寛容の精神、他者への信頼の形が、運河という社会的エンジ二アリング

17世紀アムステルダムといえば、寛容の精神。カトリック教会、プロテスタント教会ユダヤ教シナゴーグが向き合っています。17世紀以来計画されたのは、どのような他者が来るか分からぬというリスクを負いながら、だからといって最初からその他者を拒んでしまうと成り立たなくなる運河です。つまり寛容の精神、他者への信頼の形が、運河という社会的エンジ二アリングだったのですね。ところでレンブラントユダヤ人たちの生活を最初に描いたアムステルダムの画家です。スピノザの家から10分のところにいましたから、会っていた十分な可能性があります。(賛否両論はありますが)ドキュメント映画作家フラファティーが単純に人類学的リアリズムにとらわれることがなかったように、レンブラントの場合もルネッサンスのリアリズムに依存することはありませんでした。旧約聖書の神話の内部から神話に即して他者を描くという、バロックの矛盾を孕んだ過剰な想像力が介入したのですね。実際に会わずとも、レンブラントが同時代の精神、スピノザの精神を視覚化したことは確かだと思います。オランダ人がユダヤ人を描くことにどんな意味があったでしょうか?新しく外から入ってくる人々について考えることは、受け入れる人々が自己の誕生について新しく考えることではないでしょうか。これとは逆の方向に、外部との接触によって豊かに育まれる文化を憎悪し、偽の文化概念に基づく起源に執着するのが、靖国問題だと気がつきます。戦争責任を曖昧にし、いつまでもアジアとの戦争を終わらせずにいる不寛容に必要なのがまさに、開かれた21世紀に相応しい社会的な運河のエンジ二アリングではないでしょうか

The canal in Amsterdum is not only beautiful but social. It is amazing that they didn't really knew who would enter their canal, but in the beginning they never refused them coming. Although it must have been high risk, what they built in 17th centrury was sort of engineering of trust on the Other. Spinoza wrote the Ethika as engineering social canal, that has lost modern State in 21th century not hiding its hate, narrow minded nationalism in War Shrine, to the Other.
by takashihonda