望の舞台、充足、際限のない端緒となり、その全域にわたって欲望につらぬかれたときであった。われわれの文化もなかで、サドの作品が絶えざる本源的呟きとしての役割を演じているという事実は、まさにそこに由来する。ついにそれ自体の発音された名の暴力によって、言語(ランガージュ)は物としての凶暴な姿をあらわにするのだ。名詞(=名)以外の「品詞」も自律性をおび、名詞の至上権を脱し、名詞のまわりで装飾としての付属的輪舞を踊るのをやめる。そして、言語(ランガージュ)を名の周辺に「引き止め」、その直接に言い表さぬものを表示させることのうちにはもはや特異な美がない以上、ここに、言語(ランガージュ)をその生のままの存在(エートル)において顕示する役割をもった、言説的でんし言説(デイスクール)が生まれるであろう。言語のこの固有の存在(エートル)こそ、やがて19世紀が<言葉ウエルブ> (言語(ランガージュ)を表象の存在(エートル)にたえずそっとピンで留めるという機能をもっていた古典主義時代の<動詞ウエルブ>にたいして)と呼ぶこととなるものである。そして、言語(ランガージュ)のこの存在(エートル)を保持し、それをそれ自体のために解き放つ言説(デイスクール)こそ、文学にほかならない。

ー「語ること」、フーコ『言葉と物』(渡辺、佐々木共訳)

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Wiki によると、「道場」(どうじょう、みちば)は、サンスクリットのBodhimandalaを漢訳した 仏教用語菩提樹下の釈迦が悟りを開いた場所、成道した場所のことらしいんだね。道は、何のことかわからないけれど、わからないけれど、四角形と繋がっているのが面白いとおもう。やっぱり道は路

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推敲中

朱子学漢字文化圏コスモスポリタニズム。透明となった言語の観念は抽象的だが、天理や天命の思想の直線のイメージは具体的である。それは天から公に向かって垂直的な方向をもつ。万物の平等を考えるが、中華思想として確立すると、平等が成り立つのはanother(メンバーのなかの関係が問題となる)においてである。例えば絶対的平等性は皇帝と臣下のあいだを貫くのである。

伊藤仁斎における朱子学脱構築では、不透明な言語は『童子問』において深遠さより平易さの大事な意義が言われるように抽象的ではない(注釈される『論語』では「仁」は何かと定義したりすることはない)。言語は観念的でないことが要請されるが、天下の思想の直線のイメージは抽象的であるとわたしは思いえがく。それは「道は路なり」といわれるように水平的な方向をもつ。朱子も「路」の比喩を使ったが、仁斎における平等はeach other(メンバーの外にある関係が問題となる)においてである。 仰ぎ見る天における対自的関係、天下的関係。


アリストテレスからマルクスへと語るのは、世界史と日本史が古代史(近代の写し姿)から始めるのと同じで、いかにも知の権力に抵抗していない。マルクスからアイルストテレスを語る見方もネイティヴ化すると、外部が無くなる。そこでフーコの思想史は、常に盲目の解釈にたいして、背後からささやいてくる17世紀の沈黙する映像を、あたかも本の外部としてあるように、本の一番最初に置く必然があった


ゴダールモンタージュの概念を展開する。投射されるスクリーンは投射するスクリーンである。だがスクリーンを対象項とする<祀るー祀られる>ような神聖さを脱して、無の傍らにある絶対平等の至高なものへいく

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言葉、言葉。野党議員が求めるのは議論する本質。それなのに、語る態度とかそんな小さなことにとらわれている本質を議論しようとせず周りに気を遣って馴れ合うだけを考えるこんな人物に共感をもったら私は自分を恥ずかしく思わなくてはいけない。結局ガースーにやっつけられているのではないかと疑うけれどね。スタイル(文体)が問題となっているのに、まだこういうこともあるかもしれない。国会議員なのに、女性が意見を持つとみなして、感情を以ってそれを語ることに反発をもつこと。日本だけだよ


いまや、古典主義時代経験における言語(ランガージュ)の強固で緊密な統一性が何であるか、把握することができるだろう。言語(ランガージュ)とは、分節化された指示作用の仕組みによって、類似を命題的関係のなかにおさめるものである。つまり<ある(エートル)>という動詞を基礎とし<名>の編目によって顕示される、同一性と相違性の体系のなかにおさめるのだ。古典主義時代における「言説(デイスクール)」の基本的任務は、<物に名を付与し、この名において物の存在(エートル)を名ざす>ことである。二世紀にわたって西欧の言説(デイスクール)は存在論の場であった。つまりそれは、表象一般の存在(エートル)を名ざすとき、哲学、すなわち認識の理論および観念の分析であり、表象された個々の物に適切な名を付与し、表象の場全域にわたって「よくできた言語(ラング)」の網目を張りめぐらすとき、学問ーすなわち、名称体系と分類法ーだったわけだ。

ー語ること、フーコ『言葉と物』(渡辺、佐々木共訳)

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音声中心主義のラディカルモダニズムの必然?


レヴィ=ストロースの主張は、外的な相似を乗り越えて内的相同性に向かうべきだ、という点に集約されるからだ。そこで求められているのは、(…)悟性の象徴的・構造的秩序を作りあげることである。」

Rien n’est plus explicite à cet égard que les textes célèbres de Lévi-Strauss concernant le totémisme: dépasser les ressemblances externes vers les homologies internes.( D=G)


不遜なあの箱根オーフィリアも「悪いことをすればお天道様に筒抜けだ」にびびるのは祖父母に言われたらしい。道は徳ではないが、音が似ているので、この国では区別がなくなっちゃっている


箱根オーフィリアはカトリックプロテスタントの学校にいったが、「絵空事よ」。マッカーサー時代に漢文を教わらなかったが、「お天道様」にびびるのは漢字遺伝子によるものなのか


ホッブスはイギリスの当時の権力が全く知らなかった理論を打ち出した。しかしそれは後の近代主義に都合のいい制作論だったかといえば否である。ホッブスの社会契約論は、近代主義自然権のいわば自然を段々消していってしまうのであるが、リヴァイアサン自然権から切り離して語ったのではなかった。明治啓蒙は近代主義ホッブスにやったことを「功利主義」の荻生徂徠にやった。だが徂徠の制作論は、外部の思考であるから、制作を自然(朱子学)から切り離すわけにはいかなかったのであるー丸山真男の「作為」の理論が考えるようには。中江兆民はルソーの社会契約論を自由民権運動の知識人的活動家たちのために儒学的コンテクストで考えた。「天命の自由」と「人議の自由」、この両者は中江兆民において互いに切り離せなかったのある。他者である読み手に出会うために兆民にとって、philosophyの訳は「理学」でなければならない。「哲学」(井上訳)では何のことかわからなくなってしまうからである。


大島渚『儀式』の結婚式は前夜に花嫁が逃げ出したのに何事もなかったように進行したように、嗚呼、東京五輪は国家の他に誰一人来ないような儀式を強行して五輪が逃げだすのかしら


官僚の近代は何でもかんでも計画してきた。公害体制など必要ないものも作り続けた。1990年からは官僚は何もしなくなる。30年間一切を市場に任せたから現在必要なものをつくれない


日本は大きな他者•中国に物を言うためには、俺の背後に米国がいるとEUに自国の優越を示した英国の失敗を繰り返すのではなく、先ず民主化する自己を示してこそ言葉に実がある


マルクス主義では近代化を経ない脱近代はあり得ないが、アジアの現実は近代化せずに脱近代している。問題は近代化ではなく、脱近代において集中した権力を分散する民主化ではないか


Inventing Asia

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心と身は仏教が最初に言ったらしいよ。近代は専ら我は心であるが、古代は我は身で受けられる。「身に得て徳を我に形成する」といわれる



法哲学』(ヘーゲル)は人倫の三角形を書いている。家族(色々な形があるべきだ)を考える。家族から自立した個のあり方を考える。市民法の領域だ。問題は国家を考えるときである。国家の近代をどういうふうに考えるか。宗教にとってかわられた独立ナショナリズムにおけるブルジョワ的なものに絡み取られる(国家祭祀の近代)。しかし平等に誰もが参入できる公共空間を作れなくなることをみなければいけない。『法哲学』はアイルランドで再び読み直して理解できたことがおおかったが、現在は公共空間を作っている向日葵運動の台湾を無視しては『法哲学』のことを考えられなくなっている。もっと言葉が必要なのに自分の思考不足を痛切しているが、日本のことだけを考えると時間の無駄であるようにどんどん感じるようになってしまったのは、何か、『法哲学』がわたしに考えさせようとしているのかもしれない..


法哲学』はアイルランドで再び読み直して理解できたことがおおかったが、現在は公共空間を作っている向日葵運動の台湾を無視しては『法哲学』のことを考えられなくなっている。もっと言葉が必要なのに自分の思考不足を痛切しているが、日本のことだけを考えると時間の無駄であるようにどんどん感じるようになってしまったのは、何か、『法哲学』がわたしに考えさせようとしているのかもしれない..ヘーゲル儒教とおなじように家族と宗教を否定しない。かれの『法哲学』は人倫の三角形を書いている。家族(色々な形があるべきだ)を共同体の多分公理のようなものとして考えている。市民法の公理として、家族から自立した個のあり方を考える。問題は国家を考えるときである。国家は公理なのか?これを考えときは考えることができないものを考える必要がある。宗教である。国家は国家であるためには宗教の原理主義にとってかわられなければならない。だが独立ナショナリズムにおけるブルジョワ的なものに絡み取られる、あるいは、靖国神社としての日本人のアイデンティティみたいな再び国家祭祀の近代におけるような国家主義の内側に向かっていくようでは、平等に誰もが参入できる公共空間を作ることは難しいことをみなければいけない。


The theory of thought is like painting: it needs that revolution which took art from representation to abstraction. This is the aim of a theory of thought without image.

Gilles Deleuze, Difference and Repetition


宗教は哲学的知を表現する「表象」(Vorstellung) の形式をもつ。銅像孔子を真っ二つに割った文革ファシズムにおいてあらわれたような、音声中心主義の破壊し尽くすラディカルモダニズムの問題を考えると、絵画は表象から抽象へ行けとドウルーズが言うようには..「抽象」の捉え方が問題で、ラディカルに表象を全否定することを語っているのではないだろう。しかし敢えて表象にとどまる代償とは何か?わたしは答えもないが、抽象へ行く時代に表象に反時代的にとどまるときに考えるのは、解釈する神話的偶像再興の和辻のファショズム的言説ー「祀る神は祀られる神である」ーの孕む問題である。これは神聖さを表象する言説である。既に近代が成立する17世紀において、宗教も表象も腐敗するのはそんな神聖さの内部においてあることが議論されたのではなかったか?議論するためには、新しく、表象された神聖に国家という名が与えられたのではなかったか?17世紀のまえに、作為を自然から切り離して、国家を語るような言説はなかった。腐敗しているだけなのに、そこに命を奪われても文句がいえないような神々しい恐怖をみるのは近代からである。思想の理論が絵画との関係においてあるとすれば、例えば自己のほかに対象なき純粋な思惟のような思考できる自分自身を前提にした思考をやめて、思考できないものを思考していくように抽象から自立する反時代的な外部であって、ここのほかにない


MEMO

「思考する」は明治の翻訳語(?)。和製漢語がなければ「思考できない」が、「思考することができる」ということまで保証してくれない。


「人間は、思考するということの可能性をもっているかぎりにおいて、思考するということを心得ているが、しかしそのような可能性は、まだ、わたしたちが思考することができるというまでは、保証してくれないのである」、思考は「思考させる」もの、思考されるべきものの現前において、強制されてやむを得ずといったかたちでのみ思考するーそして、至高されるべきものは、まさに思考されえないもの、あるいは非-思考でもある、すなわち、(時間の純粋な形式にしたがって)「わたしたちがまだ思考していない」永続的な事実である。ーDeleuze 財津理訳

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聖人の「無名ノ敬」は信と一体となった物に書かれたものか?「敬」と云える名がなければ考えることができなかったが、「敬」の一字を分節化して句読点が成り立つ文を作っていいのか


演劇は俳優のもの、映画は監督のもの。キャラ反復+構築3次元又はGo to編集2次元。ポストモダン建築は鑑賞者のもの。スケールは整数で例えば生成1.5次元のより自然な状態


音楽は直接に作用してくる大きな力をもっている。音楽は絵画がもたぬ権力をもつ。音はヤコーブソンがやったように物理的に記述されるが、彼が示したのは音が成り立つ文化の空間


「失われたもの」の回復を言う近代の言説のもとで、「元号」は万葉集の指示した「元号」によって失われたものとなった。絶対の起源から排除すべき漢字で書かれなければ消滅していた


他者にむかう思考のイメージは、自らを前提にしたように展開する思考に非ず。思考の可能性だけでは思考ができる(外の)思考のイメージではない。外部は、写真をとって見るように触角無くして触れること。しかし内側の奥は、写真をとらないから手が見ることがないように触角があるが目は触れてはいないのである

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論語』は殆ど定義しない。「OOというのは」と定義して覆い尽くす近代がない。女性の妻の役割を語る大義名文の下らぬ文が一つある(孔子の言葉か分からない)が時代の限界だろう


海外に出たら、フェミニズムラカン精神分析とポストコロニアリズムを勉強させられる。そこでサイードスピヴァクを読んだおかげで帰ってきてポストモダン孔子を学ぶことになった


デュラスはどんな女性も面白いのはそれぞれ幻想をもっているからだと言う。男性がつまらない。レンブラント集団肖像画の光の中に置かれた少女のような集団の幻想しかもてないからだ


ダブリン時代に宗教画家と交流があった。自分を批判する愛人と娘を形容した彼の言葉に女性達は反発した。私は自前の小説の中でマルクスにその言葉を言わせたー「幻想が幻想を産む」


まだ彼等はロンドンデリーと言っている。イギリスにいたときは、なぜミャンマーというのか、もうビルマと呼ばないのかという疑問をもっている...


山崎闇斎論を読み終わったら、中江藤樹論、中井履軒論を再び読もうとおもう。江戸時代は京都、大阪、江戸がそれぞれ文化、経済、政治の中心をなした。物が知識を運んだ。大阪に懐徳堂ができたのはネットワーク論から説明できるという


‪推敲中

ダブリン時代にハロルド・ピンタの映画の特集を10日間やっていたときの話ですが、インテリがユダヤ人問題を考えるという映画だったので私は毎日映画館に通って(IFC)、全部みました。問題提起がありました。ただ正直、映画としては耐えられないほどつまらないものでした。わたしはいつも映画における構図を考えるので大抵は同じ席に座るのですが、毎日ガラガラの映画館のなかで毎日自分の前に同じひとが座っていました。体格がよく帽子をとらず行儀悪く前の席に足をのせて映画を最後まで見ています。ある日、観客は、私とその彼だけ。とうとうこの日が来ました。多分浮浪者だろうこの男に、「あなた、こんな映画、一体何が面白いの?」と顔をのぞいてきく日がきたのです。だけどそのときは帽子をとっていて、頭に包帯を巻いていて、何か聞く気がなくなりました。思い出の中では、この男からみると毎日同じ背後の席に座っているわたしのことも怪しいと感じたのだろうけれど、彼はアイリッシュにしては外国人慣れしている。アイリッシュではない。沈黙。それから二人は闇のなかに...。あとで、映画館の男がピンタその人だったことを知りました。ピンタはノーベル賞受賞がきまったことをこのダブリン滞在中に知ったようです。‬彼の『ハッピーバースデー』をロンドンで観ました。闇のなかで誰が何を喋っているかわからない場面があります。パッと舞台が明るくなると、死体があります。と、この芝居の闇によって、あのときの闇は何だったろうのかということを考えていました。わからないままですが、「黒板」のようなものではなかったでしょうか?誰が何を喋っているかわからない外の暗闇に書き続けるしかないわけで、「意味」がでてくるまで...


 森の女性蔑視発言は「失われたもの」の回復、即ち起源への回帰を言う近代の言説だ。だが他者を排除して、自民党の自らを前提にしたような思考の展開ではもうやっていけなくなった


閉店前の食堂に駆け込むとテレビ国会中継。客も店員も、怒る野党議員の話に集中して質問を聞いている。だがガースーの答弁の言葉が始まると誰一人聞かない。プチっと消してしまった


三月だったが、自由が丘にある立ち食いそば屋のおばちゃんがラジオで厳し過ぎた自粛要請をした小池知事に向かって「うるせえ!」と怒った。ずっとガラガラで昨年に潰れてしまった


徹底的に国際問題化しよう!

#DontBeSilent

#GenderEquality

#男女平等


寸劇

バッハ会長「あなたの謝罪は誰も理解できません。五輪憲章に反する発言を容認することができません。どうしたらいいものか..」

森会長「解釈改憲すれば早い」


六カ国語読めなければいけない、ラテン語がひとつ入っていなければならないと中学時代の漢文の先生に言われた。どうもパージされて塾に教えにきていたらしい。また高校入学のときは、まだアジアという言葉が少しタブーにかんじられた時代にアジアを考える先生に言われた。ヨーロッパに行って研究するばかりでなくもっとヨーロッパから人間を呼んできて日本で研究してもらわないといけない。インド人やキューバ人のように三時間喋る必要があるとも。隅っこに汚い『世界』が積み上げられていた教室に、中江兆民を読まされた。卒業式の歌の練習にフォークソングをうたう全共闘世代たちが先生だった。岩波書店の世界史や中国史なんかがズラーと並んでいる街の本屋さんに、サルトル存在と無』がかならずあった。10代の記憶は消えている。だけど意志というほどのものではないけれど、独学とはいえ、本は読んだし(全部無くなってしまった、デカルト方法序説』を除いて)、なんとか読んだ限りにおいて、現在を支える問題意識のなかにいくつかは残っているようにおもう。前置きが長くなってしまったが、現在も考えるのは、全く正反対の方向にみえるのに、科学革命と宗教改革ルネッサンスにおいて一緒に成立するのはどうしてかという問題である。西欧形而上学の理解なくしてヨーロッパで考えるのは限界があるが、朱子学陽明学のアジアの500年間を射程におくことによってこの問題を考えることができるかもしれない。中江藤樹朱子学と宗教的に関わったが、山崎闇斎は日本朱子学を確立したのである。17世紀の註釈学の知•伊藤仁斎以降、多種多様な学ー洋学と国学ーが開花する。神学は平田篤胤からである。渡辺一民氏は「僕は江戸の註釈学のことを全然知らない」と言った。日本思想の要である「津田左右吉は普遍主義なのか反普遍主義なのかわからなってくる」。アジアで読む『言葉と物』を深めるためには、ここを押さえておくのが大切だとやっとわかってきた

わたしの不十分な理解だけれど、津田は王政復古としての明治維新の近代にたいして相対化しようと批判するときは反-普遍主義的である。対抗西欧の近代のインチキを見抜いていた。他方で津田は創造性を強調するところで不可避の他者である漢字を文革的に全否定する。漢字知識人の総体を否定するラディカルモダンの普遍主義である。普遍主義か反普遍主義か、両極の中間にある位置にこそ価値があるかもしれない。しかしこの中間点において不可避の他者である言語を消去してしまっては、ロゴス=言語的存在としての人(人間)がいかに存在する意味を考えるのかという形而上学の問題が無くなってしまうのではないだろうか。


言説<単独者の交通する無の場所>から言説<主権国家の交通する帝国>へか..。帝国でもいいが交通を言うからには、宗教マイノリティーとの関係、周辺国との外交を解決しないとね


推敲中

「弁名」

論語」は所謂近代の定義集ではない。孔子はどの弟子に何々を言ったといったことが書かれているだけで、例えば「仁」が何々でありしたがってどういう行為なのかという形で抽象的に記されてはいないのである。この一文では、孔子の死後、孔子と弟子たちの間で言葉にしなくとも指示されていて共同に了解されていた自明なものが、解釈しなければわからなくなっていったことが言及されている。徂徠は物と名の食い違いを言う。このような過去との連続性が断たれたという問題意識から、子安氏が使う「祖述」という言葉が活きてくることに気がつく。原初テクストそのものをたたえること、これを読み解くとき、壊されてはならないのは、ほかならない、制作行為としての命名行為の意味である。一回限りの反復しない行為。この誰が命名したのかというアクションの重要性が徂徠によってはじめていわれるようになった、と、わたしはこの一文を読むことになった。ここで、‬「論語」に先行する「六経」の意味が大きく意識されてくるのである。



秩序の感覚は先なるものを卓越とみなす。形なき目に見えないものは目に見えるものより上だというあり方を言う。だが理は只、気の上に只佇むのだ。すべてのものが先なるものではない。すべてのものが後なるものでもない。そして先なるものでも後なるものでもないものは何もない。存在するから等しいのだ



Finnegans wake 

What true feeling for their hayair with what strawing voice of false jiccup

「嘘のしゃっくり藁声で干し草髪を撫でるなんてこころのなかのまこと! 」


(ジョイスは聖書の話を利用して文を作っているようだ。老いて目の見えなくなった父イサクがエサウに鹿肉をもとめたとき、ヤコブは山羊皮をかぶり父に鹿肉をもっていった。父は「声はヤコブだが、手はエサウだ」と言い、エサウのつもりでもヤコブに祝福を与えたという。リフィー川の流れを髪と言っている?アナ・リビア・プルーラベルAnna Livia Plurabelle の髪?)


I try to pick up the hot potato of the Japanese link with Te’no (Emperor )fascism. The hot potato turns out total subordination in the Arahitogami (the living god). The potato never deify the other because it deifies itself (a sort of noesis structure without object)


「女はいらない、女は喋りすぎだ」と言うやつは結局「女」を必要としているのさ。「女は生かしてくれるが、ほったらかしにする」とヒモになったゴダールのように呟くだけにしておけ


“本の目次”で読み解く思想史


実存主義からポスト構造主義へ、ポストコロニアリニズミからポストモダンにおける民主化のあり方を問う新しい思想へー


1、左はサルトル存在と無』(1943)の目次

第二章は、「対自存在」

実存主義の思想


2、右上はドゥルーズ『差異と反復』(1968)の目次

第一章は「即自における差異」(それ自身における差異)、第二章は「対自における反復」(それ自身へ向かう反復)

ドゥルーズサルトル存在と無』の「存在」を「差異」におきかえた。

後期近代のフーコ『言葉と物』(1966)から確立するポスト構造主義の思想


3、右中はネグリAntonio “Toni” Negri “ Traversées de l’Empire”(2011) の目次


ポスト構造主義とポストコロニアリニズミムから、「帝国」としてのグローバル資本主義の問題を問う


4、右下は子安宣邦氏『帝国か民主かー中国と東アジア問題』(2015 社会評論社) の目次

ポストモダンにおける民主主義のあり方を問う


•海外に出たら、フェミニズムラカン精神分析とポストコロニアリズムを勉強させられる。そこでサイードスピヴァクを読んだおかげで帰ってきてポストモダン孔子を学ぶことになった


マルクス主義では近代化を経ない脱近代はあり得ないが、アジアの現実は近代化せずに脱近代している。問題は近代化ではなく、脱近代において集中した権力を分散する民主化ではないか。


•失われた経験の全体の意味を自立的に奪回する差異の多元主義に向かって、ロゴス=言語的存在としての人(人間)がいかに存在する意味を考えるのかという形而上学の問題が無くなってしまわないように。要請されるグローバルデモクラシー




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柄谷行人『世界史の構造』(2010岩波書店)と英訳’the structure of world history’.


•『世界史の構造』はアジア知識人に、後期近代における『資本論』の読み方を教える。もはや近代における『資本論』の伝統的な読み方ー絶えずヨーロッパとのギャップに思い悩まされるーは問題となっていない。伝統的なマルクス主義では近代化を経ない脱近代はあり得ないが、アジアの現実は近代化せずに脱近代している。良い悪いを別として、アジアの関心は、近代化についてではなく、脱近代についてである。そうして柄谷は希望を以て(?)、帝国から自立する徳川日本のあり方ー時間の束ーをポストモダン的に分析できた。中国は溝口と柄谷によって今まで全く知られていなかった理論から再構成される。しかしその中国の発明が画期的だとしても、問題となっているのは、脱近代において集中した権力を分散する民主化ではないだろうか。


なりふり構わずに奪ってきた五輪に、失われた経験の全体の意味を奪回できると思っていただけに、高笑いする右翼大臣にもう自殺したくなるが、その前に自分と自民党にNoを示そう


東京五輪などの開発と経済と同化はどんどんすすむのに、全然ものが言えるようにならない女性たちは自由に喋らせてくれと怒っている!


「生民之本尽」とは、易に曰く、「天地の大徳を生と曰ふ」と。「民」は人なり。経に曰く、「天地の性は、人、貴しとなす」と。ゆえに生民と曰ふ。「生民」は、なを生活活発の人と言はんがごとし。「本」は根底なる。人の孝徳ある、なを木の根底あるがごとし。ゆえに孝をもって生民の本となす。「民」はその極に至りてしかうして遺すことなきにの謂ひ、「性を尽くす」の「尽」と同じ。ー中江藤樹


何でもかんでもカネがものを言う日本。イスラム国の国際デビューの機会を奪った東京五輪の値段は7000億円から3兆円に。世界の多数派である貧国の五輪開催の未来を潰す犯罪だ


だけどもし安倍が会長になったら?伝染病を克服した勝利、死者を祀るような全く新しい天皇ナショナリズムを支える新靖国神社としての東京五輪がまさか現れたりして Oh コワッ


エエエエエエ!!!?森は会長を辞めたことはやめたが、代わりに、川淵と安倍を利用して院体制を確立しちゃったような権力を持ったまま、自由の身になったのではあるまいか..


アメリカは現実を超えている。トランプ氏の弾劾裁判が開始、米上院は裁判を合憲と判断。映画もトランプみたいな怪物は出てこない。今の時代は映画を観ていたほうが安心である(笑)


12年間のあいだに非連続的陥没があった。ダブリンからロンドンへ、神々のジョイスホメーロス世界の詩から、現代アート的クセノファネス世界の詩へいった。If horses could draw, they would draw their gods like horses。平面が折り重なるようにヨーロッパの周辺からアジアの周辺に戻ってきてしまったが、わたしが戻ってきたところはまだ明治がはじまっていない。中江藤樹の「孝」の教説と<孝子伝>との間にとどまる。「民は人なり」という。だがそれは人間という意味ではない。毎朝起きたらわたしは馬だ。「生民」となるためには、天地の大徳としての生生的あり方を己の性としなくてはならない。あなたは存在しているかと問うわたしは詩をひとつ描く\書く。そうして投射された馬の影像から離れて朱子プラトン世界に向かって行く

リーマンショックの年だったかな、詩の話をしたので頭がおかしいとはおもっていなかったみたいだったけれど、本しか読まない私が世を棄てていると呆れていたナイジェリア人が、ある日、チェーン店カフェに入ってきて、「おい、坂道の教会があるだろう、あそこのシスター達はおまえを聖人だと言ってこのところ毎日拝んでいるんだそうだ」と驚愕していた(笑)


推敲中
六十八年パリ革命は植民地主義的西欧中心主義的の普遍主義の傘に穴を開けた。が、十分な数ではなかった。思想史は語る。「公の空間」を縮小していくネオリベグローバリズムの貨幣と中央銀行を取り囲む運動が起きてきたのは、それまで「公の空間」からも「私の空間」からも疎外されてきた人びとであった

A robustly just society is where the members , when acting self-consciously within rational and private norms - never adequately possible see freedoms not as ends but absolute means to protect their transgression, which is also their exercise.
Gayatri Chakravorty Spivak

議会に乱入したトランプ支持者達の中には「改心」するものもいるらしい。多分奥に入り過ぎたのだろう。近代が根づく深さは貧しい。開かれた全体をみる位置は内部の中には存在しない

思想史は深入りしない。どの要素(自然)とどの要素(人間)を交換したらカントのゲームの規則デカルトゲームの規則になるか考える。すると固有名とは何だという問いが出てくる

構造にも、構造と構造の関係にも還元され得ないような、固有名の名は、開かれているという意味で、開かれた全体をみる位置が内部の中には存在しないように、外部の思考を可能にする

‪‪‪
推敲名
‪「日本」という単一の「傘」に多数の穴をあけること、「ひとつの日本」「ひとつの日本語」をできるだけ相対化していくこと、生きるために。1968年は重要な契機だった。だが、現在、現実にこれほど隙間なく国家の構造に取り囲まれてしまっていては再び占拠できる空間を見いだすのが難しい。しかし別の次元で介入できる余白がまだあるかもしれない。つまり時間の占拠のことである。1960年代から学生と市民の視点から近代が問われることになったのである。過去の言説を批判的に読み解く形で、国家が自らのアイデンテイテイーとして隙間なくはりめぐらす言説体系の「傘」に穴をあけていくこと。生きるために、意味を作り出すために。同じであることはあり得ない、絶えず変化していくということを示すこと。そうして脱出する穴を言説の網目にあけるというのは、もちろん簡単ではない。ひとりで取り組むことなんて不可能だ。だがここに、近世の思想を構成する徂徠学を読む意義があるのではないかと段々気がついてきたのである。私はかんがえている。徂徠もこれと同じことをかんがえていたのではないだろうかと。彼がそこにはいりそこから出ようとしという意味において依拠しようとした過去は、ほかならない、朱子であり仁斎、そして二人がはじめて言い出した言説であったのだ。‬子安宣邦氏の評釈の抜き出しと訳を示しておこう。「『世は言を載せて以って移る』と徂徠はいう。時代の変化とは、物言いの変化、言説の変化である。」「徂徠が『豪傑の人』と評するのは、朱子であり、伊藤仁斎である。朱子も仁斎も徂徠にとって批判的克服の対象であるが、しかし彼らが傑出した才能をもって、儒学とその言説を一変させた人物であることをみとめるのである。豪傑の士とは、世に英雄として対し己において聖人の道を担おうとするものである。学とその言説が一変するのは彼らによってである。」

世界記録を持っていたが自費でギリシャへ行けと言われて断念した日本語学習者のアイルランド大学生を思い出した。金持ち国の社交クラブ「五輪」にそれほどみんなが参加してはいない

ポストコロニアル世界のワールドカップは参加国の数という点で近代主義の五輪より普遍性がある。新しい政治?ナショナルチームのどの選手もそれほど母国を代表しているのか不透明だ

ちょっと思ったことがあるのだけれど、女性蔑視について大企業は「われわれの価値観とちがう」というが、ほかのことは日本会議の森の考え方とおなじなのだろうか?よくカネが出せるな

日本会議はおかしいがアベノミクスは正しいと説く大企業的人間の安倍支持のお喋りは、10%しか知らないのにみんなを代表すると思う日本会議の根源的誤認にそっくりで恥ずかしい

錬金術Europasianisedは告げるーヨーロッパEuropeとアジアAsiaを混ぜよと。我ら自身に拘るケチな一国知では豊穣なポタージュスープを制作できない

大坂なおみさんは暴行を受けた死者の名を記したマスクをつけてコートに現れたのは事件だった。世界は多様性の象徴となった彼女の意見を聞きたい。「(森は)考えが足りない」と言う

3兆円を福島のために使えなかったのかとおもうのはわたしだけだろうか

保守は、マイノリティを差別する自民族中心主義で戦争責任を考えない近代を否定しなければいけない。しかし近代に対抗しているだけの森と川渕は保守伝統でなくて開発•戦争•同化主義

知識人とは、教える親がいなかったから(いたとしても) 正しいことは全部本を読んで知った理念的孤児。帝国官僚合理主義からの自立、武士社会に依存しない中江藤樹は知識人だと思う

中江藤樹は、「俺も親孝行だったが」と近代人に称えられるような模範的な親孝行をしていない。己の感性的世界から脱して他性へ行く脱自的な、聖人と呼ばれることになった異常な親孝養だ


推敲中‪‪‪

「弁名」ノート‬ 

‪未来を思いだすということは、書記言語的に書かれている過去を参照することによって現在のあり方〜未来の生き方にかかわるーに距離をおく批判精神に存する。それが批判的方法であるとすれば、現在の枠組みのなかで翻訳的に等価物をさがすことは批判的方法ではないだろう。現在の投射から、現在のスクリーンに向かって、過去に失われてしまった不可能な名と物を指示することは、恣意的な分節化と言わざるを得ない。完全にみえる「理」の存在論的言説によっても、過去との連続性は回復することはあり得ない。だからこそ、「弁名」という、言語・言説の古今の変化の認識に立った徂徠学という「先王の道」の古学の思想方法論が必要なのであるという。

ポストモダン遊牧民の場合は動かないんだな。いかに脱出するかを戦略を練っている。動いてしまったら外に出ることを考えない。あえて動かずに外部から考える。まあ、ウロウロウヨウヨ、ガイガイワイワイとやっている多孔ポストモダンモナドにとって、ポストモダン<一>神教は多元主義のこと。脱近代の時代に考えられたこうしたものは、わからないが、ポストモダン的に読まれるような、明治国家(公)に囲まれることがない天における清沢の精神主義朱子が『論語』の彼方側にみた絶対無限に関係があるんじゃないかしら

カイバード「神話的リアリズム」論の言説

アイルランド時代に宮田恭子先生が雑誌「すばる」のために翻訳したこの論文をもってダブリンにいらっしゃった。政治に言及しているので政治嫌いな先生はそれほど気乗りしなかったとおっしゃっていた。だけれど注目されていた本(“Inventing Ireland “)のなかにはいっている注目された論文である。ほかに、ポストコロニアリズム的視野からアイルランドのオスカーワイルドのアナーキズムを論じたものが中々面白い。カイバードはわたしが日本語を教える仕事を手伝わせていただいた大学にいた。何回か講義をきいたことがあった。”反アイルランド”にきこえる彼の言説に怒ったIRAが大学の聴衆者のなかにいるとも言われていた。カイバードは『ユリシーズ』の解説を書いている。ヨーロッパ周辺は、ヨーロッパ中心主義を批判したデリダの脱構造主義の成果をみとめたうえで、それが再び「普遍主義」を表象しているからか段々喋れなくなってきたことの問題を考えなければならない


哲学は、「我考える、故に我存在する」といわれているような関係とか差異を考えるための書かれる言葉に近い(下の二つの絵)。絵は話される言葉に近い。今日デカルトが生きていたらデカルトが警戒した誤認(偏見や結論を急ぐこと)は、哲学を、コミュニケーションのための話される言葉で考えるときに起きること。話される言葉がわるいと言っているのではない。世の中は何というか、「われわれ自身」にこだわる起源の観念に向かって音声中心主義の話される言葉で溢れていること、これが問題だ。一所懸命考えて構築した物の見方なのに、理解しようとせず(書かれた言葉にたいして)、「みんな」を代表しているような立場から一言で簡単に否定してしまうような小さなトランプ達との苦痛な出会いを避けることが難しいのである。しかしわたしは彼らみたいにトランプにならないようにするためにこれらの絵を思い出すことにしよう

推敲中

‪‪‪「弁名」ノート‬ No. 8. ( 私の文学的フットノート)

‪‪知が自己に向かって関係をとっていく折り目のなかでの、仁斎との重なり合い、そこに包摂されない余白、朱子との切断。覆いきれない、名も物も失われた痕跡。再定義を止めたとき、痕跡の彼方に再び現れる痕跡。外部のテキストへ出ること。‬

‪聖人の制作になる諸名辞の‬
‪なんと大きいことよ‬
儒教言説で読み解く世界の‬
‪なんと小さいこと‬

1990年代に、アイルランドのようなヨーロッパ周辺の知識人たちは、デリダが考えていたジョイスユリシーズ』の読み直しが起きたときに、 世界標準の<公的な>経書解釈的言説になっていったデリダエクリチュール論に批判的視線を注いだ。身体の表象において成り立つ女性の独白の重要性が再発見された。外部からの侵入で損傷した共同体の身体の表象としての女性の声である。たしかに共同体の身体の表象については近代が十分に考えてこなかった。そんなものは前近代的なものか、オリエンタリズムではないかと。新しい議論が起きようとしているが、問題となったのは声である。この問題をジョイスのテクストに沿って他者の問題を考えた知識人たちは、声は書かれた言葉ほどの他者性をもっているのかと反発するデリダ派からの非難を受けた。書かれた言葉は存在するのは、未知の他者が読むことを前提にして存在しているということ。他方で語られる言葉ー声ーは目の前の他者とのコミュニケーションとしてある。アルトーの詩やベケットの小説がそうだとおもうが、文学の声は、コミュニケーションの意思の不在を示すことによって、そこにそれまでなかったコミュニケーションと関わるあり方を抽象的に考える。これが語られる言葉が絵画に近いと言われる理由かもしれない。現代美術館を訪れた者は絵画を読み解くだけではない。絵画とコミュニケーションをとることがもとめられていて、一人ひとりが自分の規則を発明しなければならない。文学である語られる言葉とともに「だれでもないわたし」ー「一時逗留者」ーが即自的な身体の表象とともに成り立ってくるということだろうか。宇宙の鏡の劇場と称えられる言語革命の『フィネガンズウエイク』に、ジョイスは自己の文学を、女と逃げた、自分で決めた亡命と名づけて大きな確信をもって書いた一文がある。ほんとうは確信がまったくなかった「だれでもないわたし」の痕跡を残してしまったのである。

思考も、人びとが政治的自由の中に生きているところでは、まだ可能であり、疑いもなく現存している。
ーハンナ•アーレント『人間の条件』

ヨーロッパの周辺へ行って、宇宙の鏡の劇場である本の存在を知った。アジアの周辺に来て、聖人の命名制作になる「道」とはこの人間世界と等しい大きさをもった概念だと知りつつある

たしかに、記録に挑戦している選手たちのことをかんがえる。しかし彼らには世界大会があるではないか。世界大会は、「勇気を出して、参加しよう」などとは言わないのである。オリンピックの「勇気を出して、オリンピックに参加しよう」という言説で、「心をひとつ」の世界が表象されている。戦前と同じことは起きずとも、生活の隅々まで監視しなければ「心をひとつ」にできず、これは安倍戦争法でなければ不可能。五輪を語っている文で、なんとなく、「心をひとつ」にする安倍戦争法を支持させられているのではないかと私は疑うのは、<ひとつ>が過剰に強調されているからである

国民の7人に1人がボランテイアに参加したといわれるアイルランドスペシャルオリンピックスU2が本会場の中心に招き入れたマンデラこそ、われわれの真の首相だとみんな拍手した

寸劇; 蕎麦屋「祖考」
客「変な名前の店だな。天ぷらそばでもいただこうか」
マスター「天祖そばのことですか?元々聖人ラーメンでしたが、明治維新150年のお祝いに、天祖そばと名づけました」
客「いいから..物をみせてくれ、作ってくれよ」
マスター「ですから、ほら、作りました」

‪ ‪あのキスのイメージが流通しているのはキスがないからだろう。キスというのは死者との接吻。実存論的な問いかえし

失われた時を求めて」は映画化されてきた。多分「失われた時を求めて」は「失われたもの」が無い。キスは至る所に存在するのだー自己の力がおよぶシーニュが至る所にあるように

美術館の廊下をブラブラしている。と、画布の裏側を描いた絵の前に立ち止まる。画布の裏側が表象をささえる絵に折り重なっている。バタイユの言葉をおもう。この宇宙の全体は、外部である、見られる客体として与えられる。それと同時に、内部である、見る主体として与えられる

(『ラス・メニーナス』はピカソによって再構成されている。沢山の作品がある。ピカソは仮面に大きな関心をもっていて、『ラス・メニーナス』の絵それ自身は仮面だったのではないかとする解釈もある。仮面は外部から受ける損傷に対して、共同体が住処とする身体をまもっているのだろうか?)

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It is quite conceivable that the modern age ーwhich began with such an unprecedented and promising outburst of human activity ーmay end in the deadliest , most sterile passivity history has ever known .  ーHannah Arendt , The human condition 1958

近代は、歴史上最も不活発で、最も不毛な受身の状態のままで終わるかもしれない。
ハンナ・アーレント『人間の条件』

資本論』について最初に言わなくてはならないのは19世紀を分析したこの本は「資本論」が無い。20世紀の「資本論」は森嶋の経済数学のなかにある。彼は21世紀イギリスが無い

帝国主義(大英帝国)の時代はイギリスは他国の宗教と言語を抑圧した。戦争が終わったときは、イギリスは米国に行ってカネをくれと言う乞食になった。だけれど国際放送と人権に基づく外交、金融と教育の国として確立することができた。英国はドイツと比べてケインズ主義的社会民主主義に乗り遅れたが、ピケティーが分析している通りにある期間のヨーロッパの繁栄と共にあった。宗教と言語を重んじる多文化主義EUがモデルだったことも事実だ。新しい普遍主義を確立したいが、Brexitを推進した連中は大英帝国のノスタルジーを隠さない。イギリスは戦争の勝者である、なのに勝者のわれわれが(敗者だった)大陸に従うのは恥ではないか、だから英国はわれら自身の道へ真っ直ぐに進もう、これからは米国と中国を新しいパートナーにしよう、と、おもっている。そうしてイギリスはヨーロッパのイギリスを捨てようとしている。しかしそうするとだれが戦後におけるイギリスの役割を引き受けるのだろうか。アメリカとみられている。実際にオバマは軍事大国アメリカから外交大国アメリカへシフトしようとした。だがトランプが復活したら(結局弾劾もできずその可能性を否定できなくなったか?)、孤立の道に行くかもしれない。1970年代に多極化の多元主義の時代のことが言われたが、現在のような帝国の時代に生きることを予想できただろうか。現在楽観しているものはだれもいない。「思考も、人びとが政治的自由の中に生きているところでは、まだ可能であり、疑いもなく現存している」とハンナ•アーレントは言っていた。しかしアジアは開発と戦争と同化はどんどん進むが、政治的自由は進まないではないか。思考は不可能である。思考を辞めた代表選手が自民党日本である。帝国はグローバル資本主義の分割でありそれぞれの帝国(米•中•露・拡大EU)では経済と文化がものをいうが、もはや帝国か帝国主義かわからなくなっている事実があるとジジェクの警告の言葉が大変気になりはじめた。たしかにマイノリティーの宗教と言語が殺戮されている国もある

至高なものに
祀る神は祀られる神であるような
神聖さはない。
至高なものは言語をつくった。
出会ったことがない他者に向かって
書く文は、外部である、
見られる客体として与えられる。
それと同時に、内部である、
見る主体として与えられる






石田梅岩を讃える  「第四章 形は直ちに心と知るべし  梅岩心学をどう読むべきなのか」

石田梅岩を讃える


「第四章  形は直ちに心と知るべし  梅岩心学をどう読むべきなのか」


 

江戸の武士政権によって、天皇・貴族・寺社が独占してきた学問にアクセスできるようになった農民や町人の中から、心学とその運動を創始した石田梅岩(1685‐1744)のように、形而上学を構築するものが出てきた。こうして、17世紀にアジアの知識革命が起きたといえる。これは特筆すべきことである。しかし、この「学び」の脱階級的な意義を明治国家と和辻哲郎の人倫国家は理解しなかった。その理由は何であろうか。

この問いには、なぜ「明治維新の近代」の考察で石田梅岩を取り上げるのか、という問いが答え得る。近代は、前近代をして自己を実現するぐらいのものとしか考えないが、これは自己正当化の認識のとんでもない傲慢かもしれない。

例えば、薩長の王政復古のクーデターによって天皇にすべての権力を集中させて成り立った明治維新の近代は、江戸時代の理想を実現することに失敗した、と考えてみたらどうだろうか。実際、明治維新は新権門体制を確立して不平等を拡大させたのではなかったか。では、江戸時代の理想とは何か。差別のない世の中という理想である。一方、同時代の西欧のように差別を無くしていく社会的方法を具体的に論じることは、政治権力をもつ武士政権を批判する危険な行いであったから、商人出身の伊藤仁斎はそれを道徳的に議論した。また、形而上学的に平等とその意味を考えたのが、農民・商人出身の石田梅岩であった。江戸という時代は商人と農民が学問をした時代である。特権階級である天皇・貴族・寺社から奪った学問を、武士は商人と農民に与えたのである。

 

農家に生まれて、京都の商家へ奉公に出された後に心学を創始した石田梅岩は、「形は直ちに心と知るべし」と説く。ここでいう「形」とは、「真の<人間的平等>への心学的苦闘」を続けた石田梅岩が、商人の人間的・倫理的価値主体の確立を意図したときに出てきた概念であり、「社会的存在としての人の具体性」をいう。「その存在の具体性において、その存在に求められている行為を端的になすことを『形ヲ践(ふ)』むというのである。」そして、「心ノ工夫」という精神をいうことによって、「現に、<形>としてある自己を、自然必然的な存在と観ずる自己否定の能動性が、その<形>に対応する<則>を没我的に遂行する主体、一個の倫理的主体を成立させるのである」。朱子は「気が直ちに道理だ」と言った。つまり、形とは、具体的な存在のあり方であり、天から与えられた、と子安氏は読む。伊藤仁斎のように、(ただし朱子の思想的枠組みを棄てることなく)石田梅岩朱子の「克己復礼」を彼なりに解釈したらしい。「形は直ちに心と知るべし」は目覚めの契機を指示しているのが、その心学の面白さである。

 

「武士的主従関係における献身的な<臣>のあり方を一般化し、『総ジテ重モ軽モ人ニ事ル者ハ臣ナリ』と商人の実践的な主体のあり方をも<臣>ととらえるのである。そしてかく商人を<臣>ととらえることによって、献身的な臣の能動性と倫理性とを商人的主体に保持せしめようとするのである。」

「私がここに見ようとするのは、この<心学>としてはじめてなしえた商人の人間的価値主義の確立である」。

 

「梅岩が商工業者を『市井ノ臣』ととらえたことはよく知られている」。

「梅岩は士農工商をいずれも<臣>ととらえ、商人が臣として相事するのは<天下>であるという」。

 

ここで、子安氏は葉隠の武士道のパトス(家光の死以降殉死が禁止される)に注意を促す。武士道のパトスの知が商業の取引の場で実現していくのではないかというのである。ここで、パトスが武士から商人へ移動する関係のダイナミズムを観察できるかもしれない。「君ニ事(つかえまつ)ルヲ奉公ト云、奉公ハ我身ヲ君ニ任セテ忘レタルナリ」(『石田先生語録』巻八)という献身の忘我性の強調は、武士と商人の間に共通のパトスがあることを読み取ることができる。

 

「『維新』的近代の幻想」における石田梅岩論は、和辻哲郎は梅岩をどのように読んだのかという問いから始まるといえる。石田梅岩は「商人ニ商人ノ道アルコトヲ教ユルナリ」と言っているが、和辻哲郎によって語られる昭和の時代精神という「日本精神」は超克という視点であるため、石田梅岩に否定的だったという。和辻哲郎にとって、石田梅岩の心学は「町人根性」として表象され、「質の悪い切り捨て的な言葉」で一掃された。人倫的国家日本はこの「町人根性」を超克しなければ真の国家共同体に非らず、と和辻哲郎はみた、と子安氏は説いている。

 

 


 

鈴木雅之を発見することの意義 「第三章  なぜこの農民国学者は遅れて発見されるのか 農民国学者鈴木雅之と『生成の道』」子安宣邦氏著「『維新』的近代の幻想」(作品社)より

鈴木雅之を発見することの意義


「第三章  なぜこの農民国学者は遅れて発見されるのか 農民国学者鈴木雅之と『生成の道』」

 

天保8年(1837年)下総利根川畔の農村に生まれ、明治4年に35歳で逝った鈴木雅之は「遅れて発見される国学者」である。ちなみに、鈴木雅之の名前をネットで検索してもほとんど情報を得ることができないのが現状である。子安氏は「農村の生んだー国学者」である鈴木雅之が著した「撞賢木」の「総説」より次の言葉を引く。

「凡そ世(世界)になりとなる(生々)万物人は更なり、禽獣虫魚にいたるまですべて有生のたぐひ)尽く、皆道によりて生り出づ道のことは下にいへり。道ある故に、世にある万物は生り出たるものなり。」

「人もとより道を行ふによりていけるなり。いける故に道を行ふと思ふは、反(かえ)ざまの惑いなり。(人此の惑ひある故に道と疎くなりて、ややもすればはなればなれになるなり。人と道とは然はなればなれになるものにはあらず。道を全く行ひ得ると行ひ得ずしてかくものとはあれども、いけるかぎりのものは、たれも皆しらず行ひてあるなり。全く道を棄絶ていけるものは、更にあることなし。)」

そして、子安氏は、「生成の道の根元性をいい、地上の生活者をその生活による道の遂行者」であるとする「生活者の思想」に行き着き、「(平田)篤胤ら国学の先達に」回答を与えた、この農村の「異様な向学心をもった少年」、「異常の一少年」に驚き、「同時にこの少年を生み育てた江戸後期下総の一農村に驚くのである」。

江戸時代の「参勤交代が作り出す政治的な全国的ネットワークは、同時に経済的ネットワークをなし、文化的ネットワークをも構成した。さらに幕藩体制社会にとって重要なのは都市と農村とのネットワークである」、「儒学国学蘭学、心学などなどがこのネットワークによって全国的な学派、門流を成していった。ことに一八世紀後期から一九世紀初頭の江戸社会にあって、江戸と地方農村の豪農層を通じてのネットワークの形成とこのネットワークによる著述の販売と教勢の拡大を意欲的にはかったのは平田篤胤とその学派的中心気吹舎(いぶきのや)であった」。鈴木雅之は生成の道の根元性から、ネットワークとしてグローバルに繋がる活動性の意義を考えた。ネットワークを語るのは、文化的ネットワークに依拠して学んだ彼の経験による所が大きいのではないだろうか。

ここには、近世江戸社会に脱階級的な知識・学問が展開と普及をなし、書物の存在が自発的学びを創り出し、多孔性のネットワークとして発展していた状況がみえる。子安氏は、60年代の終わりの時期に、「日本の名著」(中央公論社)の一冊としてとして「平田篤胤」の巻の構成と解説の仕事に取り組み、篤胤の「霊能真柱」を軸に、佐藤信淵の「鎔化育論」と鈴木雅之の「撞賢木」を添えて、「国学コスモロジーとその展開」をテーマとすることを構想する。

<外部性>という思想的テキスト解読のための方法的視点を自ずから私はドイツ滞在によってもったのである。ドイツから読むことによってはじめて私が顕幽二元論的構成をもち、救済論的課題を内包した篤胤コスモロジーの意味を読み出すことができたのである。やがてそれはポスト構造主義的なデイスクール分析の方法として80年代以降の私の思想史を導くことになる」。

「このドイツ滞在は私に篤胤を再発見させただけではない。鈴木雅之という農民思想家を発見させたのである」。

鈴木雅之を発見することの意義は、この章の最後の子安氏の言葉に集約されている。

「国家的神(現人神)の原理によって丸ごと作り上げていった近代日本は、」「生活者の思想をうもれさせることによってその国家的運命を遂げていったのである」。

横井小楠という変革期の「精神の器量」 「第二章  明治は始まりに英知を失った  横井小楠と『天地公共の道理』」子安宣邦氏著「『維新』的近代の幻想」(作品社)より

横井小楠という変革期の「精神の器量」


「第二章  明治は始まりに英知を失った  横井小楠と『天地公共の道理』」


 

明治維新の近代を批判的に語ることができなくなってしまうのは、明治と江戸を分割することによって「言語の拡散」(フーコー)が起きていることによるのではないか。五カ条の御誓文も拡散した言語としてだけ残っていて、もっぱら明治に確立したものの見方からのみ理解するため、意味がわからなくなる。明治維新の近代を批判的に語るためには「言語の集中」(フーコー)が必要となる。変革期におけるものの見方を知るためには、ここでは江戸のものの見方について考えなければならない。明治維新に確立したものの見方のなかに、それとは異なるものの見方として横井小楠の思想が見出せる。

横井小楠は、「長崎に来航したプチャーチンとの交渉に」派遣された「開明的な幕臣」の川路聖謨に書き送ったといわれる「夷虜応接大意」のなかで、公武合体論を唱え、「有道無道を分かたず一切拒絶するは、天地公共の実理に暗くして、遂に信義を万国に失ふに至るもの必然の理也」と説いた。「信義をもって通信通商を要求することは公共の道理であってそれを拒む理由はない。『理非を分かたず一斉に外国を拒絶して必戦せんとする』過激攘夷派の主張は、鎖国の旧習に泥み、公共の道理を知りえぬ必敗の徒の主張である。」つまり、その思想は、鎖国的な一国的割拠見に依存するのではなく「変革期の基準として機能する理念」である、と子安氏は読み解く。「天地公共の道理」の言説は、薩長の各藩が勝手に戦い自分の軍事力を高める一国的割拠を否定するものである。私には、これは伊藤仁斎朱子の克己復礼の教説を脱構築的に注釈したものにみえる。横井小楠は天下的公の儒者であり、その「儒者的英知」によって「グローバルな視圏の拡大」が可能となる「精神の器量」がもたらされた。

彼に、「幕府諸藩の体制維持に収斂する政治的思考と行為とを『私事』『私営』と断ずる」普遍的な公共の視点をもたらしたのは、幕府によって広められ文明論的展開をもたらした書物の「海国図志」であった。ここで、子安氏は、彼の「実学」が道徳的内面性に裏打ちされ、変革期におけるものであることを見逃さない。私には、変革期における道徳的内面性が、自らの中に閉じてしまうことを許さない天地公共の明確なイメージを持つ必要を促した、とみえる。こうして、われわれが横井小楠を考えるとき、早すぎた近代の超克に行きつかざるを得ないのである。


津田左右吉はどのように「明治維新」を語ったか。「第一章  『王政復古』の維新  津田宗吉『明治憲法の成立まで』を読む」 子安宣邦氏著「『維新』的近代の幻想」(作品社)より

津田左右吉はどのように「明治維新」を語ったか


「第一章  『王政復古』の維新  津田左右吉『明治憲法の成立まで』を読む」

子安宣邦氏著「『維新』的近代の幻想」(作品社)より


 

「いわゆる王政復古または維新が、その実少なくとも半ばは、皇室をも国民をも欺瞞する彼等(イワクラ・オオクボら)の辞柄であり、かかる欺瞞の態度を彼等が明治時代までもちつづけてきた証跡が見える。」

 

さて、津田左右吉が「王政復古」と呼ぶものはなんであろうか。子安氏はつぎのように説明する。「『王政復古』とは『明治維新』という近代世界に向けての日本の変革を方向づけ、性格づけていった重要な政変である。」「薩長両藩の討幕派という武力的政治集団による政権奪取の政変であった。それゆえこの政変を歴史家は『王政復古クーデター』ともいうのである。」

政権奪取者は、便利なスローガンともいうべき神話を利用して、その神話としての「明治維新」を自らに都合よく政治的に現実化した。

「『王政復古』が武力討幕派によるクーデターであるならば、『王政復古』とはその政権奪取の政変を正当化し、慶喜ら公議政体派を政治的にも屈服させる政治的理念的な標語だということになる。たしかに神武創業という神話的古代への回帰をいう『王政復古』とは、この政権奪取者たちにとって理念的にも、また現実的にも最も望ましい政治標語であったであろう。なぜなら『王政復古』という神話的理念の政治的現実化は、すべて政権奪取者の恣意に任せられることになるからである。」

政権奪取者が行った神話としての「明治維新」の政治的現実化が、それを「王政復古」として覆い隠し、われわれが近代化の別のあり方を考えることを不可能にしてしまう。はたして、「王政復古」という呼ばれることになった「明治維新」は近代日本の「正しい」始まりなのか、という脱神話的問題提起がここでなされているのである

私は子安氏の講義を聴き、神宮外苑聖徳記念絵画館を見学したが、そこに掲げられた饒舌な説明の言葉に沈黙させられた。「明治維新に始まる近代国家日本の形成過程が明治天皇の聖なる事績として絵画化され、「壁画」群として展示されている」。日本人が希望をもって、これら「壁画」群を観るために集まる未来とはどういう未来だろうか。「壁画」群に、公=国家を超える天というものはみえない。薩長を中心とした「私」としての有力な封建的権力である連合反幕の運動が表象するものは、「明治維新」が「王政復古」であるという言説である。一方、武力的権力奪取(クーデター)に先行するかたちで、横井小楠の「天地公共の道理」において説かれたような、西欧と対等で自立した普遍性に依拠する別の言説が幕末に存在していたことが、次章にて論じられる。

子安氏は、「明治日本の帝国的国家形成を『王政復古』=『天皇親政』という歴史的理念の実現史として描き出す」「壁画」郡を、「『王政復古』と題されたスキャンダラスなクーデター的事件の始まりというべき場面の図」と分析している。

この「事件性を島田墨仙は岩倉具視の野卑な権謀家的風貌の上に表しているように私は思われる。その岩倉に正面して座する山内容堂の端然たる姿に画家はむしろこの歴史的事態における正しさを写し出しているようだ。」そして、「津田の明治維新をめぐる諸論によってはじめて、『王政復古』が武力討幕派の策謀によるクーデターであったことを、そしてこの事件が日本近代国家史の上に重大な刻印を強力に捺していったことを知ったのである。」つまり、津田にこのことを教えられるまで、子安氏は「王政復古」を「明治維新」と等置して疑うことはなかった、というのである。

「『維新』的近代の幻想」では、聖徳記念絵画館に端を発した、いわば、イメージの「王政復古」批判から、国史教科書の「王政復古」批判へと議論は展開され、昭和戦争時の国史教科書「初等科国史 下」(昭和十八年三月発行)の「明治の維新」章の「王政復古」についての記述が取り上げられる。そして、「この『国史』教科書は、聖徳記念絵画館とともに、『王政復古』=『天皇親政』的史観が昭和日本の制作物であることを告げている」ことを説き、「だが明治維新による日本の近代国家形成を『王政復古』=『天皇親政』的理念の実現と見るような史観は、一九四五年の皇国日本の敗北とともにはたして消滅したのだろうか。」という問いをわれわれに突きつけるのである。

戦後の日本人にとって「明治維新」とは何であったのか。子安氏によると、大学紛争は「近代の政治・社会制度的な遺物としてある大学の学問的制度的体系を解体的」に批判した。そして、生じた問題とは、「原理主義的性格を持った闘争」に導かれた学生たちの解体的批判が、内部抗争と暴力と自滅の末受けることとなる制圧ののちに起きた「合理的経営体であることを要求する大学改革」の結果、大学が持つべき抵抗する知という内部の力をも失わせてしまったのではなかったか、ということである。「明治維新150年」を迎えた現在、「明治維新」に始まる「この近代」そのものを問うことがない日本近代史家のような歴史家たちによって、ジャーナリズムとアカデミズムは「明治維新」を「蝶蝶と」語っているだけであるという。ネットに、「明治維新、万歳」の声もないが、「書店を賑わす明治維新関係書」は、この50年で大学の知の発する言説の質が変容したことを物語っていると言わざるを得ない、という。

津田左右吉によると、江戸時代は事実上の象徴天皇制だったという(徳川幕府が政治権力をもち、京都の天皇は文化権力をもっていた)。天皇が政治権力をもつのは王政復古というクーデターの明治維新からである。幕末に至って、「誤った勤王論が一世を風靡し、その結果、いわゆる王政復古が行われて、皇室を政治の世界にひき下ろし、天皇親政というが如き実現不可能な状態を外観上成立させ、したがってそれがために天皇と政府とを混同させ、そうしてかえって皇室と民衆とを隔離させるに至った」。子安氏は、「津田の反討幕派的維新観が党派的な非難をこえた根底的な批判を『王政復古』的明治専制政府と国政に向けてなされていることを知る」という。さらに、「昭和の天皇ファシズムによる軍事的国家の成立を『王政復古』維新と無縁ではないと考える」子安氏は、「津田の維新をめぐる論考を大きな助けとして『明治維新一五〇年』を読み直したいと思っている。」という。つまり、昭和十年代の全体主義に帰結した「明治維新150年」の読み直しは、必然として、津田左右吉の「ラディカルモダニズム」の読み直しを必要とするのである。津田の思想が示唆する「もう一つの近代」に、現在の政治の行き詰まりを打破する論拠が存在するのである。

 

こうして、「『維新』的近代の幻想」は、思想史の自己像を示しているのであるが、フーコーは 「言葉と物」の書き出しにおいて思想史の肖像画について考えている。

「つまり、すでにしばしば彼(注、ベラスケス作の「侍女の間」の画家、つまり、言説を書く主体)の眼がたどってきた、そして疑いもなくただちにふたたびとるであろう方向 、いいかえれば、そのうえに、もはや決して消されないであろうひとつの肖像(注、王と画家自身との関係)がおそらくはずっと以前から、そしてこれからも描かれつづけ、描かれたままであるにちがいない、不動の画布の方向のことだ。」(「言葉と物」)

 

津田左右吉永久革命的 な「ラディカルモダニズム」と和辻哲郎の国体的な「祀られる神は祀る神である」という思想は、思想史的言説を形成する双極をなす。知の考古学からみると、二つは対立する物の見方であるが、音声中心主義の論理平面からみると互いに補完し合い、言説の、言説上に構成される思想史の自己像の差異なのである。つまり、津田の「ラディカルモダニズム」と和辻の「国体論」とは、生と死における関係のように二項対立的に対立している。これらを脱構築するためには、思想史を言語平面に配置しなければならない。そうして、子安氏においては、江戸思想と後期水戸学において展開した制作論の視点から始まり思想史を読み直すことが要請された。そこで、明治維新の近代は、対抗西欧の近代とともに、荻生徂徠命名制作論の祭祀国家の近代として、言説的に再構成される。また、開かれた文化である漢字文化圏の近代としてのアジアが、方法的に読み直されるのである。