Joyce, telemachus

Stately, plump Buck Mullogan came from the stairhead, bearing a bowl of lather on which a mirror and razor lay crossed. A yellow dressing-gown, ungirdled, was sustained gently behind him by the mild morning air. He held the bowl aloft and intoned;
- Introibo a altare Dei.
Halted, he peered down the dark windingstairs and called up coarsely;
- Come up, Kinch.Come up, you fearful jesuit.
Solemnly he came foward and mounted the round gunrest. He faced about and blessed grav...ely thrice the tower, the surrounding country and the awaking mountains. Then, catching sight of stephen Dedalus, he bent towards him and made rapid crosses in the aire, gurgling in his throat and shaking his head. Stephen Dedalus, displeased and sleepy, leaned his arms on the top of the stairecase and looked coldly at the shaking gurgling face that blessed him, equine in its length, and at the light untonsured hair, grained and hued like pale oak.
Buck Mulligan peeped an instant under the mrror and then covered the bowl smartly.
- Back to barracks, he said sternly,
He added in a preacher's tone;
- For this, Odearly beloved, is the genuine Christine; body and soul and blood and ouns. Slow music, please.Shut your eyes, gents. One moment. A little trouble about those white corpuscles, Silence, all.
He peered sideways up and gave a long whistle of call, then paused awhile in rapt attention, his even white teeth glistening here and there with gold points. Chrysostomos. Two strong shrill whisles answered through the calm. (p.1)

 

テレマコス挿話 1 (ジョイス「ユリシーズ」を読む)

荘厳に、肉づきのいいバック・マリガンが、シャボンの泡立つボウルをもって階段口から現われた。ボウルのなかは十字に重ねた鏡と剃刀。はだけたままの黄色のガウンがおだやかな朝の風にのって、ふわりとうしろへなびく。ボウルを上に捧げて唱えた。
ーわれは神の祭壇に行かん
バック・マリガンは立ちどまると、暗いらせん状階段の奥をのぞきこんで、あらぽっく呼んだ。...
ーあがってこい、小僧!あがっれこいよ、厄介なイエズス会士め。
バック・マリガンはいかめしく歩み出て円形の砲座にあがった。くるりと向き直り、三度、塔と、まわりの土地と、目覚めかけた山々をおごそかに祝福する。それからスティーブン・ディーダラスを目にすると、かれの方に身を乗り出し、のどをごろごろ鳴らし、頭をふり、たてつづけにさっと十字を切った。不機嫌で眠そうなスティーブン・ディーダラスは階段の手すりに両腕をもたせて、この自分に祝福のパフォマンスを演じる首ふりごろごろ喉の馬づらや、白樫のようにきめの通った、あかるい剃髪していない髪を、つめたい目で見た。
バック・マリガンはちょっと鏡のしたをのぞいて、またぴしゃりとボウルに蓋をした。
ー兵舎にもどれ、とバック・マリガンは厳しい口調で言った。
それから伝道師の声音で言葉をつけくわえた。
ーなんとなれば、ああ、皆さま方、これこそはまことのクリスティーン様、肉体と魂と血と槍傷ですぞ、スローな音楽をくださいませ。皆さん、目をつむってください。どうかお待ちください。この白血球たちが少々手間をかけていまして。さあ静かに。
バック・マリガンはじろりと流し目で見上げると、ながくゆっくりと合図の口笛を与え、しばしの間うっとりした様子で耳を澄ませている。白い歯もぴかぴか、ここもあそこもきらきら。クリュソストモス。と、二度、強く鋭い汽笛が静けさをつらぬいて答えてきた。

(丸谷、永川、高松訳を参考にした)

 

注釈 1 (ジョイス「ユリシーズ」を読む)
アイルランド人の圧倒的多数は1970年代のEU加盟まで自らをヨーロッパ人とは考えていなかったといわれますし、'ケルトの虎'と呼ばれた経済成長のスローガンをきくまでは殆どの人はケルト人という言葉も聞いたことがなかったでしょう。現在多くの人々はツーリズムの言葉 ('ケルト人')を迷惑に思うし、知識人は危険な文化論的な人種概念を批判的に読みってきました。ヨーロッパ人とも思っていなかったし、ケルト人なんかは知ったことじゃない!ところが、('豊か'となった現在はもはやタブーの記憶に属するのですが、) なんと、1950年代のアイルランドは、自らを最貧困の韓国ともっとも同一化していたというメディア研究の報告もあります。東京にいますと、会話の中で、ヨーロッパは植民地主義の客体とはならなかったという根強い思い込みに遭遇しますが、そんなことはありませんよ。二十世紀のアイルランドが決定的な例外です。アイルランドのことをかんがえると、ヨーロッパはヨーロッパ自身を植民地化していった歴史がみえてくるのです。'植民地主義は自らを植民...地化していく'、のですね。大変興味深いのは、というか、アイルランドにおいて圧倒されてしまうのは、獲得できないときもまだ失うことができるとするほどの喪失感は、理念的な次元で、(俗にいう理想のレベルで)、どんな国のどん底の人々への驚異的な共感となっていったことです。現在では稀ですが、これを貫く知的ボヘミアンたちは存在しています。人間の想像力が生み出す根拠のない奇妙な同一化の毒がわからなければ、やはり文学は楽しめないのじゃないだろうかとおもいます。この点からいえば、たしかにジョイス「ユリシーズ」は、古代イスラエルとイギリス植民都市との、またギリシャ神話との、奇妙な同一化という側面をもっています。ただし入門的な解説本がいうようには同一化することは無理がありますね。平行線も、歪んで屈折した非ユークリッド幾何学の平行線。「ユリシーズ」の冒頭、テレマコス挿話は、二百年前のナポレオン海軍を迎え撃つために建てられた要塞、マーテル塔を舞台にして始まります。が、なぜ「ユリシーズ」という本はなぜここを舞台にする必然性があったのか、です。ここは特異点にあらずと、18挿話のうちどの挿話が最初にきてもよかったのだと指摘する、ホーキング博士のような人もいます。そうかもしれません。本当の理由はわかりませんが、とりあえず、1920年代のパリのカフェに集まっていたボヘミアンの文学者や前衛アーチストや自由精神の知識人を真似た、アイルランドのカフェ、みたいな流行を追った場所をとったとかんがえてみたらいかがでしょうか、はい