ゴダールの‪『愛の世紀』(2001)

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『愛の世紀』の若い映画監督エドガーは現代パリの未来を思い出す「若き芸術家の肖像」として描かれている。常に後から来るが、そうして先に行っている。何が先でなにが後かというふうに過去と未来とがまだそれほど明らかに秩序づけられてはいない見方は、ブルターニュという名を与えられている。それによって、ゴダールの問いが成り立つ。そこでレジスタンス運動の過去、ハリウッド的なものに占拠されているわれわれの現在との関係をはじめて正しく提示できるようになる。物は事であり、正しい道理を貫いている。物はそこに存在していたのに、フランスを”発明“しる必要があるのだろうか?‬