世界史の'古代に遡るとあの土地に元々誰がいたはずだ'という言説は、それほどあてにできるものなのだろうか?根拠があるのだろうか?

「世界史」好きをいじめちゃえ!

「世界史」というのは本当に危険だね。たとえば、外国の学校では、「古代」から語り始めて「近代」に至る「世界史」の科目は、存在しないという事実をおさえておいたほうがよさそう。ところが(文部省にとって常に都合よく)日本人だけが教わる、(京都学派に由来する)この日本人的な世界史が、(世界から孤立してしまう)日本人の日本人的な見方を規定するから、凄く厄介なんだな。つまりここで言いたいことは、近代的な民族概念が普及してくるのは、やっと、十九世紀国民国家成立の後のこと(1870年以降を近代とすると)、という点だ。だから、古代に遡るとあの土地に元々誰がいたはずだという言説は、「諸君の足元の大地を深く掘っていくと自ずと靖国神社が現れるはずだ」という類の偽文化概念である。勿論言うまでもなく、その靖国神社は明治になって近代国家によって作られていく近代国家の発明物だ。近代に作られた物が古代において存在するはずもないのだが、「世界史」に洗脳されつくした国民は簡単に、(残念でした!)、いかさまの偽の骨董品を高値で買わされることになる。