The rhinon(サイ) のエピソード ー 映画「Wittgenstein」 (1993、Derek Jarman監督) を読む

▼Die Welt ist alles, was der Fall ist.世界はそうなっていることのすべてだ。(木村訳)

▼Die Welt ist die Gesamtheit der Tatsachen, nicht der Dinge.世界は、事実の総体で、もののではない。(木村訳)

 

▼映画「Wittgenstein」 (1993) は、監督Derek Jarmanによる作品で、脚本はTerry Eagletonが書いた。ちなみにこの戯曲本の序文はCollin MacCabe(ゴダール伝記を書いたジョイス研究者)が寄稿している。

▼The rhinon(サイ) のエピソード。リアリズムのラッセルは机の引き出しの中になんのものがあるかと見ようとするが、他方で脱リアリズムのウィットゲンシュタインは事実の総体がいかにあるのかとその意味をみることを問題にしたとおもわれる。

▼「世界史の構造」のどの頁にも資本主義のことが書かれているのに、資本主義について一度も論じられることがないという奇妙な感想をもつが、それは、柄谷行人ウィットゲンシュタインについて書いてきたにもかかわらず、資本主義という机の引き出しのなかに、交換様式と絶対反戦世界共和国があるかだけが理念的に問題になるとき、かれは限りなくラッセルに近い。方法論的に純化された資本主義の理念型として構成されたものがきちんとあるかどうかを見ようとし、見えなければ資本主義が日本に存在しない。存在するかどうかという探求で十分だ。だが、いかに、資本主義にたいして民主的介入を行うのかという問題の意味をみようとはしない。