MEMO

「これは黄泉の国の光景であり、今後の人間の精神に大きな影響を及ぼすだろう」(シネマトグラフについてゴーリキー)。20世紀を支えていた大切な映画たちの名が思い出されなくなった21世紀のどん底に来た私は「映像の世紀」(20世紀)の精神を千年前の朱子鬼神論ー目に見えず耳に聞こえないものについて考えたアジアの形而上学の始まりーを以って読み解くのは必然だとかんがえるようになった

f:id:owlcato:20210330083531j:plain 東京五輪の根本の問題は、これからは五輪を5000億円規模にしてどんな国も開催できるようにしようと考えはじめた平等の理念を踏みにじってしまった傲慢さにある


帝国主義とは知の組織化である。アイルランドではイギリスの植民地主義を文学で読み解いた。新しい普遍主義を模索する現在のヨーロッパをみる見方に関わってくるから、帝国主義の問題を批判的に考える必要がある。昨日は、中国から出た、子安氏の中国論の書評を読んだ。内藤湖南に言及した文を検討した。京大と台湾大学、東大と京城大学の関係を考えながら日本帝国主義儒学儒教で読み解く視点について考えた。現在のアジアをみる見方に関わってくる


清沢満之朱子、仁斎


“向こう側にある『歎異抄』はみえる。朱子の『論語』はこうであるかもしれない"。向こう側にある絶対無限は卑近から初めてみえる。これは、どちらかが先に来てどちらかが遅れてくるのではなくて、向こう側と卑近は同時に起きるというふうにポストモダン的に理解できるだろうか。近代というのは、有限的存在にとって学を媒介にする無限に出会うのは時間を要するのである


下は大変興味深い清沢満之の「有限無限録」。わたしのレヴィナスの理解などは彼の文の拾い読みの理解だけれど、レヴィナスレヴィナス清沢満之清沢満之だとおもっている。わたしの清沢満之の関心は、清沢満之レヴィナスで深めることにない。


娘は神の前の平等を言う。父も神の下にある。彼女は漢字を書けない。アメリカの平等を尊重しつつ祖先崇拝の父。両者の間の葛藤を考える脚本を書くならばその芝居の名は「アジア」


鬼神とは先王の作るものなりー>鬼神を祀りなさいー>そうして共同体が形成されるー>国家が国家自身を祀る、そこで現人神の自身を祀る帝国的あり方はアジア共同体を形成しない


昨夜、池上線の車中で座ってる人達を見てパリとかロンドンと違い過ぎるんだよ。ふと気がついたが、世の中に迷惑なひとがいなくなった。Kで加速化しているんじゃないか、大丈夫か?


官僚合理主義的近代の社会の中心にいるのは、私自身も大した抗議が無かったが、中曽根公式参拝に抗議しなかった異常な世代。腐敗したこの場所にいてはヤバイと感じないといけない


スコットランドは信を重んじる啓蒙主義の伝統をもつ。テイクアウトのカレーに表象されるのは英国から独立したインド。自立的に国を制作した後はもうあのカレーを食べないと思う


後期水戸学は徂徠の制作論を以って国家祭祀を利用した国造りを考えたが150年は続かない。再制作は、権力の分散(今度は国家祭祀の禁止)、言語の集中(母国語中心主義の終わり)


ノーパンしゃぶしゃぶの接待と比べられているが、あの時は超恥ずかしく思った父の名刺から何と「大蔵省OB」の肩書きが消えて結局大化の改新に遡る役所の名が消滅したのでござるよ


何故、清沢満之における「儒教的なもの」を考えるのか?

ー「外部の思考」に立つためにである


国家が大学に介入してくる時代のヨーロッパの支那学とインド学ーオリエンタリズムを物語る帝国主義の知ーを乗り越えたいというか。オリエンタリズムでは、アジア知識人における「ヨーロッパ的なもの」を考えることにしかならない。言い換えれば、ヨーロッパの中心からその周辺を考えたことしかならない。その周辺は所詮、ヨーロッパ自身の内部に位置するものでしかないようなものなのだが。だからこれとは別に、清沢満之における「儒教的なもの」を考えるのは、アジア知識人における「アジア的なもの」を考えるためである。つまりアジアからアジアを考えてみようというのである。これは他者をみようとするヨーロッパとは別の見方を構成する(外部の思考が成り立つ)。清沢満之は考えるのは、古学(江戸儒学伊藤仁斎、右下)が取り組んだ朱子学である。そうして、「向こう側にある『歎異抄』はみえる。朱子の『論語』はこうであるかもしれない」と子安先生は語る。向こう側にある絶対無限は卑近なものとともに初めてみえるとくか..。これは、どちらかが先に来てどちらかが遅れてくるのではなくて、向こう側と卑近は同時に起きるというふうにポストモダン的に理解できるかとわたしはかんがえている。他方で、仁斎の近代(17世紀)というのは、有限的存在(ひと)にとって学を媒介にする無限に出会うのは時間を介してなのである(『童子問』)。有限的存在(人間)は時間の形式のなかに定位するとする言説がかんがえはじめた思考である。


普遍主義(グローバルの歴史)とのギャップを「スクリーンがない」と語るゴダールの言説がある。スクリーンで表象されるのは、法と一人ひとりの間の媒介


BBCで「性の歴史」の英訳とフーコについての議論をきく。アジアは19世紀的な西欧近代の普遍主義の言説だけでなく、中国の普遍主義の言説がどう批判されたかも考える必要がある


公共の電波の政府からの独立を担保する為に、独立行政法人が電波の許認可を管理する(欧米先進国や韓国)。政府管理は日本のほかに共産圏や独裁国だけと学んでいる


フーコは権力の存在を考えるよりも、権力関係を考えるほうが大切だと言ったんだね。マルクス主義の権力理論の再考をもとめたこれが画期的だった。ほかに、例えば、西欧近代の帝国主義の権力関係の中で展開した日本における対抗西欧の近代が不安定な理由を考えさせる。国内のことをみても、明治維新とか大正デモクラシーとか、権力関係でないものは無かった。そして、権力関係のなかで、解釈改憲軍国主義国家神道が事実上復活してしまった現在の話、社会契約的な方向が塞がれてしまったから、戦略的に、別のやり方を考えるときがきていて、そのために議論する政治的自由が本当に必要だとおもう


「権力関係は戦略的関係です。つまり、一方が何かするたびに、相手はそれに反対する包囲行動、行為を展開し、それから逃れようと試み、一時的回避をし、攻撃すること自体を支えにします。ですから権力関係の中では、いつ何時であれいかなるものも安定した状態ではないわけです」(フーコ)


「学者さん」という言葉は近世からの伝統。学者は戸籍に登録されない身分なき者となると誰でもなくなってしまうが、昨日の自己の思想から自由であるー市井の学者の特権ではないか


哲学者というのは禁欲を尊重しつつ禁欲をそれとまったく反対のものに役立てようとする。中井履軒は文章•博学を専らとする文芸者としての学者ではなくて、哲学者だったみたいね


東京五輪は典型的な肉体政治。現実を媒介された現実(虚構性)より重んじる日本リアリズムのあり方を丸山真男は正しく批判した。西欧と比べて遅れていると言うのは余計な上から目線


paka..と吃る外国人に、「私の名にshitが含まれているので先ずshit! と言ってからtakashiと言え」と教える。Fbで菅義偉も菅よシットひでと呼ばれている


二ヶ月まえは暗闇の覆われたところではじめに言葉ありきだった。それから、静けさのなかで無限に遠い所に行ってきた。現在もうそこにはいない。感覚がおきてきた..


14世紀中ごろ、ヨーロッパで大流行した疫病は黒死病と言われ、ペストと考えられる。百年戦争の最中であった西ヨーロッパでは人口の3分の1が死んだと言われ、人口減少から封建社会の変質の一つの要因となった。ペストをどう克服するか、近代の成立はこの課題と無関係ではあり得ないだろう。空間をいかに再構成するのか?たとえば監獄の空間。一望監視方式が導入されるまえは監獄はこのようであった。官吏が囚人たちを監視している(整然としても、偶然にカオスになる危険もある)。フーコは秩序を語った本である『言葉と物』のあとに、『監獄の誕生』を書いた。一望監視方式が導入されたあとに何が起きてくるかが分析される。言説<一望監視方式>は功利主義的な原理をもっている。しかしなにが言われようと言説的なものと可視的なものは互いに独立している。問題となってくるのは可視的なものがもつ効果である。一望監視方式では身体が中央塔からいつでも見られている。中央塔の中に、監視する人間がいようがいまいが関係ない。たとえていえば、今迄は神がいるときにわれわれは神に見られていたが、これからは、神がいようがいまいが関係なく、いつでもわれわれは見られているのである。簡単な機械仕掛けのようなこの配置が近代を再構成していく。われわれは情報の客体であって、決してコミュニケーションの主体になれない。国家が必然として起こす戦争のときは生活の隅々まで国家によって監視されていくだろう。それでも戦争が終われば解放された。しかしこれからは、見えない戦争に生きる時代のトータルな監視体制のことを考えなければいけない。僅かな逸脱行為が国家の敵と見做されるようになるのかもしれない。大袈裟か?しかし安倍戦争法をみよ


Chaque jour mon amour pour toi devient plus intense, en espérant qu’un jour tu ressentiras la même sensation. 十代のときに逃れられないような神秘的体験...


テクスト、言説、イマージュ、語は、19世紀的な統一に還元できないポストモダン的断片fragmentである。屋根も壁もなく、柱も床もないような家の部屋のようなものであるとわたしはかんがようとしている。

さて柄谷行人氏と子安宣邦氏はポストモダンの時代の知識人•思想家である。子安宣邦とのインタビューで、柄谷氏の物言いと子安氏の物言いが違うことをはっきり指摘した杉田俊介氏(『対抗言論』ー複合差別を解きほごす。江戸思想史とアジアの近代ー日本人と差別の歴史)は本質を見ぬいている。

東日本大震災原発の危機のときを思い出す。脱原発デモの現場に、柄谷氏はマスコミが待ち受けているところに姿を現した。子安氏の姿はいつも市民の中に見つけることができた。柄谷氏は言説を打ち出すことができる。彼が突き崩す均衡を政治的統一に向かって安定させる。彼の思想闘争は自己がいる場所を他者から奪わなくてはならない。他方、子安氏は政治的統一によってはもうやっていけなくなったような均衡を不安定にさせるのである。子安氏の思想闘争においては、市民が由ることができる開かれた場所を考えることと、居場所を奪われた他者とともに成立する現場に在る行いとが一体である。ここが大切である。

下の左は子安氏の全著作である。杉田氏がこれらを読んでインタビューを行った。これはほんとうにすごい!右は最近の中国と韓国の翻訳である。子安氏の重要な本は台湾からも出版されている。中国語もハングル語、台湾語を読めないが、わたしはこれらと一緒でなければ子安氏の仕事の全体を考えることができない。われわれは杉田氏の子安氏に行ったインタビューから何を考えることができるか。負の互酬のような無制限なヘイトスピーチに絡み取られてしまった情報の客体ではなく、他者とともにコミュニケーションの主体となるような言論を開こうとするわれわれがなにを考え何を行うどんな知識人の発言を真としかれに信をおくことができるかである


•左の絵はゴダールの映画(右)とよく似ている。ゴダールは映画において人間の顔をいつもこんなふうに言説の風景として示したのだ。

•テクスト、言説、イマージュ、語は、19世紀的な統一に還元できないポストモダン的断片fragmentである。屋根も壁もなく、柱も床もないような家の部屋のようなものである。

•この部屋は鍵がかけられている。わたしのほかに誰も入ることが禁じられている。しかし部屋は可能か?

•普遍主義(グローバルの歴史)とのギャップを「スクリーンがない」と語るゴダールの言説がある。スクリーンで表象されるのは、法と一人ひとりの間の媒介

朱子学の普遍主義から映し出されていた。だが媒介してくれるスクリーンではなかった。このことを考えるためには漢字が不可避の他者である


フクロウネコかく、語りき


哲学者は禁欲的であるのは禁欲をそれと正反対の目的のために利用するのです。そうして欲望にまかせておけば、孤立して躰が痛くなるので、欲望は自己の原則にしたがってここから脱出します。自己の思考を、欲望のなかにある知の秩序の場の外に、定位させるのです


‘ Shem was a sham ’

(物書き)シェムはシャム(いかさま)


ーFW『フィネガンズ・ウェイク


視線、顔、そしてついに表象が表象されているような表象の成立と一緒に、人間はイカサマであることを‘ Shem was a sham ’で語られる。主体は存在しないのだ


ロゴスの成立とともに、主体は存在しないことを考える思惟は自らが思弁になりすぎないように、祭祀に即して考えたが、もっと日常卑近に考えることはアンチロゴス的に脱構築的となる


‘ Shem was a sham ’ー(物書き)シェムはシャム(いかさま)ーで表象されるのは、言語的存在である人間は存在することの意味を考えるロゴスではないか


均衡を求めるのはいけない。想像でそうしているにすぎないのだから。復讐はそうだ。たとえ、実際に自分の敵を殺したり、苦しめたりしていても、ある意味では、想像でそうしているにすぎないのだ。

シモーヌ・ヴェイユ


《Le centre est le deuil》


《中心とは喪だ》(『エクリチュールと差異』)


Jacques Derrida s'est fait connaître par sa théorie de l'écriture, qui est aussi une théorie du deuil. .


 《中心とは敷居のことだ。

レブ・ナマンは言っていた。「神が中心だ。自由思想家が神は存在しないと宣言するのはこの理由によるのだ。何故ならば、もしリンゴや星の中心が、天体や果実の芯ならば、果樹園や夜の中心とは何だろう」

.............

そしてユーケルは語る。

中心とは失敗だ。.....

《中心はどこだー灰の下だ》


レブ・セラー

.............


《中心とは喪だ》


Et Yukel dit; 

Le centre est l’échec...

<Où est le centre?

ーSous la cendre.>


Reb Selab

............

<Le centre est le deuil.>


Artaud a voulu interdire que sa parole loin de son corps lui fût soufflée 

Jacques Derrida L’écriture et la différence 

  

アルトーはみずからの言葉(パロール)が身体から離れたところで息を吹き入れられるのを禁じようとした


弔う<詩ー演劇>の自らの言葉は、身体から離れずに息を吹き入れられるー過去から来る注釈的もう一つの声にともなわれて。身体から離れた、戦う国家が自らを祀る一点の息とは異なる


不真面目だといつも思われてしまうのよ。ハワイ音楽でリラックスさせる歯科の歯磨きの練習でも、「ブラシは音楽に合わせてでなく一定の速度で動かして下さい!」と幾度も叱られる


時々、野党に政権を担当する能力があるのかと心配しているに出会いますけれど、「自民党ですらできるのだから大丈夫。寧ろ心配なのは、自民党が責任ある野党としての能力がないことです」と言ってやるんですけどね。イスラム国の国際デビューのチャンスを奪い取ってしまったような東京開催に決まった日に読んだ「ファイナンシャルタイムズ」の記事を覚えています。東京開催でいいんだと、これから四年間、外国メディアの記者たちが、政府が公表しない放射能の状況をしっかり監視できるからと書いてありました。世界にとっては、東京五輪は、安倍政権と日本政府の出鱈目を監視するための手段だったというわけです。伝染病のことでこういうことがわからなくなってきたかもしれませんが。「歴史に残る大会に」と語る現在の安倍の発言に違和感しか感じません。「歴史を忘れる大会に」が本音ではないでしょうか?


ホホー、ペンローズの本にあるイラストはこれを眺めているだけで結構おもしろいニャリ。暫し瞑想。朱子学の思弁のことを想像して、この解釈体系は中心にあるとかんがえてみる。メタレベル的に逐次的に解釈体系を解釈していくと(この語はそれほど重要ではないというぐらいの解釈でよろしい)、その解釈体系が定位するのは解釈体系の「外」になっていく。元々中心にある解釈体系は外部があるわけではなかった。そうして朱子の思弁からズレた、オリジナルとは別の、<わたしの思弁>が構成される。と、何だか、これは中井履軒の脱構築みたい。仁斎のように白紙の本のページにしたり、徂徠のように本(パッチワーク)にしたりと脱構築も色々あるのだが、脱構築多元主義とは普遍主義を外部に基づけようとする戦略である。外部である限りにおいて入り口が沢山ある


小田実は1995年の阪神・淡路大震災からラディカルになった。「明治維新」の近代を批判して、国家像をめぐる「ひとつの原理では解けない」言説上の差異の空間を考える思想史から、後期近代の多元主義的な制作論がはじまるー後期近代の国家論は「ひとつの原理」にもとづく 19世紀的国家中心主義の国家哲学に戻る必要がなくなった


カソリックでも、仏教でも、マルクス主義でも、ひとつの原理では解けない。これまでの文明の堆積の上に形成されているのが「市民変革の思想」なんです」

ー『小田実の世直し大学』2001


宣長の「遺言書」は二つ墓を設けることを指示した。樹敬寺の墓は表象全体を支えている画布の裏側みたいだ。表を見ようと山奥にある墓の前に立つとそれも画布の裏側みたいである


本居宣長の「遺言書」は二つ墓を設けることを指示した。小林秀雄宣長の二つの墓のことを大変面白く追っているが、最後までその理由が分からなかったようだ。樹敬寺の墓は、表象全体を支えている画布の裏側みたいだ。表に描かれているものを見ようと、二つめの山奥にある墓の前に立つと、なんだか、それも画布の裏側みたいであることに気がついた。どうも、宣長の二つの墓を指示する「遺言書」も、言説上の差異の空間を構成していたのではないかとかんがえてみたらどういうことがいえるか?二つの墓は、近代がいうところの二重化ではあるまい。普遍主義を朱子学的「理」の言説と同一化した上で、<普遍主義に対する>というほどではないが、<普遍主義から自立する>という宣長の自らの姿を書いた見方なのだとわたしはおもう


1、言説「漢字は借り物である」への抵抗

2、漢字中心主義の言説への抵抗

3、漢字論をデリダエクリチュール論に還元することへの抵抗(言語支配者である中国との関係を消してはいけない。帝国の植民地朝鮮で時枝誠記は漢字漢語をどうかんがえたか?山田孝雄の自言語意識という内部の形成の問題)


(テクストの単一主題への還元における問題は、)不可能性ではない。なぜならそれは普通になされているのだから。むしろそれは、そうした還元になじまず、なすがままにならないエクリチュールの抵抗〔resistence〕—われわれはこれを残抗〔restance〕と呼ぼう—である。ーデリダ『散種』


1920年代の西欧留学中に時枝誠記は言語支配者の漢字漢語の影響という「国語の事実」に気がついたとき、言語の集中が起きる可能性があった。漢字を、「書く」という記載主体の表現機能において見るとき、「もはや漢字は言語主体の外部にあって借りる者と借りられる者といった関係でとらえられるものではない。」(子安氏『漢字論 不可避の他者』2003、第5章漢字と「国語の事実」」)。しかし30年代から40年代にかけて新国語学の成立とともに、時枝は帝国の植民地朝鮮で他者言語文字•漢字を内部化していくことになった。近代日本の国語学が推進した「大いなる他者の言語」の痕跡の消去の問題の解決を、再び国語学に委ねることは倫理的に不可能である。そうして開かれた多元主義の方向に時枝の学において言語の集中が十分に起きずに、したがって西欧普遍主義的人間の拡散が起きなかったのではないか


京都駅は、かけらを組み合わせたようなポストモダン建築だが、水平的モダンでもある。境が曖昧だが、中にはいって、龍みたいなものが舞っている天井を見上げるときはプレモダン


「台湾」明記は同時に「民主」明記を意味する。帝国中国に対する帝国アメリカに利用されているとする指摘がある。ならば軍隊を外に出すなと命じる憲法を利用するときがいまだと思う


ゲームの規則が変わった、伝染病克服の証しから、質問無視のガースー主宰の世界の団結の証しへと。新しく、公衆衛生を無視してどの国が一番タフか競う肉体政治を五輪と名づけよう


どうも人工知能が薦めてきた「友達の友達」とは友達になりたくないのは、「友達の友達」の名はなんか、普通名詞(共通の名)におもえてしまうから。普通、友達の名は固有名である


大島渚『儀式』の結婚式は前夜に花嫁が逃げ出したのに何事もなかったように進行したように、無観客の東京五輪も五輪が逃げだして国家の他に誰一人来ないような儀式を強行するの


経済関係は競争に基くから不安定。民主主義が大切。米国との関係を失わないためにも「台湾」明記は意義がある。中国との関係も失わないように戦争責任を果たせー日中戦争を反省せよ


日米、共同文書に「台湾」明記へ 首脳会談、5Gも議題ー朝日新聞


いかなる有用性もなく、交換もされず、貨幣による平等化を拒んでいる対象物がある。交換市場に入る場合でも、勝手に価格がつけられているだけである。いうまでもなくそれは芸術作品である。

ハンナ・アーレント『人間の条件』23


Among the things that give the human artifice the stability without which it could never be a reliable home for men are strictly without any utility whatsoever and which , moreover, because they are unique, are not exchangeable and therefore defy equalization through a common denominator such ads money; if they enter the exchange market, they can only be arbitrarily priced. Moreover, the proper intercourse with a work of art is certainly not “using “it; on the contrary, it must be removed carefully from the whole context of ordinary use objects to attain its proper place in the world. 

ーHannah Arendt , The Human Condition


独裁者ガースー、米国に亡命か!?


死を観念化しない思想は世界思想にあらず。生と死、『古事記』における漢字漢文と大和言葉。精神が成り立つのは死からの再投射によるが、思考の論理的順番は漢字の存在が先に来る


アリストテレスの場合「世界(コスモス)」はもともと始まりを持たないものと考えられている。

ーハンナ•アーレントアウグスティヌスの愛の概念』第2章付録


恵比寿にいた20代のときのアパートの取り壊し。此処に十数年いた。当時の恵比寿駅なんて山の手線の窪みのようであった。いまと同じ感じで、あきらめて生きていたが、隠れてたのしんでいたのであった。開発がすすむなかここを壊されたときは、死に場所を見つけるようにして、海外に出てしまったのかな。中世の時代から巡礼者がやってくる煉獄があるアイルランドへ行く(煉獄は火山のあるシチリアか、岩々の大きな穴がある?アイルランドの島にあると考えられていた。これは20世紀だけれど、ジョイスユリシーズ』の中に煉獄を示す坂道がダブリンにあるよ)


物で書かれたものの間の類似性を見つけては(それを纏めあげる)言説とのズレに茫然とするかのドン・キホーテの世界の散文の旅のことをおもう。破線を横断して新たな類似者をさがしにいった。かけらをまとめることはできない、かけらはかけらであるから。リアルな人々の物笑いの種になるが、だけれど過去の時代の衣装を着るのは、差異の反復、すなわちだれも知らない何か未知のことがかけらにおいて起きているのであるー同じことは起きないー多分下級武士が推し進めた復古主義の政治がそうであったように


ツイッターフェースブックが薦めてきた「友達の友達」は驚くほど共通のものがない友達である。人工知能が大したことがないのか、本来的に友達の友達とはそういうものなのか


MEMO 「物で書かれたもの」


言語の存在に信があった時代は、「物で書かれたもの」すなわち言語が尊敬されていたので言語と一体である自然が尊敬された。しかし言語が軽蔑される近代ー音声中心主義の言説ーは言語と一体となった自然にトリチウムが無感覚に捨てられることになる


フーコ『言葉と物』から言語の存在が語られる。『ケルズの書』の文字の装飾は過去の言語の存在を称えた。仏教の中国化である華厳経典も思想だけでなく言語の存在を称えたと思った


ハンナ・アーレント「世界の安定性は芸術の永続性の中で透明になったかのようである。そしてその結果、不死性が触れる形で現れ、輝き、音を発し、語っては読まれるようになったかのようである」(『人間の条件』)。‪It is as though wordly stability had become transparent in the permanence of art, so that a premonition of immortality, not the immortality of the soul or life but of something immortal achieved by mortal hands, has become tangibly present, to shine and to be seen, to sound and to be heard, to speak and to be read. ‬

‪ーHannah Arendt‬


It’s Time to Rethink the Olympics 


The New York Times


Awful 


Fukushima Wastewater Will Be Released Into the Ocean, Japan SaysーThe New York Times


先週は京都国立博物館の鑑真展ー凝然没後700年ーを見学した。華厳教は仏教の中国化。凝然は華厳教を研究した13世紀の学僧らしい。英語パンフレットはトラりんが説明していた


虚数のある空間の積分は何と違うのか。積分すればどんどん位置がわからなくなっていく。また必ず外部ができる。文系の戯言であるが、われわれの思考は統合はいらぬが積分が必要だ


吉川幸次郎伊藤仁斎の思想を平等主義と言い切る。江戸時代に平等の思想はあった。江戸時代に武家政権を批判することは政治的に危険であったから、近世の儒者たちの間では政治的平等を達成する方法は論じられなかったが、道徳学を以って批判した。多元主義の方向で平等を考えたのである。それに先行して、京都国立博物館で展示をやっていたが、華厳の思想は絶対差異における平等の思想をもっていた。しかし吉川幸次郎のように平等主義を生命主義としてまとめてしまうのはどうなのか?植民地化された経験をもつヨーロッパ周辺において、帝国のオリエンタリストの口から生命の語をきくときほどムカつくことはない。なるほど京都で読む吉川幸次郎は示唆に富んでいて面白い。漢文を中国語で読んでくれる。だけれど吉川の講演集を読んでいると、もしかしたら大川周明の方が仁斎をよく理解していたのではないかとおもうときがある。大川周明はどうしてこんなに知っているのだろう?一般に、近代の知識人は近代の向こうにあるものをさがそうとして中国へ行くが、恰も立ち止まるかのように前近代である江戸を考えることになったのは、どうしてだったのか。思考の論理的先行というか、近代に先行していた、江戸(部分)に中国(全体)がくっついていた思考の必然だったのだろうか?たしかに、アジア主義日中戦争によって破綻してしまった。しかし、アジアをゼロにしてしまったら何もかもゼロになってしまうのだったら、戦後の竹内好が指摘したように、あえてアジア主義を考えてみる。アジアを理念として方法的に再構成してみたら、アジアと江戸の両方にかかわる言語の存在がみえてくる。いったいこれはなにか?明治が考えることができなかったことを考えはじめる思考のなかにおいて、江戸(部分)に帝国(全体)がくっついている。帝国の成り立ちと共に鬼神論の言説が中国において成立したことは何か意味があるのだろう。多分だれも言わなかったアジアの共同体の形成ー国家祭祀の共同体から自立したーを思考する契機があった..


『江戸問答』の田中優子氏は江戸という都市のなかにもうひとつの都市があると言う。そこで多様なリアリズムが成りたつ。更に江戸(部分)に帝国(全体)がくっついていると思うな


朝の数分間だけだが、京都の山々の輪郭を発見した。歴史文化を考え始めたら輪郭は見えなくなる。思い出のなかのダブリンの黄昏。だけれど輪郭はベケット的暗闇に包まれる


安倍晋三原発推進議連の顧問に。実は国際社会が放射能汚染を監視する為にあったような東京五輪が終われば、危険な原発<体制>が国際法違反の核兵器開発と共にどんどん進むのか


「言説(ディスクール)discoursは、文あるいは言表の連鎖としてまとまった内容をもつ言語表現の意味であるが、ギリシャ語の「ロゴス」logosに由来する語であり、直接的、直観的な表現ではなしに、概念作用と論理的判断をへた秩序のある表現というニュアンスを帯びていることに注意すべきであろう。」(『言葉と物』事項索引より)ロゴスに関していうと、ロゴスと表象は一緒にあるが、思考の優先順位として、ロゴスがはじめにある。ただしロゴスは、近代的に、いいかえれば、ヘーゲル的に、表象を排除するものではない。プラトンのご研究からそういう指摘をなさっている方の投稿文を昨夜読んだ。わたしの関心が、ギリシャ語の「ロゴス」logosに由来すると言われる」言説(ディスクール)においてもおなじことがいえるのではないかということ。言説と表象は、生と死は一緒にあるように、ともにある。言説は表象を排除しない。ただ、思考の順番として言説の文から考える。そしてあとで表象されるものをかんがえてみるのである。『言葉と物』のフーコが構成すえう言説はその通りになっているのかすべての文についてたしかめてみたい。根気よくやってみようかなとおもう


未知の他者と出会うために、今迄は脱出する出口を一生懸命かんがえてきたのだけれど、隅々まで立ち入り禁止のようなこの時代は入り口をかんがえなければならなくなったようだ


宣長の古学と篤胤の神学。後期水戸学の言説は国家を制作するために孔子のような聖人を神さまとして要請したのかもしれない。理念的には神は平等を実現する人のなかに表象される至高者。問題は、王政復古の言説である。生者の権力すべて、死者を主宰する権力も、天皇に集中させてしまった。軍国主義全体主義は同じ方向をもって、アジア2000万の命を奪うことになってしまった


「うたかたと瓦礫」ー平成天皇の即位と譲位という平成の時代に起きた災害で表象される生きにくさ。しかしもっと、平成天皇の被災地での祀りがほかでもない政治的な災害だったーその代償として政治について益々自由に喋れなくなってきたーという点がしっかりと認識されていればアートからの異議申し立てに意味があったと思ったのだけれど


孔子は人間でありますが、実は神のような性質をもっていると考えられた」(吉川幸次郎、”神様のいる文明といない文明“)は、ポストモダン孔子には違和感を感じる近代的言説だ


「自己にあっての差違においてでなければ。おのれを同一化しえず、「わたし」あるいは「われわれ」と言えず、主体の形式をとることができないというのである。この自己にあっての差違がなければ、文化や文化的同一性は存在しない。」(デリダ『他の岬』)


帝国なき岬


京都に来て1970年代の吉川幸次郎講演集を読む。<外国人は規則に従う(従え)>と<わが民族は自由な思考の主体である>という帝国のオリエンタリズム的視点の分割をおもう。古学が見上げる<偽物>として、中国文学が見下される<本物>として、再構成されているような..。吉川の語りに帝国主義の視線はないが、だけれどオリエンタリズムの構造は保たれている


今日、戦争の目的は革命であり、戦争を正統化できる唯一の大義名分は自由という革命的主張であるというのは、ほとんど当然のこととなっている。したがって、人類が絶滅しない限りは、予見できる未来に残るのは戦争でなく革命であるというのは確かであろう。ーハンナ•アーレント[革命について』序章戦争と革命


嗚呼マンボウでも止めれないのか?聖火リレー愛国主義なるものの幻想には果てしがない


弦楽四重奏曲第1番は今のところ完全に濃霧に包まれた何物かだ。疑いもなく未来に属する音楽だ。バルトークはここで、とても我々この世のものについていけない道に迷いこんだ。」1910年3月20日(あるブダペスト紙に出た批評)


失ったときは失うことができる。それに代わるものをさがす必要がない。東京五輪の復興幻想を失ったのに、聖火リレーが何かの意味をさがそうとして滑る記号として浮遊しちゃっている


Who jumps into the void Owens no explanation to those who stand and watch ーGodard


「漢字は借り物である」か?「漢字は借り物である」のナショナルな物の見方は、漢字はいつまでわれわれのものではないという。漢字から侵略されたのであって、それ以前に固有の言語があったという。しかしそうだろうか?漢字の受容から1000年を経て、漢字は漢字仮名混淆文の成立とともにわれわれのものとなった。江戸時代に言説が豊かに存在したのはこのためである。江戸時代の前まで天皇・貴族・寺社が独占していた学問をわれわれは自立的に考えることができるようになったのである。「アジアの知識革命」は“危機”の17世紀に起きる。言説<漢字は借り物である>とは異なる物の見方を考えることが必要だ。言説<漢字は借り物ではない>で表象されるのは不可避の他者である。不可避の他者に漢字という名を付与する。そうして漢字の名において不可避の他者性の存在を名指すのである。「漢字論」は言語支配者の中国からの議論を十分に共有するとき、理念的に、これを21世紀の日本文化と考えていいのではあるまいか。新しく?、対抗西欧の近代に日本文化を発見する反復はいつまで続くのか。歴史が送り返す悪夢から目覚めるために、対抗西欧の仮装をやめることにしよう


La tâche fondement du <discours> classique,c’est d’attribuer un nom au chose, et ce nom de nommer leur être. ーFoucault


古典主義時代における「言説」の基本的任務は、<物に名を付与し、この名において物の存在を名ざす>ことである。ーフーコ『言葉と物』


この小説はいつも最初の数頁でやめてしまったのだけれど、三島『潮騒』の神島。三島は現代を古典的世界が支えることが可能かと問うた作家とおもうけど、そうして古典ギリシャ劇を訳したヘルダーリンのことを考えはじめて、だけれど西欧の枠づけの内部に沿ってその中から、征服されない対抗西欧の近代のグロテスクに絡みとられてしまうようにみえる。執拗に、現代は決定的なはじめと終わりがどうしても必要だと三島はかんがえているみたいだけど(最後の小説は何度もはじめをやり直しをする)、古典的世界のはじめは宣長が読み解いたようにそれほどはじめではないというか...


2016年は「思想史遠足」ではじめて伊勢に来た。伊勢サミットで安倍首相はG7首脳達を何と神社の奥に招き入れて記念撮影した。米大統領と英国首相の宗教の自由を侵害したのにたいして、日本は伊勢神社が文化施設であると説明。これは戦前における国家神道ー国家祭祀ーの主張を思い起こさせる。統治権の象徴である三種の神器を預かる伊勢神社は憲法よりも上にあるのだ。戦前の分かりにくい二重体制を説明すると、戦前の国家神道は自らを国家とかんがえていて自らを宗教と規定していなかった。キリスト教とかにたいして政教分離をまもれと言っていたのだ(!) 2021年再び伊勢にきたのは、今回は伊勢で真珠の養殖をやっていた方の弔いのために鳥羽にきた。緊急事態のときに東京の外に出ることができなくて葬儀にいけなかった。2016年のことをかんがえながら、伊勢神宮にも立ちよった。あれからどうなっているんだろう?先ず参拝客の数の多さに驚いた。宿泊先の従業員によると、緊急事態解除の前からずっと多いのだという。6年前とくらべて若者が多い。年配の方たちは簡単に外出できないのかもしれないが、それにしても多い。参拝するのは自由だ。しかしこんなものに期待を持っている彼らの姿を見るとこれでいいのかという気持ちになってくる。静かな気持ちだったのだが、だんだん、安倍政治は終わっていないのだと苛立ちとともにわたしは参道を歩いている..


コカコーラ、トヨタ日本生命など「ナチスと同じ愚は犯すな」と叱られている五輪スポンサー企業の大行進に街頭のだれひとりも手をふっていない


どうしてわたしは東京五輪に反対するかその理由をよくかんがるのです。東京五輪は権利のない社会だからです


どうしてわたしは東京五輪に反対するかその理由をよくかんがるのです。東京五輪は権利のない社会だからです


近代日本知識人の宿命だが、ヨーロッパの本を読むときヨーロッパ人がどう読むのかを考えるとともに日本人としてどう読むのかも問題となってくる。わたしは日本人はだれかがわからないので、アジアの周辺にいる人々と言おうとおもう。そうして冒頭の文をもう一度言い直すと、そのアジアの周辺にいるわれわれは、ヨーロッパ人がどう考えるのかを考えるだけでは足りないのであって、アジアの周辺にいる人々としてどう考えるのかを考えることが大切なのであると。こういうふうに書くと、言語支配者であるアジアの中心にいる人々のことも考えなければいけないことが自ずとわかってくる。『漢字論』の‘あとがきにかえて’を読むと、子安先生が文化帝国主義エドワード・サイードが呼んだものついて考えた書いた面白い文がある。わたしの理解であるけれど、間違いを恐れずに説明してみると、アジアに言説「漢字は借り物ではない」で表象されるのは思考を可能とする不可避の他者である。不可避の他者を漢字と名づけるのである。そうしてみるとどんなことが言えるのかである。明治が造った語「言説」「表象」無くしてこの文は成立しない。だがヨーロッパ語翻訳に支えられた漢字中心主義はアジアに対しては、文化帝国主義ー自分たちの物の見方は他においても自明だとする物の見方、ここでは明治のヨーロッパ語からの翻訳語「表象」が台湾で通じるという錯認ーの様相を呈すのである。『漢字論』は中国語に翻訳されている。言語支配者である中国はどう『漢字論』を読むのだろうか。「漢字は借り物である」というナショナルな物の見方はだめだし、また、一見文化帝国主義的に見える漢字中心主義の見方でもいけないと主張する言語マイノリティの知識人の考えかたを中国はどう読むのだろうか。江戸古学と共に大いなる他者・中国を考える視点は言説支配者が知らないものだろう。『漢字論」が『江戸思想史講義』とともに、アジアに共有される未来をおもう。


「確かに本多さんが指摘したように、今や近代日本の知識人による中国をめぐる語り(子安『近代日本的中国観』原題『日本人は中国をどう語ってきたか』)を現代中国の知識人がどう読んだかが求められ、日中知識人の相互認識をめぐる議論がなされることが可能な段階になってきた。私の『近代日本的中国観』(三聯書店)についての李公明氏の書評が上海の書評紙に昨年11月に掲載され、その内容を陳璐さんの翻訳によって3月の講座で紹介した。そのことをネット上で報じると、それに答えるように厦門の郭穎氏から氏もまた「解放日報」紙に『近代日本的中国観』の書評を書いていることをそのコピーとともに伝えられた。さらに省略されている紙上の書評の原文をも送って下さった。われわれはいま近代日本知識人の中国観を現代中国の知識人がどう読んだかを知るための貴重な材料を手にしたことになる。郭穎氏の書評の翻訳をも陳璐さんにお願いしている。この翻訳ができ次第、あらためて講座で話し合いたい。その前に原文でお読みになりたい方のために郭穎氏から送られてきたコピーを添付します。」

https://www.jfdaily.com/journal/2020-10-31/getArticle.htm?id=302709

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放眼“江湖”,而非置于“鱼缸” 10-读书周刊/书评-解放日报

jfdaily.com


『日本人は中国をどう語ってきたか』(2012青土社)。日本における学者的議論の言説に関心をもつ「中国人が日本人は中国をどう語ってきたかをどう語るのか」が問題となってきた


カズオ・イシグロ日の名残り』。アイルランド人がこれは英国における全階級の王室への精神的従属を物語るという。英国は階級という視点、アイルランドは共和主義の視点がある


Projected worldliness 投射される世界性


「枢軸時代」のヤスパースがいう古代的世界は現在を支えることが可能か?スクリーンとして17世紀をかんがえてみる。スクリーンのなかのどこかに、現実を支える古代世界の痕跡がある。Zである一点から投射されている思想史空間からは、重なり合う諸々の断片のあいだにある微小な流れたちが見えないが、像を見ることができる。


トッドが講演で言っていたが、家父長制は女性の知性を破壊してしまう。その通りだ。男尊女卑も、正確にいうと、おじさん尊女卑。私もおじさんだが、おじさんは諸悪の根源だと思う


海外からメッセージ有りの友達申請に、チューリングテスト(?)をしながら、私が機械と喋っていないようにと願うが、かえって間違いが多い日本語を書いてきたら一応人間と判定する


枢軸時代のヤスパースのように紀元前の孔子とエレミアを考えるためには思考の媒介が私に必要だ。仁斎の孔子の17世紀を考え、レンブラントが描くエレミアの17世紀を考えてみる


「これは黄泉の国の光景であり、今後の人間の精神に大きな影響を及ぼすだろう」(シネマトグラフについてゴーリキー)。20世紀を支えていた大切な映画たちの名が思い出されなくなった21世紀のどん底に来た私は「映像の世紀」(20世紀)の精神を千年前の朱子鬼神論ー目に見えず耳に聞こえないものについて考えたアジアの形而上学の始まりーを以って読み解くのは必然だとかんがえるようになった


フィネガンズ・ウェイク』は読めないが、言語を与えてくれた大きな他者がみえる。問題は天における大きすぎる父とのギャップと恐怖。絶対者のもとに行かない天地間の円環を書く


正確な日づけは意味がない。

ボルヘス


「見ている」と「見ていなければいけない」の差異


先祖が自分を「見ている」と思うと語ってくるひとがいるとするよね。それにたいして「見ていなければいけない」とわれわれは言うんだ。何故か?世界思想としての宇宙論死生観を考えようとおもっているからなんだ。しかし死を内部に向かってすなわち民族とか国家においてとらえるひとは、この「見ていなければいけない」というわれわれの言葉を不愉快に感じて反発してくるのだろうな。この彼がかんがえているように、民族と国家しかないならば、魂は民族と国家から「見ている」だけだろうな。言説「魂はそこにある」で表象されるのは魂の民族•国家-内-存在である。しかし「お天道様はみている」というのは、天に上った魂は民族と国家を超えた天から私を「見ていなければいけない」のだ。近代以前はこれは日本だけではない。世界的に見いだされるギリギリ倫理的な要請だったんだな。問題となっているのは、コスモロジー形而上学を失った近代のわれわれは帰ってくる魂を迎え入れる準備をしていないのだ。だからだろうが大正からの日本ロマン主義は道徳的内面性の掘り下げが決定的に足りない。世界性が無い


見よ、売名「火」リレーの死神大行進


Edward W. Saidはthe worldliness of world literatureについて語っている。テキストを読む我々には世界性(worldliness)があり、またその世界の中で生きている存在(世界内存在)でもあるという。わたしの世界性は?ヨーロッパの周辺とアジアの周辺で考えてきた復古主義は、政治=歴史に先行して、始めと終わりを語ること無しには自由な物語が成り立たない。しかし人間の条件はそこにあるのかと問う


「物がない芸術が物の表出に取って代わっても芸術家の世界性は変わらない」(ハンナ・アーレント)。ここで「物がない芸術」とは表象性のない芸術。「世界性」(worldliness)とは...これが問題だ。「世界性」と「世界」は違う。ここで、「性」はその質・傾向を持つことを表す接尾辞だが、これは実は大問題なのかもしれない。


This inherent worldliness of the artist is of course not changed if a “non-objective art” replaces the representing of things; to mistake this “non-objective art” for subjectivity, where the artist feels called upon to “express himself,” his subjective feelings, is the mark of charlatans, not of artists. The artist, whether painter or sculptor or poet or musician, produces worldly objects, and his réification has nothing in common with the highly questionable and, at any rate, wholly unartistic practice of expression. Expressionist art , but not abstract art, is a contradiction in terms. 

ーHanna Arendt


「物がない芸術が物の表出に取って代わっても芸術家の世界性は変わらない。この物のない芸術を芸術家が自分自身を表現するのに訴えたと考えている芸術家の主観と取り違えるのは、知ったかぶりの人であって、芸術家ではない。」ーハンナ・アーレント(人間の条件』第6章注87


バイデン大統領はウイグルの弾圧を問題にして中国を批判しているようだ。「民主主義と専制主義の対立」を言う。今朝新聞を読むと、「経済安全保障」をめぐる米中の対立のことが分析されている。日本は何もしなければ米中との結びつきを失う危険がでてきたというのである。日本は何があってもアメリカにくっついていけば大丈夫なんだというゲームの規則が変わったのだ。兎に角、米中の対立を緩和するためには、日本は国内のマイノリティとの関係をよくすることを中国にもとめるときがきたのではないか。精神の従属を起こさせる同化はやめなさい、と。日本は中国にそれを言う以上、自らも、精神の従属を起こす国家祭祀的あり方をやめなければいけないだろう。靖国神社公式参拝を止めること、明治維新の帰結であった日中戦争を反省して、 国家神道のもとでアジア2000万人の命を奪った A級戦犯の合祀をやめるべきだとおもう。安倍がいたためにそれができなかったが、いまそれができる。発想を大転換しなければいけない。これからはアジアをみる立場


今朝の朝日新聞によると、「経済安全保障」をめぐる米中対立で日本が米中との結びつき失う恐れがある。米中との結びつきを失わないためにはどうするのか?日本は自らをもっと民主化した上で中国に民主化を求めるしかないのではないか


ポストモダン的制作は全部を変えるために何も変えてはならない。国家を作るためには国家祭祀を変えてはならなかった。現在は国家を解体するために国家祭祀の禁止を変えてはいけない


みんな一人ひとりがマイノリティに成る、N個の性に成る。権力の祀る=祀られる<一>の包摂から逃げる、線を描く、文を書く。すべてを変えるためになにも変えてはならない


神(他者)は同一か、差異か


『エチカ』のスピノザによれば、その本質に存在が属する実体は、ただ神のみである。これが分からないが、マイモニデスからの影響を考慮してイスラム哲学入門やユダヤ哲学入門で調べると、存在は本質に貼り付けるラベルのようなものとイメージ的に説明している。では、神において、本質なきものに存在が属することがないのか、本質なきものに存在を貼り付けることができないのかとかんがえはじめたら、まったくわからない。しかし神は本質でなければいけないということを言おうとしていることはわかる。これが優先的に大事なんだと。とすると、テキトーなことを言うが、そもそも、本質なき(再)分節化は神が行うことが不可能なのではないか。これをアリストテレス的に文の構造に即して考えよう。文において、主語である神は、述語にならない主語として、多数化してはいけない。主語面からみると、否定的に、一は一である。このようにかんがえられる神とは天における同一性だろう。しかし話はここで終わらない。スピノザは言説的解釈を展開した。実体像をめぐるスピノザの言説「神=自然」で表象されるのは神の多数化•差異化である。主語面からみると否定的に、一は一である、と同時に、述語面からみると、一は多である。この地上で卑近なものと言ったら神ぐらいしかいない。神は近傍である。神は差異として存在する。そして隣同士の関係というものは常に多様なものである。関係は同じままではありえないという意味で、神との関係も差異である。差異は時間の中にはない。差異は論理的に先行する思考の順番である。と、こんなことをベラベラ喋り続けると、「被造物」であるおまえの話は危険な「偶像崇拝」だ、ポストモダンの「無神論」だと言われるだろうか..


中心と周辺


世界資本主義を分割する帝国の時代です。拡大EUの現在は中心はベルギーですが、brexit によって、ヨーロッパの中心に再びウィーンがくる可能性もあります。ウィーンは文化をもっています。東欧諸国からの観光客で賑やかですね。政治における新しい普遍主義の模索が極右翼によってうまくいかないことも現実。今日中心を考えるためにウィーンを考えることは意味があるようにおもいます。ヨーロッパの中心の一つだったイギリスはヨーロッパの周辺になるのでしょうし、気がついたらアジアの中心だった日本も十年前ぐらいから経済力で中国の周辺になっていました


ヨーロッパの周辺とアジアの周辺で考えてきた復古主義は、政治=歴史に先行して、始めと終わりを語ること無しには自由な物語が成り立たない。しかし人間の条件はそこにあるのか?


That every individual life between birth and death can eventually be told as a story with beginning and  end is the prepolitical and prehistorical condition of history, the great story without beginning and end. ーHannah Arendt


語る事ができるということは、始まりも終わりもない大きな物語である歴史の条件である。

ーハンナ•アーレント人間の条件』25


パッチワーク(patchwork 布切れ・つぎはぎ)


フィルムの編集とペンローズ図、そして朱子『中庸章句』の注釈


「世界でもっとも多い統治形態は民主主義の理念を掲げる独裁国家である」と言われはじめました。この言説への自分の違和感は何だろうかと考えてみました。簡単に<独裁国家>と言い始めると、ホントウの独裁を見逃してしまうのではないかと心配します。このことを前提にしたうえで考えますと、「世界でもっとも多い統治形態は民主主義の理念を掲げる独裁国家である」が真ならば、「独裁国家」同士、隣国同士で、「あなたたちの国は多様性がありません。わたしたちの国の多様性がまだまだです。わたしたちは努力しなければなりません。一緒に努力しましょう」という考え方が要請されてくるのではないでしょうか。具体的には、もっと野党が政府の外交のあり方を問いただしたらいいとおもってはいるのですけれど。


理念性を問題にしているところに、肉体派は「リアリティが無い」と言えば何か批判できたつもりになっている「日本リアリズム」が問題だ。「虚構性がない」というべきである


独裁者は選挙によって選ばれることはローマからはじまることです。全体主義の選挙を停止した経験をもった戦後は、選挙を通じて、複数政党制の議会の成立とともにある言論の自由多元主義を現実化していくことになりました。トランプのような人気のある大統領に議会が危機感を感じているのは、彼が大統領を尊重しても議会を尊重しないからです。大統領と議会の対立のことは、フランス革命に遡ることだろうとおもっています。大統領ではないですが、変な話、アメリカ大統領と親しくして人気をもつような小泉と安倍は、恥もなく大統領を演じることによって、国会を軽視しているのをみると本当に腹が立ちます。世界ことにアジアに増殖しているのは、こういう議会軽視の自民党政治だとおもうのです


古代世界は現代世界を支えることができるか?現代世界はもはややっていけなくなった近代のことならば、不可能である。とりあえず、近代から古代世界を逃してやらなければいけないー大いなる他者とエクリチュールのもとに


「古代的世界は近代の後に来る世界を支えることが可能か」という言説についてだけれど、そもそも「古代的世界」が住処としているのは漢字漢文テクストである。ところがこれがわかっていないー自戒をこめて。漢字漢文テクストの漢字について「漢字は借り物である」と考えてしまうことの問題がある。日本語の固有性というような自言語意識の奥にむかって絡みとられる。『古事記』に「古代日本人の心」を実体として深読みしていくようなことが起きる。この錯認は、漢字を侵入者とみなすような民族主義のナイーブさからくるのだろう。また話し言葉を過剰に評価する音声中心主義のラディカルモダンの言説の普遍主義と無関係ではない。

また「借りた物は返さなければいけない」というような漢字中心主義に絡むとられてもならないことが大事。漢字受容から1000年要したが、漢字は漢字仮名混交文によって、言語支配者(中華帝国)の周辺にあるわれわれの思考となった。漢字における他者性は、翻訳にあるということでは説明できない。漢字は思考不可能なものを思考できるかを絶えず問うような存在としてあるのだ。漢字そのものが思考不可能である。思考不可能なものを思考しようとする、子安宣邦氏の全著作において一貫しているのは、漢字、他者の言語の存在についての探求にほかならず、トータルに問われるのは、大いなる他者との関係であり、共同体理論としての鬼神論を書いた漢字漢文の存在である。


(「近代の後に来る世界」を分析する理論はrepresntation という語が大切な役割をもつが、「表象」と翻訳されている語はあくまで翻訳語であるという了解がある。曖昧な共通性に心地よく依存して、恰も語源を探すように、中国語のオリジナルを参照することはできない。まったく新しく、フーコが言う前に誰もいわなかった表象についての言説を考える必要がある。だから未だに「表象」が十分に理解されているかという問題が『言葉と物』を読むときにある。)

(下は、子安宣邦著『漢字論ー不可避の他者』(岩波書店 2003)からの引用)


パウンド(Erza Pound)のこの詩はゴダール映画史のなかのナレーションを通じて知った。パウンドはオリエンタリズムだ、現代は同郷の友人であるウォーレ・ショインカの時代であるとわたしに言っていたアフリカの詩人の言葉を思いだす。彼がパウンドに距離を置こうとしたのは、パウンドの背後に見えてしまうヨーロッパ帝国主義の人類知に反発していたからかもしれない。しかし近代の成立とともに、どんどん死に場所がなくなってくるこのことについては、かれらはナイジェリアからロンドンに来て考えていたに違いない。西欧では死んだら死者にバイバイでそれっきりであるけれど、アジアは、おそらくアフリカも、バイバイということにはならないのはどうしてなのか。そして開発と戦争と同化のグローバリズムに反する法はあることはあるのだけれど、人々に媒介するスクリーンが無いのだ。どんどん開発と戦争と同化は進むが、人間は自由に喋ることができないままである。こうして、映画が映画のなかで物を通じて饒舌に喋っただけでなく世界にむかって語った時代の思い出の中にあるスクリーンが死に装束に見えてくるということがゴダールのような反時代的精神において起きたわけで.. 。死に装束としてのスクリーンは白紙の本に似ている。偶然だろうか。白紙の本とともに懐疑精神の思考がある。目に見えないもの、耳に聞こえないものを考える、形而上学的ロゴスの果てしない呟きかもしれない。言語的存在である人間は存在することの意味を思考するために祀るのであって、これは多分逆ではないとおもう


‪だが最初に現れたのはエルペーノール‬

‪葬られもせず、広大な大地に打ち捨てらた、

われわれの友エルペーノール‬

‪キルケーの館に、われわれが残してきた遺骸‬

‪憐れみ深い霊魂を、他の仕事が追いたてたために‬

‪嘆くことも、墓に納めもせずに」

‪(エズラ・パウンド)‬


‪but first Elpenor came ‬

‪our friend Elpenor ‬

‪unburied, cast on the wide earth‬

‪limbs that we left in the house of Circe ‬

‪unwept, unwrapped in sepulchre‬

‪since toils urged other pitiful spirit‬

‪(Erza Pound)‬


 近代イギリスの精神的支柱はウィリアム・ブレイクだとおもう


From Wiki


カール・ヤスパースは、1949年に『歴史の起原と目標』(Vom Ursprung und Ziel der Geschichte) を刊行して自らの歴史観を述べ、あわせて歴史の将来と歴史の意味について語っており、「第1部 世界史/ 第1章 枢軸時代」では、紀元前500年頃を中心とする前後300年の幅をもつ時代を「枢軸時代」と称して、その輪郭を叙述して読者に注意を呼びかけている。


この時代には、驚くべき事件が集中的に起こった。シナでは孔子老子が生まれ、シナ哲学のあらゆる方向が発生し、墨子荘子列子や、そのほか無数の人びとが思索した、—インドではウパニシャットが発生し、仏陀が生まれ、懐疑論唯物論、詭弁術や虚無主義に至るまでのあらゆる哲学的可能性が、シナと同様展開されたのである、—イランではゾロアスターが善と悪との闘争という挑戦的な世界像を説いた、—パレスチナでは、エリアから、イザヤおよびエレミアをへて、第二イザヤに至る予言者たちが出現した、—ギリシャでは、ホメロスや哲学者たち-パルメニデスヘラクレイトスプラトン—更に悲劇詩人たちや、トゥキュディデスおよびアルキメデスが現われた。以上の名前によって輪廓が漠然とながら示されるいっさいが、シナ、インドおよび西洋において、どれもが相互に知り合うことなく、ほぼ同時的にこの数世紀間のうちに発生したのである。


古代的世界は近代の後に来る世界を

支えることが可能か

どこへ帰るのか、どこへ行くのか?

「どこ」が問題ではない。

「どこ」は確率的でしかないから。

古代ギリシャ哲学とブルームとエレミヤの

のぼっていく天であれ、

棺桶グラムフォンと繋がった岩々の

釈迦の降りていく地であれ、

17世紀の仁斎は往来の運動を道と名づけたとき

紀元前5世紀の孔子が天を見上げたのをみた


講義の後、京城大学の宇野哲人『中庸』を買って読んでみた。『中庸』と『大学』、この両者は宇野において互いに切り離せないかのように前提される。そうして経書は政治と倫理は一体だと教えると説明してみせるオリエンタリズムの知が成り立つ。オリエンタリズムは自らの見方を、古代的世界に投射して現代をみる。現代世界と古代的世界の調和を称える。宇野の『中庸』は声を出して読み上げるために書かれたのかもしれない。彼の文体は、高さと広さ、比類なき単純さにおかれたリズムをもっている。だがその代償はなにか?帝国主義者の透明な言語が従属における問題を隠蔽している。経験から言って、近代国家が推進した問題(例.不平等)の解決を再び国家に委ねるのは倫理的に不可能なのだ。『中庸』を読み解く帝国日本のオリエンタリズムは、「(古学の)伊藤仁斎は誤解している」とあちこちできめつける。逆に、17世紀の伊藤仁斎における思想の大切さを、易しくはないけれど、あらためて考えてみようという気持ちになった。


ロンドン在住のイスラエル人の友人は骨董品にかこまれて、イディッシュ的カバラ世界を生きる人物だった。移民労働者の彼は、英国の教育に「同化」した息子がベケット役者になりたがっていると嘆き、また娘が彼女にとって全くの外国であるイスラエルの言葉を勉強しはじめたことも非常に心配している。友人は、彼の両親の墓があるドイツのユダヤ人墓地と比べて英国の墓地に不満をもっていた。迫害はあったが、ドイツのユダヤ人のほうが遥かに裕福に暮らすことができたという。父はベルリン大学法学部を出てボルシェヴィキに行ったが失望して、初期のキブツ運動に加わったという。街中のチェーン店のカフェで、ゲマインシャフトゲゼルシャフトについて盛り上がったときに、ドイツ時代の祖先の活躍を語るこの彼に、ユダヤの死後の世界はどうなってるんだとちょっと好奇心で聞いてみた。と、いつも饒舌な彼はこの時は青ざめて震えているではないか。ゾンビみたいに復活するのだと怖がっていてぜんぜん説明できないのだ。今からおもうと、これは、祖先崇拝が宇宙論に理論づけられている東アジアの共同体とは随分ちがう感じ。アジアの知識人はコスモロジー(人はどこからきてどこへいくのかを説明する知)を構築したとき古代儒教の祖先崇拝を保ちつづけたのが特徴なんだね


EUが駄目になって東アジア共同体構想が挫折した現在、別の仕方で、アジアに成立する共同体を思い浮かべることが必要となってきた。そこで、問うーなぜ中国は廟と墓があるのかと。天に昇った気を祀るために廟があり、他方で地下に降りていった気を祀るために墓がある。祖先祭祀を宇宙論のなかで理論づけていった魂と身体を語る朱子学鬼神論をめぐる言説をアジアは共有していた。魂の行方を問題とする共同体の理論化は日本固有のものではない


『「アジア」はどう語られてきたかー近代日本のオリエンタリズム」(子安宣邦著 2003)は、『江戸思想史講義』(1998)と『「近代の超克」とは何か』(2008)の中間に位置する。中間とはその両端に対して最も活発に運動する場所である。

第五章『東洋的社会の認識』はオリエンタリズムは他者が二つあることの意味を考える。<西欧>と<西欧から見たアジア>である。これらは、わたしの理解の仕方では、<見上げる他者>と<見下げる他者>を意味してくる。<見上げる他者>をホンモノとみる見方は、「近代日本」はニセモノであるとする見方をともなう。見下げる他者の位置に置かれる自己をニセモノとみる自己理解的言説が働く。そして<西欧> <見上げる他者>の近代主義に対抗して、ホンモノのアジア人になろうとするアジア主義という自己理解的言説が生まれてくるのだ。(ヨーロッパの周辺の近代化は自己を否定し尽くす近代を全面的には受け入れない。近代に抵抗する伝統を残すのである。だが下級武士たちが推進した明治日本の近代化は伝統をゼロにしていくような近代化となっていった。江戸思想は「前近代的」である。)

絶えず見上げたり見下げたりするシーソーゲームのように働く二項対立に絡みとられない外の思想として、岡倉天心が語る「東洋」がある。東洋美術史は、それまで<西欧から見たアジア>を体現した中国美術史ではなくて、「日本」から見る物の見方に意味を見いだす構成的な見方である。岡倉天心の言説「アジアは一つ」で表象されるコンパクトな多元主義、それは「日本」によって実現する。「日本」は東からきた多種多様な文明と思想の集積点であると言う岡倉天心は、「日本」の博物館としての理念的意義を積極的に打ち出したのである。岡倉は言う。「日本民族の印度韃靼的な血そのものが、この民族をして、これら両個源泉から汲み、かくして全アジア意識を映し出すかがみとなることを得しめた天賦の能だったのだ」(『東洋の理想』)


津田左右吉皇国史観を批判できた思想家であるが、「東洋」を否定する。単に否定するのでなくて、彼のラディカルモダニズムは「反」アジア主義近代主義を超えるものである。また福沢諭吉は人民(people)の自立的思想を考えることができたが、彼の近代主義は常に中国に対するネガティブな見方をともなって「脱亜論」を語らなければならなかった。明治維新以降、アジアことに中国の見方は福沢諭吉に責任があるとおもわれる。

グローバルな物の見方のなかでそれとは別の見方をつくる思想史的線は岡倉天心から竹内好にむかって引くことができる。(「方法としてのアジア」という竹内好の見方は、「世界史」イデオロギーとポストコロニアリズムと帝国論の言説的配置において、「方法としての中国」に置き換えられていく問題は別の機会に論じたい。)


「近代日本はアジアに在ってアジアではない」の文は、述語面を考えると、意味が否定と否定の否定とのあいだに揺れ動いて仕方ない。この一文は、意味をゼロにするところまで突き進んでいって、ついに自らだけを前提としてだけ考えていくような、そんな絶えずゼロから出発しなければならないラディカルさをもっているのかもしれない。しかし意味をゼロにしては何もかもゼロになってしまってしまうのではだろうか。「近代日本はアジアに在ってアジアではない」については、意味の成立が要請されることを考えつつ、何とかこの文を思考できるのは、文における主語が漢字であることによるのかもしれない。この場合、「主語が漢字である」ことが発見である。漢字の主語は存在でありそして理念的である。漢字は蘇ることがない死にきった伝統を住処にしている。それは他者のために書く言語が存在したことの痕跡であって、共同体にとって絶対であるような不可避の外部を構成していたのであるまいか


現代建築は脱構築という思想の(非)中心に建築をもつことになった。ザハ・ハディドから建築を奪った東京五輪。女性建築家が思想をもつ意味を考えることができなくなったよな


オデュッセイア』第十歌は魔法使いキルケの館で豚にされた人間達を物語る。オデュッセイアだけはヘルメスから貰った薬草のおかげで魔法が効かない。ジョイスユリシーズ』の第十五挿話キルケは、大英帝国の植民都市ダブリンにあった当時ヨーロッパ最大の赤線地帯を舞台にしている。ブルームは、キリスト教ユダヤ教イスラム教という、あらゆる宗教が対等に扱われる「New Bloomusalem」の建立を宣言する。だがだれがなにを喋っているのかわからなくなるような言語の暗闇のなかで彼はナポレオン三世みたいな皇帝になってしまう


https://www.instagram.com/p/BywBNF6npCV/?igshid=k3hx31nliyjm


『「近代の超克」とはなにか』(青土社)は、2008年に出版された。著者の子安宣邦氏は、竹内好とその彼が再び読んだ「近代の超克」論を読んでいる。「日本人」における実体としてのアイデンティティの対立(近代主義民族主義か)を再解釈してはいない。問題となっていたのは、言説空間を読む方法だからである。これ<と>あれを名づけることを防ぐ『「近代の超克」とはなにかと問う』言語は、「近代の超克」論に表象されるものを砕く新しい言説である。『「近代の超克」とはなにか』は、『江戸思想講義』(岩波書店)の十年後に現れた、現れなければならなかった本なのである。「方法としてのアジア」と「方法としての江戸」は、フーコが言う意味で、<混在なもの>である。<混在なもの>は不安をあたえずにはおかない。


「私は明治の末から昭和の敗戦に至る日本の足取りを考えると、どういうわけだかつい『ドン・キホーテ』の物語を連想する。」(尾崎行雄)


<混在なもの>は渡辺一民がつくった訳語


<混在なもの(エテロクリット)>は不安をあたえずにはおかない。むろん、それがひそかに言語(ランガージュ)を掘りくずし、これ<と>あれを名づけることを防げ、共通の名を砕き、もしくはもつれさせ、あらかじめ「統辞法」を崩壊させてしまうからだ。断っておくが、「統辞法」というのは、たんに文を構成する統辞法のことばかりではないー語と物とを「ともにささえる」(ならべ向き合わせる)、それほど明確ではない統辞法をも含んでいる。(フーコ)


第4波では、好きな国に行って好きな本を読むのも無理で半強制終了の感じか。「好きな国で好きな本を読む」は理念かも。しかし時間は感染されないだろう。書物は時間のなかを旅する


同性婚認めないのは違憲法の下の平等に反す」 札幌地裁


「自分で決めた亡命」は「女」と逃げる。「女」はアイルランドすなわち妻ノラのことだと言われる。ノラはアイルランド西部出身である。国家を女性として表象するのは帝国主義の常套。ジョイスはそれを逆手にとる。とすれば、亡命はジョイスの国家からの亡命だけでなく、ノラ=国家も亡命することを意味する。これはなにを意味するのか?つまり亡命とは、強気の言葉と裏腹に勝算は全くなかったのであるが、ジョイスにとって外へ行くやまざる運動をいうのかもしれない。「フィネガンズ・ウェイク」のどこから来たわけでもないただ運動だけであるというこの表象をジョイスは「亡命」と名づけた。これが自分たちが国家から生かされていると思い込んできた日本読者に衝撃を与えるのかもしれない。『フィネガンズ・ウェイク 』は、1939年出版から翻訳しはじめて、現在迄に物凄い種類の翻訳がある事実にヨーロッパの研究者は皆驚く。だがジョイスの「自分で決めた亡命」について注意したいのは、亡命する前衛作家の伝説とは違うことである。それは、たしかに権威に対する反抗であったが、政治は独立したが経済は従属したままの国内に仕事口がなくて国学に出るような普通の人々の移動も意味していた


中江兆民はルソーの自然と作為に表象したものを「天命の自由」「人義の自由」と名づけたのではなかったか。対抗西欧の近代とは別の近代のあり方ー国家祭祀の近代ーに嘗て賭けた、漢文を読む、自由民権運動の活動家的知識人達のためにである。その自由民権運動は敗北し、中江兆民の名が思い出されるのは1970年代までである。今日まだ中江兆民に可能性があるとしたら、言説空間の外部の歴史からとらえることが大切である。兆民の『民約論』はルソーの社会契約論を単に解釈的翻訳ではなくて、ルソーを脱構築した制作論である、と、『「維新的」近代の幻想』(作品社)を読んだわたしは考えようとしている。だれが国家祭祀の近代を解体してここからアジアとの関係の構築を制作するのか?


人間が誕生した近代に表象の限界に直面したサドは欲望を名づける。文学が誕生した。表象から欲望に変わっても名づけることは変わらず。多分ベケットから欲望を名づけることをやめた


なぜ悪徳は栄えるのか?それまでは表象の秩序ある空間が表象を名づけたが、1800年前後を境に、人間が欲望を名づける。欲望は海の如く深く限界もないのでサドは書き尽くせない


表現は言説が自らに折り重なる所に可能となる。例えば、伊藤仁斎は「路」で表象される往来の運動を「道」と名づけた。ゴダールは思考の形式で表象される投射を「映画」と名づけた


梟猫共同体は自然哲学と倫理学がある。<一>と<多>は共通なものがない。要請される平行関係は、<一>に成らずに<多>を保つ契約性、そして<多>に成らずに<一>を保つ祭祀性


Give me the liberty to know, to utter, and to argue freely according to conscience, above all liberties.

ーJohn Milton 

いかなる自由にもまして、良心の命じるままに知り、語り、論ずることのできる自由をわれに与えたまえ。ージョン・ミルトン


日本はパニクると国家祭祀へ行く。英国はパニクると市場へ行く。多分国の成り立ちの違いに関わるが、祭祀的なものに契約的なものはないか、契約的なものに祭祀的なものがないのか


荻生徂徠といえば、命名制作論。聖人は鬼神をつくったという。これは、聖人は鬼神という名を与えてくれたおかげでわれわれは共同体の祭祀を考えることができるようになったという意味である。性を私物化するが如く鬼神を理とするような祭祀論では、死んでいるのか生きているのかわからないようなものをかんがえているようである。三木清によると、伝統は死に切ったという意味での死せるものの生命の論理に基礎づけられる。芸術の絶望は死に切ったという意味での滅びつつあるものを永遠の生にする創造にある。芸術は創造に絶望するーわれわれは「作る近代」に絶望しているように。芸術は不可能であるからこそ理念的である。どんなにやさしい作品に見えても、理念的であるかぎり難しくなるのだ..


三木清『人生論』より


 伝統の問題は死者の生命の問題である。それは生きている者の生長の問題ではない。通俗の伝統主義の誤謬ごびゅう――この誤謬はしかしシェリングヘーゲルの如ごときドイツの最大の哲学者でさえもが共にしている――は、すべてのものは過去から次第に生長してきたと考えることによって伝統主義を考えようとするところにある。かような根本において自然哲学的な見方からは絶対的な真理であろうとする伝統主義の意味は理解されることができぬ。伝統の意味が自分自身で自分自身の中から生成するもののうちに求められる限り、それは相対的なものに過ぎない。絶対的な伝統主義は、生けるものの生長の論理でなくて死せるものの生命の論理を基礎とするのである。過去は死に切ったものであり、それはすでに死であるという意味において、現在に生きているものにとって絶対的なものである。半ば生き半ば死んでいるかのように普通に漠然と表象されている過去は、生きている現在にとって絶対的なものであり得ない。過去は何よりもまず死せるものとして絶対的なものである。この絶対的なものは、ただ絶対的な死であるか、それとも絶対的な生命であるか。死せるものは今生きているもののように生長することもなければ老衰することもない。そこで死者の生命が信ぜられるならば、それは絶対的な生命でなければならぬ。この絶対的な生命は真理にほかならない。従って言い換えると、過去は真理であるか、それとも無であるか。伝統主義はまさにこの二者択一に対する我々の決意を要求しているのである。それは我々の中へ自然的に流れ込み、自然的に我々の生命の一部分になっていると考えられるような過去を問題にしているのではない。


ジジェク、精神(Geist)を語る。


形容詞としての "undead" が登場したのは14世紀ごろ。 "undead" が名詞として使われ始めたのは20世紀になってからとのこと


神聖な天皇国家という理念性の成立とともにある、国家そのものがもつ宗教性、祭祀性のヴァリエーションは、フランス革命後の、国家とヒーロー(死者)が単一の意思の形成を以って<寺院>にすむような建築空間において見ることができる。水平方向に、革命の記憶が永続化されなければならない。社会契約的国家論のあらゆる言説が自らに折り重なる。国家のために死ぬことができる国民の像を表現する。国家は垂直方向に自らを祀る。その国家の対外戦争に表象されるのは政治的統一である。祭祀性は議会を統一体として構成し直す水平方向と垂直方向を通じて、劇場性を帯びる。(下図の上と左は、構想された議事堂の図案)


昔は言葉は声を住処にしていたのに。「会食」すると、盗聴された録音を聞かなければ自分が誰と何を喋ったか思い出せなくなる。否聞いても、確かに私の声だが私の言葉ではないという


昔は言葉は声を住処にしていたのに。「会食」すると、盗聴された録音を聞かなければ自分が誰と何を喋ったか思い出せなくなる。否聞いても、確かに私の声だが私の言葉ではないという


Everything and more 

      =

脱構築論+制作論+鬼神論


『てぶくろ』はウクライナの民話だったのか。手袋の裏側に、階段(梯子)があるのがおもしろい。外部をみるためには裏側からでなければいけない。触角なく触れること


世界は有限であると判断する者たちは、遠く離れた場所では、回廊や、階段や、六角形などが思いがけず消えている――これは不条理なことだ――と仮定する。

ボルヘス


1、報道自由度が低いことの問題は何だろうか?わたしは明確に答えることができないが、海外で生活した経験がこれを考えさせる。外国の報道が進んでいるというような単純なことではないとおもう。日本の新聞も事実がある。新聞は原発事故が起きたとき、われわれの危険な原発体制に対する抗議(200人から2000人になっていた)を3か月間、一面に報じなかったが、しかしその事実を隅っこの所に取り上げてはいた。現場から報じられることは報じられる、だがぴったりと事実を語る言葉が足りないと感じてしまう。事実を言葉は複数の見方から成っている。だから捏造される合意で曇らされてしまってはいけない。チョムスキーが言うManufacturing Consent(マニュファクチャリング・コンセント)は捏造される合意というような意味だと思うが、捏造される合意は人間の言語だけが持つ高度な特質と両立しない。問題はここだ。

2、ここからはわたしの言語にたいする関心に引き寄せて書くことだけれど、人間の言語は差異を産み出す虚構性をもつ。そして言語が定位するのは、理念的に構成された共同体である。だからジョイスの文学は自らをこう表現した。‘ Shem was a sham ’ー(物書き)シェムはシャム(いかさま)ーである。この虚構性で表象されるのは、人間の無根拠性であり、と同時に、言語的存在である人間は存在することの意味を考えるロゴスであった。だけれど虚構なものは、grammatical but not acceptable(文法的•理念的だが受け入れられない)として常に拒まれる。「(物書き)シェムはシャム(いかさま)である」とジョイスは書いたのである。

3、近代は話し言葉の創造性がたたえられる。異議はない。問題は、それを言うことによって文化をナショナリズム的にとらえる教説(イデオロギー)である。話し言葉の肉体共同体が呪縛されている肉体言語とは、近代が再発見してそれが都合よく再構成した古代人の心が指示される神話の世界だろう。神話世界の肉体共同体が喋る肉体言語のなかで、統合に還元されない差異が消去されていくが、しかしほんとうだろうか?神話のテクストは近代が解釈するように卑小な言語自己同一性の純粋に絡み取られているのだろうか?これは神話を説明する構造主義の問題である。『古事記』は支配者にとって都合良く書かれていると理解されるが、そうだとしたら、なぜあのように統合の難しさを痕跡として残すのかという疑問が残る。神話としてわれわれが読んでいる透明なものは、近代が差異を解釈し尽くす自らを描いた自己肖像画的言説ではないのか


思想史遠足


岡倉天心


アジア主義を議論する。


人間の顔は言説の風景である。


テクスト、言説、イマージュ、字義は、19世紀的な統一に還元できないポストモダン的断片fragmentである。

屋根も壁もなく、柱も床もないような、海に投げだされる部屋のようなもの


朱子学の普遍主義から映し出されていた。だけれど普遍主義(グローバルの歴史)とのギャップがある。法と一人ひとりの間を媒介するもの、それがアジア主義の包摂


Everything and more 

     =

脱構築論+制作論+鬼神論


詩人は自己の声を自己の身体から遠く離れてきくことが近代からはじまったのではないでしょうか。


嗚呼、なんか取調べを受けているような、サルトルから来る言葉は何だろうか?分割についていかに分割されるのか考えるのではなくて、不要なものとして分割そのものを非難する。しかしそれも分割を構成している解である。わたしに読み解く力は無いが、サルトルの話をそのまま聞いていると、「外部」は超越的なもののバリエーションで、無意味とされる。サルトルバタイユのこき下ろしをフーコは許さない。フーコはサルトルを超えるためには強力なバタイユ論をもたなければとおもったに違いない。バタイユを語った本の名は『外部の思考』であるーほかにアルトーブランショクロソフスキーを語っている


Everything and more 


アジア主義を議論した思想史遠足。つぎはどこへ行くかという話し合いで、色々意見が出たのですが、先生は現在を批判的に相対化できる場所として、筑波山が大切だとおっしゃるのですね、正直このときはなんのことかわからなかったのですが、この思想史遠足のあとに、「仙境異聞」がベストセラーになりますし、寅吉と彼を書く平田篤胤明治維新に先行していたことを考えました


戦後は思想が貧しい。「江戸思想史」(子安氏)のようには言説空間の場が機能しないのは、戦前からの「祀る神が祀られる神である」(和辻)という死に与えられているままだからだ。精神が死を見るときは、死を禁止しなければならない。禁止とはなにか?フロイトとレヴィストロースにとって禁止は大切な役割をもつ。しかし構造主義の近代のように禁止を自然か文化かとどちらかに指示しなくてよい。禁止は自然と文化だからである。そして禁止は鬼神と無の傍らにある制作である。つまり禁止によって絶えず脱構造化する言説空間の場が働く。つまり柄谷の好む言い方をすれば思考は可能である


「性即理」は他者の二元論的思考である。「心即理」では「心」が「理」を支えるのが難しいとおもう。「私と天」も関係を保つ多元主義論の言説。伊藤仁斎において「天」は理念である。要請されるそこで、天下的「公」も成り立つかもしれない(ただし最後は仁斎は天との内在的関係から離れてしまう。『論語』テクストにはじめて人間孔子が見出される。) 第三項なき「私と公」のような二元論的思考だと、この「私」の存立が危ういに違いない。分割されているものがかくもわたしの思考をとらえるのは、別のあり方と第三項をそこに考えることができるからなのだとおもう


芸術は役に立たないか?役に立たない。芸術を弄ぶか?弄んではいけない。芸術が定位する私の領域を覆い尽くすか?否。私を一切消し去って公を読み出す全体主義的文化論に反対する


「十年前」と言えば何かを語ったことに?嗚呼私は全く思考できていないよ。「十年間」という分節化は、自己の力が及ばぬ所に思考を遠ざけてしまう言語の拡散を感じる..


•「十年前だった」と言えば何かを語ったことになるのかしら?開発と戦争と同化がどんどん進むが、人間にとっての豊かさとは何かを根本から問う言葉が十分に始まらないのはどうしてか?これについて考える十年間だった。否、全く思考できていない十年間だった。「十年間」という分節化は、自己の力が及ばないところに思考を遠ざけるような言語の拡散である。


• 1970年に遡って考えてみると、近代における自己のあり方をラディカルに否定したが、自民党に対する明確なイメージをもっていない。比べると、香港の若者たちはどんな考えがあるのかよくわからないところがあるが、トータルな従属を強いてくる政府に対する明確なイメージをもっているのがわかる。自民党の何でもかんでもカネがモノをいう体制を受けいれることは遂に自己の存立を排除しなければならぬところまで突き進んでいくことになるだろうが、それでも「生かしてくれる」存在として表象するの?「生かしてくれる」は超越的すぎる見方だ。別のあり方を考えるためにはもっと思考の柔軟性がわたしに必要だ。


•可視的なものは言説的なものから独立していることを指摘した後期フーコのポイントは何だったのだろうか?実践的なものは原理原則とは違う。


•戦争中のように生活の隅々まで監視してくる監獄の成立とともにあるのは、言説「生かしてくれる」である(そういうふうに表象するように設計されている)。しかし問題となっていることを解決するためには、言説の中に絡み取られながら内部に沿って考えるよりも、方法論的に、言説闘争とイメージ闘争の両方が働く外部がなければならず、だけれどそれは一体どこなんだろうかと悪い頭で一生懸命考えるー世の中に増殖してきたトランプ的嘲笑いに全否定されてしまいそうな恐怖のなかで...


嘆願書ー今日は署名ーが上手くいくのか迷うのは、権力者と共有するものがないからである。だから特権階級の仲間に出すような嘆願書は成立しない。それを謀叛と呼ぶのは真がない。だけれど散歩で来た墓で無名の維新の死者たちにおきた言葉にできない感情の動きを書いているが、多分これだけは信じてもいいとおもう


昭和思想史研究会の懇親会では「プルースト」の名を口にすることは結構タブーなのであるが、最近宇波研究所から来ている方がプルーストを読んでいることもあって、考えている作家である。宇波先生はドゥルーズの『プルーストシーニュ』を訳しておられた。


「長いこと私は、早くから床についた。時には、ろうそくが消えるとすぐ目が閉じてしまって、ほら眠るぞ、と思うひまもないほどだった。そして、半時間もすると目が覚めるのだった。」


19世紀はイギリスとフランスが地球を所有した。帝国主義の知の組織化は、現在はネオリベの何でもかんでもカネがものを言う知だが、すべてにおよぶ。ジョイスの課題は、すべてから自立したすべてを書くことにあった。これは、オスカー・ワイルドアナーキズムを体現している、と、ポストコロニアリズムの言説から言われるようになった。だけれど絶えずだれも語らなかったすべてを書くことは、やはり知のヒエラルキーではないかと指摘した女性アーチストの発言を覚えている。ところで20世紀精神史の講座のときだったが、池袋の喫茶店渡辺一民氏はプルーストの本にすべてが書いてあると言っていたこの場合の「すべて」はどういうことなんだろうか?ポストモダン多元主義の時代に見出された、「わたし」の成立とともにある、精神史が定位するようなコンパクトで周密な表現の問題をかんがえる。「長いこと私は、早くから床についた。時には、ろうそくが消えるとすぐ目が閉じてしまって、ほら眠るぞ、と思うひまもないほどだった。そして、半時間もすると目が覚めるのだった。」。これはベケットみたいに知のヒエラルキーを突き崩すような書き出しだとおもう..


ダブリンの生活がはじまったときのこと、労働ビザの発給前にお小遣い稼ぎに簡単な日本語を教えるアルバイトしたことがあったが本当に少額だったので問題がないと勝手に思って、乗り継ぎしなければならないロンドンの空港の入国審査官に喋ってしまった。「入国を許可できない」と言う。大変なことになった。困ったわたしは下手な英語で弁解した。と、黒人の入国審査官が涙を流しているではないか、どうしたんだろう?「しかしおまえが喋る英語はダブリンで育ったおばあちゃんの英語の訛りと全く同じなんだ。ほんとうに懐かしい...何かひとつアイルランドの話をしてくれ。絶対にここを通してやるからな」。書類を作って色々電話している。20分後に通してくれた。


平等とは何か?性は天から平等に与えられる。性は心の方向性。「性即理」だ。性は死後に天に帰す。朱子は子孫の祖先祭祀は死者を不死とみなすのと等しく、性の私有視だと非難した


「礼」をヘーゲルの客観精神として解釈的再構成しているような帝国のイデオローグが世界史の構造を語っている。この場合、国家だけが普遍主義から自立する多元主義である...


古代儒教は差別どころかそもそも女性が存在しない。全く擁護できない。「七年男女、不レ同レ席」の『礼記』はいつの時代のものかわかっていない。分離的差別主義は国家近代のもの


真ん中になにがある?『言葉と物』(ミッシェル•フーコ)の半分、第二部が始まるところに「鏡」がある。『江戸思想史講義』(子安宣邦氏)の半分の所に「鬼神」がある。「質問者たちが「性」に固定しようとする精神とか魂魄、あるいは知覚を有するものとは「気」なのだと朱子は明言する。そして「鬼神」もまた気である、それを性とすることはできない。」


反復しないもの(差異)が反復する


「統体一性」への還復をいい、知覚の現象が消滅しても知覚の原の死後の残存をいう朱子の弟子たちの解釈的言説を読むと、わたしは哲学の門外漢だが、わたしにも理解できたジョイスが再構成したアイルランドスコトゥスやバークリーの見方のことを考えた。さて大変興味深い『江戸思想史講義』の子安氏の分析を読む。朱子の弟子たちは、「我の精神は即ち祖考の精神」の言説を脱構築した朱子に一見脱構築の身振りを以て執拗に質問して、祭祀来格を根拠づけた。三宅尚斎がやったことは、「理に根ざして日々に生ずるもの」、この朱子が語った言葉を朱子が考えたようには考えずこれを積極的に言って、朱子の普遍主義を脱構築してしまった。反復しないもの(差異)が反復する。「理に根ざして日々に生ずるもの」は、江戸思想史の前にだれも語らなかった言説だったが、中国哲学においてずっと言われてきた言説として言われるのである。反復しないもの(差異)が反復する知に生きるわれわれは、絶えざる根源的誤謬のなかに投げ込まれている。デカルトは正しく言った。われ考える、ゆえに、われ存在する、と。ただし、”絶えず間違っていると考える限りにおいて”、と言うのを忘れた。少なくとも近代という時代は、われわれにこの人間の存在するあり方を教えてくれた(近代の産物である自己自身を、神ではない有限な人間が読むから、絶えず誤読するというわけ)


‘Do you want me to endure... exile?’ Wherever I go, I will be fine, because I was already fine here—not on account of the place but as a result of my principles, and I am going to take them with me. No one can take them away from me; they are my only possessions, irremovable ones that are enough for me wherever I am and whatever I do.

ーEpictetus


No matter what happens, it is within my power to turn it to my advantage.

ー Epictetus


法が無い!法はどこにある?パゾリーニ『ソドムの市』に似た人がいたが、ガースが鞭で腐敗官僚を三回打て!ガースも悪い。「親爺、何か言えよ!」と息子がガースを鞭で百回打て


"In proposing to relate symbolic language to self-understanding, I think I fulfill the deepest wish of hermeneutics. The purpose of all interpretation is to conquer a remoteness, a distance between the past cultural epoch to which the text belongs and the interpreter himself. By overcoming this distance, by making himself contemporary with the text, the exegete can appropriate its meaning to himself: foreign, he makes it familiar, that is, he makes it his own. It is thus the growth of his own understanding of himself that he pursues through his understanding of others. Every hermeneutics is thus, explicitly or implicitly, self-understanding by means of understanding others."

ーJean Paul Gustave Ricœur


"This is why philosophy remains a hermeneutics, that is, a reading of the hidden meaning inside the text of the apparent meaning. It is the task of this hermeneutics to show that existence arrives at expression, at meaning, and at reflection only through the continual exegesis of all the significations that come to light in the world of culture. Existence becomes a self – human and adult – only by appropriating this meaning, which first resides "outside," in works, institutions, and cultural movements in which the life of the spirit is justified." ーJean Paul Gustave Ricœur


1,<未来を思い出す> 国家とは、復古主義の政治である。社会契約的な市民革命の実現が難しい国が模索する復古主義の政治は、良いとか悪いとかではなくて、現実の条件においてその方法しかなかった。復古主義の言説的な戦略のことをしっかり認識していれば、それが作った現在を批判的に相対化できるし、もはややっていくことが無意味になってしまった制度をやめることができる。


2, しかしこのことも<起源>に絡み取られると難しくなってしまうとおもわれる。たとえば、国家祭祀の建築物は死者の間にヒエラルキーをつくってしまうからもうそれをやめなければならない。19世紀に作られた近代建築でしかないのに、何か太古遡る文化遺産みたいに感じられると、そこに<起源>があり、取りのぞくことが不可能なってしまう。


3,「初めにロゴスありき」という言語的存在である人間は存在の意味を考える。だから思考できないものを思考する「鬼神論」の言説を考えるのは必然である。しかし偶像的建築物に吸収される危険がある。国家祭祀としての日本人のアイデンティティといったようなくだらないことが声高に言われる。議論の自由がなくなる。


4、社会契約的な市民革命があった国でも、戦争のときは、偽の<起源>に絡み取られることが起きる。ここで、偽の<起源>と書いたが、<起源>というのは人間の思考を人間が思考できなかった時代に遡らせる点において例外なく偽である(というか虚である)。文学や芸術においては意味があるが、問題は政治が<起源>を利用する場合である。


5、ポストモダンの時代に読むプルースト文学。抵抗は、わたしの<未来を思い出す>別の近代にあったのではないかとおもう。わたしはいかなる意味においてわたしか?自己の力がおよぶ限りにおいて思考できないものを思考する。そのとき<わたし>は一個の他者である。自らを全否定しなければならないようなラディカルモダンを全面的に受けいれることはできない理由は、全否定は<わたし>の力が及ばないからである。


6、プルーストにとって、「見出された時」は、<未来>の向こう側に見えてくるかもしれない別の近代。プルーストと同時代だったジョイスエピクテトスを語った清沢満之を考えつつ、ジョイス的に書くことだけれど、<わたし>は、ブルジョアの卑小なリアリズムー加速化する開発と戦争と同化主義ーの運命に委ねることはできない。また、<思い出す>ことは、自己の力がおよぶ限りにおいて人間を人間たらしめる人間的なものである。だが神々が大地を闊歩する大いなる神話を排他的なナショナリズムの語りのうちに<思い出す>ことはない。神々に、自己の力がおよぶことが不可能だからである


白黒映画が先で、カラー映画は後だ。これは時間の順番ではなくて論理的な順番である。白黒の倫理を以って、映画のスクリーンは、国家祭祀に殺される人々を弔う装束だった


白黒映画が先で、カラー映画は後だ。これは時間の順番ではなくて論理的な順番である。白黒の倫理を以って、映画のスクリーンは、国家祭祀に殺される人々を弔う装束だった


ポスト中江兆民幸徳秋水大杉栄の懐疑精神はヨーロッパの場合とおなじで国家から自立したあり方を考えた。だが幸徳と大杉について左翼ー特に文学者ーの理解は検察の作文によっている。国家に逆らうと怖い目にあうぞとする後の陸軍ファシズムのモデルとなる当時の検察権力と左翼が共に作ったイメージに、市民はいない。逆に言うと、日本ファシズムが一番畏れていたものがわかる。それは、ほかならない、幸徳と大杉のように国家に隷属しないあり方を考える市民の存在である。ボルシェヴィキフランス革命の見方とは別の見方を考えて、白紙の本に一文一文を綴った。神話から自立しようとしたギリシャの哲学の萌芽のことをおもう


理性の笑み(懐疑精神)

このあと、

正義の怒り(フランス革命)が来る


「暗い時代」はブレヒトの「あとから生まれるひとびとに」から借用したのだが、そこには混乱と飢餓、虐殺と虐殺者、不正に対する暴動と「悪のみあって暴動の存在しないこと」への絶望、人を醜悪にしても正統なる憎悪、声を騒音にしても根拠ある憤激などが描かれている

ハンナ・アーレント『暗い時代の人々』はじめに


嘗て中国文明の漢字は未知の他者が読むために文を書いた。仏教を伝えた。国家中国は現在、話す言葉の音声化された母国語を押しつける自らを文明であると錯認する根源的誤謬にある


•戦争はアメリカと戦争した4年間だけだと誤解しているが、しかし実際は、日本の戦争は日中戦争を含めて8年間、満州事変から数えると14年間である。竹内好はわれわれがほんとうに反省しなければいけないのは、アメリカとの戦争ではなくて中国との戦争-侵略戦争-であると言った


•戦争を理念化すること(理想化ではないよ!)は、死を理念化するのと等しく、人類が取り組むべき世界思想であるとおもう。戦争を理念化していないから、日中戦争が無くなってしまうということが起きるのではないだろうか。歴史修正主義者に都合よく、記憶がブロックされているような..


自然権を言ったホッブスは彼の前に誰も言わなかったこと言った。ホッブスから統治の正統性だけを取り出した明治の啓蒙主義は、彼がはじめて言った自然権についてあまり語らない。これは近代の卑小なリアリズムの間違いである。社会契約説の問題もある。自然状態における万人に対する万人の闘争を防ぐ国家が必然として必要とされるのだと説明する。しかし反対ではないか。外部を破壊するものは国家である。20世紀の全体主義、これほどの同化主義は、国家の無かった時代にはなかったのである。自然は、公の向こう側にみえてくる天である。自然は、過剰なほどの権力の集中のもとで他者殺戮に陥いる国家(例.国家祭祀)に対する抵抗。自然権天皇を、死者を主宰する権力の外部におく権利をもつと考えてみることはできないだろうか?国家が祭祀権を自然(アジア共同体)に譲渡する。外部がそうして保証されてこそ、人間ははじめて思考ができるようになる、と、ポストモダン的にわたしはこのように考えてみる。作為と自然、この両者は互いに切り離すことは倫理的に不可能であるー丸山真男がきっぱり言うようにはね


•女性議員たちはあんなに自民党に過剰に同化してしまうのはどうしてなんだろうか?だがわたしは.. 結局自民党女性議員と程度の差ではないか


•オーストラリアから戻ってきた数年間は「同化」という言葉を口にする大人を心の底から憎んでいた。「適応」という中立的な言葉を使うんだね、今は


自民党の成立とともにある、そこそこの「自由」が与えられらてしまったから、わたしはすっかり諦めてしまった同化ではあるまいか。過剰同化ではないとしても


•この列島はこんなに日本人になりたくない人が生活しているのだから、同化を強いるよりも、一度、拒まれている国家を解体すべき道があるとおもう。共同体を作る意思をもつマイノリティと共存できる国家を作る責任があるこういう見方がもっとあるべきはずなんだ


•江戸時代は同化主義だった。武家政権のもとでは政治的自由についての議論は大変危険だった。だから批判するときは道徳についての議論を通じて世の中を批判したのかもしれない。国学本居宣長なんかは最初から諦めていたが、幕府に全部委ねている以上、何もかも責任は幕府にあると言う


•戦争は生活の隅々まで監視して同化を強いる体制


•女性議員たちはあんなに自民党に過剰に同化してしまうのはどうしてなんだろうか?だがわたしは.. 結局自民党女性議員と程度の差ではないか


•オーストラリアから戻ってきた数年間は「同化」という言葉を口にする大人を心の底から憎んでいた。「適応」という中立的な言葉を使うんだね、今は


自民党の成立とともにある、そこそこの「自由」が与えられらてしまったから、わたしはすっかり諦めてしまった同化ではあるまいか。過剰同化ではないとしても


•この列島はこんなに日本人になりたくない人が生活しているのだから、同化を強いるよりも、一度、拒まれている国家を解体すべき道があるとおもう。共同体を作る意思をもつマイノリティと共存できる国家を作る責任があるこういう見方がもっとあるべきはずなんだ


•江戸時代は同化主義だった。武家政権のもとでは政治的自由についての議論は大変危険だった。だから批判するときは道徳についての議論を通じて世の中を批判したのかもしれない。国学本居宣長なんかは最初から諦めていたが、幕府に全部委ねている以上、何もかも責任は幕府にあると言う


•戦争は生活の隅々まで監視して同化を強いる体制


ω(オー) εις(エイス) ει(エイ)

   ομεν(オメン) ετε(エテ) ουσι(ν)(ウーシ(ン))


「漢字借り物論」の近代からみると、漢文の語彙と文法にエネルギーを使い果たした「前近代的」知識人は創造に関心がない。しかし共同体と精神の曖昧な概念に明確なイメージを与えるのが、ほかならない、漢字。若い人ならば、わたしがそうだったように、もう読めなくなった漢文はただ文字を飾る装飾のような断片としか見えないかもしれない。500年前の昔の人(江戸時代の儒者、下の文は古学の荻生徂徠によるもの))は彼らがたたえていた1000年前の昔の人(朱子)が書いた文を読めなくなっていたのだし、その1000年前の人も彼がたたえた1500年前のひと(孔子)が語った記録を読めなくなっていたのである。歴史の反復せざる反復とはこのことではないだろうか。本についてまず言っておかなければならないことは、読めないことである。だけれど、読めなくなくったとしても、言語の存在をたたえる言語の中の過去のわれわれの姿(イメージ)を考えることは意味がないわけではない。われわれは原初テクストにおいて現在の声とは別のもう一つの声に定位していたわれわれの存在を考える。ロゴスとは、言語的存在である人間が存在することの意味を考えることである。


漢字借り物論の近代からみると、漢文の語彙と文法にエネルギーを使い果たした「前近代的」知識人は創造に関心がない。共同体と精神の曖昧な概念に明確なイメージを与えるのが漢字


Das Dasein , begritten in seiner äußersten Seinsmöglichkeit, ist die Zeit selbst, nicht in der Zeit. ーMartin Heidegger


Dasein, conceived in its most extreme possibility of Being, is time itself, not in time. ーMartin Heidegger


プルーストベケットの小説、そしてこのブライアン•フリールの芝居translationsに出てくるBaile Baegは、何処にもあるような小さな村を表す名。だが地図にない。目に見えない。この土地の名は思考できる為に与えられた。見えない「鬼神」と同じ。この150年間、ヨーロッパの中心にあってとくに教育において哲学は、言語的存在である人間は存在することの意味を問うことをやめてしまった。しかし哲学がやらなければヨーロッパの周辺であるアイルランドの文学が問う


プルーストベケットの小説、フリールの芝居に出てくるBaile Baegは何処にもある小さな村を表す名。思考できる為に与えられた土地の名は見えない「鬼神」と同じ


名はそれが指示した物が分からなくなる。『失われた時を求めて』の”土地の名”を読んだアイルランド知識人がプルーストが読んだケルト神話を話す。永遠に失われる危険もあるがあえて忘却に委ねよう。思い出される偶然は、眠りの中で思い出すひとを待っていた植物が死から蘇えるみたいだ


名はそれが指示した物が分からなくなる。『失われた時を求めて』の”土地の名”を読んだアイルランド知識人がプルーストが読んだケルト神話を話す。永遠に失われる危険もあるがあえて忘却に委ねよう。思い出される偶然は、眠りの中で思い出すひとを待っていた植物が死から蘇えるみたいだ


本居宣長の「遺言書」は二つ墓を設けることを指示した。小林秀雄宣長の二つの墓のことを大変面白く追っているが、最後までその理由が分からなかったようだ。樹敬寺の墓は、表象全体を支えている画布の裏側みたいだ。表に描かれているものを見ようと、二つめの山奥にある墓の前に立つと、なんだか、それも画布の裏側みたいであることに気がついた。どうも、宣長の二つの墓を指示する「遺言書」も、言説上の差異の空間を構成していたのではないかとかんがえてみたらどういうことがいえるか?二つの墓は、近代がいうところの二重化ではあるまい。普遍主義を朱子学的「理」の言説と同一化した上で、<普遍主義に対する>というほどではないが、<普遍主義から自立する>という宣長の自らの姿を書いた見方なのだとわたしはおもう