<注釈> からはじまったお正月

<注釈> からはじまったお正月

東京演劇アンサンブルのブレヒト小屋で初めてお会いした渡辺一民氏に、「海外では、ジョイスが分からなくなったときは「言葉と物」(渡辺氏が訳した)を虎の巻的に注釈にしました」と告げると、氏がヴィーコについて興奮して喋り始めたのを思いだしました。この数年後に、たしか、演出家の公家氏と出席していた少人数の「20世紀の精神」の講座のときでしたが、池袋の喫茶店で、同級生の丸谷才一氏(「ユリシーズの翻訳者)と講義から抜け出しては当時の駒場の喫茶店で文学談義に耽った学生時代のことをおもい出されていました。ルネッサンス的好奇心とジョイス的探求心の出会い、万華鏡のなかの彷徨う彗星と彗星との文学的遁走型衝突ごときものか。嗚呼、今年は文学は、言葉は「市民的自由」に立った運動の連帯を求める反権力的としてのアナーキズムの彗星へ行くことができるか?ここで、「 ジョイスとはだれか?」と問うひとたちのためにやや独断的にですが、便利なとりあえずの注釈を示しておくと、ジョイスの'母国語の中に外国語を書いた'アナーキズムとは、ドゥルーズがいうように'母国語の内部で異邦人に成る'ことでした。つまり現在の危機的状況に則してとらえなおすと、'この路しかない'と脅してくる解釈学的な'母国語性の中に、他の路に関係する外国語性を配置してみる' アナーキズムの注釈的精神のこと。実際に、「ユリシーズ」と「フィネガンズ・ウエイク」ほど繰り返し、可能性としての他の路、可能性としての他の河、そして究極的には、可能性としての他の時間の流れ、を曲面的に構成できた本は以前に存在しませんでした。20世紀の精神をなすほどのこの画期的な本がなぜ、1920年代になって現れてきたのかという理由を考えることは改めて重要だとおもいますね。同時代の日本の<この路しかない>とばかりに帝国主義的拡張に一直線に向かっていった<大正>について見直すためにも。やはり脱出線が1930年代ファシズムの前に現れたことは決定的でした。