重々しく、肉づきのいいバック・マリガンがシャボンの泡立つボウルを捧げて階段口からあらわれた。十字に重ねた鏡と剃刀が上に乗っかっている。はだけたままの黄色いガウンがおだやかな朝の風に乗っ、ふわりと後ろへとなびいた。彼はボウルを高くあげて唱えた。
ー Introibo ad alatare Dei <ワレ神ノ祭壇ニ行カン>
彼は立ち止まり、暗い螺旋階段を覗き込んで、荒っぽくわめき立てた。
ーあがって来い、キンチ!あがって来いったら、このべらんぼうなイエズス会士めが!
彼はいかめしげに歩みでて円形の砲座にあがった。くるりと向きなおり、三度、塔とまわりの土地と、目覚めかけた山々をおごそかに祝福した。それからステイーブン・デイーダラスを目にして、彼の方に身を乗り出し、喉をごろごろ鳴らし、頭を振り、たてつづけに空に十字を切った。不機嫌で眠そうなステイーブン・デイーダラスは階段の手すりに両腕をもたせて祝福を与えてくれる首振りのごろごろの馬面や、白樫のような色の木目の通った。明るい剃髪していない髪を冷たい目で見た。
バック・マリガンはちょっと鏡の下をのぞいて、またぴしゃりとボウルに蓋うぃした。
ー兵舎に戻れ!と彼はきびしい口調で言い渡した。
それから伝道師の声色でつけ加えた。
ーなんとなれば、ああ皆様方、これこそはまことのクリステイーン様、肉体と血と槍傷ですぞ。ゆるやかな音楽うぃ、どうぞ。諸君、目をつむってください。ちょいとお待ちうぃ。この白血球どもが少々手間をかけておりましてな。みんな、静かに。(丸谷訳)