銀河鉄道

銀河鉄道は、ヒルベルト空間のなかでベクトルが色々な方向を以て動くように、あちらこちらと動く河だった。父なるもの不在。この点において、ジョバンニの旅の始まりと旅の終わりは似ている。沸騰し圧縮されている始まりに、海の帰るべき起源を読みとることなんてできやしない

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事件としてのゴダール映画史

いきなり極右翼が襲撃してきたのでしょうか?否、解体<マクロ経済学>の教説化がありました。また左翼知識人の転向が起きていました。民主的介入への視線を遮断してしまうような、ヘーゲル唯物史観のこだわりがありました。そのことは指摘されていますが、どうしても無視できないことは、本来ならば経済学が倫理学のかわりにそこで機能していたはずの、政治と法のあいだの領域に、ゴダールが盲目的にいう、祀られる死に場所、沈黙する映画スクリーンの消滅があったということについてはだれも言おうとしないのです。ビデオ『映画史』前半を覆う暗闇は、70年代のラジカルな問いからの投射という性格をもつのだけれど、映画の歴史をたたえる見せかけの光の後に、90年代後半にあらわれてくる暗闇の奥の光は、大衆がその住処にかえはじめたへイトスピーチに侵入する事件性であったとわたしはかんがえています。

大きな「河」にみえましたあの広がりを、‬
ウルフの小説なんかもちだして
「海」にしてしまうのかしら?
翻訳は原文の代替物とはなりえないのに。
「海」から直角形たちがなくなるのは、
二つの権力を手放さなかったから?
くだらんことでしたね、失ってしまえば、
これからは「河」で眠れるでしょう‬
ーなみうちぎわの音楽にいざなわれて
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アートとはなにか

思考にとって、思考でないもので敢えて考えるとどうなるのか、この差異を、思考の外部から考えてみようというのである。この思想史の問いにたいして、概念を表現できないでいる沈黙する言葉こそがアートをアートとして際立たせる。自由に喋らせてくれとする盲目の映像を住処とする


フーコ、ジョイス、ゴダールは他者の意味を書いたり投射したが、実際にそこでは日本人がどう考えるかなど考える価値もなかった。だから敢えて思考でないものー日本語ーで考えるとどういうことになるのか、この差異を、アジアにおける17世紀の思想から考えてみようというのである


宜しい、70年代に、80年そして90年代に現代思想があったとしよう。他者の意味を言ったが、日本人がどう考えるかなど考える価値もなかった。だから21世紀は、敢えて思考でないもの、日本語で考えるとどうなるか、この差異を、17世紀の思想から考えてみようというのでる





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漢字は不可避の他者

‪歴史(『日本書記』)、神話(『古事記』)、歌(《万葉集』)、物語(『源氏物語』)、随筆(『徒然草』)、注釈学(「論語古義』)、歌論・物語論(『石上私淑言:』『紫文要領』)、近代文学、文献学、解釈学、日本思想。「思想史教室」のおかげで色々と読むことができた。これらを概観した、20世紀の国民思想は<漢字は不可避の他者ではない>とする総括を行なった。漢字の終わりを考えさせようとするものか?全体からするこの否定し尽くす否定に対しては、そうだとしても、漢字の終わりは漢字の始まりと似ていると言わざるをえない。ベラスケスの絵に示されていたが、筆をもった画家が描き始めたときなにか描き終えたときなのかわからないように。2010年代において倫理学は漢字が不可避の他者だと語る事件性を構成できるのはなぜだろうか?文革からはいった末法の時代に、新しく倫理学を書くのは他者(漢字)であるとしか説明できないようにわたしはおもう

仁斎論語

‪<死生>の教説を解体する‬ ‪

2500年前の孔子の言葉は『論語』にどれくらい保られているのか、これを調べるのがは文献学的アプローチである。研究が自らの正しさを研究する。この実証とは別の方法から、『論語』という原初的テクストが存在するとして、それに依拠することの意味を問うのがポストモダン孔子の構成である。『論語』を読む前に、内部の読みに絡み取られないように、読めるようになっていなければならない。それは、他者と共に、古典に依拠することの倫理的意味をできるだけ明らかにしていくことだ、と、わたしのような門外漢でもなんとかわかってきた。孔子と仁斎の祖述者 (子安氏)のもとに集まってくる市民にとって、他者とは、17世紀の仁斎であり、彼が脱構築した朱子であり、ポスト孔子の言説者達そして孔子と彼の弟子達である。問題なのは、連続性である。最大の継承者を失った孔子の悲しみを読んbだ、『思想史家が読む論語』から引く。
「顔淵の死に際して発した孔子の言葉が『論語』に残されている。この言葉があることによって、『論語』は私にとって貴重な書であるともうえる。それは何も教えるものではない。ただそこに何がしか教えを語る言葉以上に心を打つものがある。われわれはそこに端的に孔子の言葉を読むべきだろう。」、「『我を知るものはそれ天か』と、孔子が究極的な信を置くその『天』に向かって、『天予を滅ぼせり」と嘆いているのである。『ああ、自分は天からも見放された』と。それは孔子における究極の挫折をいう言葉でもある。仁斎らの注釈の言葉は、悲しみの理由を語ることで、孔子の悲しみそのものを見失なってしまいように思われる」。
意味が蘇ることがない、あたかも言語の端にいることの有限性をこれほど伝えてくる終わりは孔子の前には存在しなかっただろう。終わりは孔子から始まった。未来は、思考できない書記言語を受けとるだけであろう。仁斎とともに現在のわれわれは、不可避の他者(漢字)から、思考できないことを思考することの試練に向き合うのである。‬要請された、17世紀という時代。外部の思考として仁斎論語を読むこと。
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仁斎論語

‪<死生>の教説を解体する‬ ‪

2500年前の孔子の言葉は『論語』にどれくらい保られているのか、これを調べるのがは文献学的アプローチである。研究が自らの正しさを研究する。この実証とは別の方法から、『論語』という原初的テクストが存在するとして、それに依拠することの意味を問うのがポストモダン孔子の構成である。『論語』を読む前に、内部の読みに絡み取られないように、読めるようになっていなければならない。それは、他者と共に、古典に依拠することの倫理的意味をできるだけ明らかにしていくことだ、と、わたしのような門外漢でもなんとかわかってきた。孔子と仁斎の祖述者 (子安氏)のもとに集まってくる市民にとって、他者とは、17世紀の仁斎であり、彼が脱構築した朱子であり、ポスト孔子の言説者達そして孔子と彼の弟子達である。問題なのは、連続性である。最大の継承者を失った孔子の悲しみを読んbだ、『思想史家が読む論語』から引く。
「顔淵の死に際して発した孔子の言葉が『論語』に残されている。この言葉があることによって、『論語』は私にとって貴重な書であるともうえる。それは何も教えるものではない。ただそこに何がしか教えを語る言葉以上に心を打つものがある。われわれはそこに端的に孔子の言葉を読むべきだろう。」、「『我を知るものはそれ天か』と、孔子が究極的な信を置くその『天』に向かって、『天予を滅ぼせり」と嘆いているのである。『ああ、自分は天からも見放された』と。それは孔子における究極の挫折をいう言葉でもある。仁斎らの注釈の言葉は、悲しみの理由を語ることで、孔子の悲しみそのものを見失なってしまいように思われる」。
意味が蘇ることがない、あたかも言語の端にいることの有限性をこれほど伝えてくる終わりは孔子の前には存在しなかっただろう。終わりは孔子から始まった。未来は、思考できない書記言語を受けとるだけであろう。仁斎とともに現在のわれわれは、不可避の他者(漢字)から、思考できないことを思考することの試練に向き合うのである。‬要請された、17世紀という時代。外部の思考として仁斎論語を読むこと。
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