三木清を称える ー死を徹底的に観念化する世界思想性から疎外されている日本人の限界をみた

三木清を称える
ー死を徹底的に観念化する世界思想性から疎外されている日本人の限界をみた

滝沢ー西田の「弥陀本願」は、超越者を侵犯していくために必要とされた超越者の思想的な措定であった。その措定は、日本の土着的な汎神論的自然観とは鋭く対立した。が、倉田百三 (「出家とその弟子」) と 丹羽敏 (「菩提樹」)、この非常に大正的であり自然主義である故に'日本'的な作家であるこの両者が、滝沢ー西田の超越者の思想的措定を台無しにしてしまう。それは、テクスト「歎異抄」の内部に、'親鸞'という超越的な<起源>を見出すことによってである。このことは、「歎異抄」の暁烏敏の発見とは無関係にあらず。暁烏の「歎異抄」の発見はひとつの神話としてあったから。その正体とは、近代が発明するー自己の肖像画の為にー''親鸞'を実体化する言説だった。滝沢ー西田の超越者の思想的措定が真に意味をもったのは、三木清においてである。そのラディカルな批評精神は、<戦う国家として自らを自らの為に祀る国家>を拒む。戦争国家が自らの栄光を称えるために自らを一体化していく象徴的な<過去>を拒む。そのために三木は「末法」を導入する。「末法」を自己と世界との間に介入させる。他者としての「末法」は、<死に切った過去>しかもたないから、そこにおいては国家が自らを永遠の超越者として勝手に祀る余白が許されないだろう。「歎異抄」の三木の「末法ー内ー存在」は、ハイデガー的和辻の「世界ー内ー存在」を超える子安宣邦歎異抄の近代」の課題は、この反時代的な三木においてまだ書けなかった問いの部分を書くことにあった。即ち、絶対的他力者は現実の社会でどう生きていくか?