マルクスを語る映画

近代は他者である誰のことも思考できない。(思考できたらそれは他者ではない。)知は自らを思考できるだけだ。知は隠蔽的に起源を措定する自らを称え憎むことを繰り返すー他者の名を以て。内部の語りの映画マルクスは、「宣長問題」と同様の、「マルクス問題」を構成する‬だろう