語る民主主義は自らをいかに選ぶ民主主義から差異化していくか

語る民主主義は自らをいかに
選ぶ民主主義から差異化していくか

 

民主主義は万歳する選ぶ民主主義しかないのでしょうか?選ぶ民主主義だけではついに、選ぶことすら無意味になるところまできたのではないでしょうか。原発が約束した'豊かさ'は何であったのか、そもそも戦後から日本人が追求してきた'豊かさ'が人々にとって一体何を意味したのかについて批判的に根本から語る民主主義がなければ、安心して帰るような土地は存在しないし、信頼できる国などは永遠にやってくることはないのではないしょうか。語る民主主義は自らをいかに選ぶ民主主義から差異化していくか、この語る民主主義こそは、ほかならない、グローバル資本主義の原点を構成するものではないでしょうか?オキュパイ運動以降は、台湾、香港でも、日本においてもどこでも