アゴタ・クリストフのユーモラスで風刺的な小戯曲『ジョンとジョー』ー東京演劇アンサンブルのスープ劇場

アゴタ・クリストフのユーモラスで風刺的な小戯曲『ジョンとジョー』ー東京演劇アンサンブルのスープ劇場

アゴタ・クリストフのユーモラスで風刺的な小戯曲『ジョンとジョー』(堀 茂樹氏訳)を、劇団〈東京演劇アンサンブル〉が上演します。今日ブレヒト芝居小屋で稽古を見学させていただきました。演出家の三由寛子氏は、クリストフの「道路」を見事に演出なさった方です。今回はジョン役の熊谷宏氏の魅力と可能性を最大限に引き出していますね。ジョンは言葉の力へ。相手役のジョーは、ラリーを演じてきた坂本勇樹氏。さすらいのストア派の哲学者として生まれ変わろうとしていますよ。アンチ・メロドラマ、アンチ・スぺクタルの、ごまかしのない対話が展開します。「労働」から疎外され、また「貨幣」からも疎外されてしまったジョンとジョーですが、ここで作者のクリストフは、一国社会主義に属することも、また資本主義に属することの不可能性に直面した知識人がいかに生きていくべきか、自立していくことができるのかという問いを書いたことはたしかに読み取れます。そして新たにこの芝居が2015年のわれわれに与える意味を読む契機になりました。芝居の中で「宝くじ」がこの二人を翻弄します。「宝くじ」で意味されるのは、なにでしょうか? カジノ資本主義とワールドキャピタリズム(グローバル資本)、これらに寄生するアベノミクスでしょうか。また「宝くじ」は、ポストモダンの懐疑的知識人の偶然性を拠り所とする知の不安定なあり方ーグローバル資本主義推進派の相対主義の言説ーを皮肉っているようにおもえます。<奪うー奪われる>、<与えるー与えられる>というシーソーゲームの果てに、「宝くじ」から離れてジョンとジョーが和解していく姿は、グローバル資本主義の包摂に巻き込まれながらもなんとかこれを巻き返していく市民のグローバル・デモクラシーの形を提示しているとかんがえるのはこの私だけではないでしょう。大晦日とお正月も稽古していたこの芝居は、必見です!1月10日(土)14時開演、一回切り。「ブレヒトの芝居小屋」(最寄りは西武新宿線武蔵関駅)にて